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2012-03-10

[] 当たり前のことをそれが当たり前でない人に語る時のテンプレ

「結論ではなく前提を確定させるレトリック」とでも言うべきか。

これを結論だと考えているなら教育者として詰んでるけれど、内田先生はおそらくスタート地点だと考えているはず。

http://blog.tatsuru.com/2012/03/10_1013.php

の文章について「教育エンタ」「教師→クリエイター」 「効率→売上」に機械的に置換してみた。

微妙意味が通らなくなるけど、大体同じ論調で似たようなこと言える話がいっぱいあるな、と思いました。

大事なのは効率じゃない」とか「感じ方は人それぞれ」「唯一の正解などない」という

当たり前だけど、当たり前になってないたぐいの主張を論理的に説明したい人のテンプレとして非常に便利な文章だと思うのでみんなも読みましょう。

エンターテインメントと売上は本質的になじまない。というのは、売上というのは、「単位時間内の仕事量」を以て考量するものであるが、エンターテインメントがそのアウトカムを計測するとき時間の幅は原理的に「その人が死ぬまで」というもので、「単位時間」を切り出すことができないかである。もちろん、無理をすれば単位時間を切り出して(「1時間以内の」とか「一学期以内の」とか「卒業時までの」とか)エンターテインメントアウトカムを考量することもできないことではない。けれども、そこではじき出された数値は、エンターテインメントを受ける本人にとってもエンターテインメント機関にとっても、実は何の意味も持っていない。


しかエンターテインメント機関の質評価に際して、「単位時間内にどれほどのエンターテインメント成果を上げたか」を見るということはやろうと思えば可能である。例えば、「今年の大学入試東大に何人合格たか」とか「TOEICの全校平均スコアが何点」ということは数値的に示すことができる。だが、それをあるエンターテインメント機関エンターテインメントの質の指標だと見なすことはできない。したい人は勝手にされればよいが、それには何の意味もない。

私たち経験的に言えるのは、「難関校合格するだけの学力をもつ生徒がたくさんいる高校」は難関校合格者が多いということ、「英語ができる生徒のたくさんいる高校のTOEIC平均スコアは高い」ということであって、それは単なる同語反復に過ぎず、当該エンターテインメント機関の行っているエンターテインメントの卓越性については何も語らない。


もし、本気でエンターテインメント機関としての優秀性を難関校合格者で測定したいと思うなら(誰が思うか知らないが)、高校入学時点で複数の高校に同数の生徒をランダムに配分して、「よーいドン」でエンターテインメントして、3年後の東大合格者数やTOEICスコアを比べればいい。新薬治験と一緒であるランダムグループ分けして、こちらにはA高校のエンターテインメントをほどこし、こちらにはB高校のエンターテインメントをほどこし、3年後の同じ試験を課して学力を測定すればとりあえずエンターテインメントプログラムの限定的な効果についてはデータが手に入るだろう。でも、そんなことをしている学校日本のどこにもない。やろうという人もいない。エンターテインメント機関の質の指標をそのような数値で示すことが実は無意味なのだということをみんなほんとうは知っているかである


というのは「このエンターテインメント方法でやってみたら、うまくゆきませんでした」ということをエンターテインメントする側は絶対に言うことができないかである学校エンターテインメントの相手は生身の人間である。「出来の悪いエンターテインメントプログラムを与えたせいで、学力が劣化しました」といって放り出すわけにはゆかない。エンターテインメントにおいて「実験」は許されない。だからエンターテインメント機関の卓越性は科学的には考量不能なのである松下村塾にしても、適塾にしても、懐徳堂にしても、劇的な成功を収めた学校歴史上たくさんあるが、それが成功した理由を科学的に証明することは誰にもできない。それを証明するためには、松下村塾と同じ資質の塾生たちを集めて、吉田松陰ではない人が教えた場合アウトカム比較するしかないが、それが不可能だからである


卓越したエンターテインメント機関が卓越しているのは「卓越した資質を持った若者たちが、そこに惹きつけられて集まってきた」からである。私たちにはそれしか言えない。別に吉田松陰有為青年たちに向かって、「うちで学ぶとこんなに知力が上がり、いずれ歴史的転換点で大きな働きをして栄爵を得るでありましょう」というようなパブリシティをしたわけではないし、「他と比べて、こっちの方が学習努力費用効果がよさそうだ」と算盤を弾いて、高杉晋作伊藤博文山縣有朋が門下に参じたわけではない。そこで何が行われているのかわからないし、そこで講じられていることにどんな有用性があるのかよくわからないけれど、「なんだか知らないけれど、そこに行って学びたい」という若者たちが蝟集してくる学舎がエンターテインメント機関として結果的に高いアチーブメントを示す。私たちが知っているのはそれだけである


エンターテインメント機関の質はそこで学んだ若者たちがそれからあとなしとげた仕事の質によって見るほかない。そのときはじめて「これほど優秀な若者たちが一堂に集まった学舎はきっとすぐれたエンターテインメントプログラムを行っていたに違いない」という推論が成立するのである。あるエンターテインメント機関の質は、そこで学んだ人々のその後の生き方を見ることで事後的に測定するしかない。だが、「棺を覆いて定まる」という言葉が教えるように、ある人が「どのような評価を得たか」が確定するまでには長い時間がかかる。松下村塾の卓越性が歴史的に証明された頃には関係者は全員死亡しているので、科研費をつけることもできないし、塾長紫綬褒章を送ることもできない。そうものである。私たちがある学校の卓越性や瑕疵についてのエビデンスを得るのは、いつだって「もう遅すぎる」ようになってからなのである


からエンターテインメントアウトカム単位時間を区切って計ること(つまり「売上」を論じること)には何の意味もない。エンターテインメントを受けたその直後にきわだった成果を示す人もいるし、同じエンターテインメントを受けたのだが、その成果が現れたのが卒後50年してからという人もいる。死の床において来し方を振り返ってはじめて「私の人生がこのように豊かなものであったのは、小学校ときに受けたエンターテインメントのおかげだ」ということに不意に気づくということだってある。 

私が30年のクリエイター生活の経験から言えることは、エンターテインメントにおいて、クリエイターからの「働きかけ」と学ぶものが示す「成果」(もっと散文的に「入力」と「出力」と言ってもいい)の相関は「よくわからない」ということである。ある学生にとって「学びのトリガー」となったような働きかけが別の学生には何の感動も与えないということがある。こうすれば必ず学びが起動し、学生たちの知的ブレークスルーが始まる、というような「一般的な」エンターテインメント技術というもの存在しない。残念ながら。



人間は実に多様なきっかけによって心を開き、心を閉じ、学び始め、学ぶ気力を失い、成長を開始し、退行する。私たちクリエイターが言えるのは、「経験的に比較効果的な方法存在する」ということだけである。その方法さえクリエイターごとにみな違う。だからクリエイターたちが集合的に「正しい教え方」について合意形成するということは決して起こらない。

だが、まさにすべての子どもを斉一的に知性的感性的に成長させる方法存在しないという当の事実人間本質的な開放性を担保していると私は思う。それは言い換えると、あらゆる人間のあらゆる言葉、あらゆるふるまいが、子どもたちにとっては「学びのトリガー」となる可能性があるということである



やがて知的ブレークスルーを担うようになる破格にイノヴェーティヴな子ども(千人に一人くらいの確率でいる)にとって、目の前に立つクリエイターほとんどは(残念ながら)知的にはあまりインスパイアリングではない。けれども、「クリエイターが十分に知的に啓発的ではなかったためについに才能が開花しなかった天才」というようなものを私たちは想像することができない(その程度のことで萎れてしまものを私たちは「才能」とは呼ばない)。クリエイターは、しばしばその狭隘さや愚鈍によってさえ子どもの学びを起動させることができる。「なぜクリエイターたちはこれほど愚鈍なのか?」という問いはある種の子どもたちを「学校」や「エンターテインメント」についてのメタ認知に導く(彼らはいずれ「誰であれ教壇の向こうに立っていてさえいればエンターテインメント的に機能する。人は教える立場にある限り、教えることができる」という人類学的知見にたどりつくだろう)。


これほどに学びの機会が多様であるのは、自分が何を学んだか」についての決定権が最終的には個人に属しているからである。同じクリエイターに同じ教科を同じ教室で学んでも、それによって震えるような感動を覚える生徒もいるし、何も感じない生徒もいる。そのときは何も感じなかったが、何年も経ってから電撃的にそのときクリエイター言葉意味がわかるということがある。人間はそのつどの成長レベルに従って、自分経験の全体を「私をこのようなものにならしめた要素の必然的な連続」として再編集する。必ずそうする。過去の出来事の意味現在自分の状態に基づいて、そのつど改訂されるのである。だから過去の出来事が意味の改訂を拒絶するというのは人間が成長を止めたということと同義である(それゆえ、意味の改訂を拒絶する出来事の記憶のことをフロイトは「トラウマ」と呼んで治療の対象としたのである)。


自分が何を学んだかを決定するのは私自身である。そして、「誰も同じその人から私と同じことを学ばなかった」という事実こそが私たちひとりひとりの代替不能性、唯一無二性、この世界に私が生まれなければならなかった当の理由を形成している。学びというのはそのようなしかたでダイナミックに構造化されている。学びが力動的で、時間的な現象である限り、私たちが生きる一瞬ごとに、私たちがかつて受けたエンターテインメント意味は改訂され続けているのである。私たちがかつて受けたエンターテインメント意味が振り返るごとに改訂され、そのつど深みと厚みを増し、そのつどそれまで気づかれなかった相をあらわにするということ以上にエンターテインメント的な事況というものがあるだろうか。


「売上」というのはもう変化することのない価値人間尺度からすれば「死物」としての価値)を抽象的に切り出された単位時間で除して得られるものである。そのようなものを数値的に考量したり、比較したりすることに学びにおいてどれほどの意味があるのか、もうこれ以上の言葉を継ぐ必要はないだろう。

この記事で語られている理屈は、滅茶苦茶汎用性高いと思います

政治のように決定が大事場所で、いつまでたってもこういうことをずっと述べ続ける人は

バールのようなもので投げられても文句は言えないと思いますが、

議論のスタート地点でこういう「アタリマエのこと」を考えてもいない人はもっと危険です。

アタリマエのことを、それが当たり前でない人に納得させるように語るのは非常に難しい。

この文章から学べることは多いと思います


お暇な人、良ければ細かい部分修正したり換骨奪胎して

「お前の感想けが正解じゃないんだよ2ちゃんの豚め」とか

「売り上げ厨死すべし」的な話を作ってください。

2012-02-08

[]何が書かれてるか、よりどう読むか、が大事だと思うんだ

http://kanisokuhou.doorblog.jp/archives/51174787.html

読む前にちゃんと自分スタンスを決めろ。スタンスが決まらんうちは一切読むな。



そろそろたらこの呪いから解放されようや

2ちゃんはずっーーーと、たらこの呪い「嘘を嘘と見抜けない奴は・・」の呪縛にかかってきた。

「嘘を嘘と見抜ける俺」をアイデンティティとすることを強いられてきた。

あの言葉があったから、嘘からどうかのグレーゾーンの話が常に盛り上がってきた。

だがもうあの時とは時代が違う。

もう、コストをかけて「嘘を嘘と見抜ける俺」の称号を勝ち取っても、そこに価値はない。

真実かどうかが重要になるのは、真実だったとしたら価値のある情報だけだ。

今の2ちゃんで話題になっているもので、真実だったら価値のあるものなんて、ない。

真実であろうが、嘘であろうが、等しくゴミのような価値しかない話ばかりだ。

そのようなものにたいして、真実かどうかを論じることほど無駄なことはない。

今は面白いかどうか、自分が楽しめるかどうか それだけが問題 真実価値などない

現在重要なのは面白いかどうか、自分が楽しめるかどうか、だけだ。

残念なことに2ちゃんまとめサイトがポピュラーになってからは、とっくにそうなっているのだ。

書く側としても、シェアされたもの勝ち、PVを稼いだもの勝ちの時代になっている。

「嘘か本当か」の軸で騒いでる奴は、真実にこそ価値があると思ってる奴は、

その基準でいまだに2ちゃんにむきあってるやつらは、もう古い。

そういうやつらは、新しいルールの中で、ルールを把握しているやつらに踊らされ、搾取されるだけなのだ

真実かどうかを見極めて勝ったつもりでも、実際はそれより大きな枠で見ると、勝負にすらなってない。


承認欲求を満たしたいなら、他人にとって価値があることを見極めようや

すでに価値がほぼ消滅していることに多大なコストをかけて、

必死自分価値をアピールしても周りは認めてくれたりはしない。得られる承認わずかだ。

そこで頑張れば頑張るほど赤字が出る。こんなに頑張ってるのに誰も自分を認めてくれないと魔女化するのがオチ

でも、それは自分が悪いのだ。自分の頭が悪すぎるのだ。

何も戦略を持ってない、他人のことを見ていない、自分のことしか考えてない。

そんなんで満足行く結果が得られると思ってるなら人を舐めすぎだ。

さやかのような頭の悪さが許されるのは中学生までだと心得なければいけない。さやか可愛いから正義だけどな。

2ちゃんスレの話が嘘か本当かを見抜こうとしている奴は全員阿呆だ。

そんなことしてる暇があったら、どういうところに価値があるのかを見極めたほうがいい。


考える頭がないなら、せめて後悔しないための覚悟くらいは持て

愛とは決して後悔しないこと」。人生の真理だと思う。

基本的に、文章読むときに、読む対象に愛がないやつは絶対に後悔する。

まずは相手が何者であってもそのまんま受け入れることだ。

その覚悟がないなら、最初から疑ったり、貶してやろうと思って読むくらいなら、読まないことだ。

覚悟決めたら、嘘だろうがホントだろうが、とりあえずそっくりそのまま受け取ってしまえ。

その上で、愛し方は人それぞれだ。自由にすればいい。

徹底的に罵倒するのもいい。徹底的に細部まで批判するのも構わない。

愛してるからこそ肯定しなけりゃいけないなんてルールはない。自分が後悔しないなら、好きなようにすればいい。

余計なこだわりさえ捨てれば、つきあいかたは自分の自由だ。

読む前から、後悔することが約束されているような読み方だけはするな。

世の中には、もっと楽しいこともある。自分が愛せる対象を探したほうがいい。

惰性で辛いことを続ける必要はない。


以上、 ID:VRSQfKye0から

2012-01-30

[]

