2008-08-11

http://anond.hatelabo.jp/20080811150619

「異性からの承認」とか「恋愛を通じた自己肯定」という概念は

モテ系の恋愛論にはまず出てこないのだが、こういう概念は非モテ特有の発想?

確かに、と思った。特有かどうかは分からないけれども、自分で思い返すと、いわゆる普通の恋愛論に対して感じる違和感はそこらへんにある。恋愛状態を自明視しすぎている、というか。そこをがんばって言葉にしてみたら、「自己肯定の欲求」「承認欲求」になったんじゃないかな。

幼少期の愛情の不足・・・とか愛された経験が・・・とか容易に展開できるのでキャッチーすぎるキーワードだと思うんだけども、それはさておき。

恋愛感情や行動を自明のものとして感じられるエッセイストとか、対象とする読者から、その辺の考え方が出てこないのは当然のような気もする。

モテ系の恋愛論は結局方法論なんだろーね。

実証主義のモテ系にとって、説明可能性は重要じゃない。理屈によっていかに現実がコントロールできるかだ、と思う。

記事への反応 -
  • 「異性からの承認」とか「恋愛を通じた自己肯定」という概念は モテ系の恋愛論にはまず出てこないのだが、こういう概念は非モテ特有の発想?

    • 「異性からの承認」とか「恋愛を通じた自己肯定」という概念は モテ系の恋愛論にはまず出てこないのだが、こういう概念は非モテ特有の発想? 確かに、と思った。特有かどうかは...

    • 恋愛を通じないと自己肯定できないような奴はそもそもモテないし(男の場合) 異性からの承認なんて貰って当たり前だし、そんなことより依存されすぎないようにすることの方が重要だ...

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