2008-09-22

エヌ氏恐怖症

エヌ氏は偉大な作家だった。主に短篇で、生涯に10000以上の作品を書き、その作品は広く愛読されていた。彼の名前を知らぬ人等この国には存在しなかった。

一方、いろいろな問題から、著作権が厳格に適用される時代になってきていた。作品の複製だけでなく、アイディアの類似したものでさえ、違法とされていた。もし法律に反すると、多大な罰金が課せられるようになっていた。

このことは、出版の世界で非常に問題になっていた。まず、出版社に入社すると、エヌ氏の作品を読むことを強要された。研修の半分はエヌ氏の作品熟読にあてられた。それから作家志望の青年などが出版社に来ると、まずは「エヌ氏の作品は読んでますか」と聞かれた。もし「いいえ」と答えると、「では、まず、エヌ氏の作品を読んでから来てください。類似した作品があると大変ですから」と返され、作品は読まずに捨てられるのだった。それでも、いろんな人が一生懸命努力したおかげで、このことが問題になることはなかった。

ところが、ある日、大事件が起きた。作家のエス氏の作品が、エヌ氏の作品に似ていると指摘されたのだ。エス氏は、著作権が厳格になる前に作家になった古い人だったので、エヌ氏の作品を読んでいなかったのだ。これを聞いた編集長は青ざめた。「早くなんとかしないと」

とはいったものの、一度噂になったものは取り消せない。新聞社が取り上げ、週刊誌が特集を組んだ。結局彼らは裁判にかけられて、多大な罰金を払うことになり、その罰金出版社倒産してしまった。エス氏も作家を辞めることになってしまった。


……ふとここまで書いて僕は不意に思った。この話と同じアイディアが既にエヌ氏にあるんじゃないか、と。そう思って、僕はエヌ氏の作品を一から読み出していった。

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