■いま、L452R変異株がどれだけ増えているかを考える

インドで広まったL452R変異株について、統計的な視点からの考察。やわらかいのは、見出しだけ。長い。

イギリスではいま、どうなってんの？

まずはイギリスの変異株別の増減傾向を見ていただこう。(5月29日更新: 最新のデータを反映)

※ この数値は変異株の解析対象になった上で判明した人数であって、実際の感染者数はもっと多い。また、本当は時系列での増減にも解析比率によるブレがある。しかし変異株別の増減の比較には有効である。

※ 正確にはN501Yの列は B.1.1.7 系統、L452Rの列は B.1.617.2 系統。他にも系統はたくさんある。日本ではこうした系統の区別ができるゲノム解析はごくわずかしか行っていないため、より簡易に検査できる、ウイルスの特徴を示す変異に着目した「L452R変異株」のような区別が主流である。

高いワクチン接種率に支えられて、少しずつゆるやかにされてきた行動制限の中でもN501Y変異株をどうにか抑え込んでいるが、それを尻目にL452R変異株が急増しており、表にはないが続く～5月22日の週では、速報値ですでにN501Yを逆転している。特に感染が拡大しているイングランド地方の最新の報告では、1週間ごとの増加率が「N501Yに比べて1.94倍」と予測されている。(あくまで目安だが、上記のイギリス全体での増加率は、N501Yに比べて2倍を超えて推移している)

東京は？ 誤差はさておき、計算してみよう

ひるがえって、東京はどうか。4月以降ちらほらとL452Rの感染者が見つかってはニュースになっているが、空港検疫と違って全数検査ではないので、「1人」とか「5人」といった、判明した人数に惑わされてはいけない。いまのところL452R変異株について統計的に得られるデータは健安研(東京都健康安全研究センター)だけが提供しているが、検査数が毎週100-200程度と少なく、特に感染拡大初期の数パーセントを拾って増減を分析するには、誤差がきわめて大きくなってしまう。しかし検証の土台として、まずはその少ないデータを元に、むりやりL452Rの実数を推計してみる。

※ N501Yの列は民間検査機関なども含めた、より精度の高いデータからの推計。

※ 誤差の範囲は「真の値は95%の確率でこの範囲に収まっているはず」という意味。検査数は健安研による L452R陽性者数/L452R検査数。

表に示したように誤差の範囲が非常に大きく、とても実用的な推計とは言えないが、それでも～5月23日の週には少なくとも72人以上のL452R感染者がいた可能性が高いと言えそうではある。ただ、この週に判明したL452R感染者6人のうち5人は同じ場所に住む濃厚接触者ということなので、統計的にはそれらをまとめて1例としてカウントするべきである可能性がある。その場合は、次のようになる。

こちらの方が妥当かどうかは、都の変異株スクリーニングのポリシーが統計的な配慮に基づいているかどうかによる。本来クラスターなどによる積極的疫学調査は統計からは慎重に外すなどしなければならないが、あまり徹底されていないのが実態である。しかしこうした誤差の大きな推計であっても断言できる数少ないことは、「107人以下の可能性と、107人以上の可能性が、等しい」ということである。

じゃあ、ねずみ算のシミュレーションなら？

では次に、誤差の大きな検査からではなく、イギリスの報告書にある「1週間ごとの増加率がN501Yに比べて 1.94倍」という予測を元に、都内最初の判明例である「～4月11日の週に4人いた」ことを起点にした、ねずみ算のシミュレーションを行ってみる。

1.94倍にすると非常に大きく膨れ上がってしまったので、1.80倍、1.60倍、1.40倍によるシミュレーションも併記した。なお、イギリスでも当初の予測は 1.76倍 だったし、2.10倍とされたこともある。まだデータのある期間が短いので、1.94倍という数字も今後大きく変わる可能性がある。ともあれ、ここに挙げたどの倍率を採用するにせよ、～5月23日の段階でそれなりの感染者数に達している現実的な可能性があることがわかる。

※ イギリスでのL452Rの当初予測は実効再生産数として「N501Yの 1.5倍」で、これは実効再生産数の定義に基づいて前週比に直すとおよそ 1.76倍 となる。

また、このようなねずみ算のシミュレーションでもっとも大きな因子は、起点とする人数と日時であるが、起点の4人は数少ない東京都の検査でたまたま引っかかっただけで、この時すでに5人以上いた可能性がある。ただ、その場合は上記の表よりもっと膨れ上がることになってしまうので、実態にそぐわない。いっぽうで、この4人からの感染の連鎖のうちいくつかが、幸いにも早期に収束していた可能性もある。特にCOVID-19は、多くの収束事例と小数のスーパースプレッダーの組み合わせで広まっていくことから、人数が少ない最初期のシミュレーションは、ブレが大きくなりやすい。そこで、イギリスの 1.94倍 という数字がやはり精確であると仮定して、最初の4人のうち何人かがすぐに収束していた場合もシミュレーションしてみよう。