写経まとめ。まだ半分も進んでない。あと23冊がんばるぞー。全部終わったら整理整形してページまとめ作業。

http://anond.hatelabo.jp/20120115094907  蝦夷アイヌまとめ作業場

http://anond.hatelabo.jp/20120116094011  ロシアまとめ作業場

http://anond.hatelabo.jp/20120124204510  6

http://anond.hatelabo.jp/20120126200721  7

http://anond.hatelabo.jp/20120127001941  8

http://anond.hatelabo.jp/20120127182320  9

http://anond.hatelabo.jp/20120128151457  10

http://anond.hatelabo.jp/20120128195142  11

http://anond.hatelabo.jp/20120128235444  12

http://anond.hatelabo.jp/20120129190751  13~14

http://anond.hatelabo.jp/20120130102016  15~16

にしても、ただ写経するだけで之なわけで。Wikipediaみたいに他の人がちゃんと読めるように文章に気を使ってまとめ直すって

どんだけキの遠くなる作業なんだろう。 あれは本当にすごい。どんな人たちなのかはしらないけれど尊敬する。

「前九年・後三年の役」の項目とか、下手な歴史本より詳しいかもしんねー

2012-01-22

[]ハイテンションな人が手放しで賞賛される社会はしんどい

http://d.hatena.ne.jp/Lobotomy/20120121/p1

むちゃくちゃ同意

人の笑いや泣きがどれだけ簡単に操作できるかについては

http://www.nicovideo.jp/watch/sm8905211  でも見れば一発で分る。

しかし、上の記事に同意するからこそ残念に思うことがある。

世の中って、感動屋の方が人を動かすことが多いのだよね。

というか、本当に

・「嘘だとかって言う前に感情が動くほうが人生充実してない?」

・より多く感動した方が素晴らしい人生を送っているというのが正しいとすれば、我々の大半の人生オウム真理教信者よりもつまらないことになってしま

こういう人多い。

で、こういう人が多く集まって、それが正しいのだって空気が形成された空間、プチ社会は本当に息苦しい。

私にはこれが形を変えた体育会系とか吉本喜劇のクソヒエラルキーのように、脳が酸素欠乏になればなるほど偉いみたいなドMの集団にしか見えない。


はてなは、そういうのが苦手な人が多いと思う。他人に笑顔を強いられるくらいなら自虐することを選ぶくらいそういうのが嫌いな人が多いと思う。

上の記事のような、ユーモアアイロニーでこういう空気に冷水を浴びせる記事が人気になりやすい。

多くの人が批判記事を書いて抵抗の意思を示す。

しかし基本的にはてなの人たちの努力はか弱い。

ハイテンションな人がちょっと本気をだせば、あっという間に2500ブクマ越えを達成してしまう。

ゲーセン少女など可愛く思える、病弱な少女を酷使して死に至らしめておいて、泣けばすべて許されるという初期ケータイ小説的な道徳を描いた虐待推奨小説が300万部のベストセラーになることを止めることはできない。

ハイテンションな人の熱狂には結局勝てないのだ。

その理不尽現実ますますはてな民を苛立たせるが、早いところ受け入れざるを得ないのも事実だろう。


頭が冷えているときは、「人と人って簡単に分かり合えないよね、というか絶対に分かり合えないよね、みんな一人で生きて一人で死んでいくんだよね」ということと向き合わざるをえない。

そういうのは人気がでない。人気が出ないと言うか、あまりオススメしない。

特に今みたいに、支えとなるものが金くらいしかなかったのに金すらもない状態で、そういう訓練したことがないのにいきなり一人で向きあうのはむしろ危険だとすら思う。

ある程度みんなそれがわかってるから、すごくつまらないことでも共有して盛り上がってハイテンションにはしゃぐ。

とにかく泣く、怒る、やばいやばい黄色い声で絶叫する。そうやってうすっぺらい経験を少しでも濃いものとして錯覚しようとする。

自殺しないで生きていくためにはこういう必死努力が必要なんだろう。 

そういうことを考えると彼らは彼らなりに生きるのに精一杯なのであって、愚か者といって批判するのもなんか違う気がする。

命がけではしゃぎまわり、群れようとする彼らには勝てない。

勝てないのだから最初から勝とうと思ってはいけない。

でも負けを認める必要もない。負けを認めて、彼らのルール適応しようとして頑張ってモテ系の記事を読んでも、どうせ一度冷めた熱は上がらない。

自分が楽な生き方を考えるしかない。

日本人のうち9割はドMなんだ、でも僕はMじゃないんだ、体育会系ではないんだ、とはっきりとカミングアウトする勇気が必要。

意識して別路線を選ばないと、その自覚を持ってないと、生きるのが苦しくなる。


そんなことより今週のハンターハンターがめちゃくちゃおもしろくて生きるのが辛い

うわーそうきたかー。 蟻編とはなんだったのか、どころか、24巻あたりの伏線がこんなところで生きてくるとは。富樫神すぎるだろ。


追記

感動してる人たちを斜めに見て自分を高みに置こうとするのも嫌いという結論にしかならないな。

から、私はその上下とか高低ってのがいやだから、横に広げようとしてるわけよ。ヨコのものをむりやり縦に考えないといけない病気でないならそこは理解してください。

H×H単行本シリーズ累計5500万部でていてケータイ小説トリプルミリオンなんか鼻で笑えるくらいハイテンションな人御用達コンテンツと思うけど。あたなが横と思ってるものこそ縦かもしれんぜ

系のツッコミありがとう。それについては一つ目のトラバの返信に書いてあるから読んでね♪

ハンターハンターを好きなオレは縦社会から抜けだしたヨコの人間だと主張するつもりもないし、どんなマイナーな作品が好きだろうが、それはただのマイナー好きです。

あと、文中でも述べているように、ハイテンションな人たちを批判するつもりは全くないんですよ。それどころか彼らの気持はよくわかるつもり。

私が言いたいのは、「ただそこしか場所がない」という考えから抜け出したい、ということなんですね。 

必要ならみんなで盛り上がっていい。 何かをきっかけにして、人とつながりあう感覚は時々必要になりますキャッキャウフフな人たちを批判するつもりなど毛頭ない。

分かりやすいように話をぐっと傾けると、「・・・してたら楽しかった!」が逆転して盛り上がることやつるむこと自体が目的化され、常態化されるような状態は嫌だってことです。

これずっとやってると感情が薄まるんですよね。良い方向でも悪い方向でも自分の頭が麻痺してくる。

形的的を追い求め過ぎて、外からみるとリア充だけど中身は・・・って経験は誰にでもあるでしょう?

・・・と、ココらへんまで話を傾ければ誰にでもわかってもらえるとは思うんだけれど、私がいいたいのはそこまで傾けない状態のことです。

ここまで極端な話をシなくても、もうちょっと手前の微妙なところで、しんどいって言うくらいはいいじゃない、と思うんですがどうでしょう

単純に言えば、あんまり周りに振り回されずに、好きでないものや、必要でないもの、必要でないタイミングにはNoという。 

その代わりに好きなものやここだというタイミングではワッと楽しみたいです。感情を濃くしたい。そんだけ。


追記2 

反応が帰ってくるのは予定していたとおりだけれど、内容は予想以上。我ながらナイスアシストができたと胸を貼りたい気分。

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20120124/1327388248

彼がまともな記事を書くと、普段の彼とバッティングするというのが非常に味わい深い。

私はこれから岩崎さんの綺麗な面を際立たせるような、彼がまともな記事をかけるような問題提起をしてきたいと思います

今回は、直接作品について、しかも悪口の形で触れてしまったのである意味反則です。

そうではなく、岩崎さんの正義の心を激しく揺さぶるようなテーマ提供していきたい。

最近岩崎さんはスランプらしく、自分で考えて記事を書くことができないみたいなので、みんなもアシストして行きましょう。

あと非常に悲しい誤解があります

またぼくの悪口がはてなに書かれていた。

私は岩崎さん個人は大好きですよ。

大好きすぎてハックルブログが富樫化してる最近は生きるのが辛いくらいです。

岩崎さんは好きだけど、もしドラゴミだと言ってるだけです。その点だけは誤解して欲しくないな。

2012-01-19

[]「就活ぶっこわせデ​モ」×岡田斗司夫 一部まとめ

http://live.nicovideo.jp/watch/lv77506187

50分から70分までの内容。

文字書き起こしではありません、主観を混ぜて恣意的に編集してますニュアンス微妙に違っていると思います

(カッコ部分は岡田さんは言ってない部分です。私が勝手に付け足しました。明確に私の意見であるとわかるようにしてます。)

「勝利のイメージを持たず、勝算を考えず、勝算が低いとわかってもその活動にこだわろうとするのは、運動自体がやりたいからだよ」


 経団連と交渉して就活ルール変えていきたいっていってるけど、

 それに応じることに、経団連に何のメリットがあるの?

 そもそも今の就活ルール経団連責任なの?経団連さえ変われば就活は変わるの?

 それを受け入れてる学生側の意識に問題はないの? 変えていくのは学生意識が先じゃないの?

 経団連がどんだけ強いのか知らないけど、経団連に関係ない企業が95%以上あるよね。

 学生意識をそっちの95%に向ければいいんじゃないの?

 経団連がアホなことばっかり言ってるならそっちには行かないって

 みんなが言うようになればいいんじゃないの?

 「経団連に左右されてるだの影響力が多いだの」っていうのは主語が消えてるよね。「学生が、影響されている」だよね。

 まずそれを取り違えてない?

 別の話で例えよう。

 ジャニーズみたいなイケメンが5%、それ以外の男が95%として

 女がみんなイケメンに殺到しているときに、

 「女が、自分イケメンに選ばれないから不満だ。自分イケメンに評価されるようにルールを変えてください」って

 女が交渉したらうまくいくと思う?

 それって個人だから聞いてもらえないけど団体交渉にしたらうまくいくって類の話だと思う?

 この場合だったら変えるべきなのは、女の意識じゃない?イケメンにこだわらなくてもいいって考えを押し出すべきでしょ?

 ・・・ほらそこですぐ「イケメンに訴えかけつつ、女性側の意識も変えていきたい」って言わない。

 (今は両面選べないって前提で話をしてるんだ。わかりやすい例えまで出して選択を求めているのにそうやって問から逃げるのは卑怯だよ?)

 

 戦い方として考えた時にも、単に団結して交渉しようってのはおかしい。

 労働組合意味があるのは、運動しているのがいなくなったら困る人だからだよ。

 たとえきみたちが頑張って10万人集めたところで、

 それが経団連のいらない学生だったら意味が無いわけでしょ?

 交渉したいんだったら、まず相手をよわめて自分たちを強めないと。

 優秀な学生経団連なんてクソ食らえって思うようにしないと。

 経団連の影響が弱くなる状況を作らないと。

 「経団連の影響が強いから直接経団連に訴えかける」っていっても

 向こうとしたら交渉のテーブルに座る必要すらないよね。

 君たちがやるべきなのはまず

 「相手は間違ってるから私たちのいうことを聞くべきだ」なんて

 真正面から突撃することじゃなくて(というかこれただの自己満足玉砕だよね)

 経団連側の企業に入らなくても

 ハッピーになれる人たちといった現実的なイメージを数多く作って

 「経団連が横暴なルール押し付けるなら別の選択をする」

 というルートを作っていくことだよね。

(あととにかく「学生が」「親が」って言うのは一旦やめろ。

 まずキミはどうなの?キミは95%に興味がないの?大企業就職したいってことでしょ?

 「みんなが」そうだから自分も」そうしたいんじゃないの?

 社会運動って言ってるのにその中心であるキミ自身の考えをいろんなもので代弁してごまかしてるようにしか見えないよ?)

  

君たちの活動が盛り上がらないのは、他の学生が参加できる、したくなるような明確なサクセスストーリーがないからだよ

就活活動をしないで多様な幸せ像」を提示していく必要がある。お金がないとか広報する手段がない、っていうよりまず中身を詰めなさいよ。


厳しいこと言ったけれど、僕(岡田)は今の就活特にリクルートのやり方が正しいとかは全く思ってないよ。

リクルート学生就活を対象としたプアビジネスに目をつけてそれを続けた結果として、洗脳が完了してるってのが今の状況だろうくらいに思ってる。

パ○ンコとか就活産業社会的正義ないと思うし、日本の恥だとおもうんだよね。

社会にあるものは誰かに必要とされてるのは認めるけど、そろそろやめようよって言いたい気持があるよ。

でも潰れろっていっても潰れないでしょ?デモしても受け入れてもらえないでしょ。

それよりは「就活リテラシー」がない人が食い物にされてるって問題に注目して

この人達就活リテラシーを上げて、支援するためのサービスやんなよ。

就活RPGだとすると、

今はリクルートが用意した呪いの剣と呪いの鎧しかないわけじゃない?

鎧は重くて体力奪われるし、剣も切れ味悪いよね。しかも高い、と。

呪いを解く教会と、適切な価格でちゃんとした武器防具を提供してあげればいいよ。





すごく話が盛り上がっていたんだけれど、このあたりでいきなり生放送が切れてしまって復帰しなかったため(リクルートの妨害?)

残念ながらここまで。「就職肉食系をやめて草食系スタイルで行こうよ」ってテーマでかなり興味深かったんだけどなー。

ここから感想就活ぶっ壊せデモ学生側の言葉は全く響かなかった。迷走ってレベルじゃないわこれ。同じ年の私から観ても子供のお遊戯

私も大学3年生で就活を控えており、彼らがそれなりのビジョンを持ってるのかな、と期待して話を聞いてみたんだけれど

とにかくピントがぼけまくりな上に、唯一明確な行動方針が「人数集めてデモしたい&経団連ルール交渉していこう」ばっかり。

現実性が全くなかったうえに、代替案があんまり考えられておらず、岡田さんの問題指摘についての反応が鈍いなど柔軟性にも疑問があった。

あと、リーダー?が宮内という人2ちゃんねるでよく見かけるバーチャル人格がそのまんまリアルに出てきたみたいでかなり気持ち悪かった。

妙に上から目線だし、岡田さんがアドバイスしたら「じゃあ岡田さんが協力してくださいよ」とか「それは岡田さんのビジネスになりますね」とか返す。

それでいて、主張にしてもいちいち「マクロ的にこうだから」「みんなそうしてるから」「経団連がー」というのが多くて

彼自身が、彼自身の責任で、自分の主張をするのを避けているのが、ものすごく不愉快だった。

我が強くて自分意見ゴリ押ししたがるくせに、自分意見について責任を取らないって最悪じゃね?この人と一緒に仕事したくないな、と思った。

それでも・・・空気読めないにしても、岡田さんにさんざんダメだしされてもひるまずにしゃべり続けたって度胸はほんとすごいと思う。

こういう感じで怯まずにいろんな人達から色々話を聞いているうちにちゃんと目標が定まって、何かやラかしてくれるかもしれない。

まぁ今のままだと駄サイクルを繰り返した挙句にgdgdと運動を続けながら、「発展的解消」とかいってやめそうだったけどな。

2012-01-18

[]失業ほど根源的な反抗は無い。偉い人にはそれがわからんのです

http://twilog.org/tako_ashi

尾崎豊カブれていたのは同時代でも十分にイタい人たちで、とてもじゃないけど朝日新聞入社するタイプじゃなかった」ということを

当時を知らない新成人のみなさんにお知らせしておきます

覚醒剤オーバードーズで死んだ歌手を持ち上げて、若者に怒りと反抗を促す社説って、ただただグロテスクだよ。

同じ事言ってるのが貧乏ロケローラーなら半分ぐらいは耳を傾けてさしあげるけど、新聞屋さんには言われたくないっス。

あの文章にアジテートされて、若い連中が本当に怒り出したのだとすると、真っ先に火あぶりにされるのは社説子さんだと思うのだが。

若者に対して「怒れ」と言う人たちは、自分が怒りの対象になることをまったく意識していないわけだよね。

「オレたちが学生だった時は権力が見えていた」「君たちには闘う相手が見えていない」って、20代半ばの頃、四谷飲み屋で言われたことがある。

言ったのは日立製作所の人事部のオヤジ

温厚なオレもさすがに靴の中で足の指を縮めた。

その時のことを今朝の社説を見て思い出した。

まあ、20代半ばのアマチュアロックバンド座付き作詞家の半失業者に向かって、

一部上場企業正社員が「反抗しろよ」とか言ってたわけですからね。

オヤジ居酒屋若者論にもマトモなお話が無いわけじゃない。

ただ、武勇伝要素横溢だったり、自分語りの垂れ流しだったりするのはダメ今日社説はモロにそれだった。

「で、あんたはい辞表を叩きつけるんだ?」と問い返さないでいるのが困難。

失業ほど根源的な反抗は無い。あの人たちにはそこのところがわからないんですよ

何よりひどいのは最後の「ともあれ、おめでとう」の一文だと思う。「ともあれ」はひどい。範囲を限定した祝福は一種の呪い

ともあれおめでとうとか言われたから、とりあえず黙れって言っといた。ともあれ〆切が迫っている。ともあれやる気がしない。

ヤングジェネレーションに向けたオールメディアからのフェアウェルだったというふうに解釈すればオレのこの気持ちの悪さもクリアされるわけだな。

(※婉曲な表現を実現するため、カタカナを多用しています。ご了承ください。)




