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はてなキーワード: 90年代とは

2024-05-22

ダウンタウン90年代テレビ番組や著書を引き合いに出されてぶっ叩かれるなら関智一過去ラジオ音源を引っ張り出されて叩かれるべきだし、

ファーストガンダムの収録後に遊び歩いていたという池田秀一鈴置洋孝も叩かれるべきだし、

パイプカットに至るまで周囲の人間を苦しめた井上和彦も叩かれるべきだし、

若い女に次々乗り換えていっている山寺宏一も叩かれるべきで

芸人が「これだから芸人は」 「テレビから消えろ」と言われるなら声優も「これだから声優は」 「降板しろ」と言われるべきで

裏方だからいいだろと言うならソシャゲイベントYouTube配信アニメ映画舞台挨拶には少なくとももう出てはいけないし

裏方である小山田圭吾小林賢太郎が降ろされたのだから声優だって降ろされるべきなのではないだろうか

ちなみに個人的には別に叩こうとは思わないし何の怒りもないし降板公式がしないと決断したならそれでいいと思う

ただ芸人アーティスト社会的に完全に抹殺されるまで許さないと義憤に駆られる人が声優にはトーンダウンするのが気持ち悪いなと思うだけだ

anond:20240522071524

歯磨き新常識全盛期っていつ頃の話だよ。90年代?

自分90年代はガキだったけど、そこに挙げられてること当時は聞いたこともないわ

(むしろ「食後30分は歯が再生してるから磨くな」は最近じゃね? 10年くらい前に聞いた気がするわ)

まあそれでも結局、歯が痛くなったら(風邪と同様)すぐに歯医者行って直してもらえ、みたいな家庭の方針で、

ミニマルインターベンションなんて知らないヤブ医者に削られまくって銀歯だらけ、

今では3本神経抜いた40代オッサンの出来上がりなんだけどな

孫正義は「人体間通信自分の脳と(コンピュータチップ交信させ、自分が頭の中で思うだけで相手に通じる、まさにテレパシー時代が本当にやってくるのではないか」「経営者はなぜ攻殻機動隊を見ていないのか、未来を占うアイデアを得るためにも見るべきだ」と発言している。

たとえば攻殻機動隊 ARISEでは、車の自動操縦と、交通制御AI、それをハックすることによるテロなどが描かれている。たしかに車単体での自動操縦技術一定レベルで普及すれば、自動操縦同士の連携コントロール必要になり、共通規格が生まれ、それを制御するメタAI交通コントロールすることで、流通全体の効率化が生まれるのも現実的な発想に思われる。

そんな感じで、90年代以降の「たぶんこうなるだろう未来」が集約されているのがこのシリーズでもあるんだなって。

2024-05-20

1984年を基点に、失われた40年を阻止するには?

ワイの答え。

https://togetter.com/li/2369637

後知恵バイアス抜きで当時の連中普通にやっといてくれよと思う奴

後知恵バイアスバリバリで行くなら

anond:20240519124233

90年代ならともかく2010年でやめて当然なんて雰囲気あるわけないだろ

2024-05-19

日本におけるリリックビデオ起源鈴木宗男である

まずはこれを見て欲しい。

https://www.youtube.com/watch?v=mLW35YMzELE&list=PL4fGSI1pDJn4-UIb6RKHdxam-oAUULIGB

