はてなキーワード: CADとは
どゆこと?下記も補足しておきますね
そのための再放送だったんだけどね
マジレスするけど増田で『社内SE』や『SIネタ』や『自称コンサルネタ』(たぶん本人がそう思ってるだけでIT部隊の子) 書いてる子、
たぶん女だと思うぞ
増田でよく見る人じゃないけど組込みネタ書いてた人で女アピしてたのもいたようないないような・・・
あと看護婦増田もいる(いまは女性看護師って書かないとダメなのか?)
これらは何もおかしな話じゃなくて、単純に はてな はオタクが多いからなんだよな
基本無料のソシャゲが跋扈する以前は、オタク趣味は男女共にそれなりお金がある人たちの趣味だったのですよ
女にしたって古くからPC自作含めて触ってる、DTPオペやデザイナー、CADオペ、3DCG(住宅パースなど)が多かった
そういう職では無くても、当時高額だったPCを入手出来る給与の職や、実家が太い人が多かった
ほんだけのこと
(なお、増田がやたら夜職・風俗の解像度が高いのも同じ理由。ジャニオタ、バンギャ、2.5次元追っかけ、ソシャゲ廃人、BL狂いに夜職は多い)
あともこれも必要ですか?
>そういうこと喚き散らしてる人に限ってグッズも円盤も買わない配信サービスで観ただけ、みたいな別に大したことない人多いイメージある
>〇〇はいいぞ…!っていう人とかもそう
>本当にやばいやつは何も言わずに大金つぎ込んでるし特にそれに対して他人に何かを言ったりしない気がする
>これなんなんだろうね
別にそんな事はないが金を使わない上にそれを公言するヤツはおつむがヤベー傾向にあると思う
というか原作未読・未視聴とかゲーム未プレイをアピールして2次創作しているヤツすらもいて
いよいよ極まって来たなって思ってる
アニメ・ゲーム・マンガに金をぶっ込むのは、キャバやVに金をブチ込むのと実質的に変わらない面もあるので
金をぶっ込む余裕がある=まとも(常識がある) とはならないが、
少なくともそこそこの金を得る手段(社会性)は持っている人物である
それを正面から放棄している人物が集まるオタク界隈は本当に弱者の寄合所ですわ
マジレスするけど増田で『社内SE』や『SIネタ』や『自称コンサルネタ』(たぶん本人がそう思ってるだけでIT部隊の子) 書いてる子、
たぶん女だと思うぞ
増田でよく見る人じゃないけど組込みネタ書いてた人で女アピしてたのもいたようないないような・・・
あと看護婦増田もいる(いまは女性看護師って書かないとダメなのか?)
これらは何もおかしな話じゃなくて、単純に はてな はオタクが多いからなんだよな
基本無料のソシャゲが跋扈する以前は、オタク趣味は男女共にそれなりお金がある人たちの趣味だったのですよ
女にしたって古くからPC自作含めて触ってる、DTPオペやデザイナー、CADオペ、3DCG(住宅パースなど)が多かった
そういう職では無くても、当時高額だったPCを入手出来る給与の職や、実家が太い人が多かった
ほんだけのこと
(なお、増田がやたら夜職・風俗の解像度が高いのも同じ理由。ジャニオタ、バンギャ、2.5次元追っかけ、ソシャゲ廃人、BL狂いに夜職は多い)
この増田 https://anond.hatelabo.jp/20240328145307 を読んでいて、新人歓迎会のトラウマを思い出したので書く。
新卒で就職したのは、大手電機からリストラ分社され投資ファンドに売却された地方製造業…に、グループ内人材派遣を行う人材派遣会社だった。
当時はリストラ分社化された直後で、まだ元グループ本社からの出向社員も残っていたし、元グループ会社の看板も、営業網も使えていた。
それにに加えて、リストラ分社化された後で「これで迅速な意思決定ができて伸びるぞー」と言うお題目が信じられている頃でもあったと思う。
だからか、当時入社するプロパーの入社式はそれはそれは華々しく行われていた。
