クラスにも友達と言える人間はおらず、俺は自分を苛められっ子だと思っていた。
意識を変えてくれたのは、逃げるように退部した3つ目の部活の部長。
馬鹿にするなと書き殴った紙を同封した退部届けに、部長は手紙で返事をくれた。
「○○くんは自分から一人になっているよ。自分がしたいだけの話を皆に聞いてもらえるのは、
小さな子どもだけ。みんな、誰かの話で笑ったり学んだりしたいんだよ。
コミュニケーションってそういうことでしょ。○○くんは、他人の下手な日記帳を読みたい?」
自分の姿を突きつけられて恥ずかしくなった。顔から火が出るっていうのはこういうことかと。
それから俺は努力した。馬鹿にしていたお笑い番組やトーク番組を見て研究し、
人はどういう話を面白いと思い、意義深いと思うのかを探った。
もちろんすぐに上手くいった訳ではなく、山ほどの失敗を経たが、大学時代の半ばには、
どうにかクラスカーストの真ん中ぐらいには位置できるようになっていた。
今でも常に気を張っていないと変なことを言いそうで、対人関係のストレスは尽きないが、
大抵の人とは普通に笑って話せるようになった。
その甲斐もあって、今春、ある企業に就職できた。同期は約30人。男性も女性も、騒がしすぎず
根暗すぎず、長く付き合っていけそうな、感じの良い人ばかりだ。たった一人を除いて。
その一人だが、仮にAくんとしよう。彼は中学時代の俺そのものだ。
昨日自分の父親がこう言っただの、我が家のお茶はこの銘柄のこれと昔から決まっている(理由は
知らないらしい)だの、山もオチもない話を長々としてくる。呆れて周りが無視すると、
「俺は怒っているぞ」という暗いオーラを撒き散らしながら、一人で机に向かっている。
食堂の片隅で、どこか遠い一点を見ながら、一人で昼食を頬張っている。
昔の惨めな自分の姿を毎日見ているのは正直辛い。
道義的には、部長がしてくれたように、俺はAくんを救うべきなんだろう。
だけど、血を吐くような恥辱に耐えて這い上がってきた苦労の成果を、他人のために
危険に晒したくない。猛特訓を積んだとはいえ、俺はど真ん中のリア充とは程遠い。
彼らにいじってもらい、8割以上の打率で望まれるリアクションを返して、どうにか
今の地位にいる。もし俺がA君の庇護者になることで彼らと距離を置かれたら、
俺は一気にA君がいる大気圏外へすっ飛ばされるだろう。
リア充の権化みたいだった部長とは違うんだ、俺は。サッカー部と会社だって、脱退の難易度が全然違う。
毎日自分にそう言い聞かせてる。罪悪感で潰れそうだ。
別に罪悪感など持つ必要はない。 人を救うことはそんなに簡単なことではないし、同期の人間よりも上司の責任だ。 孤独のままにいることが自然な人もいるとオレは思う。 ただ、リア...