2010-02-24

今朝の始業前。

職場で普段フィギュアスケートなんで見たこともないような人が言う。

「あの子は何かに似てると思ったら片岡鶴太郎だ。トリノのときは金太郎みたいだったけど」

私はスケオタの端くれで、その『あの子』を私はトリノ前から長い間応援している。

チケットの取れる試合もショーも見に行った。

初めてアスリートファンレターなんて出したりした。

そんな彼女鶴太郎と言われて(似てねえよ!)と青筋を立てながら

女の子鶴太郎は可哀想じゃないですか」とか言ってお茶を濁した。

グランプリファイナルも全日本選手権世界選手権も毎年(テレビでは)散々騒がれているのに、その間に彼女が浮いたり沈んだり、また浮き上がったりしたことも全然関係なく、ただ『オリンピック』というだけで4年ぶりに彼女認識した人が言う。

トリノのときはあれで金とってタレント転向するつもりだったんでしょ。意識が甘すぎで浮かれすぎじゃない」

私は昨日彼女自伝を読んだばかりで、あなたは彼女の何をわかってそんなことを言うのか、とあの時のマスコミの暴走といい加減さと、日本のエースとしてプレッシャーを受けつつも今日素晴らしい演技をした少女より年下だった当時の彼女の対外的な拙さと心理状態とを説明しようとしたけど、一瞬で無駄なことと悟った。

そしてこういうのもまた『五輪呪い』なのかと思った。

スノボ関連でオリンピックに出るのを渋る選手に、コーチが「オリンピックに出ればみんながお前を知ってくれる」というようなことを言ったという記事があったけど、その『みんな』の大勢はオリンピックの前も後も頑張ってる『お前』のことはどうでもよかったりする。

どんな競技であれ力のある素晴らしい選手が、4年に1度のその時に力を出せなかっただけでその時しか見ていない人に『たいしたことない選手』として認識され、マスコミを鵜呑みにした好き勝手世間話として語る。

それが五輪

だからこそ、ファンとして選手には今の素晴らしい力で自らリベンジしてほしいと思う。

4年の間を見てこなかった大勢に、その4年間で成し遂げたことを見せつけてほしい。

ショートプログラムを終えて、順位はともかく厳しい点差かもしれない。

それでも彼女はそれができると信じている。

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