はてなキーワード: ogとは
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https://anond.hatelabo.jp/20240502193039
この時期は多くのことを考えた。特に就職のことだ。第一志望の大学には入れなかった。だからこそ、今後の人生では逆転したいと思っていた。
就職四季報を読み耽ったし、就職活動の参考になるサイトは巡回したし、就職課の方々にもクソお世話になった(ワンピース的な意味で)。
リクナビとかあるじゃん。あれで友達とかにURL付きの回答ページを送って、送り主のことを回答してもらって、そしたら他人から見た自分自身の分析結果とか、どんな業界が向いてるとか、どんな価値観で仕事をしたいとか、いろいろわかるサービスがあった。そういうのをやってた。
当時は、LINEとかTwitterが一般的だった。ひと昔前の人って、LINEとかなかったんだろ? もしかして、全部メールとか郵便で就職活動をしてたんだろうか、一体どうやって? という疑問を感じていた。
本格的に就職活動が始まろうとしていた。自分は、1回生の頃から【TOEIC】の勉強に励んでいた。少しずつではあるけど実力を身に付けていた。勉強時間はそれほどでもないけど、ずっと続けていた。二年半。
受験にはお金がかかるし、実力を付けてから挑んでみようと考えていた。そしてついに、秋頃だったかな。受験料が少ないタイプの学内試験(※本番で実施済のテストを使い回すやつ)を受けることにした。
人生で初めてのTOEICは……うん、こんなもんかって感じだった。緊張していて、そこまで問題は解けなかったけど、ベストを尽くすことができた。
その結果は、なんと……(ドラムロール鳴る)……760点だった!! 当時の自分は、大喜びだった。狂喜乱舞だった。心の中でもリアルワールドでも小躍りをしていた。実際、佛教大学でのランキングは堂々の二位だった。一位は確か、文学部英米学科の人だったと思う。
これは、この結果は……紛れもない一流である!! おそらくきっと、この点数は、同志社だろうと立命館だろうと飛び抜けた点数だろう。京都大学でも通用するし、ましてや就職活動で通用しないはずがない。祇園や木屋町などの飲み屋街、東本願寺や渉成園とかの観光地で【外国人】とトークをしても通用するだけの英語力を、ついに、ついに身に付けたのだ!!
※そんなふうに考えた時期が俺にもありました。
そんなこんなで、就職活動が本格スタートした。俺は必死で、シューカツとやらに取り組んだよ。リクスー集団に交じってさ、学内の企業説明会とか、大阪城ホールでの合同説明会とか、東京までOB訪問に行ったこともあったっけ。とにかくマジだった。
あの頃の自分は飢えていた。なんの実力も実績も持っていないのが嫌だった。とにかく何か、ほかの人から見て、「あいつはスゴイ」となるものを最低一つはほしいと考えていた。
いつからか知ることになったのだが、この佛大というのは宗教系の比較的裕福な大学である。当時の週刊誌の大学職員給料ランキングでは、慶應や関西大学などの有名私大と肩を並べていた。キャッシュフロー的な意味で裕福な理由はいくつかあるが、そこまでは述べない(この日記の趣旨ではない)。
大学構内には、相応の見た目の講義棟(兼研究棟)が鎮座している。学生時代は「おしゃれ~でかい~」くらいの印象だったが、歴戦の社会人となった今ではわかる。あの1棟ものの巨大な建物は、建設工事だけで百億とかいってるかもしれない。同じ規模の大学で、あれを作れるところは少ないだろう。
あれは確か、3回生の終わり頃だったかな。本日の部活もさあ終わりだ、という時に、部長(※教員側の部活責任者)から声がかかった。ほかの3回生も一緒だった。「佛大の就職試験を受ける気はないか? 希望者がいたら優遇する」ということだった。
考えたのだけど、大学職員というのは、その大学がすんごく好きな人がなるものだと思った。当時は、民間企業への就職を視野に入れていた。優遇できる枠は1名ということで、ほかの同回生が手を挙げることになった。
まあ、年収であるとか、職務内容とかのバランスを考えると、「魅力的だ」とは正直思った。当方は、人生の方向転換が苦手なタイプである。この頃は、先輩やOB・OGを探して、就職活動に関する考え方や情報を集めていた。何でもいい、そういう生のデータがほしかった。
けど、嫌なことはやっぱり起きる。わざわざ日記に書いているのだから、当時の俺は相当ムカついたのだろう。
就職に関する情報を探してる中で、聞き込みのために学内アルバイトをすることがあった。それは講義の出席者からレポートを受け取って、受付番号を整理して、最後に整頓するようなアルバイトだった。1日勤務で六千円だった気がする。
二人一組で受付作業をするのだが、隣の組を見てると気分が悪くなった――と日記には書いてある。