改めてだが、人数が少ない最初期のシミュレーションはブレが大きくなりやすいので、実際に意味のある数字として比較検討できるのは、100人を超えるあたりからと考えてもらいたい。それまでは、10人の感染者がそれぞれ誰にも感染させずに収束することもあるし、1人がいきなり10人に感染させることもある。逆に、全体で100人を超えるほどになってくれば、いよいよ感染の拡大は統計の力で動き出すことになる。

ところで、N501Yは、従来株より感染力が強いはずでしょ？

さて、最後にまた別の視点からもL452Rの実数を推計してみたい。ひとまず以下に示すのは、L452Rではなく、「N501Yの感染力が、従来株に比べてどれだけ強いか」を、それぞれの前週比同士の比で表した表である。

最初の週は、その前週のデータが少ないために誤差が大きくなっているが、最初と最後の週を除けば 1.39-2.16 という範囲で、N501Yの高い感染力を示している。イギリスでの 1.65-2.46倍 という報告や、日本全体での 1.48倍 や 1.76倍 との予測にも、おおむね合致している。しかし最後の～5月23日の週の 1.03 に限っては、「従来株とN501Y変異株が、ほぼ変わらないペースで減っている」という意味の値であり、これはなかなかありえることではない。もちろん1週単位であれば統計的な誤差が極端にブレることもあるかもしれないし、あえて理由をひねり出すなら、「N501Yの感染力の強さ」が少しずつ国民に浸透してきたおかげで、「従来株なら防げていたけど、N501Yは防げない、対策の穴」がどんどん塞がれた結果と考えることはできるかもしれない。(5月31日追記: また一般に、周囲に誰も感染者のいない状態からスタートする最初期に比べて、濃厚接触者や行動範囲などの人間関係の都合上、必然的に自分より先に感染した相手が周囲にいる状況では、感染力の数字は低くなる傾向があるとは言える)

※ N501Yの感染力比は、実効再生産数としてイギリスで報告されている 1.43-1.90倍 や、日本全体での 1.32倍 や 1.5 倍という予測値を、実効再生産数の定義に基づいて前週比に直して考察した。

とは言え、急に 1.03 という値が飛び出すよりは、これまでと近い値になるほうが自然だろう。そこで、ひかえめな仮定として「少なくとも、N501Yの感染力比(B/A)は 1.20 以上であるはずだ」という下限を考えてみる。そうすると、減りが鈍いように見えていた従来株の中に、実は急増するL452R変異株が含まれていたせいで鈍く見えていた可能性が浮かんでくる。

この時、唐突に～5月23日の従来株にだけL452Rが含まれるはずがないので、そこに至るもっとも妥当なL452Rの増え方として、先ほど4人を起点にねずみ算をシミュレーションした「1週間ごとの増加率がN501Yに比べて X倍」という変数を用いて、ありうるパターンを推計してみる。すると、L452Rの増え方が「N501Yに比べて 1.59倍」であれば、～5月23日のN501Yの感染力比(B/A)が、ちょうど従来株より 1.20倍 になると計算できる。

また、L452Rの増え方がイギリスと同じ「N501Yに比べて 1.94倍」だとしても、最初の4人のうち3人からの感染が運良く収束していたとすれば、やはりN501Yの感染力比(B/A)としてちょうど 1.20 が得られる。

いずれも、増大するL452Rを差し引いたことで、従来株の減りが鈍く見えていた問題が解消されており、いわゆる都民の緊張のバロメーターとしての従来株の前週比(A)も、都民がよりがんばったはずの数字として表れている。また、最後の週の感染力比(B/A)を無理やり 1.20 に至らせたおかげで、それ以前の週も数字が大きくなっているが、それでもN501Yの感染力を示す数字としては妥当な範囲に収まっている。

いずれにしても「N501Yの感染力は、従来株より少なくとも 1.20倍 は強いはず」という仮定の下では、どのような数字を組み合わせても、～5月23日の週にはL452Rの感染者が200人程度は含まれていそうである。そして、他の週と同様のより大きな倍率を仮定すれば、すでに 300 や 400 を上回るほどのL452Rが存在していることまで想定しなければならない。ここまで、できるだけL452Rの実数を少なく見積もれるような推計をしてきたが、多く見積もった場合の参考例として、L452Rの増え方がイギリスと同じ「N501Yに比べて 1.94倍」で、最初の感染者を2人からスタートさせたパターンも示しておく。

