2008-01-10

http://anond.hatelabo.jp/20080110213806

まず大前提として「二股が悪でない」とすると、男女ともに当然複数のパートナーを持っても「良い」ということになる。

これはおk

で、その場合、仮に女性が孕んだとして、生まれてくる子に対して誰が責任を持つのか、という問題が出てくるわな。子育てにかかるコストの負担。当然ながらその女性の複数のパートナー男性)の中には「オレの子か誰の子か分からんものに対してオレは責任を持てんよ」と責任を拒否する人間が出てくるだろーね。仮に「子どもができたら全員で責任もつという合意をすること」みたいな前提があったとしても、そんなの裏切る人間は必ず出てくるだろう。

そーすっと、単純に「産む人」(当然女性)が一人で、生まれてくる子供に対して責任を負うしかなくなるだろーね。しかし、妊娠した女性が一人で労働して食い扶持を獲得するとか、明らかに胎児に対しても母体に対してもリスクがあるよね。また、仮に生まれたとしてもまだ食い扶持を獲得しながら授乳をはじめ子育てするとか、明らかに女性の払うコストが大きいだろーね。それは社会的な次世代再生産という観点から見ても、余りプラスなことではなかっただろう。

そーすっと、それに耐えられない女性は「私と、生まれてくる子供に対して責任を持つオトコ以外とは、セックスしない!」ということになるだろーね。「貞操観念」つーのは、まあそういうものでしょう。

従って、そこをクリアできる人間(「対象者が何人になろうと経済的にも精神的にも妻全てを満足させられる男性ハーレムをつくる」または「圧倒的に経済力があり一人で子育て可能だという女性が好き放題に好みのオトコを囲いまくる」または「前者男性たちと後者女性たちが乱交」)は実際歴史的にそういうことをしてきたわけだけど、それ以外は現実的に「複数パートナーを許容」という道は選べず、従って「複数パートナー制」は現実には運用が難しい、特権階級のための制度と認識されてきた、と。将軍には大奥があっても庶民の嫁は一人ずつ、みたいな。

しかし、雄の「自分の遺伝子を広めたい」という欲求なのか、はたまた雌の「常に、より優秀な遺伝子を求める」サガなのか、できもしないのにハーレム欲求を持つ人間は男女問わず絶えないわけで、そうすると、そういう人間が他人の嫁とセックスしたりしてトラブルを引き起こすケースが頻発することになる。だから、とりあえず可能な人間もそうでない人間もそういうことはやめておけ、と。つまり複数のパートナーを持ちたいという欲求自体が「社会的なタブー(=悪)」扱いされるようになってきたということだろう。

  • ちょっと違う。 子育てのコストや責任ったって、子供にこれだけ手間隙掛けるようになったのはごく最近の事だし 一組の夫婦+子供が家族の基本形になったのも最近で、昔は親戚一同で...

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