思うのは、多くのことが「ごっこ遊び」に見えるということ。
皆、何かの役割を演じて、その役割がする事の不出来に関わらず何か一つのやり応えを感じている。
周りに、この役を求められたから精一杯演じて、
この場面ではこうするのが適切だからと納得し、
皆、筋書き通りを求めている。
貶す側の人間、貶される側の人間、それぞれにストーリーがある。
しかし、知る事が出来るのは自分側のストーリーのみ。
「私のストーリー」以外に物語は無く、「私のストーリー」以外に題名は無い。
「私のストーリー」に出てくる人物には一方的にデータが振られ、
「私」に起こるのは素敵な出来事。
しかし、これらに実りは無く、「ごっこ遊び」に見えてしまう。
書いてて気付くのは、己の幼稚さ。
Permalink | 記事への反応(2) | 02:28
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人生に意義や意味を求めた結果だろ。 意義や意味のある人生を送れる人は稀だ。 それ以外はごっことごっこ未満。 理由は簡単。能力がないから。 カーナビないと運転できないとか、そ...
能力があったところで、人生に意味などないよ。 君は、君自身が無能であるために「能力があれば意義のあることができる」という幻想が振り払えていないだけだ。
書いてて気付くのは、己の幼稚さ。 うん。むしろ文章力のなさだね。