2009-04-29

http://anond.hatelabo.jp/20090429145849

 小説でも書くのであれば多様な表現力があるにこしたことがないわけですが、マス(大多数)に対して正確に言葉を伝えるということを考えた時、語彙は少ない方がいいんですね。

 そういう意味で、日本語には様々なセクト存在し、それぞれの思想信条を代弁はしているけれど、それは一概にすごいとは言えないのではないかと思います。

英語セクトを捨てて、大多数に伝えることを指向しているわけですから。

 帰国子女としてはそう思いました。

記事への反応 -
  • 英語ネイティブの先生に冠詞の説明をされて、「英語が広まったのは、物をはっきりと指し示すことができるからです」ということを言われた。で、よく考えてみると、確かに日本語は...

    •  小説でも書くのであれば多様な表現力があるにこしたことがないわけですが、マス(大多数)に対して正確に言葉を伝えるということを考えた時、語彙は少ない方がいいんですね。  ...

    • 増田の語彙力に日英で大きく差があるだけでは? 語彙力がないから人間関係の微妙な距離を英語で表せないだけかも。 英語は印欧語族の癖に語形変化がかなり失われてるって面はあるだ...

      • 元増田。いや、もちろん、ネイティブじゃないから、英語と日本語で語彙力に差があるのは当然なんだろうけど、仮にネイティブ並みの英語力があったとしても、2つの数が逆転するこ...

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