40代の女性、20代の前半とおぼしき男性が、あるファミレスのテーブルで朝食を食べていた。それぞれの年齢は、あとからよく考えてみるとそのぐらいの見当だというぐらいのもので、最初彼らを目にしたときはカップルだとなんとなく思っていた。僕は近くのテーブルで読書をしながら朝食をとっていた。ふと気づくと、女性の静かだがいらだった声が耳に届いてきた。
「あなた、疲れたなんてことをいうんじゃないわよ。」
「あなたは、一日中映画をみたりテレビをみたり少し音楽をきいたり、そうやって一日中家にいるだけでしょう。自分が好きなことをしているだけじゃない。」
「ふつうの人は、朝起きたら、ご飯をつくって、食べて、着替えて、仕事にいって、洗濯をして、掃除をして、いろいろしているのよ。疲れた、なんていうのはそういう人がいうことじゃない?」
「あなたの人生なんて、もう知らない。しったこっちゃないわよ。」
静かな店内の近くのテーブルにいた僕の耳には彼女のとげとげしい声が否応なく聞こえてくる。そこで、二人はカップルではなく、いわゆる「ひきこもり」の男性とその母親だったのか、と推測する。女性の言葉に男性がぼそぼそと言葉を返しているのが聞こえるが、何をいっているかは聞こえてこない。しかし、彼にはどもりがあることはわかる。彼は、母親に怒りかえすでもなく、しかし謝るでもない。彼の身振りから、少し開き直ったような、それでいて少し困ったような様子が伺える。そのまま、彼らは立ち去っていった。