その組は、男子と女子の組み合わせだったのだが、男子の方がやたらと女子の方にがっついている。レポート提出者がいない時に、割と雑談をしていた。
その中で、男子の方が「彼氏いる?」と聞いた後で、女子の方が「いる」と答えると、男子の態度が急に悪くなったのだ。それは仕事終わりまで続いた。
最後にレポートの仕分け確認をする時も、その男子は怒鳴りつけるようにして女子に当たっていた。俺はあまりにムカついたので、「ちょっと静かにやってもらえます?」と声をかけて、ようやく静かになった……。
と、記憶を思い返したけど、今の俺にそこまで思うことはない。「男の態度がひどいね。でも、オスってそんなもんじゃね?」くらいしか思わない。間近で見たらムカつくんだろうけど。注意とかするかもしれない。
当時は、実際どんな人間だったんだろう。俺って。記憶が薄らいでるとかいう次元ではない。消失している。全然わからない。
なんかさ、十年前の自分ってさ、もはや『他人』じゃないか。体の細胞でいうと、20回分は完全に入れ替わっている。もはや完全に他人である。
余談だが、佛教大学に通ってる女子には可愛い子が多いと、アルバイト先の立命館大学の人に言われることがよくあった。
根拠は全くないものの、社会に出た後の個人的感想では当たっていると感じる。福祉や教育に強い大学はそうなのだろうか?
就職活動に本気だった。この頃は、大手企業は今よりも早く内定を出していた(4月の1週目くらい?)。就職活動以外に教職課程のこともあったが、時間の隙間を縫って面接試験を受けに行った。まあ、書類選考でお祈りされることの方がずっと多かったけど。
うちの大学の卒業生で、すごい就職先に進んだ人っているのだろうか? 自分は高望みをしていないだろうか? そんなことが気になっていた。大手病に罹患していた可能性が極めて高い。
当時は社会学部で政策学を学んでいた。社会学だけじゃなくて、社会科学ならなんでも学べる学部だった。地域を盛り上げる系のゼミに入っていたのだけど、どんな先輩方がどんな進路に進んでいるか、正直気になるところだった。
ほかのゼミと交流する機会があった時に、同輩や先生方に聞いて回ったのだけど、凄い人というのはやっぱりいた。学生が六千人もいるのだから、レベルが高い人は一定数存在しているのだ。
社会学部の先輩(俺と同じ公共政策学科)の例だと、自分が入学する数年前に総合商社の内定を取った人がいたらしい。学業だけじゃなくて、外の世界に飛び出して活動していた人だと聞いた。とにかく忙しい人で、授業にはそこまで出席してなくて、水商売の仕事に明け暮れていたらしい。
単位はそれなりに取得して、教職課程最難関の講義(兼演習)ではチーム全員で百点満点を取って、大学同士の研究分科会では発表役になって、大学の学園祭ではパヒュームのダンスを踊ってウケを取って……とにかく活動的な人だったらしい。
学歴って、仕事の実力とは相関が薄いよな。多く見積もっても3割くらいだ。『誰もが嘘をついている』という本に書いてあったのだが、高偏差値の名門校に1点差で受かった人・落ちた人を追跡調査する社会実験があったらしい。結果的には、学歴と現在の地位に相関関係はないという結論だった。相関係数は0.1程度とあった。
アメリカ合衆国での話なので、日本だとどうなるかわからない。けど、自分も同意見である。どんな中学・高校・大学を出てるとか、そういうのは人生での成功にはほぼ関係ない。
どんな瞬間だって、自分が今どこにいて、何を目指していて、どんな努力をしているか。それが大事だ。学歴を振り返ってる暇があるなら、さっさとやることをやって次の先に進むのだ。
就職活動の話に戻るけど……就職活動の面接で問われる内容(志望動機、自己分析、自己アピール、就職活動の軸、ガクチカ)とかってさ。釈迦人になった今ではわかるんだけど、ぶっちゃけ茶番だよな。はてなブログだと、借金玉さんがそんなことを言ってた。部族の掟に近いものがあるってさ。
就活的なキャラの型枠を、リクルートその他の人材会社が用意したうえで、企業側が「茶番」に対して本気になれる人材(会社の方針を素直に受け入れて、貢献してくれる)を探してる。それだけだ。
若き大学生が当日記を読んでる可能性は低いけど、たったひとつだけ、ただひとつだけ、会社選びで言えることがあるとすれば……以前、どっかの増田日記に書いてあったのを参考にすると、こんなところだ。
「自分が入りたい会社というのは、自分が将来、どんなキャリアを描きたいのか、どんな人生を歩みたいのか、どんな人間になりたいのか。そういうところから逆算して決めていく」
就職活動の軸というよりは、人生の軸という観点である。ちなみに軸、というのは「他人に関係なく、自分が正しいと思える考え方」という意味だ。
経済社会でバリバリ働きたいなら、そういう会社に行くべきだし、あなたが大事にしてる『たましいの仕事』があって、仕事は副業でやりたいなら暇そうな業界を選ぶべきだ。
