ふさふさとゆれる巻き尾が見える。
ジロウ?と思ったけどジロウはもういない。
ミクオだ。
ミクオと私は、ほぼ初対面だけれど、ミクオは私の顔を見るとこっちへ来た。
なんかジロウそっくり。
ジロウと同じゴワゴワな毛をワシワシなでてみる。
ジロウと同じ優しい顔したミクオ。
ミクオのリードの金具が壊れてしまったらしい。
ほどなく、ミクオの飼い主さんが迎えに来た。
ジロウはミクオのお父さん。野良出身。
近所の会社の人がゴハンをあげているうちに、ここの集落の一員になった。
会社にはジロウの犬小屋も用意された。
休みの日も会社の人がゴハンを持って来ていた。
半野良というか放し飼いにされていたジロウは、
よく、隣の家の犬の散歩についてまわった。
隣の家の玄関の前にきちんと両前脚を揃えて座っていた。
会社でもらった肉のようなものをウチの庭に埋めていた。
優しい性格のいいやつだったので、
放し飼いだったけど特に問題になったりすることはなかった。
ただ、なぜか会社の社長とは仲が良くなかったらしい。
また、近所にはミクちゃんという犬もいた。
ここから、ばーちゃんから聞いた話になる。
いつの間にかミクちゃんはジロウの仔を孕んでいて、
仔犬が産まれたんだけど、産後の肥立ちが悪く、亡くなってしまった。
そして仔犬はミクオと名づけられたそうだ。
そんな経緯だから、ミクちゃんの飼い主さんは、
「ジロウ嫌い!」と言っていたそうなんだけど、
ミクオを連れた飼い主さんといっしょに散歩しているジロウの姿を良く見た。
ジロウの耳は立っているけど、ミクオの耳はミクちゃん譲りの垂れた耳だった。
それを除けば、よく似た二匹だった。
ジロウが来てから十数年たって、
ジロウはちょっとだけ痩せて、全力で走ることも少なくなった。
それでも、会社の人や近所の人やウチの人の顔を見ると、
嬉しそうに小走りに来るかわいいやつだった。
ジロウを見かけなくなって何ヶ月か経って、
ジロウが死んだことを聞いた。
社長の車に轢かれてしまったそうだ。
ペットの葬儀屋さんにお願いして弔ってもらったらしい。
それからまた何ヶ月か経って、
折からの不況で会社が倒産したと聞いた。
砂っぽい土地に、人の出入りすることのなくなった建物とジロウの犬小屋が残された。
ミクオは「バカタレ」と飼い主さんに怒られていたけど、嬉しそうだった。
ジロウと同じ優しい目で、飼い主さんを見つめていた。
そもそも金具が壊れたせいで、ミクオのせいではないだろと思ったけど、
ミクオは気にしてなさそうだったから、私もどうでもよくなった。
そして、飼い主さんに連れられていく、ジロウそっくりの後ろ姿を見送った。