2007-04-02

母を捨て、俺を捨て、若い女に逃げた父親

夜になると父と母が激しく口論するようになったのは俺が小学五年生の頃だった。

口論は俺が布団に入ってから始まり、俺は何も出来ずに布団の中で耳を塞いで

「朝になったらきっと仲直りしている」と願掛けをして眠るしかなかった。

次第に口論暴力を伴った。父は母を殴った。泣いても殴った。謝っても殴った。

この頃になると俺も布団を飛び出し、制止しようと泣きながら叫んだが

それより大きな声で父は怒鳴り、俺を殴って黙らせた。

そして、俺の願いは届かずに母は家を出ていった。連絡先は今もわかっていない。

母が出ていって一ヶ月も経たずに、父は「外食をしよう」と俺を連れだした。

ついた先はたまに行く中華料理店でもファミリーレストランでもなく、

家から少し離れた場所にあるアパートの一室だった。

扉を開けて俺と親父を出迎えたのは若い女性だった。見覚えがあった。

前に親父の仕事見学しに会社に行ったときに俺の相手をしてくれた人だ。

つまり、親父は自分の会社の女を愛人にしていたのだった。

彼女会社を辞めさせ、アパートを借りて住まわせたのだった。

それからの生活は彼女が夕方になると家に来て晩飯を作って、アパートに戻る。親父は帰ってこない。

親父は彼女アパートで寝泊まりをして、俺を一人にしてほったらかした。

俺の存在を気にせずに彼女セックスしたいとか、そんなくだらない理由だろう。

飯はくれたし、夜に友達を呼んだりできて、自由と言えば自由だったが

小学校の高学年からほとんど親と顔を合わせられない生活をさせられたことは

今でも恨んでいて、母を暴力で追い出して、俺を女とのセックスのために突き放した親父は最低な奴だと思う。

俺にもそんな最低な父親の血が流れてることを実感して怖くなることがある。

学校が終わると、女のアパートに行き、親父の女を抱いた。

彼女は昼は俺を、夜は親父の性の相手をした。親父に限らず、俺も最低だ。最低な親子だ。

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