いや、華々しく行われていたのを、私たち派遣会社経由組は、敷地の隅にある人材派遣会社事務所のちっぽけか打合せ室の窓から見ていた。
プロパー新人が記念写真撮影をしているのをみて、私たちはあっちいじゃないの?と少しは思うが、当時ピッチピチの新卒で疑問に思うこともなく。
派遣会社の事務所長から何かしら訓示を受けた覚えがあるが良く覚えていない。
簡単で事務的な話だけだったので、そのまま配属先となる職場から主任が迎えに来て、職場へと向かった。大部屋式の事務室である。
課長の所で軽く挨拶した後、課員に特に紹介されたりもせず、大部屋の端にガラス張りのパーティションで囲まれた「OA室」と呼ばれる部屋に連れて行かれ、ここがお前の席だと座らされた。
周りには同じく派遣できている人たちが数人いるが、みな黙々と仕事をしている。一応会釈はしてくれるが特に会話もない。部屋の中にはサーバと古めかしいブラウン管モニタがついたCAD端末がうなり声を上げている。
15インチスクエア液晶とDELLの型落ちデスクトップを渡され、いきなり赤が入った原稿に従ってWord文書を直していくと言う仕事を振られた。
当時ピッチピチの新卒で今のようにくたびれていなかった私は、緊張して違和感を感じる暇も無かったというか、違和感を感じるような知識も無かった。
それから数日して、プロパー新入社員が挨拶にやってきた。「全員集まれ」と声がかかって大部屋の中心にみんなで集まり、彼らが新人だと紹介される。実際に配属されるのは8月のお盆明けからだが、と聞かされた。
何で8月なんですか?と、少しは話をするようになっていた主任に聞いたところ、彼らにはみっちり新人研修があるのだとのこと。
すごいね。
元グループ会社から分離したけど新入社員教育は合同で行って、元グループ会社本社にて集中的に研修するんだって。
すごいね。
そうして彼らプロパーの新人が新入社員教育を受けて、定時退社している間に、自分はみんなにシェアされる雑用便利人としての立場を明確にしていった。
忙しくなると投入され、ろくにスキルも身につかない雑用をやる。どの課に所属しているのかと言うことも曖昧だった。業務調整をする上司というものが存在しなかった上に、ひとヤマを超えると別の社員の忙しい案件に投入されるため常に長時間労働であった。OJTと言う言葉すら無かったが、仕事の特性上、割り当てられた仕事が終わらなければ終わらない。やらずに放置しても誰か別の人がやってくれるわけではない。溺れながら仕事を覚えていくことになる。
このように同じ職場のメンバーとしての一体感が生まれる事も無かったが、一つだけ一帯運用してもらえていたものがあった。それが「タイムカード押し」である。だいたい19時30分を回ると係がタイムカードを回収しに来る。彼にタイムカードを渡すと、私が自分で押さなくてもかわりにタイムカードを押してくれるというサービスである。
いや、サービスしているのはこちらか。当時ピチピチの新卒であった私は、それが当たり前だと思って、深く考えなかった。いや、考えようとしなかった。
さて、この内容を何故標記の増田から思い出すに至ったのかというと、積み重なった違和感が爆発したのが、新人歓迎会だったからである。
時は流れて8月。プロパー社員の新人が正式に職場に配属された。配属されて行われるのが、新人歓迎会である。
今までも全体の飲み会らしきものは行われているのを知ってはいたが、私がいる「OA室」の人間は誘われることは無かった。しかし、新人歓迎会と忘年会だけは別らしく、出欠席の紙が回ってきた。
私は、これを自分も歓迎してくれる会であると疑わず、出席と記入した。会費は7000円であった。高い。正直、月給額面残業代込み174,000円からその金を出すのはかなり痛かった。痛かったが、仕方が無いと思った。
そうして、久々にリクルートスーツに身を包んで、会場に着いたところ、以下の様な事が分かった。