ところで、「天声人語書き写しノート」という商品が発売されていますhttp://t.co/HxPT5LFT

店頭で見た時、心底から驚愕しました。写経ですか? 自己肥大もここまで来るともう笑うしかありませんよ。

朝日新聞の1面に毎日掲載されている「天声人語」を、知らない漢字言葉辞書で調べながら書き写し、文章の構成力やリズムを身につけませんか? 毎日続けると、世の中のいろいろな出来事がわかります。》だそうです。うわあぁぁぁ(絶叫)

朝日新聞の1面コラム天声人語」。100年以上も続く名物コラムには、文章を書くために必要なエッセンスが凝縮されています。1カ月ほど書き写していると、自然文章力が見についてきます受験就活の対策、また大人の学び直しに「天声人語」を書き写して見ませんか?》だそうです。う(嘔吐

だいたい「天声人語」っていうタイトルからして、上から目線どころか「天からモノ言ってる感じ」で、もう全然ついていけません。

《大人の学び直しに「天声人語」を書き写して見ませんか?》 って、ものすごいコピーだな。

書いたコピーライターもすごいけど、会議通したヤツ全員が超絶的にすごい。

星の王子様の「やあやあ、またワシに感心しているやつがやってきたぞ」の王様匹敵すると思うな。個人的には。

天声人語書き写しノート」、なくならないうちにひとつゲットしておこう。きっと5年後には伝説の商品になっているはず。

新入社員全員に「天声人語書き写しノート」を配布 

②3ヶ月後に提出を命じる 

③忠実に書き写した社員はその場でクビ 

④「うちもさぁ、コピー機みたいな社員置いとく余裕ないわけだよ。じゃあな」みたいな。

社説」みたいな虚構はそろそろ放棄しても良いと思います

逆に言えば、「社説」を「社の意見」として、毎朝掲げることができるのは、北朝鮮ライクな一枚岩の言論機関だけではなかろうかと…。



個人的に若死にした人間を持ち上げる論調が嫌いなもので。他人に語れるような夢は偽物。

オッサンにならない特権を行使するために早死にを選ぶクリエーターに対しては、全力をあげた忘却で対応することにしている。

努力の介在しない忘却は低能の結果に過ぎない。

盗んだバイク新聞を配達したこともないあんたに何がわかるんだ? と、オザキが生きてたらきっとそう言っただろうな。

あいつは何がわかるんだしか言えないヤツだったから。

なんにもわかっちゃいないくせにというよりもなんにもわかっちゃいないからこそなおのこと。

尾崎社説程度のもの過剰反応しているのは、オレがなにか苛立ちをぶつける対象を探しているからで、

その原因は…たぶん盗んだバイクで走り出した先にある。

何か機嫌の良くなる話題を考えよう。そうだ澤穂希バイクを盗まないで走りだす中盤の宝石ありがとう澤穂希選手



(・o・).。oO(♪盗んだ新聞放火するぅ~)

2012-01-05

[]もしドラとパミラ あるいはハックルさんのいうところの小説面白さについて

あれ? もしかしてこれって哲学さんの発言のこと言ってる?(http://bit.ly/wQEAol)

おい待てよ!哲学さんは千早ミンゴスクリスティーナも大好きな人間ぞ! 助手大好き人間なのにこれどういうこと?!

出典元ktkr。私はたんぶらから拾ったんだけど元はクリスティーナがめちゃくちゃ好きな人がこういう事言うんだろうなーとは思ってた。それをあえて嫌いな人、特に女の人が同じ発言をしたらどういう感じになるかな、と思って<あのキャラオタクの欲望だだ漏れすぎて引くわー>を付け足して逆の意味にしてみた。あえて誤読してみたといってもいい。そしたらみんながマジレスしはじめたってのがおもしろいところ。

自分の中でこの反応は「もしドラ」と同じものがあるな、と思った。ハックルさん手法ってマジで釣りに使えるかも。


もしドラ関連でもう1つ。

http://booklog.kinokuniya.co.jp/abe/archives/2012/01/post_100.html

よけいな先入観を捨て、小説ではなくともかく『パミラ』を読む。そうすると、この作品、たしか小説らしくはないが、妙なところで「小説」という形式と血が繋がっているのがわかってくる。そして、そこには「ひょっとすると小説がそうであったかもしれない別の顔」が覗いてもいる。私たちの知っている「小説」の背後にもあるかもしれない何か。根源的な言葉エネルギーのようなものが、そこには宿っている

神経の突っ張ったインフレ気味の語りがつづくと、さすがにこちらもくたびれてくる。山あり谷ありどころか、山の連続であるしかし、こちらをくたびれさせるところにこそ、この作品の一番の真実があるのかもしれない。リチャードソンはたったの二ヶ月でこれを書き上げたというが、それはパミラの体現する種類のエネルギーを彼自身がうちに宿していたということではないのだろうか。この作品を支配するのは、危機と苦難に直面しつづけるパミラの、つねにぴりぴりと緊張しつづける神経そのものである

とにかくパミラ臭があふれていて、とてもではないが徳だの純血だの結婚だのといった骨張った議論に回収されるものではない。しゃべりまくる女たちの語りの力は圧倒的なもので、しかもそれは女が語る女の語りではなく、男が女に語らせる女の語り。つまり、50歳のおじさんの視点から「女の語り」へと没入するリチャードソン臭が混入しているのである。だからこそ、独特の過剰さがつきまとう。

これだ! 私はハックルさんのことをまた一つ理解したぞ。

ハックルさんは「エースの系譜」において

この作品は、現代の小説オーセンティックな魅力、本質的価値を取り戻そうとして書きました。『エースの系譜』は「面白さ」というものをどこまでも追求した作品となっています。人が魅了されずにおかないこと、人が興味を引かずにはいられないこと、人が知りたいと強く願うこと、人が夢中になってしまうことなどが、この中には描かれています。ぜひ、それを知ってほしい。

と書いてある。これの意味が全くわからなかったのだけれど、「面白さ」を読者にとっての面白さ、と考えなければすべて納得できる。

パミラの作者も800ページの大著をわずか二ヶ月で書ききったという。彼は「筆が止まらなくて困った」くらい執筆が楽しかったのだろう。番長マジイケメン

おそらく、岩崎さんの言う面白さもこれと同じだ。

まり面白さとは読者にとってのではなく作者にとってのおもしろさなのだ。この手の話は、読む側には苦痛しかないが、書いてる方はめちゃくちゃ楽しいのだ。

そりゃそうだ。50過ぎのおっさんが、うら若き淑女になりきって、自分と同じくらいの年代エロオヤジを出し抜くんだぜ?

40過ぎのおっさんが、頭の悪い女子高生に戻って、昔自分馬鹿にした奴らを真っ向からマネジメントかいう「謎の白い魔術書」を使って血祭りにあげていくんだぜ。ほむ。

そりゃ「人が魅了されずにおかないこと、人が興味を引かずにはいられないこと、人が知りたいと強く願うこと、人が夢中になってしまうこと」のすべてが詰まってるよね。

・・・ってそれ「魔太郎がくる」よりたち悪いよ。 それなんてセイバーだよ。リプレイ救済願望ダメ、絶対! 征服王に怒られちゃうよ。

はてブ」とか「なろうネイティブ」とかそんなチャチなレベルじゃねぇ、もっとどす黒いおやじの欲望を味わったぜ。

(この話、西尾維新にも当てはまらなくもないと思ったが、西尾維新は多分また別の話なんだと思う)

そういえば、日本には土佐日記なるものもありましたね。どうも日本には変態的な文章を書く時がもっとも生き生きと輝く「紳士」な人が多いようです。

もしドラの本には「紳士」が「真摯」って誤植されてたので次の版からは直しておいて欲しいですね。

2011-12-25

[] 岩崎夏海さんの文章の読み方の教科書

常識にとらわれてはいけなかったのですね 

先に結論から

岩崎夏海さんの文章には決まった楽しみ方がある。

「彼の独特の美学」をみつけた上で、それが文章の枝葉末節にどう影響しているかを探る、というものだ。

間違っても頭から文章を順番に読んで行こうとか、彼の言ってることが現状を踏まえて妥当かどうか、とかそういうことを考えてはいけない。


http://blogos.com/article/27749/

実に岩崎さんらしい凄まじい文章である

つの文章の中に細かい主張が3つも4つも混じりあい

さらに他者への批判やアフィリエイトが挟まり

それらがいったりきたりするのでカオスぶりが半端無い。

読者としては「何が言いたいのかわからない」「マジキチ」と評したくなる。

まともに読んではとてもついていけなくなるだろう。


しかし、実は彼の記事はどれもテーマは極めてシンプルである。彼の文章は、己の美学を語るためだけにある。残りは装飾にすぎない。

彼は基本的に現実についてあまり知らないし知ろうとしない。彼の理論現実の制約も、比較対象も、実証もなにもない。美学とはそういうものなのだ

そういう「些細なこと」に気を取られずに本というものは、野球というものは、マネジメントというものは、読書というものは「かくあるべし」だけを考える。

から現実はこうだろ、とかそういうツッコミは野暮というものである確信犯なのだから

他者への批判とかは客寄せパンダ以上の何者でもなく、本人も力入れて書いてない。いちゃもんつけられれば前後関係がおかしくても気にしていないのだろう。

なぜそこまでいちいち煽って人を集めなければいけないかというと、まぁ個人的な美学というのは普通に書いてもだれも読まないたぐいの話で有るし、職業病というのもあるのだろう。


今回でいえば「作者と読者の関係はどういうもの理想であるべきか」という点について彼なりの美学が語るのがメインである

Q:「購入者は何に対して金払うのか? 」

A:「作者に出資するようなもの。そのお金で作者は命をかけた取材をし、読者に還元する」 こういう流れが理想である

作品ではなく、作者にカネを払う。曲やコンサートというよりはAKBそのものを応援するために金を払う。

そういう仕組みのほうがお互いにメリットのある関係を築けるはずだ、という。

どちらかというと作家というか、ジャーナリズムに近づいている気もするが、確かにこの流れがうまく回ればなーとは思う。理想論としてはありだと思うんだよね。


今回の記事で理解すべき部分はここだけである

他にも多少彼が最近かぶれているらしい「自然と一体化した人間」みたいな思想も含まれているが、そこは私にもよくわからないのでスルーする

そのうち分かるかもしれないしわからいかもしれない。

他の部分は、この彼の独自の美学というか理想を、無理やり現実に当てはめたらどうなるか、という話だ。

もちろん、たとえば著作権教育に関して、彼はほとんど知識が無いので、現状を踏まえて考えると言ってることはおかしいのだが、そこは重要でない。

特に他者の引用や他者への言及が始まったら、すかさず読み飛ばすことを強く推奨する。



私が岩崎さんを好きなのは、こういう「常識にとらわれない」ことと、文章に何らかの「核(彼自身)がある」点である

少なくともありきたりではない。彼の書く文章は彼にしか書けない唯一無二の文章であり、それが面白い

面白い、という軸で評価するなら主張の裏付けについて、個人的な体験の比重がとても大きく、非現実的な主張が多いことも欠点ではない。

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20081004/1223046127

世の中には、核(自信)があってどこか堂々としている人と、核(自信)がなくてどこか不安げな人の二通りがいる。どちらが良いとか、どちらが悪いというわけでもない。どちらにも一長一短があり、そのあるなしが人間そのもの価値を決めてしまうわけでもない。それでも、ぼくはできれば核はあった方が良いと考えている。それは、ぼく自身が核のない人間で、それでずいぶん苦労したという思いがあるからだ。今振り返ると、苦労した分いろいろ学べたこともあるから、核がないのは本当に悪いことばかりではないのだが、それでも、あるのとないのではやっぱりある方が良いと思ってしまう。ないものねだりかも知れないし、隣の芝生は青いからなのかも知れないが、自信を持って堂々としている人を見ると、いつだって羨ましいと思ってしまう。だからぼくは、そういう核がない子供を見ると、なんとかしてそれを植え付けることはできないものかと、傲慢かも知れないが考えてしまうのだ

から、みんなも枝葉末節常識にとらわれないで、素直に彼の独特な文章を楽しもうじゃありませんか。


私のもしドラ感想Ver1

http://anond.hatelabo.jp/20110610173821

ひねくれて読むとこうなる。でもこういう読み方をしてはいけません。 

本当は「女子高生もっと輝くべき」というテーマだけ読めばよかったんです。

2011-12-15

[]嫌いな人とつきあう三ケ条

できる限り付き合わない方法を考える

付き合う方法といっておきながらなんだけれど、できるかぎり「その気になったら付き合わなくても良い」状態を作れるようにしておくことは大事。これによって精神の余裕が生まれる。

その上で、付き合わざるを得ないときプラス感情が持てるように努力する。

例えばこういうことを意識する

「違うタイプ人間を受け入れる。特にペース。相手には相手のペースがある。それを認めないのは人格を認めないことに近い」

意識して嫌いな人を褒めること。そして、悪く取らないこと。プラス思考で相手は僕のことを考えているから叱ってくれるんだ、と好意を持つ」

上手に威圧する 

相手に見下されないこと、弱いと思われないこと。

ポイントとしては「相手が高圧的なときは高圧的な態度を取る」と同時に「相手の友好的な態度には友好的な態度で臨む」こと。後者特に重要

嫌いだからといってあれこれ構わず条件反射のように噛み付いてもなめられるだけ。

「油断したら手痛い反撃を受ける」「筋道を通してくるから、こちらもそれ相応の態度を取らないと自分がバカということになる」と意識させる。

頑固なだけでなく、柔軟性や協調性も持っている、という点を感じさせることが嫌いな人と仕事をするこつ。


「特定の誰か」から嫌われているかどうかにこだわるのをやめて 目的や集団ベースの考え方をする

何が目的目的を達するには何をすべきか、割り切って腹を決め強く行動を起こすべき。

その時、仕事出世ではなく会社のためであることを打ち出す。みんなのために仕事をしているということを感じさせていく。

嫌われてしまたかな、などといらぬことを考えると行動が相手から奇妙に感じられてくる。

完璧な考え方や行動は存在しないのだから自分の中で納得できる考え方や、その人との関係に限らない広い視野から立ち位置を元に割り切って行動すること。



自分を棚にあげて平気でものを言う人」の一部を適当に要約。この本自体はタイトルは秀逸だと思うが内容はつまらないので読まなくて結構

2011-12-12

[]飲みニケーションは「コミュニケーション成立比率」を測る指標

ちきりんさんの本「ゆるく考えよう」に「コミュニケーション成立比率」というものがあります

100%

A氏はB氏の発言を常に正しく理解し、一切誤解しない。逆もまた同じ(理解するとは「同意」の意味ではなく「わかる」の意味

90%以上

日常会話、業務上の会話に加え、感情感覚の説明も、ほぼストレスフリーで理解し合える。

感情擬態語についての捉え方も受信者の理解は発信者意図と極めて近い。前提を省略しての会話も問題なく成り立つ。


70%以上

日常会話の他、業務を共にする上でも一切ストレスを感じない。ただし、感情感覚の説明、擬態語擬声語を用いだコミュニケーション、前提を省略した会話については時に誤解が生じる。

50%以上

日常会話に問題はないが、ともに仕事をするにはお互いに注意深いコミュニケーションが必要。業務の場合は、おたがい話すだけでなく文章化や図解による確認があれば安心できる。

30%以上

日常会話は成り立つが、仕事や議論では、相手の言っていることを理解するのに時間と手間がかかり、お互いに手間がかかり、フラストレーションを感じる。誤解や軋轢が頻繁に生じる

20%以上

日常会話においても、様々な誤解が頻繁に生じる

20%未満

相手の言っていることが理解出来ない場合が多い。自分の言いたいことも伝わっていないと感じる。思考構造が違う。





ここから先は私の個人的な考えで、異論反論大いに歓迎です。


飲みニケーションが有効に機能するコミュニケーション比率はどのあたりか?

