2007-06-21

僕と俺と私をめぐる話

一人称の話である。

小学校低学年ぐらいまでは僕だった。手をつけられないガキでもなく、中の上くらいの比較的豊かな家庭で、いやいや習い事のピアノをやっているような子供だった。

給食とドッチボールに飽き、消極的な性の目覚め?くらいで僕は俺になった。それは男子が皆、使い始めたからだろう。なんとも主体性のない僕だが、俺は妙にいい気になった。特に女の子の前では異常なほど俺だった。

この頃でよく覚えているのは林間学校の時の皆でカレー作って、食べた時の事だ。付け合わせのサラダの上のハムを食べた時、僕はまっ先に「コレまずいよ!」と叫んだ。鬼の首を取ったような勢いで言ってやった。

しかし、皆は顔を見合せ、不可解な顔をする。「え…あれ?」口ごもる俺。「そんなことなくない?○○(僕の事)って家でいいもの食べてるから、そう感じるんじゃない?」とちょっと気になっていた女の子に言われた。多分、その後の女の子に振られた経験よりも、すっごいショックだった。味とかもう、どうでもよかった。

家に帰り、すぐに僕は親に「うちの家庭のランク」についてそれとなく探りを入れたような気がするが、今となっては何を言われたか覚えていないし、その頃の僕には何を言われても分かる事もなかったろう。

その後、中学、高校、大学と俺が定着する。子供の頃のような僕と俺をめぐる話はない。俺は少々捻くれていたが、概ね健康だったから、良しとしている。

就職活動を迎え、俺はついに私になった。大手町や新宿、品川のビルの前に立つだけで、ロープレの主人公になったような気分で(あんまり都内で遊ばなかったので…)地に足がつかない感覚のまま、会社説明会に走り回った。私は御社で自己実現のオンパレード。演じる僕に私は似合わないスーツで蓋をした。

内定をもらう頃、ああ、私は僕ではなくてもいいんだな、と思いつつ、使い古した自己PRのドラフトを捨てた気がする。それなりに演じきれた僕は軽く社会をなめてたかな。

そして就職。平たく言えば、広告の営業になった。新規顧客の開拓でバシバシテレアポをする。当初何度か「ぼ…私、○○の○○です」となったのを覚えている。ビビってもいたが、そんなに苦でもなかった。数カ月すれば「立石に水(※追記 立て板に水 でした…はずいw)」のトークになり、それなりに売れて行く。それほど怖い事は社会には今のところない。

そして、もう3年。

結局のところ私は18時(正確に言えば20時くらいまでか?)まで。その後はもう私でも俺でもなくて、僕でもなかった。あんまり自分の事を話さなくなった。色んな事があったが、もう自分は誰でもいいと思っている。何となく寂しいまま、毎日が回って行く。

…何か書いてて、おなか減ってきたな。帰ったらハムでも食うかな。

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