なお、記念品として贈呈されたそのハンドブックは「仕事で必要だから」と言われたので私は自分で買っていた。彼らの初任給は、私が当時付けられる限度まで残業を付けてもらうのよりも、一切残業せず3万円は高かったはずである。
偉い人のよくわからない話を聞いて、乾杯して。新人代表のよくわからない決意表明を聞いて。なんか意味のわからない余興が行われていたのはぼんやりと覚えているが、途中でなんか気持ち悪くなり、料理も食わずに会場を抜けて家に帰った。
今なら、7000円も払ったのだからせめて夕飯代ぐらいは浮かしてやるぐらいの図太さは身につけたが、当時ピチピチの新卒だった私にはそんなものはなかった。
ちなみに、頭の中をぐるぐる回っているぐちゃぐちゃを吐き出して落ち着けたのはインターネットである。もっと具体的に言うとこの増田、はてなAnonymousDiaryのおかげである。ここで無茶苦茶愚痴を書いて、みんなにそんな会社やめちまえよって同情してもらって、やっぱりおかしいよね?おかしいよね?、と整理ができた。
そうして、スキルを磨いて、勉強して、戦略的に行動する事を心がけるようになった。
みなさんのおかげです。どうもありがとう。当時の増田がどれぐらい残っているかは、まぁ、わかんないくらい昔の話ですが。
さて、その後だが、元グループ本社のブランドが使えなくなり、営業網から外され、元グループ会社が格安で担っていた間接機能を自分でやらなければならなくなり赤字に転落。
元グループ本社から出向で在席していた人々…つまり売却に至っても本社が転籍させなかった優秀な人々…が徐々に去って、さらに買収した投資ファンドからクビ切り役人みたいな連中が送り込まれ、プロパー社員のボーナスが年3ヶ月分吹っ飛ぶ、労働組合が元グループ会社の組織から外されて見捨てられる、福利厚生が自社独自に切り替わる、など労働条件の改悪、激変が続く事になる。
当然元グループ本社と共同で半年以上かけてじっくり行われる新入社員教育なんてものは翌年以降は蒸発しなくなった。新人は極簡単なビジネスマナー講座と図面の読み方みたいな軽い教育を受けて入社後数週間で職場配置されてくるようになった。
同時に、派遣社員が増える事になった。それも元グループ本社の系列のグループ内向けの派遣会社(つまり私の所属会社)からではなく、他の派遣会社からの人材が投入される。金は無いが、今までグループ本社の機能に依存していた部分を自社化しなければ行けなかったからだろう。
さらに賃金が高い社員を中心に退職推奨と言う名のリストラが行われ、その代わりに派遣社員が加わるという事が特に現場系で進行する。更にラインまるごと海外のEMSに出されるようになっていった。
しかし、プロパー社員と派遣社員を切り分けて考えると言う企業体質や文化はそう簡単に変わるわけもなかった。妙な壁がずっとある。お給料から命令系統、食堂の食券価格や給茶機の掃除当番まで妙な区別が残り続け、それが原因でか、不合理で業務効率が上がらないことおびただしい形だった。
ただ、そうして、会社は一応は黒字になった。筋肉質になったと宣伝しているがリストラは黒字になるまでやるからリストラなのであって、黒字になるのは当たり前である。
そのタイミングで、元グループ会社本社が最後まで持っていた20%程度の株式を完全に売却する事になった。完全に手切れである。私が入社して6年ほどが立っていた。
そこで、私が所属している派遣会社も完全に撤退する事になった。元グループ本社のグループ内向け派遣会社であるからである。
かつて敷地内にあった派遣会社の事務所はとっくになくなっていた。同期もみんないなくなっていた。
そして、私に提示されたのは、派遣会社から派遣元の会社に正社員として転籍しないか、今と同じ仕事を続けられるよ、という誘いだった。
もちろん、断った。
会社側は、まさか正社員になれるのに断ってくるとは思ってもみなかったようである。それはそうだ。特に人事部門などは、痩せても枯れても元大手企業の工場で地元で最も安定した職場で誰もが就職したがる、と言う御山の大将であったからだ。
