感情移入ってのは、感情移入できる対象があるんじゃない。感情移入する主体が存在すること。そりゃあ評論なんかじゃこの作品は感情移入しやすいとか言ってるけどそりゃただかっこつけて言ってるだけだ。感情移入ってのは技術なの。読んだり見たりしてる対象の状況と感情を、自身のように感じて対象の外では感じたりな考えたりできないような体験をするための技術なのよ。愛とかといっしょなの。
対象が男か女か、聖人が悪人か、天才か凡人かなんて関係ない。自分が男か女か、聖人が悪人か、天才か凡人なんてのも関係ない。単純に技術を行使して楽しめばいいんだよ。自分があれこれだからこれは感情移入できないとか決め付けてわざわざ楽しみを捨てるなんて馬鹿じゃん。そうやって自分自身を見つけるたびに楽しみの対象を減らしていってどうなるよ?虚構の中ぐらいなんにでもなってりゃいいじゃん。
人生自体がおもしれーならフィクションなんていらねえだろ。でもフィクションを手にするならその理由をもっとたどってみりゃいいよ。