2006-12-14

拓郎

大学時代。

私の恋人は、坊主頭で、体育会系の野球部員だった。部員といってもずっと補欠で、レギュラーになったことは一度もなかった。代役だか何かで一度だけ公式戦のベンチに入ったことはあったが、その時も試合には出なかった。野球は好きだったが、野球には好かれていなかった。

大学四年の六月、彼は起業し、大学と野球部をやめた。

ひどい土砂降りの夕方、私は彼に新しい会社に連れて行ってもらった。

そこは、古びたマンションだった。

部屋の隅に積み重ねられたコンピュータを背に、彼はいつもと違う表情をしていた。

「俺、野球部だから坊主だったけど、ずっと長髪にしたかったんだよね」

閉め切った窓には激しく雨が当たり、雷鳴が響き始めた。

「おまえの髪も肩まであるじゃん……だからさ、俺の髪が……」

と、ここまで言ったところで彼は黙ってしまった。

思い詰めたような、それでいてどことなくいたずらっぽい表情を見て、ああ私はやっぱりこの人が好きなんだ、と思い直したりしながら、彼の次の言葉が紡ぎ出されるのを待った。

とぎれることのない雨音が、世界を私たち二人から遠ざけていた。

彼はまっすぐに私の目を見ると、再び口を開いた。

「……俺の髪がさ……」

稲光。

「おまえと同じぐらいになったらさ、け……」

雷鳴にかき消されて聞き取れなかったが、何と言ったのかははっきりとわかった。私は涙ぐみながら、ただ闇雲に、うん、うん、と繰り返し、彼の胸の辺りをじっと見つめていた。

手を握るでもなく、抱きしめるでもなく、私たちはかなり長い間、そのままでいた。

幸せだなと思った。

私はそれ以来、髪を切ってない。

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