■非、非モテに興味があって書いているんじゃ無いんだからね
俺は人をうんざりさせるのが好きなので、ちょっと書いてみる。非モテの主張に対する俺の分類的脊髄反射。
非モテというラベルとその主張には、どれも風が吹けば桶屋がもうかるてきな飛躍があるように思えるので、個々のユースケースを考えてみる。
- ボクがもてないのは社会の問題
- 一足飛びにこれが飛び出すなら、それは主張者のお脳の問題だな。
- 恋愛が闘争的であるのは、闘争力が弱い人を踏みにじる悪い習慣
- 女にも選ぶ権利ってものがあるだろう。
- 恋愛が闘争的であるのは仕方ない。でも負けた僕にも女をあててよ
- いや、選ぶ権利が。
- じゃぁ、恋愛弱者の女性でいいからあててよ
- いや、だから、こちらから世話はしないよ。
- じゃぁ、恋愛弱者の男と女が出会う場を作るよ
- これは非モテとは言わんな。
- 女にもてないのはあきらめるから、笑わないでよ
- 俺は笑ってないよ。
- 飲み会でいじられるんだよ
- いじらない友達と呑めよ。
- そんな友達はいないよ
- もはや非モテ問題じゃないな。
- 会社だから断れないよ
- 個人的な美醜で侮蔑することを会社に対して抗議しろよ。
- そんなことできないよ
- じゃ辞めてもっとましな会社に行けよ。
- そんな会社ないよ
- あるよ。
- そんな会社行けないよ
- それは非モテ問題じゃないよね。
- 新しい友達を開拓するのは面倒だし、会社を変えるのも嫌。だけど、ボクの近い人たちはボクがもてない事をからかってるんだ。これって社会問題だよね
- ちげーよ。お前の周りの問題だよ。
人がもてないことについてあれこれ言うのは野暮なんだが、こんな憂さ晴らしでもしたくなるほど「非モテ非モテ」って目に付いて鬱陶しいんだよな。
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