努力できるかどうかも含めて天性のものであるような気はします。自分は比較的努力してきたと他人から評価されるような人生を送ってる(と増田で書くとウソ臭いが)けど、努力出来る素質すらも親や周囲の環境からもらったものだし、そうで無い人のこともちゃんと認識せないかんと思う。
ちょっと話はずれるが、年齢を重ねていくと、自分の中の要素って大体両親のどちらかにあったものが育っていくのを感じますね。子供の顔を見て、たしかに別の顔なんだけど、やっぱり両親や祖父母の顔のミックスになってて、それぞれは全く似てない別々の顔なんだけどそれがたしかに混ざってちゃんと1人の顔に収まってる不思議さみたいなものを、人格的なものについても、同じように感じることがあります。