■大学の食堂でよく見かける変なおじさん

大学の食堂にはよく見かける変なおじさんが居る。いつも同じ服装で、くすんで元の色が白なのか茶なのかよくわからないツバ付きの帽子とこれまた同じくくすんだジャンバーみたいなのを着ている。おじさんの歩き方はとても特徴的で、一歩を踏みしめる度にまるで土を踏み固める様にグッ、グッとやる。その度に頭がぴょこぴょこ上下するので、食堂でよく目立つ。「あ、おじさん居るわ」ってすぐに気がつく。

おじさんを見かけるのは食堂なので、もちろんテーブルについているおじさんもよく見る。おじさんのトレーはいつも決まったものが並んでいるのだけど、これもまた変なのだ。ライス（中）二つ、ヨーグルト二つ、味噌汁三つ、お茶二つ。おかずは乗っていない。なんでライス（大）じゃなくてライス（中）を二つなんだろう、ヨーグルトは確かに美味しいから二つ頼むのも分からないでもない、味噌汁はあまり美味しくないのに三つも頼むのか……などなど思うことはいくらでもあるけど、一番強く思うのは「変だな〜」である。しかも極め付けにお茶が入っている湯飲みにはスプーンが添えられている。おじさんはお茶を湯のみから飲むのではなく、スープのようにスプーンですすって飲むのかもしれない。

おじさんが実際に食事をしているところは見た事がない。僕がテーブルについてるおじさんを見かけた時にはいつもご飯とヨーグルトと味噌汁の前で腕を組んでうつむいていて、何か考えているのか寝ているのか判別つかなかった。

おじさんは食事中よく離席をするらしく、食堂では誰もいない席にライス、ヨーグルト、味噌汁、スプーンが添えられている湯のみが並ぶトレーがぽつんと置いてあるのをよく見かける。これを見ると実際におじさんを見た訳ではないけど「あぁ、おじさん居るんだな」と感じる。

おじさんは別に他人に危害を与える様な人物ではない。レジで会計をするおじさんを偶に見かけるのだが、会計が済むと毎回店員さんに「はい、ありがとー！」と元気よくお礼を言う。おじさんは甲高い声の持ち主で、その小さな身長も相まって子供っぽい印象を受ける。かわいい、と思う人ももしかしたら居るかもしれない。僕は「やっぱり変だな」と思うけど。

僕が
大学一回生の頃、食堂で一人ご飯を食べているところをおじさんに話しかけられた事がある。この時既におじさんをなんとなく認識していたので、僕の向かいの席に座り「お兄ちゃん、今いいかな」としわくちゃな顔には不釣り合いな子供っぽい笑顔で話しかけられた時には落ち着いて「大丈夫ですよ」と返す事が出来た。一体この変なおじさんは僕に何を語ってくれるのだろう。ちょっと邪な期待を抱いた僕におじさんは子供が自分の夢を告白するかのように恥じらいながら言った。

「この大学受験するつもりなんだ」

へー、そうなんですか。センター試験やら二次試験やらの対策を尋ねるおじさんに僕は無難に「教科書とか見て基本を抑えれば良いと思います」と答えた。多分、おじさんは話したかっただけだろう。

あれから5年以上経つ。僕は修士2回生になっていた。今でも食堂に行けば変なおじさんをよく見かける。今日も見かけた。僕は学部・院と5年半以上でサークルや研究室の人と関わって色々な事を感じたし考えた気がする。おじさんはどうだろう。5年半以上食堂でご飯とヨーグルトと味噌汁を食べ続け、何を感じて何を考えたのだろう。結局受験はしたのだろうか。おそらく、していないだろうなと思う。

正直、おじさんを見ると僕は少し安心する。でも、おじさんを見て安心する自分は少し嫌いだ。だから僕はひょこひょこ上下する頭や、ご飯とヨーグルトと味噌汁が複数並んで居るトレーを見る度に「あ、おじさん居るわ」とちょっとだけ複雑な気分で思うのだ。

Permalink | 記事への反応(10) | 15:27

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