2009-03-01

妻が死んだ

妻が死んだ。いつも元気な女性だった。僕と娘がいたずらしてはよく怒られていた。いたずらが過ぎて正座の刑になった時は肝が冷えた。初めは足が痛いと泣いていた娘も、たくましくなった。つい、この間の正座の刑の時など、ずっと俯いているので体調が悪いのかと見てみると、すーすーと眠っていた。大したやつだった。妻に教えてやると妻も一緒に笑った。妻は娘を抱えて部屋へと連れて行った。やれやれ。苦笑まじりに立ち上がろうとする僕に、振り返った妻は笑顔のままで言った。この子の分もあなたがやっておいてね。おかげで風邪を引いた。

そんな妻が死んだ。「ママー、ママー」 娘は妻の体を揺すっている。「ねえ、ママおきないよ?」

ママはね、死んじゃったんだ」 「しぬ?」 「そう、死ぬ。死んだらもう起きないんだよ」 「うそだー」 「本当だよ。だからママはもういないんだ」 「うそだよ。だってママここにいるよ?」 妻を指さす娘につられて僕も妻を見る。確かにいる。とても死んでいるとは信じられないくらい綺麗で、今にも目を覚ましそうだった。でも彼女は死んでいる。脈もないし心臓ももう動かない。笑ったり泣いたり、僕たちを怒ってくれることも、もうないのだ。涙が出そうになった。「パパ?」娘は不安そうに見上げていた。

「ねえ」 僕は言った。「ママにいたずらしちゃおうか」

「うん!」 娘は嬉しそうに頷いた。まずは鼻先を上に押し上げて豚鼻にした。「ブタさんだブタさんだー!」 娘はけらけら笑っている。手を持ってきて鼻の穴に入れる。「あはは、はなくそほじっちゃいけないんだ!」 ほっぺたをぐにぐにと動かす。「へんなかおー!」 両手で円を描くようにして頭の上に持ってくる。「おさるさんだ」 耳を引っ張ってやる。 「うっきー……」 指をピースの形にして顔の前で前後させる。 「カニさんだ…………」 次は髪を、と手を伸ばした僕に娘は言った。「もういいよ、パパ」 娘は俯いていた。「ママしんじゃったんだね」

その後は二人で妻の体を元の位置に戻し、髪を整え、綺麗にした。妻とは思えないくらいに綺麗だった。「ばいばい、ママ

手を繋いで帰った。娘はずっと俯いていたので、どんな顔をしているのかわからなかった。ただ僕の手を握る力は強かった。僕も強く握りかえした。大したやつだ。

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