小さい頃、ヒーローになりたいと思っていた。
腰にベルトを巻いて、悪者が悪さをしているところに駆けつけて変身。キックやパンチを駆使して、いろんな人の助けになりたかった。
だから、その夢を忘れないように、大切に大切に小箱の中に仕舞っておくことにした。
鍵をかけて、目立つよう部屋の中央に置いておくことにした。
時が経って、ぼくの部屋には様々なものが溢れるようになってきた。
漫画やゲーム機、野球のバッドにサッカーボール。勉強机の上には様々な教材が年々増えていった。
そのそれぞれを、その都度適度に整頓していく。中央の小箱は次第に物陰に身を潜めるようになってしまっていた。
このままではいけない。小さいままだと、整頓したものに隠れてしまう。
気が付いたぼくは、一回り大きな箱に小箱を仕舞い込むことにした。鍵をかけると、とても安心することができた。
また時が経って、ぼくの部屋には更にたくさんのものが溢れるようになってきていた。
ギターにバイク、煙草にお酒、いやらしい雑誌なんかも床を埋め尽くすようになっていた。
とてもじゃないけれど生活するだけの場がなくなりかけていたので、かつて部屋を埋め尽くしていたものたちは隅に堆く積み上げることにしていた。
あるとき、そんな山の中にかつての夢を詰め込んだ箱があることに気が付いた。
ああ、あんな場所にあったのかと煙草を咥えながら思ったぼくは、山の中から箱を引っ張り出すと、更に大きな箱に仕舞って大切に鍵をかけることにした。
これで大丈夫。目立つし、まだ夢を失くしたわけじゃない。
思って箱を抱えると、そっと暖かな気持ちになることが出来た。
やがて、ぼくの部屋の中にものが入りきらなくなってきた。
もともと部屋の大きさには限度があったのだ。至極当然のことだった。
だから、仕方なく仕舞い込んだたくさんのものを整頓することにした。
かつてのぼくには必要だったかもしれないけれど、今のぼくにはもうまったく必要のないものがたくさんあったのだ。
ぼくは、漫画をまとめてゲーム機を捨てて、勉強机を処理し、一度使っただけで二度とは読まなかった教材を紐で縛ると部屋の外へと放り出した。
とっくに飽きてしまっていたギターは売り払って、禁煙に成功していたから煙草はいやらしい雑誌と一緒に燃やしてしまった。
掃除機をかけて、雑巾で拭き清め、様々なものを片付け終わった部屋を眺めてみると、存外広かったということに初めて気が付いた。
部屋が、ほんの少しだけ虚しくなってしまうほどに広かった。
その中央には、かつての夢を詰め込んだ大きな箱が鎮座している。
埃を被り、少々薄汚れていたけれども、ずっと大切にしていた確かな宝物だった。
――これさえあれば、ぼくはぼくとしての指針を作っていける。
胸を張って誇らしく思うと、鼻が大きく膨らんで空気が逃げていった。
ただ、これだけ伽藍堂になった部屋の中では、箱の大きさはかえって邪魔になってしまっていた。
もう少し小さな箱の方がちょうどよかった。
思い悩んだぼくは、かつて箱の中に小さな小箱を入れたのを思い出す。早速鍵を開けようと内ポケットに入れておいた箱の鍵を取り出そうとした。
けれど、どれだけ探したところで、小さな小さな鍵は見つからなかった。
――おかしい。失くすはずなどないと信じていたのに。
焦ったぼくは、更に恐ろしいことに気が付いてしまう。
――箱の中にはどんな夢が入っていたんだったっけ?
すっかり広くなった部屋の中で、ぼくはただただ大きくなってしまった夢の箱と対峙する。
部屋から出すこともできないその箱は、ぼくを非難するようにじっと黙り続けていた。