2007-10-17

その関係性が交換可能なものでもいい。むしろ、交換不可能な関係性などというものは存在しないのだから。メリットがなくてもいい。風俗に行った方が、性欲を解消するという意味では経済的だ。全然特権的でなくてもいい。純愛じゃなくてもいい。それが唯一でなくてもいい。不毛でもいい。その人を「本気で好き」じゃなくても構わない。システム奴隷でもいい。ファッションでもいい(むしろそれはスタイルの問題なのだろうから)

独りよがりな妄想だと言われればそうだろうし、宗教みたいなものかと思う。なんだったら、それを恋愛と名指さなくてもいいのだ。感情と記憶の問題ならば、それは私の思い込みに過ぎない。どうやったって、相手に「それ」を確認する手段なんて存在しない。単純に、相手は私ではないのだから、分かりようもない。分かる努力はできるけど。だったら恋愛などというものは存在しないも同然だ。宗教が実態として存在しないように。それは存在するのだから存在するというトートロジー共同幻想だろう。なんか当たり前過ぎる事言ってるけど。

ただ、時間の経過や、記憶の積み重ねや、コミュニケーションの試行錯誤や、体の重みや、快楽の切なさや、感情的応報や、そんなものが自分が生きているという実感を強めるような、現実の彩度が鮮やかに強まるような、重力に引っ張られるような、そんな体験をしたいだけなんだろう結局は。

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