2007-02-22

M社の朝

日の出来事だが、日本のとあるMという大企業に行くことになった。

まず行きの地下鉄から何かがおかしい。S駅で乗ったときはまだ良かったが、O駅で何が変わったのか、突然大量の人間が入ってきた。「何だ、何が始まったのか」と思う暇も無く自分の体はぎゅっと押しつぶされてしまった。まるで身動きが取れなくなり、床に置いていたかばんが隣のサラリーマン(以下、佐藤)との間に挟まってしまったのだが、身動きが取れないのでかばんを拾い上げることもできない。僕のひじの関節が佐藤の脇腹に当たるようで、電車が揺れるたびに佐藤の口から軽いうめき声が聞こえる。僕もどうにかしたいのだが、体勢を変えることは出来ずどうしようもない。佐藤は歯を食いしばり、僕に抗議の目を向けるでもなく目線を斜め下に落としたままぐっと耐えている。僕の左側の若い女性(以下、由紀子)は体をガードするためにドアに向けて立っているのだが、その後ろから佐藤が覆いかぶさるようにぎゅーっと押し付けられていて、こんなのセクハラとかなんだとか言っている場合じゃねえぞという状態だ。新しい駅で人が入ってくるたびに由紀子はドアに押し付けられて、顔と窓ガラスの間はわずか1cmほどしか空いていない。口から出る息でガラスが薄く曇っている。後ろから押し付けられながら由紀子は苦しそうにするのだが、苦しさを殺してこちらも目をつぶって耐えている。

こんな状態はおかしい。人間性が完全に損なわれている。これじゃまるで鉱山の奴隷列車だと思った。この人たちは奴隷だ。果たして誰のために仕えているのか。そうかペットだ。家にいる犬は優雅に昼寝をし、奴隷が1日中働いて金を稼いで帰ってくるのを待っている。奴隷は犬に食事を食べさせ、散歩のお供をし、下のお世話をする。ペットは飼われているようで、実は主人だったのだ。

続いてM社のビルに着いた。地下鉄の駅からそのままオフィスビルに直結している通路を、黒い服の大群が脇目も振らずにまっすぐ進んでいく。蟻の行列のように途切れることなく続いている。しかも誰一人として口を開かない。気持ちの良い朝だというのに、外を見る人もいない。ビルのガードマンだけがセキセイインコみたいに「おはようございます、おはようございます」と繰り返し叫んでいる。これじゃロボットだ。

M社の出社時間は全員9時と決まっているらしく、一体何人居るのか分からないその大群は全員同じ時間にやってくる。そのためにエレベータ入り口待ち行列が出来る。エレベータは4基あるためにどれが最初に開くか分からない。黒い服の集団は、4基のエレベータの少し手前のポジションを先頭にきっちり2列に並んで待っている。行列の先頭には何かの印があるわけではないのに、その少し手前のポジションを先頭に列を作る事が徹底されており、エレベータが来て1基分の人間が前に進むとまた同じポジションを先頭に正しく整列をしている。集団の先頭の人間は、エレベータの「上」ボタンを押さなくてはならない。偶然先頭に立ってしまった彼は数歩前に出て、全員を代表して「上」ボタンを押すのだが、なんと驚くべきことにボタン押した後再び行列の先頭のポジションまでバックする。ボタンの位置で待っていればそこにエレベータがやってくるというのに、印の無い行列の先頭ポジションはとても重要なものらしい。

こうして、無言の黒い服を来た集団が超巨大ビルに吸い込まれ、M社の一日はスタートしていた。

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