「あなたは自分の殻に閉じこもりすぎている」
ある女性にそう言われた。
ショックだった。
僕は自分の身体を見下ろした。
丸く固い表面。
一分の隙もない、滑らかで捉えどころのない皮膚。
無機質で、均一で、触ると冷たかった。
これじゃいけないと思った。
こんなだから、僕は周囲と打ち解けられないし、誰からも相手にされないのだ。
僕は殻を破り、本当の自分をさらけ出す決心をした。
僕は金槌を手に取った。そして、自分の殻を思い切り叩いた。
激痛が走り、目の前で何かがビカビカ光った。
それから、鈍い痛みが腹の中でゆっくりととぐろを巻いた。
殻は歪み、ひびが入り、赤や黄色の血が隙間からにじみ出てきた。
僕は金やすりを手に取った。そして、自分の殻を削った。
固い表面が粉となって落ちて、あるところで柔らかいものに触れた。
その瞬間に僕は甲高い声を上げた。
金やすりから脳天へ、背骨に沿って痛みが走り抜けた。
思わず手を止めると、焼け付くような熱が、削りとった辺りから広がった。
綿のような血と肉が、金やすりの下から現われた。
僕はノコギリを手に取った――――。
僕は――――。
鏡の向こうに、見たこともないグロテスクなものが現われた。
握りつぶされたように歪み、全体から血や体液を滴らせ、
立っているのも危うい姿だった。
僕ですらその姿から目をそらしたくなった。
だけど仕方ない。
そう僕は思った。
これが本当の僕、
殻に閉じこもっていない本来の僕なのだから。
見てください。
僕はもう殻に閉じこもっていませんよ。
これが本当の僕です。
よく見てください。
赤くなって熱を帯びている。
血も出ている。
ここなんか骨まで見えてます。
どうですか?
これで僕のことが良く分かったでしょう。
僕はもう殻になんか閉じこもっていません。
僕を受け入れてくれますか?
女性は目をそむけて逃げていった。
誰も彼も僕から目をそむけ、離れていった。
僕は独りになった。
前よりずっと、独りになった。
血はとめどなく流れ、足元には赤い水たまりができた。
やがて冬が訪れた。
ひび割れた殻の間に冷気は容赦なく入り込んだ。
乾いた傷口がひりひりと傷んでいた。
僕は道端で汚れた毛皮を拾った。
何の動物だかも分からない、黒くて大きな毛皮だった。
僕はそれを身にまとった。
傷口は塞がり、寒さも耐えやすくなった。
しばらく歩くと、もう一枚毛皮を見つけた。
僕はそれも身にまとった。
冷気はより遠ざかって、傷の痛みも徐々に引いていった。
子供は、赤くなった両手を僕の毛皮に突っ込んだ。
あったかい、と子供は微笑んだ。
親が叱りに来ると子供は慌てて僕から離れた。
僕は毛皮を探して歩いた。
何枚も何枚も、見つけるたびに拾い、身体に巻きつけていった。
そのうち身にまといきれなくなって、
上等のものが見つかったら汚いものを捨てる事にした。
いつのまにか僕は、
白くてふさふさしたきれいな毛皮で覆われていた。
すれ違うたくさんの人が足を留めるようになった。
何人かは僕の毛皮を撫で、頬を付け、身体を埋めていくようになった。
あまりに居心地がいいのか、
毛皮に埋もれたままずっと僕にくっついてくる人も現われた。
僕はもう、孤独ではなかった。
毛皮はあまりにも厚くなって、
もう固い殻を見ることも触れることもできなかった。
僕は毎晩、自分の身体をまさぐって殻や傷跡を探そうとする。
だけど、それらはもうどこにも見つからなかった。
僕の殻はどこへ行ってしまったのだろう。
本当に消えてしまったのか。
身体のどこかにまだ残っているのか。
消えてしまったとしたら悲しいことなのか。
残っていたとしたら不気味なことなのか。
僕にはわからない。
ただ、分かったと思えることが一つあった。
「あなたは自分の殻に閉じこもりすぎている」
それは、僕が裸ではない、という意味じゃなくて、
むしろ、殻が見えるほど裸でいてはいけない、
というアドバイスだったのだ。