先日裁判員に選ばれたとの通知が来た。世間では疎まれてるいる裁判員制度だが、私は裁判員制度に賛成だったから、むしろ喜ばしかった。私は人殺しが大嫌いだ。どうして人を殺してはいけないのかなんてことを聞くガキも大嫌いだ。そんなこと理由なんかなくダメに決まってる。そんなこともわからないなんてこの国の教育は本当にダメかもしれない。
そんな私はずっと思ってた。司法に参加して、そういったことを知らしめることができたらなって。だから、裁判員制度ができたときは喝采したし、今回の通知も小躍りするくらい嬉しかった。これで司法に参加することが、人殺しを裁くことができる。
被告は私と同じ歳くらいの若者だった。罪状は殺人。本人は公園で襲われたから正当防衛したと主張しているが、襲った3人の少年を殺してしまっているし、それに正当防衛どころか過剰防衛とも言えないくらいに無惨に殺していた。写真を見せられたが顔などは原形をとどめていなかった。無我夢中で気づいたら殺してしまったとのことだが、前途ある若者を、しかも3人も殺しているのだ。情状の余地はないだろう。
裁判員を交えた評議では他の裁判員は皆やる気がないのかほとんど発言をしなかったので、私は積極的に主張した。裁判官が故意があったかどうかなんて言っていたが、被害者の状況を見れば一目瞭然だろう。被告は我を忘れたなんて言っているが、殺すつもりじゃなければあそこまで無惨に殺せるものか。私が強く主張した甲斐もあってか、最初は中立だった裁判員も私の方につき、6:3で被告は死刑になった。
少し前に決まっていたとは言え、やはり判決が読み上げられたときはその思いもひとしおだった。私が大嫌いな人殺しを私の手で裁くことができた。それもやる気のない裁判員達を導いて。私が充実感に浸っていると、突然、被告がこちらの方を向き、
「よお、満足そうだな。あんた。」
喋りかけてきた。突然の事態に誰もが唖然としている中、男は滔々と続けた。
「俺は本当に殺そうと思ったわけじゃない。気がついたら死んでただけだ。突然頭を殴られ、倒れた後に更に蹴られ、わけがわからなかったしな。」
ようやく警官が男を掴み、裁判官が静粛にとの声を発するが、男の声は止まらなかった。
「だけど、あんたは違うな。その満足そうな顔。死刑に入れたんだろ?結構、結構。」
男は愉快そうに笑う。警官も大きな声でやめろと怒鳴っているが、まるで耳に入ってないかのように、ただただ愉快そうに笑っていた。
「何がそんなに面白いんですか!?」
恐怖よりも怒りが勝り、思わず怒鳴った。人殺しってだけでも許せないのに、それがこんな愉快そうに笑うことなんて許せるわけがない!
「何が?そりゃあんた、お仲間が増えることだよ。」
「仲間!?一体何の仲間が増えるっていうのよ!?」
「決まってるだろ?人殺しのさ。」
「――え?」
「そりゃそうだろ?あんたがたの意思で俺は殺されるわけなんだから。」
「な、何を言ってるのよ!私とあなたは違うっ…!」
「何が違うもんだい。それに殺す意思のなかった俺とは違って、あんたの場合は俺を殺そうとして殺すわけだから、俺より上だろう?それも人殺しを殺す。人殺し殺しってか?傑作だな。」
男を止めることは無理とわかったのか、警官はざわつく法廷から男を連れ出すことにしたらしく、男は警官に両腕を掴まれ出口へと歩かされていた。だが愉快そうな笑いは止まらなかった。
「ありがたく、思えよ。控訴はしないでやるよ。俺より上なあんたのために。」
不愉快な笑い声は男が消えた後も私の中で消えることなく残り続けた。
数年後。本当に控訴しなかった男の死刑が執行された。私は男の言う通り人殺しになったのだろうか。人殺しを殺した、人殺し殺しに。
無粋なつっこみだけど、判決文は 「よって(刑訴法●●条を適用して、)主文の通り判決する」だよ。