2008-10-29

自分の殻に閉じこもっていた男の話

「あなたは自分の殻に閉じこもりすぎている」

ある女性にそう言われた。

ショックだった。

僕は自分の身体を見下ろした。

丸く固い表面。

一分の隙もない、滑らかで捉えどころのない皮膚。

無機質で、均一で、触ると冷たかった。

これじゃいけないと思った。

こんなだから、僕は周囲と打ち解けられないし、誰からも相手にされないのだ。

僕は殻を破り、本当の自分をさらけ出す決心をした。

僕は金槌を手に取った。そして、自分の殻を思い切り叩いた。

激痛が走り、目の前で何かがビカビカ光った。

それから、鈍い痛みが腹の中でゆっくりととぐろを巻いた。

殻は歪み、ひびが入り、赤や黄色の血が隙間からにじみ出てきた。

僕は金やすりを手に取った。そして、自分の殻を削った。

固い表面が粉となって落ちて、あるところで柔らかいものに触れた。

その瞬間に僕は甲高い声を上げた。

金やすりから脳天へ、背骨に沿って痛みが走り抜けた。

思わず手を止めると、焼け付くような熱が、削りとった辺りから広がった。

綿のような血と肉が、金やすりの下から現われた。

僕はノコギリを手に取った――――。

僕は――――。

鏡の向こうに、見たこともないグロテスクなものが現われた。

握りつぶされたように歪み、全体から血や体液を滴らせ、

立っているのも危うい姿だった。

僕ですらその姿から目をそらしたくなった。

だけど仕方ない。

そう僕は思った。

これが本当の僕、

殻に閉じこもっていない本来の僕なのだから。

アドバイスをくれた女性に僕は会いに行った。

見てください。

僕はもう殻に閉じこもっていませんよ。

これが本当の僕です。

よく見てください。

赤くなって熱を帯びている。

血も出ている。

ここなんか骨まで見えてます。

どうですか?

これで僕のことが良く分かったでしょう。

僕はもう殻になんか閉じこもっていません。

僕を受け入れてくれますか?

女性は目をそむけて逃げていった。

誰も彼も僕から目をそむけ、離れていった。

僕は独りになった。

前よりずっと、独りになった。

血はとめどなく流れ、足元には赤い水たまりができた。

やがて冬が訪れた。

ひび割れた殻の間に冷気は容赦なく入り込んだ。

乾いた傷口がひりひりと傷んでいた。

僕は道端で汚れた毛皮を拾った。

何の動物だかも分からない、黒くて大きな毛皮だった。

僕はそれを身にまとった。

傷口は塞がり、寒さも耐えやすくなった。

しばらく歩くと、もう一枚毛皮を見つけた。

僕はそれも身にまとった。

冷気はより遠ざかって、傷の痛みも徐々に引いていった。

歩き続けているうちに、手袋をなくした子供が通りかかった。

子供は、赤くなった両手を僕の毛皮に突っ込んだ。

あったかい、と子供は微笑んだ。

親が叱りに来ると子供は慌てて僕から離れた。

僕は毛皮を探して歩いた。

何枚も何枚も、見つけるたびに拾い、身体に巻きつけていった。

そのうち身にまといきれなくなって、

上等のものが見つかったら汚いものを捨てる事にした。

いつのまにか僕は、

白くてふさふさしたきれいな毛皮で覆われていた。

すれ違うたくさんの人が足を留めるようになった。

何人かは僕の毛皮を撫で、頬を付け、身体を埋めていくようになった。

あまりに居心地がいいのか、

毛皮に埋もれたままずっと僕にくっついてくる人も現われた。

僕はもう、孤独ではなかった。

毛皮はあまりにも厚くなって、

もう固い殻を見ることも触れることもできなかった。

僕は毎晩、自分の身体をまさぐって殻や傷跡を探そうとする。

だけど、それらはもうどこにも見つからなかった。

僕の殻はどこへ行ってしまったのだろう。

本当に消えてしまったのか。

身体のどこかにまだ残っているのか。

消えてしまったとしたら悲しいことなのか。

残っていたとしたら不気味なことなのか。

僕にはわからない。

ただ、分かったと思えることが一つあった。

「あなたは自分の殻に閉じこもりすぎている」

それは、僕が裸ではない、という意味じゃなくて、

むしろ、殻が見えるほど裸でいてはいけない、

というアドバイスだったのだ。

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