YouTubeの人気曲トップ100だが、気づいたことがあるだろうか。

Creepy NutsAdo、tuki.など、今流行りのアーティストMVが並んでいるが、どれも歌詞リリックMVの中に効果的に配置されている。

いわゆる「リリックビデオ」と呼ばれるものだ。

あぁ、確かに見るよね。それがどうした?と思われるかもしれない。

しかし、我が国日本音楽J-POP最盛期と言われる90年代MV(当時はPV)ではこのようなリリックが入ったものは見当たらなかった、少なくとも主流ではなかった。

これは、90年代青春を過ごしたアラフォー以上の方には賛同いただける意見かと思う。

では、いつ頃からこのリリックビデオが日本で生まれ、普及したのだろうか。

インターネットの浅い海をざっと泳いでみると、ニコニコ動画ボカロ動画起源であるとの意見散見される。

しかに、一般に普及したという意味ではそうかもしれないしかし、「起源」という点において、私の感覚は違う。

ここで、ニコニコ動画YouTubeが生まれる前、野良動画クリエイター達は自分作品インターネットのどこで、どのように発表していたのか。

当時、日本インターネット上でダントツで隆盛を誇っていたのが、ひろゆき率いる2ちゃんねる

2002年2chの数ある掲示板の中で、新たに出来たのが「FLASH・動画板」である。そう、「FLASH」だ。

当時の動画クリエイター達は自らのサイトFLASH動画作成し、2chの「FLASH・動画板」で互いに腕を競い合った。

詳細は以下のサイトを参照いただきたい。

https://dic.nicovideo.jp/a/flash%E9%BB%84%E9%87%91%E6%99%82%E4%BB%A3

FLASHは一大ムーブメントを迎えたが、2004年頃に急速に終焉を迎え、クリエイター達はニコニコ動画YouTubeへと移っていった。

日本インターネットにおける動画作成文化起源FLASHにあるといっても過言ではない。

ようやく本題に入ろう。勘のいい方は、もう気づいただろう。

2002年、「FLASH・動画板」の設立間もない頃、ある政治問題話題となった。

北海道出身、御年76歳の現役国会議員鈴木宗男が起こした汚職問題である

詳細は以下のWikiを参照いただくとして、その中で大変キャッチーワード話題となった。

鈴木宗男北方領土建設した「ムネオハウス日本人とロシア人の友好の家)」だ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%A8%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%8F%8B%E5%A5%BD%E3%81%AE%E5%AE%B6

このワードお祭り大好きな2ch住民が飛びつき、鈴木ムネオ」と「ハウスミュージックを掛け合わせた「ムネオハウス」として様々な動画作成した。

このムーブメントは当時アングラだったインターネットを飛び出し、一般社会にまで浸透する程、話題となった。

https://www.youtube.com/watch?v=rjZE6U9Ni0E

ムネオハウス関連動画は、主に鈴木や彼の秘書ムルアカ氏の発言サンプリングPV風に作成されている。

そのため、(ネット回線の乏しさもあり)音質は悪く聞き取りにくいため、テロップを付ける必要がある。

動画ハウスミュージックベースとしているので、テロップ自然楽曲に乗せてリズムよく、時に演出として効果的に配置する流れが生まれた。

それまで、FLASHNHKみんなのうた」のように歌詞を単純に載せる動画散見されたが、

リリック演出として組み込まれインターネット上に広く浸透したのはムネオハウス関連動画の影響が大きい。

https://www.youtube.com/watch?v=ZKy-lTRvXhU

https://www.youtube.com/watch?v=gG4CdB0U7bc

https://www.nicovideo.jp/watch/sm4630571(9分9秒頃)

その後、FLASH動画板では、BUMP OF CHIKENの楽曲「K」や「ダンデライオン」など一般楽曲リリック演出的に載せた動画などが広く浸透していく。

そして、FLASHが廃れた後は、ニコニコ動画YouTubeにその影響は受け継がれ、米津玄師やYOASOBIなどを輩出したボカロ楽曲において、

リリックビデオが一般的となった後に、今のJ-POP界においても、リリックビデオがMVの多くを占めるようになった。

もう一度言おう。日本におけるリリックビデオの起源鈴木宗男である

2024-05-18

anond:20240517223047

最後のほうだけ読んだが、「高度成長期ストック90年代で尽きてその後の策がねえぞ」が右寄りサイトに載ってると面白い理由が分からなかった。右寄りって何?

anond:20240517171536

3秒くらい読んだけど典型的搾取彼氏だな。。。

こういうクソ男本当に昔(90年代00年代)は多かったよ。最近は知らんけど絶対数は減ってるだろう。

日本人民度が上がってるから

2024-05-17

フェミニスト大嫌いな人こそ、特権階級の女様が主人公ドラマ、虎と翼を見るといい

なぜなら主人公は「ひたすら恵まれている」ハイポジションリベラル女子」だから。日頃から女はズルいと怒り呆れがちな人たちが真っ先に鼻で笑うタイプの恵まれた女だから

ドラマ主人公の寅子は、投資銀行に勤める父と良妻賢母の母という大正昭和初期のアッパークラスの、それもリベラル色の強い理解あるご家庭に生まれて、その潤沢な社会資本を余すことな享受して弁護士の道を自由に邁進している。そして勉強大好きで周囲が態度を変えるほど頭が良く生まれついてもいる。そして子供のころから正義感がある。家柄が良くまっすぐ育った明るい優等生

