2009-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20090409030903

よし、じゃあオレの主張を書こう。

「絵の才能は見切れない」

もしもこの命題が正しいとしよう。

であるならば、見切れないものについてどう判断するべきか?

見切れないまま人生を進んでみるべき?

答えは「見切れるもので判断する」だ。

見切れるものは下記のようなものだ。

収入はどのくらい必要になるか?

・どのくらいの学校にいけば、どういう職業に就くことができるか

・その職業ではどういう技能が必要で、どのような資格をとっておくべきか

・何歳まで働くつもりなのか。老後のためにはどの程度の蓄えが必要か

扶養家族はいるか。いるとしたらどのような対処をとるべきか

実に明確だ。

つまり「見切れない要素」はもう「見切れないこと」である時点で要素間の競争力を失っている。

「見切れないこと」に賭けるということは計画性を破棄したということと同義であり、

非常に確率の悪いギャンブルに賭けているようなものだ。

宝くじを買うようなものだぞ?

記事への反応 -
  • http://anond.hatelabo.jp/20090409031820

    うん、あなたの主張することはそのまんま理解しているよ。 芸術家として生きることは宝くじを買うのと同じぐらいリスクの高い人生の選択。 それはプロスポーツや小説家とかよりも...

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