食べ物は無ければ生きていけないが
好きだ、愛してる!と言われ無くても生きていける。
(好きの反対=嫌いってわけじゃないからね)
増田にとって他人は道具でしかないんだね。
そういうのってあるのかもしれないね…。
うちも飲食関係だからお店をあけてるんだけど、機能も来たよ。
「ところで選挙なんだけどさ」
この切り出しだけで、もう全部先が読める。みなまで言うな。
そう思って、
「今回はダメそうだね。」
と、切り返すことにしている。
こんなに読む本がたくさんある!と思ってうれしくなる。
それほど本好きだったのに、抑うつがひどかったときには、文字を追うことすら苦痛だった。
今再び本を読むことができるようになって、本当に良かった。
まだ読んでいないたくさんの本がある喜びを大事にしたい。
今の私はボーナスでちょっとほしかったバック買えて、家賃払えてて、父親も母親も病気してなくて、弟も就職できて、東京に出してもらえてて、週末お酒飲む友達いて、夏は近場だけど旅行の予定があって、高校の頃就きたいと思ってた仕事(ちょっと体力的にきついけど)に就けてて、私も全然悪いとこなくて健康で、家にまだ読んでない本何冊かある。中学の頃なんかさえなくて、勉強も普通くらいだけど嫌いな科目多くて、どんくさくて、友達と遊んだあとぐったり疲れてたりした、比べたら上出来な私になったじゃんと思う。ちょっとさっきへこみかけたけど、まあまあ大人やれてるよなー。さて戻るか。
腋の下からのすっぱいオイニーですか?
よくわかんないな。
別にいいじゃん、悪口言われたって。
悪口を言われる(=陰口を叩かれる)パターンはいくつかあると思うけど、
(1)自分が悪くて悪口を言われてる場合
→自業自得だから納得。→終了。
(2)容姿とか生まれ育ちとか収入など、自分自身にはどうしようもないことで悪口を言われてる場合
→「しょうがねえだろ!」と悪態をつく。and 自分が悪くないことは自分が一番よく知っているので堂々と胸を張って生きてゆく。→終了。
(3)自分は悪くないのに誰かに誤解されて悪口を言われてる場合
or 誰かの悪意によって悪口を言われてる場合
→弁明が可能なら弁明する。and 自分が悪くないことは自分が一番よく知っているので堂々と胸を張って生きてゆく。→終了。
その悪口によって実害が出ていないうちは、こんな感じで受け止めれば痛くもかゆくもないと思う。
もちろん実害が出るほどの悪口を言われたら(そのせいでグループ内で孤立したり、クビを宣告されたりしたら)、
その都度対処しなきゃならないと思うけど。
あと、悪口を言う方のマナーってあるよね。
(1)仮に自分自身が言われても許せる範囲のことしか言わない。
(2)本人に面と向かって言えることしか言わない。
(3)反論されて、自分が間違っていたら素直に謝る。
それを守ってれば、悪口なんていくらでも言って構わないと思う。
何かしらの陰謀を感じつつ店をあとにした。
そういう考え方しかできないから何ももらえないんだよ!