大学に行っても目立つタイプ、拗らせミソジニーを発動する拗らせエリート同級生男子が、いつの間にかそのまっすぐな人柄にやられて好意を抱いたりする程度にはモテる

寅子の家には、父が面倒を見ている司法試験合格を目指す書生がいて(アッパークラスのご家庭ならでは)この書生とも「私たち同じ道を進む仲間よね」という異性友達ムーブをぶちかましているが、書生は寅子に片思いである。そしてこの書生よりも寅子の方が圧倒的学力がある。要するに立場的にも、恋愛的にも経済的にも非対称性が生じている年上の男性を寅子は「異性の友人」として遇している。中々のタマである

寅子は、前述した好意を抱かれていた拗らせエリートに「彼女結婚してくれとはいえない、彼女の夢を奪うことになるから」と思われて振られてしまうのだが、それまでどっちつかずの態度だったくせにいざ振られるとショックを受けたりするし、せっかく弁護士になったのに依頼が来ないのは私が結婚していない(社会的信用がない)からだ、と思いつき慌てて縁談を探してもらうがうまく行かない。そりゃそうだ。

ところが助け舟で、寅子に片思いしていた家の書生から結婚をしたいと言われる。渡りに船逃げ恥のような「条件偽結婚」だと思い込みスピード結婚を承諾するが、前述のとおり書生は寅子に片思いしていたわけで、初夜にぬいペニ状態となる。かわいそうな仲野太賀…。

と、寅子の痛さを中心に4月ドラマが始まって今日までの1カ月半を振り返った。フェミニスト嫌いの諸氏や、女はずるいと常々思っている諸氏が叩き放題の「豊かさという下駄を履いて産まれた恵まれた女様」それが寅子である伊藤沙莉が演じていなかったら大変なことになっていたと思う。

だが伊藤沙莉の演じる寅子はとっても魅力的である

「虎と翼」は、現代問題昭和初期の物語に練り込んでいる疑似歴史感が臭うドラマだが、一方でモデルになっている三淵嘉子は実在の人で、ドラマにおける寅子のキャリアや背景はモデルのそれをなぞっている。恵まれリベラルな家に生まれ弁護士になり、戦争時代突入し、色々あって戦後日本初の裁判官になるスーパーウーマンである

ドラマの寅子も恵まれた家に生まれ、厳然とした性差別がある世界を、明るく、元気に、強気に突き進んでいく。そして突き進む中で彼女は、自分が周囲と比べ恵まれていること、「自由選択ができるという」下駄を履いて生まれてきたことを徐々に自覚していく。

寅子が持って生まれた豊かな資源は、裏返せば、女に人権がなかった時代には、ここまで特権的に恵まれてなければ法曹界で働く道を切り拓くことができなかった、ということの証左だ。そしてこれを現在に照らせば、形式上男女平等になった現在の女は寅子に比べれば矜持や頑張りが足りない、という振り返りもできるし、現在でもまだまだ形式的しか男女の機会平等は達成されていないよなと振り返ることもできる(医大入試における性差別不正はつい最近出来事だが、あの時は差別だと批判する意見と、女はズルいから消耗が強い診療科を選ばないため合理的配慮だという意見に二分されていた)。

これは、女性人権がなかった頃を引き摺って今も残る男性優位の古い価値観を、改めてマーカーでなぞっていく作業であり、同時に現代の女が抱える特権性の問題も照らし出す作業でもある。

そしてドラマの中では、現代にもしっかり残っている、個人幸福を削るような価値観を改めて再発見することになる。

結婚しなければ社会的信用が得られない」、「エリート男が生きていくには従順に従う女が必要」、「女の弁護士なんて信用できない」、「自分より優秀な女は生意気で目障りだ」、「適齢期を過ぎると縁談がない」、「人は生まれた国や家や身分に縛られる」、「平等を求める声は不平等利益享受する側には届かない」、「上品批判下品な妬みには勝てない」、「お金がないと社会的意義の高い仕事につけない」などなど。昨日どこかのSNSでだれかがぼやいていそうな内容である

これらは女だけではなく、男も同様に削られる呪い価値観である。学友たちはこの呪い価値観によって法曹界で働くという夢を立たれていき、寅子は弱い立場に置かれた人を助けたいという正義実践に加えて、諦めなくてはならなかった仲間への思いを「使命」として背負う人生を選ぶことになる。