だから自分たちの仲間に迎えてあげることが最高の報酬だと思っていた節があった。だからせっかく人事に交渉して入社できるようにしてやったのに恩知らずが、みたいなことを言われたこともあった。
さて、断った結果どうなったかとと言うと、派遣会社としてはもう派遣業を拡大していないこともあり同じ地域では仕事がないといわれた。そのため別の地域に転勤になるがよいか、と。もちろんOKと言った。願ったり叶ったりだ。
そうして新しい派遣先を探るからと言うことで、改めて所有している資格などを申告せよという事になった。コツコツと勉強してとりためた資格などを開示した結果、ちょうど人手不足のタイミングと重なり元グループ本社のR&Dに派遣が決まる。
引継ぎ屋マニュアル作成をこなしながら異動の待機している間に、こんどはなんと所属派遣会社がグループ本社に吸収合併される事が決まった。
本社のR&Dに派遣ではなく異動という形で、あっと間にグループ本社の正社員になることができた。神風が吹いたと言える。
そうして今ではそれなりに暮らしているのだが、そんな今でも「新人歓迎会」と言われると、あの悪夢の新入社員一年目が、悪夢のホテルでの夜が頭をよぎるのである。
だからみなさん、相手の所属がどこだとか考えずに新人には優しくしてあげてほしい。あなたにとっては毎年来る新人かもしれないけれど、新人にとってはたった一度の新人時代なのだから。
また、新人の皆さんも、なんかおかしな事があっても人生何事も塞翁が馬である。よいこともあれば悪い事もあるが、前向きに、やってきたチャンスを掴んで離さない程度の握力を常に鍛えておく事ができれば、道は開いていくのである。
頑張ってほしい。
助けてくれ。
当方、10年間CATIAを使ってた者だが異動によりcreoを使用することになった。
ソフトは違えど同じ3D CAD、まあなんとかなるだろうと思っていたが大きな間違いだった。
creo、信じられないほど使いづらいCADでまるで業務にならん。
これマジ?こんなのがハイエンドCAD名乗ってていいの?クソすぎるっしょ。
対応するタブを選択しないと線一本選択できないとか、原点がないとか、座標系が表示されないとか、サーフェス1枚抽出することすらできん。
誰かCATIAのこの操作をcreoで行うにはこうするんだよ、みたいに対比して説明してるサイトや動画あれば教えてくれ。
というかCATIAならネットでも結構情報が手に入るけどcreoマジで見つからん。
助けて。
標準的なCADでもあるFusion 360を動作させるなら、それなりの性能が欲しいところ
マジレスするけど増田で『社内SE』や『SIネタ』や『自称コンサルネタ』(たぶん本人がそう思ってるだけでIT部隊の子) 書いてる子、
たぶん女だと思うぞ
増田でよく見る人じゃないけど組込みネタ書いてた人で女アピしてたのもいたようないないような・・・
あと看護婦増田もいる(いまは女性看護師って書かないとダメなのか?)
まぁこれらは何もおかしな話じゃなくて、単純に はてな はオタクが多いからなんだよな
基本無料のソシャゲが跋扈する以前は、オタク趣味は男女共にそれなりお金がある人たちの趣味だったのですよ
女にしたって古くからPC自作含めて触ってる、DTPオペやデザイナー、CADオペ、3DCG(住宅パースなど)が多かった
そういう職では無くても、当時高額だったPCを入手出来る給与の職や、実家が太い人が多かった
ほんだけのこと
(なお、増田がやたら夜職・風俗の解像度が高いのも同じ理由。ジャニオタ、バンギャ、2.5次元追っかけ、ソシャゲ廃人、BL狂いに夜職は多い)
表題のとおりだ。この度、思うところがあって増田に投稿してみる。
カッコウというのは結果論であって、それ以前に俺は、恋人や結婚してる女性が好きだ。そういう人にしか興味が持てない。昔から。小学生の頃から、例えばAちゃんとBくんが仲がいい時に、Aちゃんと仲良くなりまくって、Bくんに見せつけるのが趣味だった。