おそらく、飲みニケーションが最も有効に機能するのは50%以上から70%前後であると思われます

年寄りの、特に役職持ちあたりが一番飲みニケーションを楽しんでいることからも明らかでしょう。

価値観感覚は共有しており、情報や前提といった部分にお互い共有が足りない所がある場合、飲みながらのコミュニケーションというのは楽しく、かつ有用ものになります

70%を超えだすと、酒の力を借りずとも、コミュニケーションそのもの有用になるでしょう。

もちろん酒があっても楽しいしょうが、こういう人達ランチタイムでも十分活用できるはずです。

30%~50%ゾーンの人も、何も考えずに「飲みニケーションをやればうまくいく」などと甘い考えでなければやり用はあるでしょう。お互いに相手との違いや問題意識をしっかり持った上で酒の力を借りればうまくいくこともないとは言えない・・・ような。


飲みニケーションが上手くいかないどころか逆効果になるコミュニケーション成立比率もある

言うまでもなく、30%以下の関係ですね。

これは飲みにケーションで何とかしようとしないほうが良いと思います

まず最低限会話に必要な知識や、仕事の進め方についての共通認識がありません。

このあたりは、教科書的に教えて共有すべき、あるいは仕事場で先輩を観察しながら学習していくべき内容で、

酒の席で教えるものでもないでしょう。

むしろ「うまく振舞おうと思ってもできない」状態で、無理に適応するよう進めると、反発につながると思います

飲みニケーションで何とかする」でなくて「飲みニケーションが楽しめる」ような関係を目指したい

私自身は、どうしても自分職場では20%とか30%の関係でいたいんだ、という人はもうしょうがないと思う。

それでも、最初はこちらから20%から50%くらいになるまで、職場コミュニケーションをとっていき、

見込みがありそうだったら、飲みニケーションに積極的に招待する、というやり方でいきたいと思ってます

今の「飲みニケーション」の運営は、ふるい落とし方式のようになっていると思います

努力して50%ラインまで登って来られる奴は可愛がってやる、そうじゃない奴は知らん、というやり方。

就職活動で篩いにかけられて、職場でもまたふるいにかけられる。それに頑張ってしがみついても、ふるいが常に意識に張り付いて、仕事コミュニケーションも楽しく感じられない、というのはもったいないですね。

出世を目指すような人間は、当然これに耐えるべきだと思いますが、普通の人はもうちょっと自然仕事できるようにしたいですね。




おまけ  twitter若者間でのコミュニケーション成立比率

これは更に私の勝手な考えなんですが、

最近大学生は、友達間でもコミュニケーション成立比率が低いような気がします。

から見るとすれ違いまくっているのに、なんとなく成立しているような振りをしている、というか。

とりあえず会話の投げ合いがあればそれで満足というか。キャッチボールになってんのかいな、と。

この「低いレベルでのコミュニケーション」に慣れているというか、満足してしまうと、

仕事で求められるレベルコミュニケーションがしんどく感じられるのかもしれません。

友達といっても、一緒に同じ目標に向かって取り組んだり、というのをやっていなければ

50%以上の成立比率を要求されるようなことは殆ど無いでしょう。

大学時代はそれでも困ることはあまりない人もいるかも知れませんが、

仕事では最低でも50%以上のコミュニケーションを知っていることは必要です。

このレベルまで相手との関係を深めるということに嫌悪感を感じているように見える若い人を見かけると、

もったいないなーと思ったりもします。

必要だから、というだけでなく、最初は戸惑ったり窮屈に感じるかもしれないけれど、

「内側」の感覚というか、周囲と強い結び付きをを味わいながら仕事できるようになると、

楽しいと思えるようになると信じているのですが、こういうのはもう古いのでしょうか?

2011-12-10

[]ぼっちにとっての飲み会は、一人で過ごす学校の昼休みと同じ

http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52511115.html

飲み会に参加する目的を言えますか? 何か目的ありますか?

これが「ない」人にとって、飲みニケーション楽しいわけ無いだろ。

これが「ある」人にとって、飲みニケーションが楽しくないわけがないだろ。

酒呑みたいひとーじゃなくて、酒の席で話したい人や相手、聞きたいことがある人を呼べばいいじゃん。

ない人を無理に連れていっても、逆効果だよ。

飲みニケーションが楽しくない職場ってのは、すでにコミュニケーション需要自体がないんだよ

それが必要だとすら思ってない。上司も、部下も。お互いに無い。

コミュニケーションはすでに目的じゃない。 じゃあ他に目的があるの? なんもない。

何もないからただのダベリになる。もともと仲が良いやつが同じエリアに固まって楽しそうに喋ってるだけになる。

それは高校の時の休み時間と同じでしかない

高校の休みでも飲み会でも、ぼっち人間にとって、みんなの輪の中に囲われた状態で休み時間が2時間時間と引き伸ばされるのは苦痛しかない

何も得ることがないのに、自由に行動することは許されず、ただじっと座って長時間拘束されるだけなんて、地獄しかない。

そこで逃避せずに、ぶつかっていけばいいじゃないかと私なんかは思うけれど、それができる奴がぼっちをやってるわけないだろ。

それよりはさっさと授業してくれたほうがいい。その時だけ授業が好きになる。飲み会の時だけ仕事が恋しくなる。そんなところじゃないの?

そこまで辛いなら、さすがに断ればいいじゃないかと思うけれど、それいうと余計傷つくからやめろ。

ぼっちのやつって、ネットでは態度でかいけど、リアルでは自分意見ひとつまともに相手に言えないんだよ。


ブコメにあるように、「俺ガイル」読んだ後で適当にそれっぽいことを書いてみたらやっぱり需要があったw)

[]不幸を他人と共有できない不幸

およそ、不幸を伝え得ぬというほどの不幸はない。彼は貧しかたから不幸であった。野心に挫折したから、あるいは女に裏切られたから不幸であった。このような不幸には理由がある。つまり告白すれば他人が耳を傾けてくれるのである。だが理由のない不幸(略)をどうやって伝えられるか。しかもそれが日夜生理的に耐え難いほどに身と心を責めさいなむとすればどうしたらよいか。このようにいえば、人はおそらくそれは狂人の不幸、むしろ単なる狂気にすぎないというであろう。だが、私はそのような不幸の実在を信ずる。信じなければ、夏目漱石の作品にあらわれた仮構の秩序は理解できない、という理由によってである


……また、吃音の苦しみは、“特殊な事情”であって、そのため他人と分かちあうこともできず、ただ自分ひとりで耐えるほかないものだ。つまり、〈吃音〉とは本質的に他者とのあいだで“交換価値”をもたぬ不毛な苦しみである。これは当時の金鶴泳にとっての吃音であり、現今の吃音者が必ずしもそうであるわけではないだろうけれど。僕に印象深かったのは、「凍える口」のなかの、自分がかくも苦しんでいる理由が吃音だと聞けば人は笑うかもしれない、そのことがいっそう苦しみを耐え難くする、といった言い回しだ。主人公は、いっそ他人に語るに値するだけの事情があればとかえって思う。

健三は孤独であるが、彼は無意味孤独なのだ。この点で彼の孤独は、友人を裏切り親族にあざむかれた、という確実な原因を有する「先生」の孤独より一層悲惨であるといわねばならぬ。


仮構は一切の社会性――つまり他人と共有しうる可能性――を奪われている彼の不幸を、社会的ものにしようとする努力、つまり理解されたいという願望から生じる。願望はもちろん自らを狂人と認めて不幸の実在を撤回することの拒否から生ずるのである。……他人に伝えにくい気持ちを伝えようとするときの、あのもどかしさを思えばよい。……このようなとき、人は一瞬沈黙して言葉をさがす。だが、言葉がどれも片々と軽くて、何の役にも立たぬと知ると、今度は一転して何かのたとえ話をはじめる。たとえ話は原始的な仮構で、その故にてあたり次第の言葉を並べるよりも本来の伝え難い気持ちを正確に暗示するのである

しかし、そういう時に、たとえ話ひとつ編み出す才覚だか神経だかがなければどうすればいいのか。


タコいんだろタコ。8本足の奴。あれって刺身にすると美味いよな?

でもよ、ああ見えて意外と繊細なんだってあいつら。見えないよな?

どんくらい繊細かって言うとな、

気の合わないタコと一緒に水槽に入れると気が狂って自分の足食べるんだってwwwwwww

繊細すぎるだろwwww他人との関わり合い完全否定だよwwwwwwwwwww

8本もあるから1本くらい味見したっていいよねとかやかましいわwwww

でもな、そう考えるとタコっていっつも1匹で生活してるよな。

一人が好きなのかなー、って思って1匹だけ水槽に入れて飼った人が居たんだって

タコもこれで安心だねー、とか思うだろ?

隠れるところがないからまた気が狂うんだってさwwwwww

どうしようもねーよwwwwひきこもりもここまで来たらあっぱれだよwww

セルフサービス食べ放題だねってやかましいわwwwwww

2011-12-09

[]最近アイマスの濃密すぎる関係が見ているだけで息苦しい

仲良しの集団ってこんな感じなんか。

facebookとかで仲良くやってる人らもこんな感じなんか。

30人31脚に挑戦してるクラスってこんな感じなんか。

一緒でやろう、一緒じゃなきゃ駄目だ。

○○、ちゃん、・・・なんでしょ?△△ちゃんから聞いたよ。大丈夫

会話もいちいち格ゲーの身内読みみたいな感じですごい気遣いがあるのを感じる。

いや、隠し事する必要もなく、いろいろとさらけ出したり助けあったりって関係って

その人達からしたらそりゃ素晴らしいのだろうけれど。客観的にみても素晴らしいのだと思うけれど。

私にはこの距離感は見ているだけで息が詰まる。胸が苦しい。

羨ましいけれど自分には無理だとか。レベルが高すぎる。


逆に、たまに誰とも絡んでない子がいると目立つところとか。○とか○とか。

序盤は落ち着いて見れたけれど、ほんとにだんだんだんだんしんどくなってくる。


悪いとは全く思ってない。むしろ望ましい方向に進んでるし、羨ましいとすら思ってる。

ただ、私はこういう場に自分がいても逃げ出すんだろうな、と思ってしまうのが悲しい。

アイドルって、すごいな。

[] 「精神論ではない仕事を速くこなす技術」のfromdusktildawnさん添削Ver

http://anond.hatelabo.jp/20111208222023  についてふろむださんより以下の指摘あったので並べ替え

1から順番に上から今の仕事適用していってはだめ。これを2→5→7→6→4→3→1の優先順で今の仕事適用して見直すのがお勧め


作業をやるな

 仕事とは作業をやることではない。仕事とは目的を達成することだ。だから、相手から頼まれた方法が必ずしもベストなやり方ではない。相手の目的を達成することが重要だ。だから、その仕事誰のために、何のために必要で、ゴールは何がどうなっている状態なのか、をしっかりヒアリングすることが大事。ゴールを聞いて、それを達成するための近道を常に考える事。

意思決定者を意識しよう

 ほとんどの僕ら社畜にとって、仕事とは「関係している一番偉い意思決定者が満足するものをつくること」だ。だから、誰がその仕事の成果を評価する役割を担っているかを常に追いかけて、彼のニーズ・評価基準を見つけ出そう。これをするだけで、後からひっくり返されることがなくなる。

いから捨てちまえ

 全てを完璧にしようとすれば時間なんていくらあっても足りなさすぎる。だから、その作業の中で「適当にしていいもの「絶対に抑えて置かなければならないもの」をヒアリングをして見つけ出し、手を抜けるところは徹底的に手を抜こう時間内に求められたアウトプットを出すことが仕事目的で、誰もが見惚れる配色のパワーポイントをつくることは僕達の仕事ではない。完璧主義なひとほど完璧から遠ざかる。捨てるべきは捨てよう。

10分の1の状態で見せること

 作業をする方向性の大枠が決まったら、その状態で見せるとムダな差し戻しが防げる。たとえば、パワーポイントを作る作業なら、アウトラインと主なメッセージが決まった時点で見せる。相手がダメ出しをする部分を先に出し尽くせば、ムダな差し戻しなく作業ができる。

遠慮無くパクれ

 組織の大抵の仕事前例があるものだ。たとえば、コンサルタントの提出する資料のかなりの部分が既存の資料の使い回しかアップデートだったりする。すでにあるものを再度創りだすことほど馬鹿な事はない。遠慮無くパクろう。とにかくパクる。で、自分よりもっとうまいやり方をしている人がいたら、躊躇せず彼の秘訣を聞き出す。とにかく、パクろう。

1分だけやる

 重いタスクほどすぐに着手するべき。なぜかというと、人間には認知的不協和というのがあって、着手したものが終わっていないと気持ち悪いと感じる心理があるからだ。着手したら終わっているべき、という認知があって、それが解決されていない状態は気持ちが悪い。だから、解決しようと集中して作業できるように心が動く。重い作業ほど、とにかく1分だけでいいので着手しよう。きっと1分は一時間になっているはずだ。

時間を区切る

 「時間をかけて頑張って解決しよう」と考えている時点で、あなたは最も効率の悪い仕事のやり方を選んでいるといえる。なぜなら、「時間で解決しよう」というのは、創造的な解決方法放棄していることだからだ。たとえば、「象を3秒以内にかけ」といわれたら、誰でも象を表現するために最適かつ短時間で終わる方法を考えだそうとする時間による制限は人の創造性を引き出すシンプルかつ効率的方法だ。だから、「イマイチ効率が悪いやり方をしているようだな」と感じるなら、自分がどれだけ時間を区切って作業できているかをみなおそう


こういうことは本来は誰もが理解しておくべき基本中の基本なのだと思いますが、そうはいってもその基本をわかっていない人がいた時、この基本をどう伝えるかというのは結構大事だと思います

ネックになりそうな部分から潰して行って、「時間を区切って仕事をする」ことができる様になる状況を作る。

そうしないと、「時間を区切ってやる」と思っていても、いろんな都合でだめになってそのうちヤル気がなくなる、そういう問題を防ぐ、と。なるほどなー。

日頃からライフハックは役に立たないわけではないが、できない人間が実行できるようになる過程をを念頭において書かれていない点について批判的な氏ならではのご指摘といえるかと。






以下私が思ったこと。

フロムダさんがこういうことを書いているわけではないので注意。

要するに、みんな「時間を区切ってやる」ことの重要性はわかっていても、それを実行することの困難さを十分に認識していない。

できる人なら当たり前にできるから番手においてくるのだけれど、それができるようになるために、ステップを踏んで行こうという事だろうか。

また、業務の遂行には言うまでもなく意思決定者の存在、意向が先にたつわけで、それは本人が必ずしも自由にできるわけではない。

その部分が明確でない、伝わっていない、という問題は、双方向の問題だろう。この部分を、MBAで学んできて、マネジメントを志す人間が軽視しているというのはダメなんじゃないか

数字効率だけで物事を測り、働く人のことを理解せず、自分の思い通りにならないことはただ嘆くだけ、というのは頭でっかちで融通がきかなさすぎるだろう。

さしずめ、プレイヤーとしては優秀だがマネジメントができない上司の3要素、とか並べると

理屈論理的に説明できてもけれど、部下を納得させて動かすことができない。

欠点を指摘するだけで、改善案は示さない

マネジメント上の問題もすべてその人のやる気や自己愛の問題に還元して自分の問題とは考えない

で、結論としては「自己愛がない」に対して「部下への愛がない」とか「自分がうまく行ってる限り現状に疑問を抱かない」=unlearnできないいう感じになるだろうか。

お互いがunlearnできないから、デッドロック状態。ホント職場地獄だぜフーハハァー!