この場合、～5月23日の週の感染力比(B/A)が 1.53 と妥当な値になっているほか、L452Rが従来株とほぼ同じ数になっている。いっぽうで、都民の緊張のバロメーターとしての従来株の前週比(A) 0.53 は、酒類の提供が制限されたことを踏まえても、小さくなりすぎだろうか？ 大阪では今回の宣言中に 0.45 を達成した週もあることから、東京での 0.53 もありうる範囲だと言えるかもしれない。しかしいっぽう、大阪の 0.45 は連休の週でもあり、また医療の逼迫の伝えられ方も深刻だったため、東京がそれと同様の緊張感を持っていたというのは考えにくいとも言える。なお、推移の傾向としては、緊急事態宣言の開始から約4週間かけて 0.66 の底を打った前回の宣言と符合する上に、実際に今回は繁華街での滞留人口も、前回宣言時よりも減少している事実もある。(ただし、すでに底は打って上昇傾向にある)

N501Yの教訓を活かしたいけど・・・

大きめの数字として示した最後の推計を元に将来予測したとしても、L452R変異株が 258 から 405 へと増えた勢いを保つなら、次は +231人 増加の 636人 となる。しかし緊急事態宣言の効果が続いて従来株やN501Y変異株がそれ以上に減少することを考えると、毎日、毎週の感染者数に与えるインパクトはまだ小さい。しかし、それがインパクトのある数字になり始めたころには、すでに手遅れになっている恐れがある。それは実際に、N501Yの爆発的な増加で経験したことでもある。

まもなく、日本の各社からL452R対応のPCR検査キットが続々と発売される予定なので、おそらく来月以降、健安研だけでなく民間での検査も始まるなどして、より精度の高い実数推計ができるはずである。本来はそうした精度の高いデータを得てから自信を持って推計したいのだが、のんびりしているとすぐに従来株を逆転し、N501Yよりも多くなって、感染拡大の主流となってしまうだろう。ここでもう一度、イギリスの推移を掲げておく。

やはり、のんびり数週間待ってはいられない。データが少ない中で、「かもしれない」というレベルで推計するしかない。しかし、東京の～5月23日の段階でL452Rの感染者が、ひかえめに見ても週に100人程度はいるはずだということは、相当の確信を持って言うことができる。週200人なら「かもしれない」で、週400人は「最悪の可能性を考えれば」というレベルだろう。特に声を大にして言いたいのは、ニュースに現れる「1人判明」とか「5人のクラスター」といった人数に惑わされてはいけないということ。現時点では1日あたり、たった15-30人くらいしか、L452Rの検査ができていないのである。

※ 日本での変異株の調査は、これまでのところ数としてはほとんどがN501Y用のPCR検査であった。新たなL452Rの変異にはL452R対応の検査キットを新規に用意する必要があり、突然現れる変異株への対応には不向きな体制になっている。いっぽうでイギリスは、個々の解析自体にはより手間がかかるものの、どんな変異でも詳細に系統まで確定できるゲノム解析を大規模に行っているため、結果的に新しい変異株への警戒が早期にできている(ただし、タイミング悪く5月17日に行動制限を緩和するなど、適切な対応までできているとは言えない)。日本でも大規模にやれる技術 https://www.shimadzu.co.jp/news/press/r073msp1316mq4ja.html はあるのだが、予算の問題か指針の問題か、いまのところ活用されている様子はなく、ゲノム解析の拡充は小規模なものに留まっている。

なお、ここでは東京について考察したが、従来株(と思われてきたもの)とN501Yに対する増減傾向の食い違いから、愛知や大阪でもL452Rが拡大していると思われる。(5月29日更新: 当初「可能性レベルでは、沖縄も」と書きましたが、最新のデータによればその可能性はやはり低く、沖縄での感染者の急増は主にN501Yによるもののようです)

イギリス資料: COG-UK/Mutation Explorer

http://sars2.cvr.gla.ac.uk/cog-uk/

イギリス資料: Investigation of SARS-CoV-2 variants of concern: technical briefings

https://www.gov.uk/government/publications/investigation-of-novel-sars-cov-2-variant-variant-of-concern-20201201

東京都資料: 変異株スクリーニングの状況

https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/hodo/index.html

N501Y変異株の爆発的な増加を知ってほしいという話

https://anond.hatelabo.jp/20210502201619

N501Y変異株の実数推計まとめ

https://anond.hatelabo.jp/20210513153302



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