そういう気質なのだ。職場の飲み会でも、地域の集まりでも、趣味の社交の場でも、相手が結婚してると特にそういう気持ちが湧いてくる。
結婚してなくても、アツアツのカップルでもいい。でも不思議かな、「彼氏がいる」って情報だけだと燃えてこない。たぶん、いろんな濃さの恋愛があるからだろう。消滅寸前のカップルなんて、恋人いないのも同然じゃないか。「婚約中」みたいな情報だったら燃えてくる。
相手が結婚していると、その人が気になってきて、付き合いたくなってきて、少しずつ仲良くなって、食事に行くようになって、俺の責任でホテルに入るか、家にこっそりと呼ぶ。もしくは相手の家に行く。
3人だけ抜き出して語ってみる。これまでダントツに好きだった三人になる。今でも、ごくまれに会うことがある。
予防線だけど、俺は文章のプロでもなんでもない。読みにくいなー、と思ったらこっちが文章ミスをやらかしてる。読み飛ばしてほしい。年末で大忙しの中で書いてるから、推敲はザザッと一回だけだ。
1人目は、アヤカとしよう。この子は、今の会社に中途で入った時の同期だ。新卒だった。
見た目はタイプだった。背丈は平均的で、体型は細身で、すっきりとした顔立ちだった。浅黒だったかな。
いま見た目のことを言ったけど、何より性格がいい子だった。朗らかな雰囲気で話すし、子どもに優しいし、誰も見てないところでゴミを拾うし、委託で社内清掃に来ているシルバー人材センターのおばさんにも丁寧にあいさつをする。マジでいい子だった。
当時は、東プレ㈱というパソコンのキーボードとか作ってる電子機器メーカーに勤めてたんだが、その子は経理事務だった。自分は当時、売上部門にいたので接点はそこまでなく、年に数回の飲み会で一緒になるくらいだった。でも、和風の店でも洋風の店でも、いつも近くに座るアヤカを見て、恋愛的な興味が……ちょっとしか湧かなかった。かわいいな、とは思っていたのだが。
ある時だった、年に一度ある同期の飲み会の場で話をすることがあった。俺から話しかけた。
「いないよ」
「えー、おらんやあ」
みたいな会話があって、その時に「あ、そうか。そうなんだね……」と平坦な感情に襲われたのを覚えている。何度見ても、笑顔が素敵な子だった。実際に性格もいい子だった。
転機があったのは、それから数年後のことだ。アヤカが結婚するという。同期のライングループでそういうお知らせが回ってきた。社内では旧姓を使うらしい。
「アタックしとけばよかったな」という月並みな感情が湧いてきたが、すぐに忘れてしまった。その後、アヤカが産休に入って会社にこなくなったのもある。
さらに一年後だった。グループトークで、アヤカが生んだ赤ん坊の写真がアップされていた。ほかの同期社員は、可愛い可愛いってトークに参加していた。俺も一言「鼻の感じが似てるね」ってコメントした記憶がある。
それで、あの日がやってきた。初冬だったかな。出社のためにカードをかざして社屋に入ろうとしたところ、アヤカがいたのだ。育休から復帰していた。初出勤のようだ。
「あー、増田くん」と、朗らかな笑顔でこっちを見てるアヤカを見た途端にスイッチが入った。そっちの方に歩いて行って、トークを始めた。
赤ん坊は誰に預けてるとか、産休から復帰したばかりで職場の人はどういう反応をしてるとか、仕事はどんなのが割り振られてるとか、いろいろ話したかな。
以前はそこまで喋らなかった。新入社員研修の時に、みんなでランチをした時に馬鹿話をして大笑いしたことはある。あとは、やっぱり飲み会でちょっと話すくらいか。
それからは、社内でばったり会う度に話をした。ほんと、どうしてそんな話題が出るんだろうってくらい話をした。
アヤカが復帰してすぐだった。退勤後、一緒のタイミングで社屋を出て、駐車場まで歩いている道中に「来週飲みにいかない?」と誘った。アヤカは迷った様子だったが、「アヤカと行きたい」と言ったらOKしてくれた。