将来、どんな人生を歩みたいのか? それさえ決まっていれば、業界や会社を決めることはできる。職種についてはナントモだが……敢えて言うと、保育所とか幼稚園とか小学校とか、それくらいの年頃に何が面白かったのか、が答えになるんじゃないか。その年代に心から楽しめたものは、大人になってからもきっと楽しい。
結局、その年の春の終わりに就職活動を終えて、内定をもらえたのは……京都市内にある電子機器メーカーだった。
大手企業を受けるのはやめた。大手病を克服したのだ。それで地元の会社一本に絞った。ここまで絞ると、受験できる会社の数は十社程度になった。自分の力をそんなに分散する必要もない。十分に集中できる。
当時は嬉しかったよ。両親に報告したら、父も母も衝撃を受けていた。うちの親って、自分の子どもを親戚の子と比べたがる嫌いがある。それはムカつくのだが、いい結果を報告できてよかった。
両親が、俺が出した実績をありがたがって聞いている。その実績を、電話などで親戚やご近所に知らせて調子に乗りまくっている。スタンダールの小説の『赤と黒』を思い出した。小説の中で、こんな感じの場面がなかったっけ? ブクマカで詳しい人がいたら教えてほしい。
両親よりも喜んでいたのは就職課の人だった。内定先を告げると、ご機嫌なビートで小躍りするようにして、ハッピーな感じでターンをキメていた。ずっと以前から、いろいろとお世話になっていた。喜んでもらえてよかった。
この年度の終わり頃、卒業間近だったか。大学が出してる何かの広報で、俺の就職先がデカデカと上の方に載っていた。トレーニングルームでそれを読んでいる時、隣にいた学生達も同じ広報の同じページを読んでいた。
「ん。どこどこ?」
「ほら、ここや。この会社」
「ああ、それマンコやろ」
「……」
「女の一般事務職だって。総合職ちゃうし。こんな掲載は詐欺に近い」
俺の怒りは有頂天に達していた。当時の日記には「有頂天」と書いてあったが、怒髪天と書きたかったのだと信じたい。
こういう連中はどこにでもいる。気にしたら負けである。増田の読者の人も、レベルが高い解釈と低い解釈があるとしたら、迷わず高い方を選ぼう。そっちの方が心身ともに健やかな人生を送ることができる。
次
北欧なんて寒い地域でブルマーが存在するわけがないだろうという気持ちが無いではなかったが、それでもなんとなく調べてみようという気持ちになった。
仕事の後、心が虚無になっている時に、無心にわかりもしない北欧諸語でブルマー姿の女性の画像を探し、ブックマークしてはフォルダ分けする作業は、変態じみているがいい気分転換になった。
ただ、北欧諸国は人口も少なく、単純に単語を検索してもヒットする数は少ない。
そこで、以前のように適当に過去の写真が載っているサイトを探し出し、当該サイト内の中で検索した。アーカイブを乗せているサイトのなかでは、以前と同じように「学校の体育」などのキーワードで検索した。
なお、参考までに、ウィキペディアによれば北欧諸国の人口は次の通り。
国名 | 人口 |
---|---|
アイスランド | 34万人 |
スウェーデン | 1004万人 |
デンマーク | 588万人 |
ノルウェー | 538万人 |
フィンランド | 550万人 |
なので、もちろん資料は少ないだろう。
以前にバルト三国を扱ったとき、エストニアの体育の写真にリンクを貼ったのだが、そのフェイスブックのコミュニティが鍵垢になってしまったのである。
北欧諸国の中で最も南に位置しているので、一番画像が見つかりやすいと考えた。
かなりブルマ―に近い短パンで野球をしている。1978年~1988年
https://www.aarhusarkivet.dk/records/000326451
https://www.aarhusarkivet.dk/records/000326525
https://www.aarhusarkivet.dk/records/000431872
https://www.aarhusarkivet.dk/records/000326600
★右端の女子が完全にショーツ型ブルマー。他の女子はごくごく短いスパッツっぽい。
https://www.aarhusarkivet.dk/records/000326588
ここのサイトはデンマークのオーフス市(デンマーク第二の都市)のアーカイブらしい。Risskov skoleという公立学校の写真だ。少なくともここではブルマが採用された時期がある。
この2つはレオタード。
こちらは国内の580の地方のアーカイブを横断して検索できるらしい。1980年代だ。
ttps://arkiv.dk/en/om
On arkiv.dk, you can search through archive material held by over 580 Danish local history and town archives as well as by a smaller number of special collections.