上司はつらいよ

繰り返すけれど、↑は私が勝手に思ったのでフロムダさんはこんな事言ってないですので誤解のないよう。

フロムダさん自身はこう書いてます

ライフハックとか自己啓発とかの記事の中には、単に昔から上司が部下に教えてきた「普通仕事常識」のポイントをまとめたものにすぎないものも多くって、それって、どこが啓発でどこがハックなんだよ、単なる新入社員教育じゃん、みたいなところがある。

能力の高い上司が丁寧にやり方を教えても、能力不足の自分のやり方に固執して仕事ができない部下は、自分よりも能力の高い人間能力の高さを認識する能力がないかプライドが高すぎて自分能力不足を認められない人。前者だと絶望的。後者だと生き方を変える必要があるがそこまで上司役割なのか?

まり、元々の記事とほとんど同じ事をお考えです

元記事は伝え方がダメダメだったのと、それに対する対処を投げ出しているような印象を与えたために批判を受けただけで、考え方自体は間違ってないんだろうなぁ。

上司が部下に踏み込み過ぎるとすぐパワハラとか言って逆ギレすることが許されかねない時代に、上司にどこまで責任を持てるのかってのは考えてみると難しそう。

早川教授の問題と含めて考えたい。 もうそんだけ部下が仕事もできなかったり迷惑をかけておきながら自分権利だけは一丁前に主張して指導を拒むのであれば、

もう面倒見切れないから全部自己責任いいんじゃないかな、と思う上司の方がいても責められないかも。

こういう時代だと、上司が部下の期限をとってまで気持ちよく仕事をやらせるなんてのは不可能だ。

部下の側からすれば、なんとかして上司リソース自分から模擬取りに行く必要がある。

ならば、本当に学ぶ気概があるなら積極的に部下の側から上司にその姿勢を示し、役に立つことは受け入て実行するところを見せるべきだろう。

そういうのを漠然表現すると、素直さが必要だ、って話になるんだろう。

ただし、部下側が上から見たら「素直な」態度を心がけるのは「自分が生き残るために必要だから」だろう。生存戦略だ。

生きるための必要に応じて自己変革するのであって、それは性格の問題ではないと思う。選択の問題ですらない。これができないやつは生存本能が壊れているとすら言えるかもしれない。そのくらい言い切っても良いのではないかと思う。

性格の問題にしてしまうと、むしろあきらめや反発を招く。

きちんと現実を示して危機感を持ってもらった上で、態度は心構え次第で変えられるし、ヤル気のある部下には上司も応えるよって姿勢を示す必要がありそうだ。


って偉そうなことを書いてはみたけれど、難しいなー。私も役職持ちではないけれど、後輩の指導でよく悩むのと、昨日「灼熱の小早川さん」読んで色々思う所があったのでだらだらと書いてしまいました。

2011-12-06

[]Whyを考えることが必要なとき一生懸命Howにこだわっている

結果は数字で把握できる。数字で把握できるものはある程度科学的に、方程式的に操作できる。

これはHowの領域だ。Know-Howは、結果をコントロールする方法

しかし原因はあやふやなものだし、決まったルールがあるわけじゃない。

こちらはノウハウではコントロール出来ない。

ライフハックはHowには答えるが、Whyには答えない。

問題の根本的な解決に必要なのはWhyを理解することである

そして、Whyに答えられるのは自分

カウンセラーメンターの力を借りることは可能でも、最終的に答えの確認ができるのは自分だけ。

そして、Why部分が未解決のまま、いくらHowの部分を頑張っても、根元からズブズブ腐っていく。


わかってるけど、やっぱりHowは明確だし、わかりやすいし、成果を確認できる。楽しい

一方、Whyを考えるのはしんどい。そもそも考えた所でなにか答えが出るとも限らないし、

たとえ出てきても、自分にとって痛いものになる。問題の答えだから。できれば考えたくない。他人から言われるなどもっての外だ。

でもこのWhyに向き合わないと、多分一歩も先に進まない。

就活を控えた今がチャンスであることはわかっているが、

普段から考える習慣がない、むしろ意図的にそこから逃げてばかりの自分にはきついっす。

2011-12-03

[]親への怒りを捨てて、次はどこに、どの方向に進めばいいのかが分からない

http://anond.hatelabo.jp/20111202212226

全ての人に友達がいて当然、というのは正しくない。

私は友達は作れない種類の人間だし、そもそも私の心は友達を欲していない。

最初元増田に伝えたかったのは、そういうこと。

みんな友達がいるのに、自分だけ出来ないのは辛いなんて考える前に、自分友達を作れる種類の人間なのか?自分友達を作る資格があるのか?自分友達を欲しているのか?一度立ち止まって考えなおすと、人生は楽になる。

友達の話だけでなく。

元増田です。これについてはちょっと考えてみます。正直少し心当たりもありますが、大事な事なのですっと受け止めるのはしんどいです。

ところで、逆に伺いたいのですが、いわゆる一般的なところに興味がモテなかったというあなたの中に

「あれがしたい、これがしたい」というのはありますか?

それはいつぐらいに自覚はありましたか?その際のきっかけなどはありましたか


みんな結婚しているのに、みんな子供がいるのに、マイホームを買ったのに、

そういうふうに勝手に他人と自分を比べて、親を恨んで、一人相撲自分を苦しめる。

私もこうならないようにしたいですね。

今はちょっとでもエネルギーが欲しくて、とりあえず親への怒りに頼っている感じですが、

これがいつまでも続かないのは私も分かっています

ただ、次にどこに移動していけばいいのかが分からないのです。

他の人に「サークル頑張ってみる」って書きましたけれど、正直全然興味無いです。

(そういう意味で上の指摘は合ってるのかもしれません)

興味なくても何か無理矢理にでもやっているうちに意欲が出てくるのか、

やはり自分を掘り下げて、少しでもヤリたいものを自覚してから行動すべきなのか。

私とあなたは違う、とさんざん突き放すような書きかたをしておきながら厚かましいですが、

何かきっかけになるようなものを掴みたいと思っています

こういう抽象的なことにばかり欲しい欲しいと思ってしまって、具体的な友達とかに興味が持てない状態は

なんだかいくら水を飲んでも乾きが消えないみたいな感じで苦しいです。

何回か自分の思いを吐き出しているうちに、少しずつ他の人がどうやって立ち向かっているのか興味が出てきたと思っています

今だったら、他の人の意見も素直に聞けると思うので、まだ愛想をつかされていなければお話を伺いたいです。

2011-11-29

[] 「なんでやねん」の意義について話したい

いわゆる東京大比較は主題ではない。「なんでやねん」の意義を主張したい。

会話の中で許される応答が否定と肯定の2つしかなかったらと考えると恐ろしい。

私にはとてもじゃないが耐えられない。

きわどい話には、どっかの小鷹さんみたく「え、なんだって?」とスルーするしかなくなるだろう。

阿呆のふりをして、逃げることばかり考えるだろう。

相手の機嫌を損ねたくないばかりに、ヘラヘラ追従するだけになるだろう。

否定の拳をふりあげては、振り下ろす場所タイミングに悩んで頭痛持ちになるだろう。

冒頭の宣言を覆すようでなんだが、やはり東京に出てきて少し戸惑ったことは事実だ。

お互いに肯定ばっかり。だよねー。ですよねー。

ポジティブフィードバックばっかりが繰り返される結果、

あほらしい話がどんどん膨らんでいって、変なノリが形成される。

一度出来上がったノリが、誰も崩せないところまでいって、みんなで赤信号わたるみたいな

「誰も望んでない結末」みたいなのを何度か経験させられた。

相手の会話の途中に異議を挟むと、すぐ喧嘩になってしまうというのもあった。

なんでやねん」さえあれば、と思うことが度々あった。と言うか結局すぐ使うようになった。

こうして俺の大学デビューは結局関西人キャラということになってしまった。


ここからなんでやねん」の意義の説明をする。

ツッコミを期待してのボケとかそういうのは中級者以上の話なのでかんがえなくていい。

もっと初歩的な話だ。「なんでやねん」はそもそもなんのためにあるのか、だ。

なんでやねん」というのは肯定と否定の間にあるものだ。

「貴方の話は聞いていますよ」というメッセージ

「でもポジティブフィードバックは返しませんよ」の2つを兼ねる。

話が脱線したりずれそうになったときに、制止をかける役割を果たす。

その上で、この「なんでやねん」は否定や反論ではないてんが重要である

さらに相づちを打つ側の自己完結的な行動として扱われる。

まり、話し手はこの「なんでやねん」にいちいち応答する必要がない。

否定されたわけでもないから、ただちょっと相手の反応が芳しくないというのを察して、

話のテンポを落としたり、少しコースをかえたりという微調整をすればいい。


なんでやねん」は会話の受けてにとって無くてはならないものだと思う。

なんでやねん」があることによって、相手に相槌を返しやすくなる。

相槌というのはそもそも話し手の会話のテンポコントロールするためのものだ。

「うんうん」「なるほど」「それでそれで」など加速する方向はみなさんもよく使っているだろう。

ただし、減速が必要になる時もあるのだ。

会話の中に、この装置が組み込まれていないと、なにかと困る。

こちらについても「ちょい待ちや」とか「おいおい」とか「そんな阿呆な」とか色々あるけれど

やはり「なんでやねん」が一番便利だ。深く考えずに使っても、あんまりカドが立たない。

漫才とかのせいで、アクション付きの攻撃的な言葉勘違いされているが、

実際は会話のカドを丸め、とんがりにキャップを被せるような使い方をするものなのだ

というような話を今日飲み会で熱く語ってドン引きされました。

話がヒートアップする前に、誰かが「なんでやねん」と言ってくれさえすればこんな事には・・・



余談。

会話が苦手な人は、なぜ自分がそれを苦手としているか、という時に

「心にないアクションをとるのが嫌だ」とか

「相手の意見が理解できなかったり、違和感を感じる時にどう反応すればいいかからない」

ということがないだろうか。特にテンポが速い会話など。

そういう時には、何も考えずに「なんでやねん」という言葉を使うといろいろ捗るぞ。

(もちろん、ポジティブフィードバックのみの会話に親しんでいる方々など、

 少しの制止にも不快感を示す方々もいるけれど、そういう人達とは付き合わなければいい。

 肯定のみの世界で生きるなんて私には息苦しくて耐えられない)

あとね、これはいわないほうがいいと思うんだけどこの際だから言っちゃおう。

他人の話に軽くでも異議を唱えるってものすごい快感なんだわ。最も手っ取り早い自己表現だしね。

逆に、ずっとYesの返答を続けるのってストレスなんだわ。コントロールされてる感じするでしょ。

からなんでやねん」ってのが会話に混じってると聞き手の健康を守る効果があると思うのね。

さらにいうと、「なんでやねん」という反応があるお陰で、話し手側も安心ってのがある。

滑り覚悟ボケてもいいし、ちょっとキツめや喧嘩腰の物言いを「試してみる」ことが出来る。

会話にはいろんな取り組みや駆け引きがあって、はじめて楽しさが生まれる。

予定調和、みんなでニコニコヘラヘラみたいなストレスフルな会話はちょっと私には耐えがたい

2011-11-25

[] 就活生はみんな「シアター!」読もうぜ!

めちゃくちゃ面白かった。もうワクワクしながら読んだ。

ひとことで言うと、もしドラの完全上位互換Verの物語。(※)テーマは鋭いながら荒削りだった作品をプロの手で洗練させました、という印象の内容になっています

もしドラが「高校生」のための物語だとしたら、シアター!は「大学生特に就職活動前)」に読んでもらいたいです。というか私が就職活動を目前に控えている大学生なので、今読めて本当に良かったと胸が震えてます

本当は今の時点の感想をダーっと書き連ねたい(私はキャラメルボックスとか見に行くのが好きで、主催の方の本とかも読んでて、その本との関連とかもう観客視線から見た演劇の話とか語りたいことはいっぱいいっぱいあるのです)のだけれど、この話は就職活動中何回も読んで、自分の体験と照らしあわせながら読み深めていきたいと思ってるのでまだ書きません。就職活動がうまくいったら、その体験も踏まえて語りたいと思います

とりあえず、今回は就活を共にする同年代の人にぜひぜひ読んで欲しい、この作品共有したい!と思ったので一足先に「面白いぞ-!」って絶叫しておきます社会人になるってどういうことか、社会人として考えるというのはどういうことかっていうのが、ネガティブでなく前向きなイメージとして自分の中に入ってきます

子供の頃に「機動警察パトレイバー」を読んで「大人って汚いなぁ。でも格好いいな」と思った人なら絶対気にいると思います。もう今から就活中に知り合った人に進めてまわる気満々ですよ。ついでにパトレイバーを語れる仲間みつけてやる。 なんだか就活が楽しみになってきたー。やるぞー。


他にも、就活前の大学生に「これ読むといいぞ!」「これ読むと元気がでるぞ!」みたいな読み物があればぜひぜひ紹介して下さると嬉しいです。あとできればニュースサイトの方とかで、この作品読んだかたいらっしゃったら、私の記事の紹介はいいので「シアター!面白いぞって広めて下さい。お願いします。


(参考)

私の「もしドラ」についての感想はこちら。(今から読み返すと頓珍漢ななこと書いてます

http://anond.hatelabo.jp/20111110101750

前に書いた就職活動についての記事。

http://anond.hatelabo.jp/20111021103234


※この本読んで、なんでもしドラが大ヒットしたのか、とかもしドラの作者の強いな姿勢ってのは作り手としてとても大事なのだ、みたいなことがまた少し分かった気がします。小説としてではなく、大人の仕事としてみてみると「もしドラ」の成功に学ぶことはたくさんありそうです。単に読み物としての優劣を考えると「シアター!」が完全に「もしドラ」の上ですが、それでも「もしドラ」のほうが売れる。この作品で語られるルールに従ってもそうなる。そういうことを認めるあたりから仕事についても考えたいと思います