一回目の食事は、誰にも見られないように市外を選んだ。大衆的なお値段の寿司屋に入って、握り寿司を食べた。80代のお爺さんがやってるんだが、若い人が来るとサービスをしてくれる。俺にもアヤカにも、うにの軍艦巻きとか、カンパチとか、かっぱ巻き×3とかをサービスしてくれた。一人1,400円ほどだった。アヤカはわさびが苦手なようで、箸でシャリとネタを分離してわさびを剥がしていた。
二回目はデートと言ってよかった。夕方以降の時間帯に、さっきと同じく誰にも見られないエリアを選んで、ひっそりとたたずむ喫茶店でカレーとナンを食べて、店を出たところで手を繋いだ。
なしくずし的な感じで手を引くと、トコトコと後ろをついてきた。そのままホテルに入ろうとしたところで、アヤカの足が止まった。
「やめといたら。後でしらんよ」
「アヤカの優しいところがいい」
みたいな話をした後、手を繋いでラブホテルに入った。「ここでいい?」と部屋を聞いて、あとは流れだった。
性行為は、お互いに高校生みたいな感じだった。とにかく様子見だ。言い方は悪いが、カタツムリが二匹、雨の路上で交尾をしてるのを見たことがあるだろうか。あんな具合だった。気持ち悪くてごめん。
なぜかはわからないが、パートナーがいる相手と性行為をすると気持ちがいい。そうでない相手とのセックスの気持ちよさを100とすると、パートナーがいる相手だと170ほどになる。インスタントラーメンで例えると、前者がエースコックのスーパーカップとすれば、後者は明星の中華三昧シリーズといったところか。
それから、月に一度はアヤカと会った。お互いに、会いたい気持ちを我慢しないといけないことは相当あった。なにしろ、会いたくても会えないのだから。ゴムはしたりしなかったりだった。その日の流れによる。
社内でばったり会った時は、すれ違いざまにアヤカが俺の腕をコツンと触っていく。俺も触り返す。それがサインのひとつだ。
そんなこんなで、さらに一年が経過した。アヤカとは、やっぱり月に一度は会っていた。そんな折、同期社員のライングループでアヤカが投稿した。概ね以下の感じだった。
それに対して、同期の女子は「綾香ちゃんが気にするのおかしいよ。大事なことなんだから」で論調は一致していた。
子どもが二人目……おめでたいなと感じた。当時の俺は、30代に入った頃だった。こうした経験は三度目だった。最初は大学生の時で、二度目は……新卒で会社の新人時代だったっけ。
約一年度、アヤカが生んだ子をラインのトークルームで見ることになった。可愛い女の子になりそう、というのが感想だった。やはり鼻がアヤカに似ている。俺には似てないと感じた。
年月が経って今、その赤ん坊は4才になる年だ。その頃には東プレを退職して、その近所にある別業種の会社で営業の仕事をしていた。
今年、所用で府中にある公園の花見スポットの写真を撮影している時に偶然みかけた。アヤカと、旦那さんと、男女の子ども二人が花見に来ていた。桜の下で弁当食べるんじゃなくて、ただの散歩のようだった。
その頃にはもう、アヤカと会ってなかった。それが花見会場でばったり会って、「あー、増田くん。久しぶり」という具合に、昔と変わらない様子で話しかけてきた。お互いに年を取ったものだ。「お疲れ様です」と言って俺は、その4才くらいの女の子を見た。
ルックスの感じは、なんかこう、俺にはたぶん似ていない。そういうことにしておいてくれ。俺は、旦那さんに会釈をすると、彼もちょっと会釈をした。「こんにちは」とあいさつをしたら、向こうも暖かい笑みを返してくれた。
「僕はもう違う会社ですけどね。優秀でしたよ。よく助けられてました」
「へえ、意外でしたね! 家ではおっちょこちょいなんです笑」
こういう人は、大抵いい人だ。俺にとっていい人であるのはもちろん、みんなにとっていい人である。
それから彼は、別の方に歩いて行った。アヤカを見ると、男の子を連れてカモがたくさんいる池の方にいた。