http://billeder.salldata.dk/data/1960-1969/1963/1963-03-03%20Gymnastik%20i%20A_arhus%20stadion/
こっちはMine billeder og documenter、つまり私の写真と書類という名前の個人サイトらしい。
続きはトラバに。
全くの事実無根なら、OB/OGも大学も、もっと早く動いて決着してたと思うけど、
実際は、きっと誰も相手にしないだろうと踏んで放置してたんでしょ。
だけど、ぐっさん自身の知名度がどんどん上がった結果、無視できなくなった。
そんな気がしてならない
訴訟体力の無い一般の人(20代の学習院OG・OB)が、ちゃんと弁護士つけて仮処分まで行ってたのに
ひろゆきみたいな海外在住送達無視戦法でどうしようも無くなった状況で
本人が「訴訟で解決すればぁ~~ww」とか煽りまくってたのはただのゲス以外の何者でも無いんだよね
しかも2chの管理責任(どっかの馬鹿な荒らしの書き込み)を問われていたひろゆきとは違って
学習院サイトについては堀口さん(の協力者を自称する管理人)が自ら制作して中傷していたんだからさ
完全にひろゆきよりも数段悪質でタチが悪いんだよね
まぁそれを見かねて暇が裁判費用全額負担して再び裁判してるんだけど
これを見て「暇ガー!!」などと騒ぎながら堀口英利さんを持ち上げてるはてなーは完全に被害者軽視のセカンドレイプだよね
一般人がこの光景を見て、どちら(堀口 or 学習院OG・OB)に肩入れするのかとか、もう少し考えた方が良いと思うよ
まずは簡単にヒュッケバイン問題を振り返る。知ってる人は読み飛ばしてね。
ヒュッケバインとは、1995年に発売されたゲーム「第四次スーパーロボット大戦」に登場したゲームオリジナルのロボットを指す。
このデザインは誰がどう見てもガンダムのパクリである。選択式のカラーでは白・青・赤のガンダムカラーにすることも可能だった。
(ヒュッケバインに関して、初稿はバイザー型の独自的な頭部デザインだったが決定稿でガンダムフェイスになったのも有名。つまりデザイナーが寄せたのではなく、ゲームコンセプトに基づきそのデザインとなった)
その後、2000年に発売された「スーパーロボット大戦α」ではヒュッケバインMk-2、Mk-3が続けて登場する。
依然としてガンダムフェイスであり、さらにコアブロックシステム(コクピットが戦闘機になるやつのこと)も追加されて、ガンダム感はまだ色濃い。
ただ紫と黄を基調としたカラーリング、中二心揺さぶる重力兵器、ごつい追加装備、当時のガンダムに見られない謎のチャクラム系の武器など、独自のアイデンティティが確立したことも付け加えておく。
その後、2002年~05年の期間に発売された、スパロボのオリジナル機体を集めた「OGシリーズ」でもメインの扱いで登場し、ヒュッケバインはファンから根強い人気を得たことだと思われる。
「ガンダムのパクリだよな」という共通認識はありつつも、それを愛でるのような状況だったのではないだろうか。
問題は06年以降。以下のようなことが起きる。この一連の事件を主に「ヒュッケバイン問題」と言う。
・「OGシリーズ」がアニメ化するが、ヒュッケバインが一切姿を見せない(部分的な描写はある)
・コトブキヤからヒュッケバインシリーズのプラモデルが販売されるが、再生産なしと販売時に明示される(実際今に至るまで再販なし)
・「OGシリーズ」のゲーム新作で、ヒュッケバインMk1~MK3が並んで登場するが、イベントシーンで跡形もなく壊される。もちろんその後そのゲームで再登場なし。
・ヒュッケバインからガンダムフェイスなどのガンダム的要素を取り払った「エクスバイン」等のメカが代替的に各メディアに登場するようになる
このときのファンの反応は冷静で、「まぁガンダムのパクリだしなぁ……」みたいなものが主流だった印象だ。(作中の設定と合わせてバニシングしたと寧ろ楽しんでた)
ただ状況は変わり、17年に発売されたスパロボではヒュッケバインがデザイン変更なしでそのまま登場して、ファンを沸かせた。
これを皮切りに10年間封印されていたヒュッケバインの解禁が進み、スパロボにも度々姿を出すようになる。
最近ではバンダイ製のヒュッケバインMk-3のプラモデルも販売されたが即完売。今は転売価格だ。
大人の事情があっただろうと憶測はできても、真実はまだ語られていない。
とりあえず権利的な問題は解決されたと見なされていて、ファンも堂々とヒュッケバインを愛でられる状況に改善されたと言える。
ヒュッケバインはパクリデザイン、つまりガンダムの「偽」として登場したが、上述のように色々あって権利的に問題ない人気コンテツと化した。
もはやヒュッケバインは「真」となったと言っても差し支えはないだろう。
