2008-03-26

冷徹の失恋

男は冷静であることを心がけていた。今までの失敗は周りが見えなくなったときや、過剰に物事を気にしすぎたときに起こっていた。冷静に、中立に、心穏やかに。そうあれば、正しい判断が行え、少なくとも失敗を犯しにくい。そう信じていたし、事実そう心がけるようになってから、ミスは減った。失敗が減ると、より心は穏やかになった。

が思わぬ弊害が出てきた。どんどん男の感情は乏しくなっていくのだ。驚くことも、感動することも、悲しむこともない。冷静な判断を下せるように、全てのことに一呼吸開けて反応できるようになっていた男には、全てが単なる事象となり、大抵のことは彼の心に影響を与えなくなっていた。いや、まったく驚いたり感動したりしないわけではない。ゆっくり考えて、これは凄い。もともと好奇心旺盛であった彼は、そう思うことは良くあった。ただ咄嗟に反応することはなかった。場の空気を読んで、驚いてみたり感動してみたりすることはあったが、そんな時に出てくる男の言葉がどれだけ薄っぺらく、嘘っぱちなものであるかは、当の本人が一番良く分かっていた。それが男は苦しかった。

短期的な反応以外にも弊害はあった。男には人の好き嫌いがなくなっていった。第一印象でその人を判断しない。判断しないというよりも、ある程度の期間付き合ってみるまで脳内でその人のことは保留された。そしてある程度の期間付き合ってみると、その人の良い面も悪い面も見えてくる。そうすると付き合いたくない人というのが居なくなる。皆どこかしら良い所がある。不思議なものでそこを最大限尊重して人付き合いをするようになる。男には凄く嫌いな人が居なくなった。

が、男には凄く嫌いな人が居なくなった反面、凄く好きな人も居なくなった。男には好き、嫌いという感情が乏しくなっていた。男がまだそれほど冷静ではなかったころに初恋をした。確かにあれは恋だった。確かに好きだった。今、好き嫌いの感情が乏しくなった男には、恋している、というほど好きという感情がなくなっていた。ちょっと好きかな、という人が居る。でもこれは本当に好きなのだろうか。その人にあなたのことが好きです、そう伝えられるほど好きなのだろうか。男には分からなかった。

また別れの季節を迎えた。男はあいまいな好きを抱えたまま、別れを受け入れてしまいそうだ。男はなによりも確かな"好き"がほしかった。

  • 俺そんな感じかも なんだろう。 昔は好きな人いたはずなのにな。 嫌われるのが怖いのかもしれない。 自分から告白出来ない。 ちょっといいと思っても、冷静になれば付き合う程じゃな...

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