女の子が置き去り気味だった。俺は、女の子に「お母さん優しい?」と聞くと、「やさしい、です」と返ってきた。
2人目は……とその前に、当日記をお読みの方は、俺が若い子が大好きといった印象をもたれたかもしれない。実際そんなことはない。どちらかというと若い子が好きだが、40代以降の人だって、この人いいなと思ったらアタックする。※2人目と3人目は東プレ時代の同じ会社の人
二人目は、同じ会社の隣の部署にいた女性だ。ミキさんとする。この人は、いわゆる臨時雇いの人で、パートさんだった。以前はアヤカのいる部署で働いていて、そこから当時の俺がいた部署と同じ階に異動になった。弊社はフリーアドレス制ではないが、仕事を普通にこなしていて、ほかの部署の社員が見えることが普通にある。密室感がなくて、開かれてる感じがする。
ミキさんは、実際まじめな人だった。電話応対は超丁寧だし、連絡や報告は密にするし、ちょっとドジなところがあるけど、そこも愛嬌だ。なんか、みんなのマスコットキャラだった。
で、ミキさんがたまに、高校進学を控えて受験勉強してる娘さんの話をすることがあったんだけど、その家族の話がまた、その、あったかい感じがしてさ。俺が機能不全な家庭で育っている(父が家庭に不在、母が精神病質、妹が身体障害者)から、羨ましい感じがして聞き入ることがあった。
ある飲み会の時だった。都内で飲み会があったんだが、和風居酒屋での一次会が終わって外に出ると、ミキさんが一人でポツンといたんだよ。で、声をかけると色々話が盛り上がって、二人でどこかに飲みに行くことになった。
終電まで余裕があった。今度は二人で洋食ができるお店に行って、内容に満足して(ペペロンチーノ風やきそばが美味しかった)、駅までの微妙な幅員の車道兼歩道みたいな通り道で、ちょっと手を繋いでみたんだ。
ミキさんは黙って握り返してくれた。それで、こんな感情が頭に浮かんだ。
『この人は旦那さんと娘さんが二人いて、それで円満な家庭で、そんな人と繋がることができる自分は……光栄の極みだ』
当然、そんなことを口にはしなかったけど、そういう視線を自分よりも一回りは背が小さい、今まさに隣を歩いているミキさんに向けていたのを思い出した。
ここまで鮮明に思い出せたのは、その時の街並みをスマホで記念撮影していたからだ。
ミキさんは、すごく甘えん坊だった。一応増田はR18のはずなのでザックリ言うと、ベッドの中ではとにかく抱きついてくる。挿れてる時も、そうでない時も、ダッコちゃん人形みたいにくっついてくる。それで、くりくりとした丸い大きい目で俺を見つめるのだ。
モテる女性ってすごいよな。40代半ばになっても可愛いんだから。ほんとにすごいよな。その日の性行為は、やはりお互いに初めてだったので、手練れの忍者がつばぜり合いの接戦を繰り広げる時みたいに緊張感のあるセックスだった。
最初のセックスから飛ばすやつは愚かだと思う。個人的な考えに過ぎないが。やはり最初は、慎重にいくのがいいと思っている。
ミキさんとは、それから二回だけセックスをした。いずれも職場単位での飲み会の後だ。その後、ミキさんが元の部署に再異動になってからは、たまに社内ですれ違うくらいで、外では一度も会ってない。一度だけ、ゴムなしでしたけど、そういうことにはならないだろう。年上の人だと安心できる。
3人目は、よし子とする。名前に美という字が入っていて、それが示すとおり心がきれいな子だった。
見た目はすぐに飽きる。人柄のいい子が一番いい。美人な子とセックスできても、「愛してる」って感じがしないと、やっぱりだめだ。心がつながってる感じがセックスの醍醐味のひとつだろ(上から挿れながら手を繋ぐのが好き)。
よし子は当時、総務部門の新入社員(中途採用で30過ぎ。旦那あり、子どもがひとり)だった。ある時、会社の展示イベントで一緒になった。同じブースの担当になって、来場者の案内をしたり、チラシを配ったり、舞台に出る人の順番を指示するなどしてた。