いや、かなり特殊な事情であるし、パルワールドの悪趣味性と相まってとは一概に比較できないのは重々承知なのだが、「デザインの剽窃は創作に悪影響を与えるので絶対に許してはいけない」などの言説は、ヒュッケバインの前例を鑑みるに疑義的だ。「偽」であるパルだって紆余曲折を経て「真」として受け入れられる可能性もあるだろう。支持するファンが多ければ多いほど、そうなる可能性はある。
寧ろ、ポケモン的なデザインを模倣することは絶対に許されないとするならば、それは事実上の無期限の特許化であり、そちらの方が創作において抑制的でよほど悪影響だろう。
https://www.asagei.com/excerpt/294735
普段から陸上見てる人ならともかく、正月の箱根駅伝の往路3区ぐらいからチャンネル切り替えでたまに見てそうな人には心底言われたく無い。
高校駅伝では外国人ランナーを起用すべきでは無いというが、そもそも外国人ランナーだけで勝てるほど甘くない。例えば、今年女子で初出場を果たした益田東(島根県)は実は以前から外国人留学生を起用しており、OGには資生堂のジュディ・ジェプンゲティチもいる。
そのジェプンゲティチが3年生アンカーを走った年であるが、記録はこのとおり。
https://data.pc-egg.com/system/uploads/files/000/177/724/女子一覧.pdf
実に従来記録を1分近く更新しているにも関わらず、平田高校に負けてしまっている。なお、この年の平田高校の都大路での記録は25位で、特別この年の島根県が突出してレベルが高いわけでもない。ぶっちゃけて言えば他のメンバーが遅いと言わざるをえないのだが、ともあれ外国人留学生1人で勝ち上がるなど予選会でさえ厳しいのだ。
仙台育英にしても神村学園にしても他のメンバーが区間1桁〜10位台で走れているから最後までもつれたわけで、たまたま今回は1分20秒差をカリバ・キャロラインがひっくり返してみせたが、こんなの10年に1度だってお目にかかれない。相手が米澤奈々香ならいくらなんでも無理だし。今回の結果は本当に劇的なレースで、それを手繰り寄せたのは神村学園の各ランナーの頑張りと監督さんの采配がハマったことに他ならない。それを外国人留学生がひっくり返したから白けるって神村の関係者に失礼極まりない。
留学生ガー、などと言うなら、国内留学生は?とすぐさま返すし、拒食、鉄剤注射など、もっと取り上げるべき問題は多数ある。浅はかにも程がある。
確かに外国人留学生は強い、強いが正直国内のトップクラスランナーも引けを取らないと思っている。そこで競い合うことで得られる経験は日本人の争いでは得られないものも多い。どうせオリンピックや世陸では争うのだ。そういう競り合うことで得られる経験を減らそうとするのは残念だが、それ以上に外国人留学生を必要悪みたいに扱う論調って令和とは思えんな
この記事なんてよく書けている。
https://373news.com/_news/storyid/187528/
これなんかも
2年前、元カノに振られた。
昨日また振られた。
良い意味の方でサバサバ系。化粧はせずファッションも力を入れないが、着飾らず大学時代と全く変わらない雰囲気であり、誰とでも隔たりなく接する。
元カノとは大学時代に部活で知り合い、ずっと一緒に遊んできた。
元カノも実家に戻り地元企業で就職し、俺の地元から近いので年1回程度、部活OB/OGで集まって遊んでいた。
この転職が実現すると、俺は将来的に地元に戻れること、元カノを東京に連れてくる選択肢が発生することから、結婚を見据えた関係が現実味を帯びたため、結婚を前提にと匂わせつつ元カノに告白した。
元カノはウダウダ言って受け入れてくれた。子供は何人とか家とか専業主婦とか話していた。流石に気が早すぎると思いつつ、浮かれているのを見て微笑ましかった。
転職の成功後は元カノとデートした。元カノが東京に来てくれて一緒に観光したり、俺が地元に戻ってキャンプしにいった。互いに連絡不精なのでLINEは1ヶ月に一度程度だったけど。
出社しても広いフロアに数人、仕事以外は1人、プライベートで友達はいなかった。
俺の元より低いコミュニケーションスキルは著しく低下していく。
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1人でいる時は、常に元カノのことを考えていた。
LINEの他にもお土産とか誕生日プレゼントとか送り合ってはいたけど、元カノとの繋がりを欲していた。
元カノは行動というボールを投げたら投げ返してくれるけど、決して能動的に動く性格ではない。
常にボールを投げ始めるのは俺。元カノは本当に一緒にいてくれるのか愛情表現を欲していた。
デートは友達の延長線上で今までの関係と何ら変わりない。恋人として手を繋いだり2人で遊びに行く機会は増加したけど、俺は特別感を感じられなかった。
最初は全く反応がなく喪失感を感じていたが、最後の方は達成感と満足感を得ていた。