平等と戦うに十分な恵まれ武器を持って生まれて、更に先駆者の使命を背負った寅子は、おそらく来週から戦争ターンではどんどん「恵まれていたもの」を奪われていくことになるのだと思う。世紀の愚戦・負け戦の太平洋戦争ってそういうものだったから。男は戦争に行くし残った老人や女子供は空爆さらされる。男も女も人がたくさん死に経済活動は退潮する。

その時でも寅子は「正義」と「使命」をもって生きていくのだろうと思う。モデルの三淵さんは生き残ったし、何しろドラマ主人公なので正義や使命は捨てないだろう笑。

たくさんのものを奪われてなお「正義」と「使命」を失わない女がどんな生き方をするのかのドラマを私はとても楽しみにしている。

そして、形式上の機会が平等になった世界で、これまでずっと恵まれていたはずのものをどんどん奪われ不満が溜まっている人たち、「女は狡い」、「現代の女は特権階級だ」と思っている人こそ、奪われても正義と使命を捨てなかった人のドラマを見てほしいと思う。

フェミニズムドラマくっさー、と思う人も多かろうが、お勧めしたいのには、単純にドラマとして良くできているのもある。

寅子は「戦う女戦士」みたいな感じではまったくなく、前述通りそこそこの空気読めないわがままな、脇の甘い生き方をしていて、いちいちナレーションに突っ込まれている。ナレーション尾野真千子で、芝居がかったナレーションだがコメディの良い味付けになっている。

寅子の両親や兄夫婦明治家族観(男が働き女は家を守る)できわめて円満夫婦関係に描かれている。一方で嫁姑ちょっとしたストレスも描かれたり。父は帝人事件(疑獄事件)の当事者になり、リベラルエリート父親会社での立場に縛られる姿をシリアスに描いてもいる。

また、法曹界への女性進出を後押しする立場であるリベラル派の教授弁護士がしっかりと性差別をしていてフェミニズムにおける父権問題提示していたりもして、本当に痒い所にまで手に届く配慮がされている。セリフやシーンの伏線もとても豊かでドラマとして見ていて普通に面白い出演者はみな手練れの俳優だらけで演技へのストレスはほぼない。

単にドラマとしても面白いので、ぜひ。

フェミニズムドラマとしての側面については、あまりブコメが集まっていなかったがこの記事分析がとても分かり易かったhttps://bunshun.jp/articles/-/70764 これ読むと「女のためだけのドラマ」じゃないことがよくわかると思う。

ところで最後全然話は変わるのだが、昭和初期というのは実はWWIIジャンプして戦後と地続きになっていたかなり民主的かつ退廃的な時代だったらしい。「富国強兵」を叫んで強国を目指していた大日本帝国から現代にいたるGDPの推計推移をみると「戦争が無かったらこグラフの線が素直に上がっていたのではないだろうか」と感じさせるラインが描かれる(https://www.nippon.com/ja/in-depth/a04003/ 中ほどのグラフ)。まあ実際は戦争しないと色々糞づまっていたわけで後付けの皮算用しかないが。

ともかく、人が自由を求めそして退廃を享受できる程度の十分な豊かさが生まれていたのが大正末期から昭和初期の時代。ちょうど朝ドラで描かれているこの時代は、結構現代に近い時代だったりもする。

しかし、このニッポンドットコム笹川財団由来のかなり右寄り情報サイトなのだが、それでも「高度成長期ストック90年代で尽きてその後の策がねえぞ」という分析になっているのが、ちょっとだけ面白いですね。

2024-05-16

anond:20240516154039

おそらく女にとって膣の相場感覚90年代以前のままなんだよ。ママ時代の膣相場感が引き継がれているわけ。

anond:20240516113111

Pamela

女性名前で、フィリップシドニーが1590年代出版した「アルカディア」で作り出されたとされていますギリシャ語pan-(「すべて」を意味し、語頭の子音が唇音の場合はpam-になります。詳しくはpan-を参照)とmeli(「ハチミツ」を意味し、Melissaの最初の要素にもなっています。PIEの*melit-ya(「ハチミツ」を意味する語根*melit-の接尾語形)から来ている)の合成で、「全てが甘い」という意味を持つとされていますが、これは推測に過ぎません。この名前サミュエル・リチャードソンの小説「パメラ」(1741年)によって人気が高まりましたが、1920年代になってから一般的になりました。アメリカ合衆国で生まれ女の子名前として1947年から1968年までトップ20に入りました。

2024-05-14

子ども権利

ニュース見てたら、中学の頃(90年代後半)担任に聞いた話↓を思い出したんだけど、これって本当にあったことなのかな?

