2008-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20080419224559

元の文章書いてから思いついたことをまた書く。

“感情に裏打ち??”という部分。言いたかったことを把握し切れてないかもとは思うんだけど、それは自分の考えとちょっと違う。

もう少しはっきり言うと、二分するのがまず違うよな、と思うわけですよ。

はっきりと分けることはできない、ギリギリ出来たとして、「ん??、ちょっと感情よりかな?」とかぐらい。

このへんはまだ自分でもよくわかっていないんだけど。

あと、感情よりも理屈の側を強く言い立てる人について少し疑問、というかイチャモンつけたいこと。

さも当然のように理屈のほうがより優れているとか言うけど(だって論理を理解できない側は馬鹿って言ってるよね?)

その理由をちゃんと理屈でもって説明してくれないかな?

「相手が理屈を理解しないから」なんてのでは説明にならない。理解できない相手を説得・納得させることのできない理屈にいくらほどの意味がある?

あとそういうときの「理屈」ってのも大概曖昧だよね。いわゆる記号論理学みたいなものをイメージしてるのか、もっと基準はゆるいのか。

それが「理屈っぽい男(女)」と「感情的な女(男)」で統一されてるか?ちょっと考えてみてほしいと思う。

少しムキになっちゃった。ごめん。

記事への反応 -
  • ものすごく今更感あるけど、論理と感情って対立したりどちらかが出ればどちらかが引っ込むようなもんなのかな? どっちが強いからいい(悪い)とか言えるものなの?

    • 対立しないし、感情に裏打ちされていない論理なんて意味がないとわしは思うけどねー。

      • 元の文章書いてから思いついたことをまた書く。 “感情に裏打ち??”という部分。言いたかったことを把握し切れてないかもとは思うんだけど、それは自分の考えとちょっと違う。 もう...

        • 互いの間で合意がとれた前提から出発して論理的に得られた結論に反対する奴はどう考えても馬鹿だと思うね。 ああ、わかるよ。『互いの間で合意がとれた前提から出発して』この辺に...

        • 別増田だけれども。 "理論は感情に裏打ちされている"というのはわかる気がする。 同時に"感情は理論に裏打ちされている"とも思う。 ただ、普通は両者を意識しないで、感覚的に論理的...

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