俺の認知は歪んだ。
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転職して1年、俺は彼女の地元に引っ越すことに決めた。リモートワークなら問題ないと気付いたから。
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ある日、誘いを断られた。そういう日もあると理性で理解する。
またある日、仕事中に強いストレスを感じ、元カノとセックスしたくなった。風俗ではなく元カノとだ。
俺は衝動的に元カノを呼び出そうとする行動を観測した。理性ではとんでもない行為と理解するため、実行しないよう耐えた。
それでも衝動がおさまらない。苦しくて窓から飛び出しそうになる。死んでしまいたくなる。クローゼットに入り暗闇の中でうずくまって耐えた。
〜〜〜
調べを進めると、性依存症に辿り着いた。
当時は精神科に行ったり、自分の思考を言語化して書き殴ることで脳内のモヤモヤを解消したり、コミュニティ活動することで自分の居場所を作ってコミュニケーションを積極的にできるよう頑張った。
実家にいる時は気づけなかったけど、本当に1人になって初めて、人間は社会的動物なんだと骨身に沁みた。
〜〜〜
否定されること、嫌われることが怖かった。
荒療治の一環として、元カノに好きって言葉をセックス中にしか言えてなかったので、改めてデートの時に伝えた。もちろん戸惑いもあったが、元カノも「お前とずっと一緒に過ごすと思ってる」と伝えてくれた。
その数週間後、別れたいと言われた。
嫌なところもあれば治すと言いつつも、決意を感じたため、別れるしかなかった。
1〜2ヶ月に一度、俺から誘って2人で遊びに行く程度の関係性。
リモートワークで通話が限られており、今の居住地に元カノ以外友達はいない状況である。
これでは日常的に人と会話できない。この状況が続くとコミュニケーションスキルは上達しない。
ボランティアやコミュニティに入ったり、人と会話する状況に身を置いた。
復縁の希望を持って、元カノをコミュニティに誘いみんなと一緒に遊ぶ。
関係性を自然消滅したくないから、俺の成長を近くで見定めて欲しいから誘った。
コミュニティで中核になりつつ、元カノ含めメンバー皆が楽しめる集まりを企画して遊んだ。
結果、俺は元カノだけに愛情や善意を提供するのではなく、多くの人に善意を提供するようになった。相手を人間として隣人として接するようになった。
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善意の提供配分で思い悩むこともあった。善意は提供配分が多いほど、返ってこない時に心理的負荷が高まる。少しも返してくれない人に悩むこともあった。
しかし、それはきっと、多くの人が経験してきたことなのかと思う。
俺は今までの人生において、人間とのコミュニケーションを避けてきたから、誰かに与える行為を積極的にしなかったから、「今」壁にぶつかったのだと思う。
人間関係において、頭では自分と他人の境界線に気を付けてきたつもりだった。
それでも感情は、少しも返してくれない人に残念な思いを抱く。
だから善意を提供する時、自分が辛くならない程度だけ配分するよう変えた。分散投資するイメージで。
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マッチングアプリも始めた。
最初はメッセージのやり取りがおぼつかなかった。距離感、食事の誘い方や進め方、何もかも分からなかった。
ネットで調べつつ失敗しつつ、女性との関係性の築き方を学んでいった。
俺はコミュニケーションスキルを向上というより、一から人間関係を学び始めていた。
高校時代は、誰ともコミュニケーションを取らなかった。中学時代のコミュニケーションスキルを喪失した。この頃は友達0人だ。
大学時代は、自分を変えようと思って入った部活で人に恵まれ、人と関わることは悪くないと思い始めた。お世話になった先輩や、部活の友達とは今でも会いに行ける関係を築けた。
今では、新しいコミュニティに優しく受け入れられ、自分が人を受け入れる立場になった。他コミュニティにも繋がりが広がり友達が増えた。自分から関わることで友達のネットワークが増大した。
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結果、断られた。
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人生のパートナーになりたいのだと思うこともあるが、おそらくそうではない。
しかし、ふと元カノのことを考えてしまい、否定を繰り返し、結局元カノに思考が奪われる。
元カノのことを意識的に考えないようにするのではなく、無意識的に他に楽しいことや、熱中することを見つけるのが正解とわかっている。
