新郎新婦のためにやるものではない。
基本的に新郎新婦は主役じゃなくて出席者をもてなす側だ。
もてなすべき人の中には、新郎新婦の両親も含まれる。
結婚式は親のためにするという側面も大きい。
未熟な二人が結婚して、結婚生活を送るにあたり、今後出席者から御指導ご鞭撻を賜る。
だから新婦は新郎を、新郎は新婦を出席者に披露して紹介し、出席者をもてなすのだ。
出席者にはいい料理を食べてもらったりして、満足してもらうのは言うまでもない。
結婚生活は二人だけで万事うまくいくというものではない。
いつ何時、誰に助けてもらったりするかわからない。
知人であるがゆえに、結婚式の出席者に助けてもらったりする機会は十分にありうるのだ。
そういう人たちを呼ぶのがウゼェとか、主役になるのが鬱陶しいとかいうのは、誤解も甚だしい。
自分は主役では無いのだ。
もてなす側なのだ。
そういう気持ちももてないようなら、結婚式はしない方がいい。
出席者をもてなすような気持ちがないような新郎新婦の結婚式など、出席者も不快なだけだ。
御指導、御鞭撻などしてくれるはずもない。
結婚式をしなければならない法律はないのだから、いやいやする必要は微塵も無い。
ただ、結婚生活は甘くは無い。
たった一日の数時間の結婚式なのに、出席者をもてなすという気持ちがもてないような新郎新婦なら、結婚生活を続けていくのは前途多難だ。
自分達夫婦が危機を迎えた時に「嗚呼あんなに苦労して準備して、あんなに沢山の人に来てもらって、あんなにお祝いしてもらったのに…」って離婚を思いとどまるためにやるもんだよ...
それ古いって
実際(準備含めて)式するとそういった事が見に沁みて分かるもんだよな。 分かってなくて身勝手な式やって顰蹙買う奴もそりゃ一部にいるけど ネットだと、ゼクシィとかに載ってる...
そういう考え方なら「私達は結婚をしますが、未熟者なので今は式を挙げません。いつか未熟者ではないと納得できる日が来たら挙げます。」というのもアリだな。
うーむ、腑に落ちない。 どこが腑に落ちないのかイマイチはっきりできないんだけど。 ご指導ご鞭撻という表現をするなら、そもそも積極的にご指導ご鞭撻を賜りたい人間が数十人もい...
物事にはそれ相応の形式ってものが必要なんだ。
でもね、結局いらないんだよね。結婚式って。 本当に困った時に助けてくれるのって、親ぐらいなんだよね。 いまやそれも怪しい人いるけどね。 いい親友を持てば助けてくれるかもし...
普通に生きていて、親以外の他人に助けられた事は今まで一度も無いと思っているのなら 今までの自分の人生を一度見返した方がいいんじゃないかと。 自分ひとりだけの力で生きている...
田舎くさいな。 地縁血縁人の縁は維持されるべき、そのためには自身は犠牲になれ、的な価値観に見えるなあ。 人的ネットワークは生きるうえで非常に有用なツールだから、大事にす...
たかが1回きり数時間の儀式に大げさな。 卒業式に校舎の窓ガラス割って歩いたクチか。