2009-06-28

壁の染み

幼い頃,両親は俺の知らないことを何でも知っていて,俺のできないことでも簡単にやってのけて,金を稼ぎ家庭を守るスーパーヒーローだったんだ。溺れていた俺を助けてくれたこともある。大怪我を負った俺を応急手当して,病院にかつぎこんでくれたこともあったな。子供のくだらない疑問にも丁寧に答え,時には間違ったことを言ったりもしたけど俺にはそんなことわからなかった。両親は俺よりすごい。そういう観念が染み付いている。俺が大きくなってもその刷り込みは変わらない。

だから,俺の目の前でもたもたとマウスを握ってパソコンをいじり,何度もつまらないミスをしては俺に救いを求める,そんな両親の姿を見ると無性に悲しくなってイライラして,つい厳しくあたってしまう。手元の紙に「メニューバー⇒編集⇒切り取り」なんて一生懸命メモして,それでも操作を間違っているのを見ると,もうやめてくれと叫びたくなる。いつのまに彼らはスーパーヒーローではなくなってしまったのだろう。

わかってるんだ。定年を迎え,髪は白くなり,よく病気もするようになった。物忘れも激しい。ゆっくりと老いて死んでいく。そうやって人生の終着点に落ちていく。俺もやがては同じ道を行く。でも耐えられない。このくらいで発狂しているようでは,彼らが本当に要介護とかになったとき,知性も肉体も衰えて「お荷物」になったとき,本当に俺はまともでいられるのだろうか。そんなことを,白かったはずの実家の便所の壁に広がった染みをにらみながら考えている。

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