増田たちがこんなに弱者男性にみんな興味があるの、意味が不明すぎる。
弱者男性が存在すること、それは根本的に救うのが難しいこと、それでも結構な量は公共の福祉や本人の努力によって救われること、救われるのは所詮全体ではないこと、全て当たり前のことだと思うんだが。
話してわかるかもしれないことや、思考したい問題点がなんにもない。
弱者なんだから、リベラル的に救おうね、で終わり。 その仕組みは公的扶助と就職支援と教育と婚活援助でだいたい全部だ。全部もうある。
なんだろな、フェミニズムがアイデンティティの一部になってる奴らば、これについて考えざるを得ないのかな。
男性は強者である、女性とは別である、という話でないと自己の中の正当性が保てなくなるのか。
いや、もっと実利の話もあるな。
もじ弱者男性を救うのが公的扶助でしかないのなら、弱者女性にも公的扶助さえあればいいことになる。それはフェミニズムが今まで主張してきたこととは食い違うから、弱者男性のための特別なメニューも考えないといけない。それが増田たちの「考えたい問題点」で、興味をそそられるテーマなのかも。
じゃあそれについて自分で考えてみることにする。弱者男性はやはり男性なので、女性と違って存在自体には直感的な価値がなく(全ての女性は良しにつけ悪しきにつけ財宝である)、特別なメニューを考えること自体に意義を見出すのが難しい。なにしろ男女関係なく、弱者っていうのは基本的に無能で愚かだから弱者なんだ。女なら無能でも良かったけど男ではどうか。KKOの時も発見された事実だが。無能な男性同僚のことを考えると、それみたいなやつを弱者男性と扱って援助することに、直感的な理不尽さをヒトは感じずにはいられない。それは弱者男性自身すらそうであろう。
ここには男女平等に反する、女性優位な部分が直接的に含まれていて、それがまた炎上の種になる。ツイフェミは直感を擁護するためにお気持ち理論を後付けで作り出し、反フェミたちはガバガバなお気持ち理論を論破して気持ちよくなり、増田は盛り上がる。
あーなるほど、これはたしかに盛り上がるわ。フェミニズム炎上の、女性側発信パターンと男性側発信パターンが、両方同時に起きているんじゃないか?
でもやっぱ、結局現実では公共の福祉と自助努力で救われたことにする以外ないと思う。そして男女関係なくそれを適用すべきなんだろう。男性向けメニューを新しく考えたりするよりは、女性用の特別な救済メニューを消し去って男女関係ない弱者救済メニューに戻るべきなんだろう。
叩いてもよさそうな人間がいたらとりあえず叩いてみるというのがネット共通の文化やから
石橋を叩いて壊すっていうやつだね
たぶん五人ぐらいの弱者男性増田が日記を書いてるやで 分身ブコメが面白がってブクマつけてるやで
五人もおらんやろ。せいぜい2・3人やで。