例のストーカー加害者、3年前にも別の人にストーカー行為をやってたらしいけど、その時に加害者を癒せなかったのが今回の犯行につながってるのでは?
ネット上では被害者を守るという視点から警察力の強化に期待する声が大きいけど、むしろそうしたことに意味がないというのが今回の教訓では?
3年前、警察に圧力をかけられた加害者はストーカーをやめた。でも、一時的だった。結局、ストーカー気質は変わってなくて別の人が被害にあってしまった。
警察が頑張って予防拘禁しても同じことになるだけでは?一時的には被害者は守られるかもしれないけど、ストーカーの性根が変わったわけじゃない。
必要なのは、被害者を守ることではなく、加害者を救うことだったのでは?
加害者がキモくて金のないオッサンにならないよう、マクロな面、ミクロな面から支援していくことが必要だったのでは?
そりゃ恵まれた人を擁護したり守ったりするのは楽しいけど、悲劇を本当に無くしたいなら加害者みたいな男性こそ積極的に助けるべきでは?
文面自体から漂ってくる感じだけで判断すると、ものすごい思い上がりとしか言いようがない。 まず自分が救う側に立ってこういう人間になることはないという勘違いに満ち溢れている...
親鸞乙
止めないからどうぞ救ってやってくれ できるものならなw
警察小説書いてるマイクルコナリーの最近の作品では主人公が性犯罪加害者の救済活動してる女性と付き合ってたりして時間の流れを感じる
なんでこの流れで死刑を推奨しないのかわからない
お前が癒してやればいいんじゃね? 自分でやるつもりは全くなさそうなのが気になった
脳味噌腐ってるなぁとしか http://anond.hatelabo.jp/20160529183104