[] 自分ネットでは団塊世代であるという自覚をもって生きよう

ラノベ批評家マニアによりジャンルマニアック化して荒廃する!!」

SF「その道は10年前に俺達が通った道だ!!」

ミステリ「その道は50年前に俺達が(以下略)」

純文学「その道は100年前に(以下略)」

古典「その道は1000年前に(以下略)」

神話「その道は5000年前に(以下略)」

絵画「その道は12000年前に(以下略)」

祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり

あー書こうと思ってたことを先越された。

http://d.hatena.ne.jp/si-no/20111124/1322144982

ゲームセンターでは、上級者が初心者を駆逐するような空気を作ったせいで、格闘ゲームというジャンルそのものが縮小した」と聞きましたが、今のインターネットも上級者しかいないゲームセンターみたいな窮屈さを感じるんだ。

まぁそういうことです

真性さんに端を欲する「俺達のインターネットの終末と最後希望」だけれど、もうこの手の話は食傷気味だ。

(真性さんのエントリだけ例外。あれはいものだ)

だって、もう全く同じような話を延々と続けてきたのだから

みんな、インターネットにかんする窮屈さや空気の停滞は感じてた。

でも、今まではこの話しを直接するのを避けて、

「俺たちの」ゲームセンターやら「俺たちの」アニメの衰退という少し狭い範囲で代理戦争をやってた。

でも、内容は上で言われている「俺たちのインターネット論」は所詮ゲームセンターについて語るのとほとんど同じなんだ。

それが、ついに真性さんというカリスマの記事によって、インターネット全体の話として持ち上がった。そーいうことだ。

はいえ、結局は「俺たちの遊び場」の興隆と衰退の話をしているに過ぎない。

同じような問題は、違った場所で、すでに何度も繰り返されている。

ただそれぞれの当事者が、別々のものだと考えて、別々に騒いでいるいるに過ぎない。

ただそれぞれの当事者にとって切実な問題であるにすぎない。

何度もくりされる、避けようのない道なのに。


今のインターネット自分にとって最適ではなくなった。ただそれだけだ。

それに対して、自分たちで自分たちの望む場を作ったり、場を再び盛り上げようという程の気概はない。

所詮そういう奴らは内田樹のいうところの「下流志向」、つまり、「消費者意識から抜け出せないのだ。

ただ要求するだけなのに建設的な意見を言ったつもりになって満足し、

結局それを作り、与えてくれるものがなければ自分たちには何も出来ない。今度は批判して憂さを晴らすだけだ。

やってることは自分たちにとって最適であった過去を嘆くばかりである

新しい動きをただ自分にとって最適でないという理由だけでこき下ろし、批判する。若くして老害の出来上がりだ。

老害とは過去にしがみつく亡霊のことであるが、なぜそれが生まれるかというと、

消費者意識から一歩も脱却せず、自分の狭い目線から一歩も離れず、過去を望みつつも過去から何も学ばぼうとしないからだ。


「俺たちが○○を作った」「俺たちが○○だった」

勘違いしてはいけない。自分たちは、たまたま興隆期、全盛期に運良く立ち会っただけに過ぎない。運が良かっただけだ。

自分たちはただのネット団塊世代にすぎないのだ。最初から無茶が聞いただけだ。それが許されただけだ。

そんなものインターネットの本来の姿でも何でもない。インターネットでできることはそれだけではない。

嫌ならさっさと逃げ出せばいい。別の対象を見つければ良い。

とにかく、自分が望んでいるものだけは既に無い。自分を肯定してくれる「俺達のインターネット」はない。それだけだ。


っていうかさ。ネット団塊世代として、十分すぎるくらい貯蓄貰ったべ。財産築いただろ?まずその棚卸しようぜ。

もう社会やら世の中が自分を肯定してくれなくたって、十分老後を自活していけるだけの蓄えはあるだろ?

ネットで作った友達とか、そこで得たやり取りが経験になってんだろ? 

その財産を元でに、自分たちの遊び場くらい作れるだろ? 自分で何とかしろよ。

なってなかったらそりゃお前のせいだ。 インターネット生活保護はない。神様もいない。

幸運ネット団塊世代に生まれていながら、何一つ築いて来なかったなら、それはただの怠慢だろ?

サボってた奴が、偉そうになにかい資格までは「俺たちのインターネット」でさえ許してないと思うぜ。



自分たちより若い世代は、ネット興隆期も全盛期もしらない。そういう幸運環境を与えられなかった。

その中で、必死自分たちの生きる道を探そうとしてんだ。俺らよりずっと立派にやってるよ。

下流市民たちだってけなげなもんだ。

ソーシャルゲームやらニコニコなんぞというもので満足しようと自己暗示かけてんだ。

自分たちの欲求を極限まで制限したり変形させたりしてなんとか適応しようとやってんだ。

蓄えがないところから自分たちの生きる場所をつくろうとやってる連中に対して、邪魔はすんな。

それなりに理解しようと努力するか、それができないならクチをつぐんでただ見てろ。

そいつらのやってることがダメだとか間違いだとか言うなら、自分たちが示してやれよ。

過去の回想とかいう非現実的で、企画力ゼロ妄想垂れ流すんじゃなくてよ。

別にからでも自分たちに最適な潮流を生み出しても構わないんだぜ?

ただそれは、今までみたいにクレクレ君としてじゃなく、自分らで作り出すべきだろ。


もう俺たちは、社会インターネットに何かを期待してるだけの幼年期を卒業させられてんだよ。

とっとと与える側、期待させる側、なにか作る側にとりかかれ。いつまでブヒブヒやってんだ。



追記。私もこれについて全く理解できてない。この部分理解してもう一回「俺たちのインターネットの終わり」について考えてみたい。

私も「どうせ終わりなんだから深く考えるな」「全体が終わっても俺は生き残れるからどうでもいい」って乱暴に考えてた。

でもこの衰退はどういう形だったのかってのはもうちょっとまじめに考えたほうがいいのかもしれない。

ttp://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2011/11/post-474d.html

わたしは「危機」について分かっていない。本書では、「危機(crisis)」「暴落(slump)」「バブル崩壊(collapse)」が同じ意味で使われている(ように読めた)。景気循環の下降局面なら「危機」、資本限界効率が急落し、みんなが現金を欲しがっている状態を「暴落」、さらに過剰投資(=バブル?)が行過ぎて、期待収益ゼロ以下になることを「バブル崩壊」と呼んでるみたい。いわゆる「バブル崩壊」は、そんな景気循環から外れた、日本だけの極端な現象だと思っていたが、ケインズも指摘しているくらい「予見されたこと」なのだろうか

2011-11-10

[] 本来の「もしドラ」はこういう小説だったんじゃないか

長くなったので、先に結論だけ書いておきます

もしドラには2つテーマ性を感じた。(作者的にはもっとあるのだろうけれど力を感じたのはこの2つだけ)

 ・人間出会いや出発点を描く、という意味では素晴らしい作品だと思う。

 ・社会からズレてしまっているor適応する振りをして生きている人の生きづらさとその解放を描く、という意味では中途半端もったいない

全体としては今ひとつだけれど、ものすごく光る要素を感じる作品だったと思う。



というわけで、「小説の読み方の教科書」の次に「もしドラ」の感想を書こうかと思ったけど、

この不思議な「小説」については、単体で語りにくいので、「少女不十分」という「小説」を補助線として使わせてもらいたいと思う。

ちなみに、西尾維新の作品を読んでない人にはわけわからんですがご了承ください。



ものすごく読みたくなる西尾維新少女不十分」感想文 http://zeark969.blog38.fc2.com/?no=2968

私はこの感想読んで、少女不十分よりもむしろむしろ「もしドラ」を読み返したくなった。

(というか少女不十分の内容としては不適切だと思っている。少女不十分は「難民探偵(白)」のようなものなので、こっちも読んで見るよろし)

はてなベテラン小説家としては新人として「少女不十分」を書いた結果がもしドラなんじゃなかろうか、と。

 

僕は本作以外に西尾作品を知らないが、西尾維新の作品がいくつも映像化されていることくらいは知っている。

まり、できるのだ。

西尾維新だってシンプルな文章と無理のない展開でベストセラーとなり、映画化されるレベルものを仕上げるのは容易なはずなのだ。

ではなぜそうしなかったのか?

それはこの作品が小説家を目指していたかつての西尾維新の半自伝的内容であることを思えばすぐに答えは出てくる。

しかしたら今よりも小説に対して真摯だったかもしれない時代の話。

西尾維新はこの作品を絶対的に小説としてだけ存在させたかったに違いない。

間違ってもいつものように高く評価され、メディアミックスされないために、あえて未熟な箇所を多く設置したのだ。

少女不十分が新人の作品だとしたら、おそらく三ページも読まれない内に棚に戻されてしまうだろう。

西尾維新という安心ブランドがあるから、読者は多少の違和感は覚えつつも読み進めてくれるのだ。

そして気づく。

普通に書けば一行で済む文章に、比喩暗喩、掛詞、反語、反復、倒置法、隙あらば韻を踏もうとするなど

数々の言葉遊びを仕掛け、自分小説を支えてくれたファンに精一杯「活字」で恩返しをしてくれていることに。

そこに筋の通ったストーリーなど必要ないことに。

これこそ本作が絶対的に小説でなければならない理由だ。

10年かけて築いた信頼関係がここにある。

僕は本作以外に岩崎作品を知らないが、岩崎夏海の作品がいくつも映像化されていることくらいは知っている。

まり、できるのだ。

岩崎夏海だってシンプルな文章と無理のない展開でベストセラーとなり、映画化されるレベルものを仕上げるのは容易なはずなのだ。

ではなぜそうしなかったのか?

それはこの作品が小説家を目指していたかつての岩崎夏海の半自伝的内容であることを思えばすぐに答えは出てくる。

しかしたら今よりも小説に対して真摯だったかもしれない時代の話。

岩崎夏海はこの作品を絶対的に小説としてだけ存在させたかったに違いない。

間違ってもいつものように高く評価され、メディアミックスされないために、あえて未熟な箇所を多く設置したのだ

もしドラ新人の作品だとしたら、おそらく三ページも読まれない内に棚に戻されてしまうだろう。

ハックルという安心ブランドがあるから、読者は多少の違和感は覚えつつも読み進めてくれるのだ。そして気づく。

普通に書けば一行で済む文章に、比喩暗喩、掛詞、反語、反復、倒置法、隙あらば韻を踏もうとするなど数々の言葉遊びを仕掛け、

自分自尊心を支えてくれたはてな村住民に精一杯「活字」で恩返しをしてくれていることに。

そこに筋の通ったストーリーなど必要ないことに。これこそ本作が絶対的に小説でなければならない理由だ。

10年かけて築いた信頼関係がここにある。

本来はこういう小説だったんじゃないかと思う。



少女不十分に対する批判と、もしドラに対する批判って、文章力「以外」ではほとんど同じだと思う。

ご都合主義だとか、作者の自慢だとか、作者のこと自体が気に入らないとか、これが本当だったら俺の人生は何なんだ、とか色々。

テーマも似てると思う。 

少女不十分の少女みなみであるし、少女不十分の主人公は岩崎夏海であり、

あるいは、少女不十分の少女岩崎夏海であり、少女不十分の主人公はドラッカーである

(この「混在」のせいで、読者からすると「ドラッカー」の価値がわかりにくいを通り越してドラッカーなめてるような小説に見えるのはご愛嬌。)

そういえば、岩崎夏海がめずらしく西尾維新化物語をほめていたのが結構印象的だった。

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111006/1317885951

しかし読めばわかるが、彼はその褒め方について化物語面白さを全然語れていないと思う。的外れもいいところだと思う。

多分、それはもっと本質的な部分で感動させられたのだろうけれど、猫物語(白)の羽川翼のように、

化物語自分本質を付いているということを、それにゆさぶられることによって見えた自分の核の部分を見つめることを避けたのかも知れない。

彼はジョブズについても的はずれな分析とか論評を書いているが、

意外とブログに書いているとぜんぜん違う部分で本当にジョブズに救われたような部分があるのではないか

彼が的はずれなことを書いている記事ほど、彼がその対象に本当に揺さぶられてるんじゃないかとおもう。

この人は結構こういう「出会い」の体験を何度もしている人なんじゃないだろうか。

ぎりぎりの所でなにかと出会って救われたり、出会い自分を飛躍的に変化させる、ということを、体験から理屈を越えたレベルで信じているのだと思う。

(この部分に思いを馳せないと、この作品には、つながりとして「?」を感じてしまうことになると思う。)

ブログを読んでいても、この人は「真の教師」を求め、自分も誰かにとってのそれでありたいんだろうな、という点はよく伝わる。

もしドラ成功後は、デュルケムの言うところのアノミー自殺に対抗するためだろうかその傾向を加速している印象だ。(あまりにも空回りしている印象があるが)



もしドラ」も、正直ドラッカーについてすべてを理解できているようには感じなかった。

ただ、その必要はないんだ、と思う。それは学者仕事で会って読者の仕事ではない。

むしろ化物語ヒロイン阿良々木暦出会うことで、生まれ変わりを果たすように、

みなみドラッカーコミットしていく過程自分をみつめ、劇的に変化する。その部分が大事なんだと思う。

経営学者としてでもなく、社会生態学者としてでもなく、一人の人物としてドラッカー出会い

そこから何でもいいか自分物語に必要な何かを学び取り、自分自分で救い、クソッタレ世界の中で生きていく。

そういう「一人の人間の、出発までの話」を書こうとした部分はすごいと思う。

私はそういう意味で、この本は「ドラッカー入門書」という言葉は正しいと思う。まぁドラッカーに限らずの「出会い入門書」と言いたい。

先に感想を書いた「小説の読み方の教科書」は少し茶化したような書き方をしたけれど、もしドラは本当に「小説との出会い方の教科書」と読んでもいいと思う。

(もちろんもしドラは「出会い方」しか教えてくれないので、その後の「斬り結ぶ」方法や「深める」方法などは別の書物を参考にするべきだが)


「成長ではなくて出会いを描く物語」「劇的な結末ではなくて出発点を描く物語」「恋愛や友情以外でも人を変える出会いはある点を語った話」という点に絞ってみれば、この作品はかなり素晴らしい作品だと思う。(逆に前者側の評価指標で見るとすごい低評価になる)

作者がもしドラ成功した後すぐ別のところに興味が移ってしまうあたりを見ると(的はずれなことも多いけれど)