コミュニティで遊ぶ時、
元カノのことは忘れられる。
しかし、疲れている時、何も思考したくない時、ふと元カノのことがよぎってしまう。
だから、今の変わった俺ならと淡い期待を抱き、振られても次に進めると思い、告白した。
ただ、コミュニティで築いた人間関係を捨て去ることになるので、優先度は低い。
マッチングアプリを再開したが挫けそうだ。
マッチングまでいいねを投げ続けることや、マッチング後に会うまでのメッセージやり取りが辛い。相手の温度感が低いのか、それとも会話を投げない性質なのかわからないけど、会話に熱量を投げてくれない人を相手取るのは辛い。
自分の中のコミュニケーションとは、自分と相手と共同で火起こしするイメージを持っている。
だから、自分が1人で火起こしして相手は何もしないだけの状況は、精神的にまいる。
やはり結婚相談所も挑戦してみるかの心境に至る。
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俺は以前から元カノと遊ぶ時に戦々恐々としていた。こちらの選択肢で合っているか?嫌われないか?と顔色を窺っている。
仕事も結婚も合う合わないがあることを、今度こそ感情で理解したい。
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自分が仕事も元カノと合わないからといって、自分が全部ダメなわけではない。
なんとか目標数に届いたやで。以下、しがない人事部オッサンのワイ、今年の感想を書き捨て。
「トリチウム以外も公表の必要…」社民・大椿裕子議員の投稿はミスリード。処理水めぐる発信で
https://www.huffingtonpost.jp/entry/fukushima-fc4_jp_650d6724e4b04db03fdc0db3
田嶋陽子氏「(処理水の)安全基準満たされてない」→誤り。テレビ番組で、魚の形態変わるんじゃないかとコメントも
https://www.huffingtonpost.jp/entry/fukushimafc5_jp_651101e7e4b0e83cc0daf3c9
「この投稿、どう思います」。2023年7月3日の夜、知り合いの富士通退職者から電子メールが届いた。Facebookに富士通退職者が集まるグループがあり、そこに現役の上級幹部名で投稿があったが、物議をかもしているという。
自治体が証明書をコンビニエンスストアで発行できるサービス「Fujitsu MICJET コンビニ交付」のトラブルについて、あるOBが6月末、「危機管理が全くできていないと懸念」している、と投稿した。これに対し、「福田譲」名義で次の投稿がなされた。
「現役です。問題になっているプログラムは2009年製です。現役製ではありません。自分ごととして『応援』していただけるOB/OGを求めている/リスペクトしていること、分かっていますか? ガッカリする/ありがたく思う。大きく分かれています。皆さん、どうありたいですか?問われているのは皆さんではないかと思います」
富士通で福田譲氏と言えば、執行役員EVP CDXO(最高デジタル変革責任者)兼CIO(最高情報責任者)であろう。SAPジャパンの社長を経て、2020年4月から富士通に転じた。EVPは常務に相当する。福田氏は時田隆仁社長の側近と言われ、同社Webサイトを見ると24人のEVP中、2番目に顔写真が掲載されている。秋草直之氏以降の「社長任期は5年、次期社長は常務から」という不文律が守られるなら、2024年6月に社長交代がある。
大学への求人票は、前のフォーマットがあるはずだからそれ参考にして作る(内容に齟齬がないか誰かに見てもらうこと)
大学ごとにフォーマットがあればそれに従う。以前出した学校一覧とかあればそれを見ながら送る。
社内にいる同じ大学出身者のOB、OG訪問とか、インターンシップもやってみる
合同説明会は今からでも間に合うのか?間に合うなら申し込む。資料作成はは後からでもOK。オンライン合同説明会もある
リクナビの自社ページを読んでおく。矛盾した採用にならないように。あと時間があれば情報を足したり見やすくしておく
求める人物像を固めて、自社ページにも載せる
リクナビを通じてDM(自社をお気に入りとかに入れた学生にメッセージ送れる)やメッセージを出す
男メインで採用は面接後に考えるしかない(性別は事前にわからないはずなので)
取り急ぎざっと書いた
あと自社に入った場合のメリットとか、アピールポイントとか考えておく
とかかな
基本的なことですまないが、とりあえず
って、誰も幸せにしない考え方だな
本来ならば上の立場の人間からアプローチしてきて付き合い、結婚に至ればめでたいものなのに
問題は恋愛じゃなくて、本気じゃない付き合いで安易に性行為を求める事の方なんじゃないの?