最初から、いい子だっていうのはすぐにわかった。根拠はない。ただ、笑顔を見て、こいついい奴だなって、そう思ったのだ。左手の薬指には銀色のニーシンクっぽい指輪をしていた。
イベントが終わって、すっかり暗くなっていた。だが、テントや長机や椅子を片付ける必要がある。時間的に厳しかった。
ブースの片付けがようやく終わって、トイレに行って、ほかのイベントブースを手伝おうとして俺は、防犯灯がポツポツと灯っている都市公園の中を歩いていた。それで、中央ステージの前まで来たところで、すぐ前をよし子が歩いてたんだ。
俺が追い越そうとすると、「うわっ」て感じでよし子が驚いた。変質者を警戒してたんだろうか。橋本環奈みたいな雰囲気の子だったから、そういう被害に遭ったことがあるのかもしれない。
「あ、増田さんだったんですね」
「そうだよ。変態じゃなくてよかったな」
「うん、本当よかったよ! 増田さんで」
「……」
やり取りを交わした時に、この子とずっと一緒にいたいなぁ、と心の中で思ったのだ。その直後、「忘れ物した!!」と、よし子が真後ろに向かって駆けていったのを覚えている。
それから、たまに仕事でやり取りをするようになった。国の補助金をもらってる仕事の関係で、当時新商品だったMac専用キーボードのCAD図面を提供したりだとか、こっちの部署で予算の算段がつかない時に相談に乗ってもらったりとか、いろいろあったな。
今頃みたいに寒い時期だった。会社を出ようとすると、めっちゃ寒くて、自動車までの遠い道のりを歩き出そうとしていたところ、後ろから「お疲れ様です」と、よし子に呼び止められた。
二人並んで歩いていて、「よし子さんの仕事は忙しいですか」とか「増田さんはいつも土曜日にいますよね~」とか、いろいろ話をした。よし子はよし子で、小学生の子育てが難しい状況らしい。旦那さんともうまくいっていないとか。口喧嘩になったら罵られることがあるという。暴力もあるって……マジかよ。
結局その日、よし子とご飯に行く約束をした。人に見られたくないから、夜にしようかという算段をした。ラインではなく、ショートメッセージでのやり取りを提案された。
それからは早かった。人類最速の不倫だったかもしれない。その二日後の土曜日には、府中駅のペデストリアンデッキを降りて、近くにある寂れた人目のない通りにある昔風の食堂でご飯を食べて、仕事や家庭の愚痴を言い合って、店を出た後は、お互いにわかっているかのようにシティホテルの方に歩いていた。
よし子は人懐っこかった。性行為をしている最中も子どもみたいな笑顔で、唇をいろんなところに当ててくる。こっちも負けじとやり返すと、「くすぐったい」と笑うのだ。
よし子とは、月に二度は会っていた。幸い、旦那さんにも会社にもバレることはなかった。俺とよし子は同じ区内に住んでたんだが、その界隈では絶対に会わなかったし、ラインでのやり取りもしなかった。
年度明けのGWが終わった頃、よし子が妊娠した。同じ職場の人に惜しまれつつも産休に入った。普通は愚痴を叩かれるものだが、よし子にそんなことはなかった。
やはり、人間は人柄だと思う。人柄がよければ人生は大抵どうにかなる。よし子からは、そういうことを何度も教わった。
今回、俺自身の考えや記憶を整理してみようと思った。いろいろと語ってきたが、増田民の暇つぶしになることができただろうか。
やっぱり、俺が好きになるのは人の嫁ばかりだ。恋人同士でもいいんだろうけど、心がいまいち燃え上がらないし、そもそも出くわす機会がない。
自分に子どもは何人いるんだろう、と思い巡らすこともある。考えないようにはしているのだが。コロナが流行り始めてからは、セックスなしの、心がつながってる感じの恋愛に燃えることもあった。
性行為がなくても、普段の話をしてるだけで、「あ、この人俺のこと好きなんかな。俺も好きだな」って時が稀にある。そういう時に、生きていてよかったと思う。