おそらくこの人はそういう「出会い」や「出発」を求めてやまないタイプなのではないかと思う。

正直アニメでもなんでも、ありきたりな結末には飽き飽きしているので、むしろこういう「強烈な出会い」や「強い動機の出発点」を描ける点を大事にしてほしいなと思う。

時代的にも、大人が語る将来や成功といったものにはネガティブイメージがつきまとう。

大事なのは、そういうつまらないゴールを目指してごちゃごちゃやる話とか、決断主義もののような、義務感で戦うみたいな話じゃないと思う。

ゴールはよく分からなくても、スタートせずにはいられないような強烈な出会いを描くことなんじゃないかと思う。

大人が読んだら無責任で、危険な話かもしれなくても、まずワクワクさせられるスタートをこそ、読みたいと思う。



ここから蛇足。それにしても・・・

ここまでわかってた上で、要するに結末部分はおまけだ、というのはわかっていても、まぁラストはひどい。笑えない。

あれは物語カスにする要素であったと思う。蛇足どころの話ではない。この結びによって、この話そのもの茶番になっている。あまりにも若者馬鹿にしている。

出版社ダイヤモンド社でなければこの部分は書かなかったのではないかと今でも信じたい。

もちろん、作家としては新人の彼が、出版社の意向を無視して好きな様に書けるわけではなかっただろう点は承知している。

から、この作品については特に序盤については高く評価しつつも、次回作以降の期待を込めて全体としては低い評価を付けたいと思う。

そういうわけで、私は序盤と中盤以降で、別の作品とまでは言わないが、作者の本質は序盤にあると思っているため、

作者がその「結末」を持って、「序盤」部分の書店員の行動を正当化したあれは、全く理解できなかった。  http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20110812/1313128129

作者自身が、序盤と結末をつないでしまうこの感覺が私には今でも理解出来ない。どういうつもりなんだろうか・・・


結論 うまくここに接続出来なかったのでやや唐突ですがご了承ください

良くも悪くも40歳のこれはオッサンでないと書けない、40歳のオッサンの感性で書かれた話だと思う

この作品を理解する上でドラッカーの知識は全く必要ないが、ある程度の人生経験というか前提を共有できることは必須だと思われる

少女不十分」が、西尾作品を読んだ人でないとほんとうの意味で感動出来ないように

(彼の10年の積み重ねや作品傾向を知らないと、作品の芯の部分に心から共感できず、ただのお話に読めてしまうのと同様に)

もしドラ」という作品がほんとうの意味でわかるのは、ビジネスの良いも悪いも知った40過ぎのオッサンではないか

はいま21歳だけれど、この小説を今の時点で本当にわかったとは言い切れないので、コレ以上はなんとも言えない。





次はfateかPersona4の話をしたいと思いますzeroじゃなくてstay/nightの話ね。

本当はもしドラのもう一つのテーマであろう「生き辛さ」について書きたかったのだけれど、

正直もしドラはコレについて十分に描き切れた作品だとは到底言いがたいので、それはPersona4fate stay/nightにまかせる。

2011-10-29

[]

準備&メモ用。

現在ペルソナ4をアニメとあわせてゆっくりプレイしてます

RPGを遊ぶのはFF6以来だから10年以上空いてますが、面白いです。(基本的にはFPSばっかりやってます

いや、正確に言うと、雪子が仲間になる辺りまでいまいちだったんですが、徐々に面白くなって来ました。

アニメダンジョン部分以外が駆け足になっているのも、このあたりはあまり細かくやらないのが吉だと判断したからでしょうか)

今後もだんだん面白くなっていくだろうという感覺があり、今からワクワクしてます

なんでこんなに面白いんだろう、ってのをプレイしながら考えていきたいと思います

今の時点だと、部活メンバー特に長瀬君と一条くんのエピソードはアニメでも見たいですね。

※あ、ちなみにこの「じ」っていうのは「準備用」のじ、です

 本当は自分ブログを書くための下書き用、たたき台に、と思って増田始めたのですがいつのまにやら個人用タグ・・・

2011-10-22

[] 人助けのつもりが余計なお世話になってしまう6つのパターン

せっかくいいことを言ってるのに、言い方がまずくて敵を作っちゃう人の特徴。

「何を言うか」は大事だ。「誰が言うか」それも大事。でも、そこまでは意識していても「余計なお世話」になっちゃうことが多い人がいる。

「どういうか」にも気を使えばいいのに、彼らは最後の所で自我暴走して大惨事表を振っちゃうんだよなぁ。

以下は「プロセスコンサルテーション」という本に書かれていた

「支援が上手くいかなくなる6つの罠」をはてなにあてはめてみたものです。よろしければ参考にしてください。


(1)時期尚早に知恵を与えること(早漏

 読んだ記事に対して表面的な言葉だけで「真の問題」を理解したと思い込み、役に立たないコメントを書くタイプ

 相手がそれを受け入れないと「だってお前こう書いてるじゃないか」と部分的な切り抜きをもって相手を攻撃する。

 とにかく他人に口出しするのが大好き。揚げ足取りも大好き。木を見て森を見ずを日々実践する愚か者

 自分意見が見当はずれの押し付けであっても「自分は問題をちゃんと認識していなかったか」などと反省することはない。

 はてブではよくあること。



(2)防衛的な態度にさらに圧力をかけて対応すること(パラノイア

 自己体験などに支えられた強い信念を持っており、

 自分の言ってることは絶対に正しいと思っており、正しいから受け入れられるのが当然だと思っている。

 そのため、とにかく相手を説得したくてたまらなくなり、いつのまにかケンカをはじめている。

 意見が正しくても受け入れられないケースなど山のようにあるということが分からない。人生経験不足。

 典型例はこれ。  http://d.hatena.ne.jp/yuhka-uno/20110901/1314876472

 正直、5割の人に受け入れられれば御の字だと思うんだがなぁ。何割をねらってるんだろ。


(3)相手が問題を受け入れ、自分依存してくることを当然として振る舞うマッチョ

 自信満々に振る舞い、自分先生、相手を生徒であるかのうように一方的に指導を行う。

 目標や計画を打ち立てるところまでが関心の範囲であって、実際の泥作業は相手任せ。

 基本的に相手の現状や現実を無視して自分の解決策を押し付けるだけになるためうまくいかないことが多い。

 このタイプはてなでは少ない。唯一の例外がハックル先生だと思われる。

 ハックル先生は、言ってる内容については結構本質的で正しいと思っている。

 しかし、それを実行するプロセスに興味がないのか、実現する手段については

 まるまるすっとばしたり理想論みたいなことばかり言うのでふわふわした印象を受ける。

 多分彼の頭の中では既に理想小説は出来上がっている。問題は本人にその理想を実現する力量がないということ。

 他ならぬ自分自身が、自分理想を裏切るというのだから、生きていてしんどいのではないだろうか。



(4)同情心から不適切なレベルで支援と安心感を与えてしまう(シュガー

 相手を甘やかして骨抜きにし、自分依存させてしまう。

 承認充足を大量に放出するという、はてなにおいてははぐれメタルなみのレアモンスター

 あまりレアすぎて存在しないんじゃね?と言われる時期もあったが

 最近その存在が確認され、はてな民を狂喜させた。  http://d.hatena.ne.jp/orangestar/20111020/p

 しかし実際は割りとビターテイストであることが判明し、事態は沈静化している  http://togetter.com/li/203298


(5)支援を求められても客観性にこだわり、感情的な距離を置きすぎる(傍観者

 はてな民で最も多いのはこのタイプだろうから説明不要だろう。

 はてブとは傍観者に生息スペースを与えるために用意された場といってもいい。

 いかにもありきたりの、常識に則った、感情のこもらない、テキトウなコメントで人をいらつかせる。

 ちきりんとかハックルさんみたいなおちゃらけキャラならともかく、結構真剣に書いてる記事に対しても空気読まずにおなじことをやらかす。

 支援学における「自分が影響されても構わない場合しか、他人に影響を与えられない」の原則によれば

 彼らのアドバイス意見は全くのムダであり無意味であり無価値であり、はてブ乞食のエサである

 多分リアルで友だちが少ないのであろうなぁと容易に推測される。


(6)相手をステレオタイプ化したり、自分経験から根拠のないレッテルを貼る

これは正直人間である以上避けがたいことであると思われるので何も言わない。

2011-09-29

[] 自己検証

http://anond.hatelabo.jp/20110929074726

蛇足。別記事に書く。

文章構成の「型」を持つことの長所は、最低限の質を自らに要求するところにあると思う。

要するに1~3を満たさないものは書かない。

多くの人は、3の着想を得たら、それだけでとりあえず書こうとする。

確かに自分が読み返すだけなら3だけで十分だろう。

しかし、それを他人に読んでもらい、何らかの反応を得ようと思ったら1や2が必要だ。

さらに、前向きな印象を持ってもらいたいなら4だって必要だろう。

本当に相手の役に立ちたいと思ったら5だってやり方しだいだが重要だと思う。


ブログで書くだけなら別に3だけでも特に問題はないだろう。

しかし、リアルの関係では3は「善意」というカタチで他人に直接向けられる。

しかし1や2といった導入への意識、4で相手が受け入れやすいように調整する意識を欠いたむき出しの善意というのは

往々にして、「ありがた迷惑」になってしまったりする。

せっかくの善意が受け入れられるどころか、相手に嫌悪されることは非常に残念なことだ。

これは「恨み」や「呪い」にもつながる。「魔法少女まどか☆マギカ」のさやかの愚かさは本当に他人ごととは思えない。

そうならないためにも、「型」に従うかどうかはともかく、

一度自分の書こうとしていることが1~5に答えられるものかどうか問うてみるのは無意味ではあるまい。

それに応えられないなら書いてはいけないとは言わない。でも、その自覚を持っていれば相手の反応を恨みに思うことも減るだろう。


要するに、自己検証重要だ、と言いたいのだ。

自己検証に使うツールはについては、先に紹介したQUESTフォーミュラでなくても自分に適したものを使えば良い。

私が前に書いた「ドラッカーの5つの質問」でもいいし、

http://anond.hatelabo.jp/20110823201238

個人的にオススメなのはエドガーシャイン博士の「プロセスコンサルテーション」という思考。

博士には「Helping(邦題:人を助けるということ)」という著書もあり、

善意をタダの善意で留めずに、しっかりカタチにするために気をつけるべきことを書かれている。

まとめにくい本だけど、需要があればテキトウにポイントだけ抜き出してみたいと思う。

[] 読者が最後まで読みたくなり、Tweetしたくなる記事を書くための5つのステップ

http://www.earthinus.com/2011/09/half-fasting.html

昨日のホッテントリしたダイエット記事みて、上手な人はこう書くのだな、と素直に感心した。

(感心した、なんて書くと上から目線かもしれないけど、思わず「ほー」って言ってしまったのでw)


私は前にこういう記事を書いた。

http://anond.hatelabo.jp/20110907194432

やったことも言いたいこともそんなに変わらない。15kgくらいやせたし結果もそう劣ってはいない。

でも、上の記事を書いた後だと読み手を引きつける力がない下手くそな記事だったな、と思う。

そこで、昨日たまたま読んだコピーライティングの記事を下にして、上の記事を分析してみた。

すると、この記事が「とある型」に忠実であることがわかったので皆さんと共有したい。

この「型」では5段階に分けて読者を説得していく仕組みになっている。

1~5の頭文字を取ってQUESTフォーミュラーと言う。

コピーライティング世界では有名らしいので、参考にされたし。


0:TITLE(記事の柱

よく記事はタイトルで9割が決まるというけれど、いきなり効果的なタイトルを考えるのは難しい。

 できればタイトルがすんなり決まってからを常に書きたいものだが、

 1~3くらいまで考えてから書き始めるのも良いだろう。



1:QUALIFY(何を言うかの前に誰が言うかが大事

 まずインパクトのある実績で引き込む。僕にはこの記事をかく資格がある、とみんなに納得させる。

 (これを強く意識しているあたり、ハックルさんと対極。

  ハックルさんタイプの人は、実績がなくても着想を得た段階でドンドン発言・行動していく。

  「チャンネルはそのまま!」によると、こういう「バカ」の部分を担当する人がいて、

  それに対するお守り役が機能すれば、大化けすることもある・・・らしい?この記事には関係無いのでこれ以上は語りません)

2:UNDERSTAND(「出来る人」ほどまめさが命)

  問題の理解、共感あなたの悩みを理解して共感していますということを読み手に伝える部分。

  よく使われる手法としては「昔は私も○○でした・・・」というようなストーリー

この際、体重「のみ」でなく、むしろ健康を重視しているように語るのがポイント

効果が大きい物ほど、無理な作業や副作用される。前もって潰しておく。

また、すでに体重面の心配がない人でも健康と言われると興味をひかれる内容に。

タイトル及び1と2が導入部分。

 はてなではよくあることだが、1と2で相手をひきつける前に問題分析を始めたりしないように。

 (メルマガや常時ホッテントリしている人であれば、新しい話題にならないとき不要

  ホッテントリ常連でも、新しい話題の時には1と2をしっかり意識するように)

 できるだけ短く、かつ効果が出るような切り口を考えること。この切り口のセンスがその記事の読者数のポテンシャルになる。

 (詳しくは山田真哉「目の付け所」や「秋元康氏の仕事学」を参照のこと。)

  

3:EDUCATION「教育」なきところにブクマなし)

 相手が自分のいうことに聞く耳を傾ける段階になったら、「教育」を行う。

 教育といっても営業のプレゼンのようにシンプルに行うことが必要。

 つまり「何が問題で」「何が必要か」をストレートに語る。余計なことは語らない。

 ここでの「問題設定」のたくみさが、相手の反応(つまりはてブ数やTweet)のブースターになる。

 「~が問題だったんだよ!」「な、なんだって~!!」(AA略)という反応を頭に浮かべながら書こう

※1~2で導入、3で方向づけ。これで記事の性格が完全に決まる。

 「読まれるかどうか」はここまでで決まるといって良いほど重要

 それでも、本文は次からになるので、原則としてはここまでで全体の文量の2割を超えないようにすること。



4:STIMULATE(メインコンテンツ

 商品説明が終わったら、商品のアピールタイム

 説明とアピールは全く別と考える。説明が2:アピールが8くらいの感覚でアピールを頑張ろう。

 自分の「商品」やサービスはどれだけ素晴らしいものなのかをアピールする。

 記事は「自分の考えという商品」「自分の知識というサービス」を売るものだと考える。

 このあたりは http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20110921/1316544441 がすごく参考になる。

 英語サイトでは「コンテンツではなくインセンティブを売る」などとも言われる。

 つまりあなたの記事を読んで、読者が行動しなければあなたの記事は無意味だ、位の覚悟を持つ

ここで使う読者を引きつけるテクニックは既にみなさんご存知の「影響力の武器」の6つが基本。

他にもセールスレターだのコピーライティングの書き方を読めばいくらでも方法が載ってますので割愛。

個人的には「GDT法則」がオススメいかお金時間節約できるか、いかに楽にそれができるのかをアピールする。

この記事で使われているのは影響力の武器からは「権威」。

GDT法則からは「Effort」「Comfort」「Controversy」がアピールされている。詳しくはググれ。

5:TRANSITION(GREEDeNAはここが最強)

 締めの言葉で、相手にも行動を促す。

 1~4での引きつけが足りなかったり、やり過ぎると鬱陶しがられて全て台無しになるのでほどほどに。

 具体的には期間や個数を限定したセールとか、選ばれた人にしか手に入らないなどで「今だけ感」を出すのが基本。

 スーパーガチャを使わせるためにはキングモンスターが必要とか・・・ってあれ?

 この部分は http://blog.goo.ne.jp/sarasaatenoban/e/921ebd8ab6a24c602ed5cc66307f2f13 が参考になる。

 GREEゲームは、ゲームそのものセールスレターですしかも、EDUCATEがないセールスレター

 GREEなどのすごいところは「本来はうざいはずのTRANSITION」をうまく快感に変えるために

 あの手この手を尽くしてユーザーをSTIMULATEしていること。

 STIMULATEとTRANSITIONだけで成り立つマーケティングコミュニケーション。なんて効率的なことでしょう。

人間とは悲しいもので、みんなに認めらたりほめられたりするためならなんの得にもならないリスク∞の行為ですら平気でやってしまう。

 http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52495264.html

 コミュニケーションを効率よく金に変えてしま宗教法人も真っ青な手口は、いずれどこかで規制されたりするんでしょうか?


