井戸端で何気ない話をしている人々がいた。和やかに冗談を混ぜつつまじめな話をしていた。
そこにだれかきた。いつの間にかわらわらと人が群がった。見物には喧々諤々と話を始めた。様々な感想を述べ始めた。そのうちそれらの見物人の外側にもまた見物人が集まり始めた。喧嘩が始まり,違う話で盛り上がり始めた。誰かが勝手に代弁をし,誰かが勝手に投影をし,あるものは何をとちくるったか愛をささやき始め,またあるものはぶつぶつと自分のコンプレックスについて述べ始めた。井戸端会議をしていた人たちの声はもうどこにも届かなくなった。いつのまにか始まった喧嘩にひとびとはまたひきつけられて引いていった。みなどこかへ言ってしまった。
発端を見ていたのはごく数人であった。発端となった人を見ていたのはごく数人であった。黙り込んだ発端となった人々は森羅万象について考えていた。誰もその声には耳を傾けなくなった。そうして,いつの間にか,誰もいなくなった。