「夫と子供への義務は最も神聖だ。それを放棄するのか」。
家を出ようとする妻ノラに、夫が声を荒らげた。彼女は言い返す。
「神聖な義務だったらほかにあります。わたし自身に対する義務です」
人生は夫に操られていたと妻が気付く。鍵を返し玄関を出る。扉が閉まる音。
イプセンの「人形の家」だ。女性の自立を考える作品としてかつてよく読まれた。
今年は没後百年だが、大きくは注目されなかった。女性の地位が向上したからであろうか。
そうとばかりも言えそうにない。女性を家庭に縛り付けるどころか、暴力を振るう事件の多さは目に余るものがある。
政府の調査によれば、既婚女性の二十人に一人が、命の危機を感じるほどの暴行を夫に加えられたことがあると答えた。
加害男は「バタラー」と呼ばれる。
夫や元の夫ばかりでなく、恋人の場合もある。他人の前では普通の男性だが、家の中ではまったくの別人だ。
一方、相手を許しがちな女性もいる。何度殴られても、もう一度だけ、とチャンスを与えてしまうそうだ。
近年はそんな心理研究も進んできた。
ドナルド・ダットン「なぜ夫は、愛する妻を殴るのか?」
ノーベル平和賞のあいつもバタラーかもな。 寛子夫人が週刊誌の対談で「私は若い頃主人に殴られたことがある」と洩らしたことから、訪米の際、米誌に「ワイフ・ビーター(妻を殴る.