0:タイトルについては差別化要素を語る。

  「差別化」を意識すると書きにくいが、

  「なぜ私はわざわざ類似記事がある中、この記事を書こうと思ったのか」と考えると書きやすい。

 実際に、ダイエットを通じて「発見したこと」があるから記事を書きたいのだろう。 

 この記事では、実際は1年かけて痩せたのに、「○○の感覚」というものに着目している。

 これによって独自性をもたせるだけでなく、「30日」とより短期間で具体的なところを目標に設定しているのが上手い。

 これが「僕が1年で27kg痩せた方法」だとありきたりになって埋もれてしまう。


・・・で、私もタイトル考えてみたんですが、どうも私は恥ずかしさが表にたって中途半端になってしまう。他にも導入がgdgdだったり、言い訳が多かったりで削るべきところがいっぱいあると思います。一番大事なのは、照れずに胸を張って「これは素晴らしいぞ!」と言い切れるだけ対象に惚れ込むことじゃないでしょうか。

2011-09-27

[] ラノベ32選 タイトルだけ版

タイトルだけだとつまらないのでついでに私の履歴も書いてみた。

☆=神 ◎=超オススメ ○=好き △私は好きじゃない ×=クソ ?=未読 だけど、あくまで個人的な評価ね。

http://d.hatena.ne.jp/nunnnunn/20110922/1316702196

◎ All you need is kill

? 多重心世界シンフォニックハーツ

? 天下ハルカさんの生徒会戦争

? 天使ラノベエルは働いたら負けかと思っている

? カレとカノジョと召喚魔法

◎ ディバイデッド・フロント

? 藍坂素敵な症候群

? 妄想少女

△ 楽園 戦略拠点32098

? 星図詠のリーナ (説明文読んでたら無性に興味出てきた。読みたい)

? シャドウテイカー / ダークバイオレッツ

? 七花、時跳び!

? 無刃のイェーガー

? いかづちの剣

? リバティランドの鐘

○ ポストガール

○ らじかるエレメンツ

? 私闘学園

○ 放課後のロケッティア

? ハイスクール重機動作戦シリーズ

△ ようこそ無目的室へ

? タマラセ

? 暴風ガールズファイト 

? ウェスタディアの双星

? ゾアハンター(未完)

? 本の姫は謳う

○ 走って帰ろう!

? ねこと天使と同居はじめました。

△ パーフェクト・ブラッド

△ ドラゴンキラーあります

? ふわふわの泉 (これ興味ある。読もう)

? θ 11番ホームの妖精

? F/Under (瀬奈和章)

? 本日の騎士ミロク

○ 影執事マルク

○ 青春時計

△ プシュケの涙

△ クジラのソラ

○ 暗闇にヤギを探して

◎ 耳刈ネルリシリーズ

http://b.nog.jp/?p=7478

? ラノベ部

◎ 羽月莉音の帝国 

? ベン・トー

? ソードアート・オンライン

△ 織田信奈の野望 

? 星虫シリーズ 岩本隆雄

? ロウきゅーぶ!

◎ 紫色のクオリア

○ さよならピアノソナタ

? ねくろま

? 学校の階段 

? 超鋼女セーラ

? メイド刑事

? シャムロック

○ ロケットガール

? 銀盤カレイドスコープ(コミック版だけ読んだ)

◎ 流血女神伝

○ 食卓にビールを

? 七姫物語(いつか読みたい)

? 悪魔のミカタ 

? ラスト・マジック

△ 10歳の保健体育

? 15×24 (積ん読中。一気に6冊買ったのがまずかった・・・)

? SWEET SWEET SISTER

? アルバイト探偵

? 無理は承知で私立探偵

? メイド喫茶 猫の隠れ家

△ R.O.D

? DADDYFACE 

? ネコのおと




http://galenonikki.blog41.fc2.com/blog-entry-537.html

○月光

烙印の紋章

?神と奴隷の誕生構文

?シャギードッグ

円環少女(これもどうしようかなー)

猫の地球儀(持ってるけど続きでないと聞いて手が出ない)

魔術士オーフェン(今年の冬休み中に読む予定)

エンジェルハウリング(絶版)

ラグナロク(絶版)

サーラの冒険(絶版)

ストレンジボイス(これ読みたい)

セルロイドヘヴン(これ読みたい)

○シュヴァルツェスマーケン

されど罪人は竜と踊るDD

アイゼンフリューゲル

Fate/Zero

オイレンシュピーゲル/スプライトシュピーゲル

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない(ラノベ版は絶版)

BLACK BLOOD BROTHERS

とある飛空士の追憶

人類は衰退しました

?越佐大橋シリーズ

サクラダリセット(図書館で予約した)

ダブルクロスリプレイオリジン(TRPGやる友達が欲しい)

ブラックロッド(絶版)

ソリッドファイター完全版

?六花の勇者(みんな絶賛しまくるので手が出にくいけどいつか読む)

戦う司書シリーズ


http://togetter.com/li/192791

?《蓬莱学園シリーズ

?《クレギオンシリーズ

?《ねこのめ》シリーズ

?《魔術士オーフェンはぐれ旅》シリーズ

?《スレイヤーズシリーズ

?《ブギーポップシリーズ(今読んでも絶対面白いだろうから読みたい)

○《涼宮ハルヒシリーズ

☆《ケイオスヘキサ》シリーズ

?《ナイトウォッチシリーズ

?《大久保町》シリーズ

◎《とらドラ!シリーズ

?《ストロベリー・パニック!シリーズ

?『ロクメンダイス、』(これ買ったはずなんだけどどっかいった・・・今買えるのか?)

?『黒白キューピッド

?《Dクラッカーズシリーズ

△『我が家のお稲荷さま。』(1巻で挫折したけどまた読んでみる?)

?『コンビネーション』(谷山由紀

?『天夢航海』(谷山由紀)  この2冊は読んでみようかな。


http://d.hatena.ne.jp/kazenotori/20110926/1317031212

?『キリサキ』

?『描きかけのラブレター

△『空の境界』(アニメ見てからもう一回読みなおそうといつも思ってる)

?『ソラにウサギがのぼるころ』

?『A=宇宙少女^2×魂の速度』

?『消閑の挑戦者』

?『幽霊列車とこんぺい糖』

△『戦闘城塞マスラヲ』(1巻で切ったけどだんだん面白くなるのかな?)

?『丘ルトロジック

?『この広い世界にふたりぼっち』(北欧神話と聞いては読まずにおれない。読む)

?『ラビオリ・ウエスタン

?『ソウル・アンダーテイカー』(この系統は好きだから余裕があったら読む)

?『タザリア王国物語』

?『赤×ピンク』(こんなの出てたのか。読もう)

◎『きみとぼくの壊れた世界

?『みすてぃっく・あい』

○『ぼくと魔女式アポカリプス

?『空色パンデミック』(これも読もうとは思ってるがタイミング外した感ありあり)

?『ユメ視る猫とカノジョの行方』

?『さよなら妖精』(そろそろ読もうかな)

△『変愛サイケデリック

?『ぷりるん。』

○『GOTH』

?『クロノ×セクス×コンプレックス』(みんながオススメしすぎて読む気が その2)

?『時載りリンネ!』

?『春は出会いの季節です アルテミス・スコードロン』

△『ROOM NO.1301

△『アイドライジング!

◎『サマー/タイム/トラベラー


http://zeark969.blog38.fc2.com/blog-entry-2984.html

フルメタル・ パニック

十二国記 (実は1巻しか読んでない。ローマ人の物語の次に読む予定)

イリヤの空 UFOの夏

ロードス島戦記

?セイジャの式日(プシュケの涙は実はそれほど好きじゃないがグッとはキタので完結編も読もう)

キノの旅

半分の月がのぼる空

銀河英雄伝説

レジンキャストミルク

終わりのクロニクル (今のところ読む気がしない。これ読む友達がいれば・・・)

?デュラララ!

アスラクライン (アニメはあんまり面白くなかったがさて)

ムシウタ

灼眼のシャナ (6巻で切った。アニメは一応見るつもり)

ココロコネクトシリーズ(1巻で保留中。アニメ化したら読むのでアニメ化してください(オ

バカとテストと召喚獣

△やはり俺の青春ラブコメは間違っている (2巻で保留中)

俺の妹がこんなに可愛いわけがない (7巻くらいから面白くなってきた。9巻未読)

○パパの言うことを聞きなさい

?ラのべつまくなし

ギャルゲヱの世界よ、ようこそ

わたしたちの田村くん

世界平和は一家団欒のあとで (読んだ時は好きだったけど今思い返すとむしろ嫌いな系統かも)

?脱兎リベンジ

○AURA / 灼熱の小早川さん

電波的な彼女

学校の階段

こうして彼は屋上を燃やすことにした (導入部分は好きだな。読もうかな)

ゴールデンタイム (もうちょっとしたら読む)

○「映」アムリタコミカライズして欲しい)

学校を出よう! (みんなハルヒより面白いというな。読みたい)

◎ある日爆弾が落ちてきて

シュタインズ・ゲート  円環連鎖のウロボロス (原作はプレイした)

?それゆけ! 宇宙戦艦 ヤマモト・ヨーコ (完結したら読むw)

ウィザーズ・ブレイン (みんながおすすめするので読む気が その3)

△9S (1巻で切ったけど、面白いのかな。完結してるならもっかい読む?)

タイムリープ

リバーズ・エンド

空ノ鐘の響く惑星で (中世ものか。暇があったら読む?)

?風の白猿神

テイルズオブデスティニ ー2 (ゲーム版はプレイした。今だとちょっと古いかな)

?トライゼノンシリーズ

図書館戦争

ズッコケ三人組思い出補正www)

?テルミー

?ロミオの 災難

しにがみのバラッド(コミック版は読んだ。コンパクトな印象)

△旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。

○雨の日の アイリス

?この広い世界にふたりぼっち

付喪堂骨董店

?扉の外 / ツァラトゥストラへの階段 (多分読む)

◎会長の切り札

?騙王 (これは読む。ただし紹介読む限り私にとっては地雷の危険大)

月見月理解の探偵殺人

空ろの箱と零のマリア

スパイラル 鋼鉄番長の密室 (スパイラル真面目に読んでなかったな)

マルドゥック・スクランブル

アクセル・ワールド

?wonder wonderful (紹介文読んだだけで胸キュン。絶対読む)

?RPG W(・∀・)RLD

狼と香辛料 (10巻で止まってる。読む気力を再燃させるきっかけが欲しい)

△蒼海ガールズ!

クリスクロス

ミミズクと夜の王

?Astral (私もこの系統大好きだ。多分読む)

ノエイン ノベライズ(アニメ好きだった。今だとちょっち古臭いかもだけど読みたいな)

?イリスの虹

僕は友達が少ない

クリスタルコミュニケーション (結末しだいだけど面白そうな気はする)

ダブルブリッド

?終わる世界、終わらない夏休み

レイヤード・サマー

?DEAR

◎キーリ

文学少女

○バッカーノ

http://zeark969.blog38.fc2.com/blog-entry-2976.html

?虚構推理  (絶対読む)

ミスマルカ興国物語

?浪漫探偵・朱月宵三郎

×俺と彼女が魔王と勇者で生徒会長

http://ddnavi.com/news/12306/

○ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり(1巻しか図書館に入荷しない・・・)

ひきこもりの彼女は神なのです。

ストレイト・ジャケット

僕の妹は漢字が読める

這いよれ! ニャル子さん

ベン・トー

http://d.hatena.ne.jp/dododod/20110923/1316789405

嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん

ドッペルゲンガーの恋人 (予約した。唐葉さん作品はコンプするつもり)

○PSYCHE (この人の引き込み力は半端ない)

恥知らずのパープルヘイズ 

?世界の中心、針山さん (1巻オススメということなので1巻だけ読もうかな)

とある飛空士への恋歌 (夜想曲読んでから読む)

◎化物語(ようやく出てきた物語シリーズw)

?―少年たちの真夜中を撃て!― 東京ANGEL

※ここで小川一水が出てきたけど、やっぱりあれはラノベじゃないのかな?

小川一水入れていいならだいぶ割り込んでくる作品多そうだけど

http://d.hatena.ne.jp/pub99/20110925/p1

コールド・ゲヘナ

?天になき星々の群れ

?A君(17)の戦争 (コミック版は読んだ。自分の中ではコミックで完結してるw)

?『都市』シリーズ/終わりのクロニクル/境界線上のホライゾン (ともに読む友達が欲しい)

☆『ケイオスヘキサ』シリーズ

古橋秀之版『斬魔大聖デモンベイン

アリソン

召喚教師リアルバウトハイスクール

?COOLDOWN (???なんぞこれ

?『カッティングシリーズ

△『トリックスターズシリーズ

?DDD



http://trumpe3128.blog.fc2.com/blog-entry-28.html

BLACK BLOOD BROTHERS

Dクラッカーズ

?カオス レギオン(冲方丁作品か。読もうかな)

マルドゥック・ヴェロシティ

ロストユニバース

天高く、雲は流れ

?東京タブロイド

?EME

?EGコンバット

いぬかみっ!

コップクラフト(読もう読もうと思ってはいる)

○GJ部

神曲奏界ポリフォニカ ダン・サリエルと白銀の虎

マリア様がみてる(23巻でストップ。さすがにもう続き読むつもりはない)

少年陰陽師

http://d.hatena.ne.jp/kaien/20110927/p2

久美沙織『MOTHER』(面白そう。読む)

○『春季限定いちごタルト事件』(コミック版もオススメ。古典部シリーズというのは未読なので読もう)

◎『西の善き魔女

◎『CARNIVAL』(あとがきの1ページがすごい好き。この1ページ読んでからゲームやり直した)

?『シアター!』(予約中。有川先生の本は人気過ぎて困る)

桜庭一樹『荒野』

◎『星界の紋章

?『半分の月がのぼる空ハードカバー版(ラノベ板とそんなに違うのか)

?『お茶が運ばれてくるまでに』

?『シェルブリット』(初めて存在を知った。読みたい)

?『地球移動作戦』(山本弘はいつかまとめて読みたい作家N02)

?『星虫シリーズ

?『そばかすフィギュア』「メルサスの少年」

?ブルー・プラネット―星のパイロット

○おいしいコーヒーの入れ方(7巻まで読んだ。ついに○○○来てたか!)

?『シャングリ・ラ』(アニメ見てうーん、だったけどこっち読もうか)

?『吸血鬼ハンター』(菊地秀行も手が出ない作家だなぁ)

?『グイン・サーガ』(まとめて読みたい作家No1)

新井素子二分割幽霊綺譚

?『アラビアの夜の種族』(途中で挫折した。時間がなかったからで面白くなかったわけではないのでまた挑戦したい)





しかし、こうして並べてみると本当にラノベってめちゃくちゃ数あるのな。

すべての32選に私の好きな清水マリコと日日日が入ってない事を考えても相当レベルが高いか偏ってるかどっちかだと思うので

まだまだたくさんあるんだろう。ここのオススメラノベの中でさえ2割も読めてないわ。

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