2007-03-11

私は散歩が好きだ。散歩をするといろいろなものを見ることができる。楽しかったことや、嬉しかったこと。辛かったことや悲しかったこともあるけど、それでも私は散歩が好きだ。

ある時、私は、いつものように中心を見て回るのにも少し飽きたので、いつもは行かない離れたところに足を向けた。そして、初めて気づいた。そこから先に行けない場所があることに。初めは景色が変わらなかったので、先に進めないと気づいたときは驚いたが、その場所でようく目を凝らしてみると、そこから先は何もなかった。見えていたのは幻だったのだ。私はどうにかしてその先へ行こうとした。しかし、どうやってもそこには行くことができなかった。走っても蹴っても、道の石をぶつけても、落ちてた木で殴っても、何をしてもだ。精神的にというよりも物理的に、言葉で言うならば「不可能」であった。絶対的に無理であった。苛立った私は散歩をやめて帰った。

腹立たしい。何なんだろう、あの壁は。私はそのことで頭がいっぱいだった。しかし、ふとあることに気がつく。壁は本当にあそこだけなのだろうか。急に不安になった私はまた散歩に出かけた。もちろん、散歩なんて気分でも、速度でもなかったから、正確に言えば、駆け足で調査に向かった。そして、まず、さっきの場所へと行く。試しに進もうとしてみるが、やはり進めない。とりあえず、壁の際に目印用の石を3つ積み、逆方向へと向かった。いつもの楽しい場所を抜け、しばらくすると壁にぶつかった。ぶつかるまでは向こう側の景色が見えていたのだが、それはやはり幻で、ぶつかると見えなくなり、何もない空間だけが取り残された。叩いてみても蹴ってみても、ぶつけても壊そうとしても、やはり効果はなかった。恐ろしくなった私はそこに石を積むと、今度は90度右の方向へと向かった。さっきよりも駆け足で。急いで向かった。壁にぶつかった。壊そうとした。無駄だった。石を積んだ。壁を探した。壁にぶつかった。壊そうとした。無駄だった。石を積んだ。壁を探した。壁にぶつかった。壊そうとした。無駄だった。石を積んだ。壁を探した。壁にぶつかった。壊そうとした。無駄だった。石を積んだ。壁を探した…………

壁だらけであった。しかも、私がいつも散歩をする場所から少しの場所で。ぐるり360度と囲むように。私はこんなにも狭い場所を、壁に気づかず全てだと思って、ぐるりぐるりと散歩していたのか。辛いというよりも呆れ、悲しいというよりも笑えた。なんだか空っぽな気分になった私は、今更中心部で散歩を楽しむことなんてできなかったので、壁に沿ってぐるぐると回っていた。しかし、それも疲れたので、そこで歩くのをやめた。もう疲れ果てて、歩けなかったから。立ち止まって呆然としていると、目の前に石が積んであった。3つ積んであったので、最初に見つけた場所だろう。こんな場所に来なければ、こんな壁を見つけなければ、楽しい散歩が続けられたのに。こんな気持ちになんかならなくて済んだのに。そんな思いで、壁を睨みながら、私は石を蹴飛ばした。石はからんからんと力なく転がった。そして蹴った勢いに耐えきれず倒れ込んだ。もういい。もういいや。と目を閉じた。いや、閉じようとした。しかし、ある思いがそれを拒んだ。

―――え?石を蹴飛ばせた?壁の際に積んだ石を?壁の方向へ?そして転がった?

私は疲れ果てた心と体に鞭を打ち、再び起きあがると、石を確かめた。確かに壁の方向へと転がっていた。もしかすると、と思った私は、疲れ果てているにもかかわらず、駆け足で反対側へ向かった。早る気持ちが足取りを軽くした。そして反対側の石へと辿り着くと、ゆっくりと息を吸い、呼吸を整え、何もない空間を睨みながら、力一杯石を蹴った。すると、足は壁に当たることなく振り抜け、石は力強く何もなかった空間へ、そして今はある空間に、からんころんと転がった。嬉しくなった私は石を置いた場所に行くと、力強く石を蹴った。蹴った。蹴った。蹴った。蹴った。…………

壁はなくなっていた。いや、正確に言えば後退しただけであって、そこには厳然として壁はあったが、今となっては些末なことだ。壁があった場所にもう壁はなかったし、その壁だって動かせないわけではない。私が動かそうと思えば、わずかではあるが、動かすことができるのだ。それはもう壁ではなく、単なる仕切りも同然である。考えるに、壁を認識し、それをどけようと、押し出そうと、空間を広げようと、干渉したのが作用したのだろう。確かにそれは疲れるが、やれば動かせるのだ。広げられるのだ。可能なのだ。不可能ではないのだ。それだけで、私は嬉しくてたまらない。

私は散歩が好きだ。散歩をするといろいろなものを見ることができる。曇り硝子の兎に、顔が縦に何十も繋がってる蛇。何でも食らう丸いザブンに、それらを写してからかう鏡の体の猿。そんなものを見ることができる、少し広がった空間を散歩するのが大好きだ。そしてこれからも、いや、これからの方がもっと大好きになるだろう。壁を押しやり、空間をどこまでも広げ、私の散歩はいつまでも続くのだろうから。

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