僕はここ八年ほどずっと寮に住んでいる。実をいうと、一年程前に意を決して寮を出たのだけれど、たったの三週間で夢の一人暮らしは終ってしまい、また寮生活を送っている。これだけ長く寮に住んでいると世の中には色んな人がいることを思い知らされる。いや、思い知るには一年もいらないのだけど、僕自身学生寮と会社の独身寮のいくつかを渡り歩いてきたからいろんなパターンをみることが出来たんじゃないかと思う。
最初に入った高専の寮は、もちろん住んでる人たちも凄かったのだけど、それ以前に寮自体も凄かった。二年程でもうすっかり馴染んでしまったけど、人間の適応能力というものについて考えさせられるところだったと思う。テレビの持ち込みが出来ないのは仕方のないことだとしても、午前零時を過ぎると電気が使えなくなるなんてところが日本にあるとは思いつきもしなかった。ご飯に関しては僕はあまり不満はなかったのだけれど、材料のわからない料理はさすがに勘弁して欲しかった。
就職して会社の独身寮に入った時には、ただ一点を除いて不満という不満はなかった。電気が落ちることもないし、寮のご飯は美味しいし、洗濯機は争奪戦に勝たなきゃ使えないのは、まぁ一緒だけどそれはしょうがない。一点の不満というのは、その部屋が相部屋だということだった。何が悲しくて成人もとっくに迎えた大の大人が男二人同じ部屋で暮らさなければいけないのだろう。
その次に入った寮はさらに快適だった。当然電気が落ちることはないし、ご飯はそこそこで、なんと洗濯機の争奪戦もなかった。それに何といっても一人部屋である。さらに元々二人部屋であったらしく、一人で暮らすにはもったいないほど広かった。この寮には一年ほどいて、それから三回ほど引越しをして現在に至るわけだ。
今の寮にも変な人、いや特徴的な人がいる。もちろん一人ではなくて何人かいるのだけれど、あえて一人だけを引き合いに出そう。この人を一言で表すなら多分、潔癖症ということになるんだろう。医学的な意味で言ってるわけではないから、もしかするとその範疇から外れているのかもしれないけど、兎に角僕の感覚で判断するならそうなる。
この人はよく風呂で見かけるのだけど、風呂に入る為にコンタクトを外している僕でも一発で見分けがつく。脱衣場で普通ならみんな素足なんだけど、この人だけはスリッパを履いているのだ。そして、そして服を脱いでそれでもスリッパは履いたままで、引き戸の上の方を掴んで開けて浴室に行く。これは僕の予想だけれど、引き戸の上を掴むのは多分他人が触ったところは触りたくないんだろう。
この人、浴室に行っても当然大人しくはしていない。アライグマだってそんなには丁寧じゃないだろうって位にスリッパを一生懸命洗ったり、洗面器を一生懸命洗ったりしている。他に潔癖症の人をみたことはないから、この人以外は伝聞での判断なんだけど、潔癖症の人は自分さえよければいいみたいなところがあるような気がする。こういう人は、決定的に寮に向いていない。
当然寮にいる人が皆一癖持ってるわけじゃない。実社会と同じで、ほとんどの人は一般常識からずれていない。つまり普通の人だって事だ。顔も見たことがないからわからないけど僕の隣の部屋の人だって多分そうだ。そうそう、一つだけ言い忘れていたことがある。今いる寮で一番気に食わないのは、壁が薄いって事だ。並大抵の薄さじゃない。テレビの音だって聞こえるし、テレビで笑っている声も聞こえる。下手すると、電話で話してる内容まで聞こえるかもしれない。それくらい薄い。で、隣の人なんだけど、この人にはよく電話がかかってくる。でもマナーモードにしているんだろう。着信音が聞こえてくるわけではなくて、「ブーッ、ブーッ」と振動しているような音がしている。そして、隣の人は電話に出ない。眠っているんだかなんだか知らないけど、定期的に振動音がするにもかかわらず、一向に電話に出て話す気配がない。それが毎日、今でも続いている。
僕は、最近になってこの真相に気付いた。真相というと大げさかもしれないけど、隣の部屋で何が起こってるのか見当がついた。僕がずっと携帯電話のバイブの振動だと思っていたのは、実は隣の人のいびきだったのだ。実は、いびきはいびきで五月蝿いと思っていた。僕のベッドの位置の関係だとおもうんだけど、僕がベッドに入るとちゃんといびきに聞こえる。けど、テレビを見てるときとか、パソコンに向かっているとかそういうときには、疑いようのないほど振動音に聞こえる。今でもたまに勘違いするくらいだ。
相手に悪気があるわけじゃないんだろう。それに寮にいるんだから、これくらいは我慢しないといけないのかもしれない。けど、これだけは言っときたい。寝るときは、携帯電話の電源を切ってくれ。
洗濯機の争奪戦。あるね。 梅雨の晴れ間とかね。天気予報見て、気合はいるよね。