娘がすごく可愛い。来年は中学校なのだけど、はっきりいって心配だ。進学するのは地元の公立中学で、荒れているという噂は聞かないが、レベルが高いという話も聞かない。もしかしたら、いまのうちから頭のおかしい思春期真っ逆さまの少年達が、娘をねらっているのではないだろうか。小学校六年生は既にリスト化されて、写真付きで情報がまわってるんじゃないか。そうなったら、ぼくの可愛い娘はどうなる。誰が守ってやれる?
奥さんは、全然心配してない。ふつう、こういうのは女親の方が心配するもんじゃないだろうか。そう言うと、決まって「過保護すぎる」と言われて娘を愛していることが娘の成長を阻害しているような気になってぼくは黙る。
娘のランドセルの色はオレンジで、僕はこれはどうかと思っている。ぼくらの頃は男子は黒で女子は赤だった。別にそれで誰も文句を言ってると思わなかったが、ぼくが男子だからだろうか。娘は赤いランドセルを嫌がり、鞄屋もちゃっかりとしていて別の色のランドセルを出してくる。困ったのは僕で、変なランドセルを買って返って、奥さんに叱られても怖いので、だけども子供のおつかいのようにおかあさんに電話してうかがいを立てるというのもプライドが邪魔をする。ほとんど自動的にぼくは同じ小学校区の会社の同僚に電話していた。
「よう」「おう」「いま、いいか?」「ああ、いいけど。あ、お前バカ。そういやバカだな。お前は」「なんだよ。何が」「ユキちゃんだよ。お前、こないだすごく口説いてただろ」「え、ああ、まあ」「何で小学校になる娘を溺愛するような奴が、家庭を危ぶませるかね」「あれは冗談だろ。みんな了解してるだろ、おれの癖は」「だからバカなんだよバカ。アホ。ミキちゃんは営業で直ぐ九州に移っちゃったからお前の癖なんか了解してないっつーの」
ぼくの悪い癖というか、ぼく自身はそんなに悪いと思ってないのだけど、酔っぱらったときに人を褒め称える癖がある。別にみんな気持ちよくなるんだから良いだろ?というのは強姦魔みたいで問題な気がする。丁度、こないだ研修で営業の同期が集まったときに、一緒に飲んだ。そのとき例によって酔っぱらった僕は近くにいたユキちゃんを褒めちぎったのだった。
「おれ、なんか言ってたか?」
「言ってたよ。かわいいだけで100回くらい言ったんじゃねえか。ねえ、後光がさしているよ。君は僕の希望であり太陽だ女神だ。まばたきしないでくれ、瞳をずっとみていたい。レーザービームだよ、君の唇は。そのくびれでスケボーしてみたい。粘土をつめてみたい。おっぱいにお椀をかぶせたい。どうだろう、少し、見せてもらってもいいかい?」
「セクハラだ」
セクハラが大好き、とは如何に。とその場は同僚が紫色のランドセルを買ったことを聞いて電話を切った。紫がアリなら、オレンジはだいぶんアリだろうと買って帰ったランドセルを見て、奥さんは怒った。ぼく達がけんかしている間、娘は何をしていたかというと買ったばかりのランドセルをぼくがゴルフクラブを磨く布で、磨いていた。ぼくと奥さんはそれを見て喧嘩する気もうせて、休日の午後を、嬉しそうな娘をながめながら、のんびりと過ごした。
ユキちゃんはおっぱいがでかく、身長も高い。いつもパリッとしたスーツにピンク色のシャツがまたいやらしい。だが性格は豪快な感じで、柔道と合気道を掛け持ちしてたとかで、どちらかと言うまでもなく文化系で運動不足の僕とは気が合わないように思うがそうでもなかった。特に深い付き合いもなかったが、メールがくることもあった。そして、ランドセルを買いに行った翌日にユキちゃんからメールではなくて電話がかかってきた。ぼくは、同僚の言葉を思い出して、少し身構えたが、全然、身構えが足りなかった。
「今、ミカタくんの娘さんと一緒に、えーと、預かってるんだけど」
「え、何、何で」
「誘拐しちゃった」