もう五年か六年前の話。
高校生だった。夏休みだった。ある日祖母が入院した。検査入院だった。
でもその夜のうちに、「容態急変」の電話がかかってきた。電話を取ったのは母で、おれにだけ告げてすっ飛んでいった。
母がおれの部屋の戸を叩いたとき、その最中だったから。中断させられてしまったオナニーを続行した。
容態急変の意味は分かってた。薄々そのあとのことも予感していた。だけどとりあえず、途中だったし、暇だったし、他にすることもないし、親父と兄貴は何か話していたけど、おれはそこに混じるのもめんどくさかったし、
部屋に籠もってオナニーして後始末してぼけっとしてたら母親から電話がかかってきた。
「だめだった」と泣いていた。「そう」と言って切った。それから今度は親父にだけ伝えて、おれは寝た。
葬儀のときもおれは泣かなかったし、泣くじゃくる母親がおれの手を握ろうとしたけど避けた。祖母の遺体にも触らなかった。
言ってみれば人の死、悲しみとか、そういうものに向かい合う最初で(現在のところ)唯一の機会を、おれはオナニーしながらぼけっと見過ごしていたってことになるのかなと思う。
祖母が一人で死んだ夜、もしかしたら死んでいってる最中に。
そのことを思い出すだにほとほと呆れ返るし、なにか重大な間違いをしたんだって気さえするんだけど、
最低限の羞恥心のおかげで、このことは誰にも話したことがない。
一年前のちょうどこの時期、祖母が夢に出てきた。誕生日プレゼントだよと言ってなにかの鍵をくれた。
起きてからめそめそ泣いた。