>例え恋愛のつもりであっても、セクハラになりえます。立場という優越性を利用しているからです。
大学や高校の同級生をストーカー殺したなんて事件も後を立たないから立場は問題じゃないと思う
>上司→部下、弁護士→クライアント、主治医→患者、OB/OG→就活中の学生、教員→学生、教祖→信者、すべて×です
しかもそれって上下関係があるからというよりは単に大人と子供だからだよね
教員じゃない大人であっても子供と恋愛関係になろうとするのは駄目だと思うし
主治医と患者なんてのは禁止されて困るのは患者側でしょ?上手くいけば玉の輿のチャンスなのに。
上司→部下、弁護士→クライアント、主治医→患者、…これの一体何が悪いんだ?特に女性からしたらハイスペック男性と知り合うチャンスで有難いくらいなのに。
甲子園の応援に駆り出される吹奏楽部が話題だが、学校行事の設営や運営にかかわる放送部についてはあまり話題にならない。
そもそも放送部が部活動であるという事を知らない人も多いだろう。
学校によっては部活動ではなく生徒会の下部組織的な扱いだったりする事もあるが、一応はれっきとした文化部でありNHK放送コンテストをはじめとした大会の類もいくつか存在している。
俺が通っていた高校では放送部は吹奏楽部に次いで部員数が多い文化部であり、それなりに部費も貰っていて定期的にアナウンスや朗読部門で全国3位以内に入る人が出たりする程度には活発に活動していた。
他の文化部の例にもれず女性率が高い部活であり、男性勢は結構肩身が狭かった。
そんな放送部は運動会や文化祭、各種集会といった学校行事において音響設備の設置と運用、及び記録映像の撮影といった事も行っていた。
今はそうでもないのかもしれないが、俺が通っていた頃はマイクやカメラ、録音機材や編集機材など機材は高価で、放送部は文化部としてはかなりの金食い虫だった。
機材はそれなりに重かったが放送部の男性陣は俺も含め運動部崩れが多く、運ぶ作業はそこまで問題なかった。
踏むなと看板を立て、ケーブルを固定する養生テープにも踏むなと書き、逐一踏むなと口頭で注意しても絶対踏む奴が出てくる。
ケーブルの上に物を置く奴も出てくる。
ケーブルたわんで引っかかって転んたり、断線の原因になると言ってもまあ聞かない。
ちなみにケーブルの上に物を置く率が高かったのは吹奏楽部だった。
なんでこんなところにケーブル置くのかと文句まで言われた事もある。
「オメーのとこの顧問のリクエストで無理にスピーカー設置したからだよ!」と説明しても聞きやしねぇ。
結局本番ではそのスピーカー使わなかったし。
個人的に吹奏楽部は他の文化部を見下してくるというイメージがこびりついているのだが、その原因は母校の吹奏楽部の顧問と部員達のせいである。
運動部から文句が付く事はあまりなく、しいて言えば記録映像が全体的に暗かったと野球部からクレームが付いた事はあったがそれも事情(撮影日の天気が悪く、野球部の練習場に持っていける機材も最小限だったのでどうしようもなかったのだ)を説明したら納得してくれた。
この手のクレームも吹奏楽部から付く事の方が圧倒的に多く、コンテストで結果出してる訳でもないのにやたら偉そうな吹奏楽部に対するヘイトがガンガン貯まる環境だった。
おかげでテレビで吹奏楽部が文化部の代表ヅラしているのを見ると、未だに自然と舌打ちがでてしまう。
楽しかった思い出もそれなりにあるのだが、当時の事を思い出すとどうしても積もり積もった吹奏楽部に対するヘイトを思い出してしまう。
俺が現役だった頃は頻繁に放送部OB、OGが訪れて、発声練習やアナウンス、朗読の指導をしたり、機材の扱いについて教えたりしてくれていたのだが、今はOB、OGであっても生徒や保護者以外が学校に立ち入る事を原則禁止する様になった為、現状がどうなのか聞く機会がなくなってしまった。
ただ昔の様に高価な機材が無くとも撮影や録音はスマホでできる様になったし、編集もそれなりの性能のPCがあれば色々とできるのだろうと予想はできる。
俺が現役の頃の様にビデオテープの劣化を防ぐ為に編集回数を最小限にする、なんて事を心がける必要も無いのだろう。
その意味では放送部にとってMDって結構画期的な存在だったと今さら思う。