たぶんだけど,人間って自分のためだけに生きていたら人生に意味を見出せなくなってしまうんじゃないかと思う.
自立しているというのと孤立しているというのはちょっと意味が違うよね.
孤立してしまうと,生きていようが死んでしまおうが(他人に)関係ないってことになる.
汝,隣人を愛せよ.ってのは,孤立しないためのひとつの方便なのかもしれない.
自分のことばっかり考えているよりも,他人にどうやったら喜んでもらえるだろうかって考えているほうが人生楽しく送れる気がする.
なぜかって言えば,フィードバックを得られるから.
自分自身の場合は,思いどうりにいったとしても,それはイメージの枠を超えない.
でも他人の場合は,思いどうりにいっても,いかなかっても,なんらかのフィードバックを得られる.
それが喜びのフィードバックだったら,自分自身もびっくりするくらいうれしくなってしまう.
それが負の感情のフィードバックだったら,自分自身もびっくりするくらい落ち込んでしまう.
負の感情のフィードバックをそのまま受け取らずに取捨選択して受け取る技術も必要だが,ここでは割愛.
言いたかったのは,それくらい他人からの影響は大きいって事.
だから,もしいま君が人生の意味ってなんだろう???って悩んでしまっているならば,そんな思考はストップさせたほうがいい.
なぜなら,たいていそういうのを考えるときって,自分ひとりのことしか考えていないから.
だから,そういうときは誰か他人のお役に立てるようなこと,他人が喜んでくれるようなこと
そういうことを実際にやってみるといいと思う.
もし君が実際にやってみたら,そしてそれを他人に喜んでもらえたら,その一日,ちょっとは楽しいものになると思う.
人生ってそういうものの積み重ねでもいいんじゃないかな?
他人のために生きたら、その人はリーマン予想を私に解いて説明してくれるのだろうか? http://anond.hatelabo.jp/20071104135905
他人のことを考えるとき、自分のことを片付けておかないと逆に迷惑。 自分が資本、他人はついで。 他人の為を貫こうとするとき、自己満足が差しいる隙があるとのちのち辛い。 自分が...
そうなのかなと説得されてみる。 でも、それができれば...。
anond:20071104135905 丁度昨日言ってた。