子ども権利に関する国際シンポジウムがあって、日本から子供(高校生?)が代表で出席した

日本高校生は、「茶髪にするのは子ども権利なので、校則制限されているのはおかしい」という主張をした

ところがそのシンポジウムでは、他の国の子供は「学校に行く権利」とか「自由に学ぶ権利」を主張していたので、

日本代表は赤っ恥をかいたのである

要するに担任は、「日本の子どもは恵まれているのだ」「屁理屈捏ねないで校則を守れ」と言いたかったらしい

当時の私はほへーって適当に納得してたけど

今思うとなんかあまりにも都合が良すぎるエピソードだよな

本当にこんなことあったのかね?

などとニュースを見ながら思い出したのだった

https://www.fnn.jp/articles/-/697228

anond:20240510142012

お話はよく解ったし共感するところもあったけど、サンプルとして挙げられている例が90年代後半。ということは25年以上前

そんだけ古いと流石に生まれてないし、当時と今では世相も変わってるんじゃなかろうかと感じてしまった。

anond:20240514135101

ワイくんは大昔90年代の終盤にあん人の証明写真を撮ってあげたことがあるで

パスポート用のを急ぎで欲しいと言われて店に飛び込んで来はったが、あんまり上手に撮ってあげられへんかったのが今でも心残り

anond:20240513143203

90年代中頃はまじで秋葉原に通えないとオタク活動できなかったもんなぁ

2024-05-13

東京まれ東京育ち、大体オタク

渋谷区で生まれて、大学の時に4年間だけ地方都市に住んでたけど、

それ以外はずっと東京山手線の内側で過ごしてきた。

ひい爺ちゃんの代から東京なので、まあ江戸っ子と言っても遜色ないかなと思う。

なんだか東京で過ごすことに、やたらとプライド持ってる人とか

やたらと敵視してる人がいて、東京育ちの人間からするとマジで意味がわからない。

まれてると言われれば、そうだと思うけど、それは地方だっていい所あるんじゃないの?知らないけど。

んで、本当に東京で生まれ育った人間について、書いてある文章少ないなと思ったので、ちょっと実情を書いてみる。

オタク仲間がたくさんできる

思春期90年代2000年代くらいだったのだけど、明らかにオタク系の友達が沢山いた。

新宿西スポヴァンパイアハンター大会とか出て、梅原にボコボコにされたり、

秋葉イエサブMtG中古カード買い漁ったり、国府田マリ子ラジオの公開収録行ったりと、

オタクコンテンツへのアクセスがめちゃくちゃ良かった。

コミケに初めて参加したのも16の時で、中学校の時の同級生女子がレッツ&ゴーのコスプレしてたのに出会ったりしてた。

最近でも仕事とかで仲良くなった同年代東京の人と話すと、

確率ゲーセンの思い出話なんかが出てくる。

押切先生ハイスコアガール世界観はかなりリアルで(可愛い女の子は出てこないけど)、

あんな感じのコミュニティが当時の東京にはゴロゴロあった。

パリピ友達もたくさんできる

クラブも近かったので、よくチャリンコで深夜遊びに行ってた。

ゲーセンに居た夜職の兄さんに誘われて行ったのが初めてだったと思う。

ちょうどR&B全盛期の時代で、宇多田ヒカルAutomaticクラブに歌いにきてたり、

ダンスバトルみたいなのもよく見に行った。

当時は無茶苦茶緩くて高校生でも、なんか適当な偽造IDとか作ってもらって、それで入ってた。

高校生男子に色々と教えたい大人達がたくさんいて、とてもみんな優しくてアットホーム

週4〜5でクラブに行ってた時もあった。行きつけのクラブ店員友達になったりしてたので、

エントランスはいつも無料で入れてもらってた。

自分TCG大好き格ゲー大好きのオタク少年だったが、クラブに行くときコンタクトに変えて

ダボっとしたKANIを着込んで、武装してた。上京したての女子大生をナンパして、

初めての彼女を作ったのもこの頃だった。

東京コミュニティはすぐに生まれる。そして、すぐになくなる。

東京で生まれコミュニティは、基本的新規参加者へ寛容である

地縁血縁を軸としたコミュニティではないので、基本的に同じ興味対象があれば、誰でもウエルカム

逆に来なくなっても、別にそれはそれ。誰も追いかけてはこない。

なんなら、突然コミュニティ自体簡単霧散するなんてこともよくある。

とにかく、こういった人の集まり無限に生まれて、どんどん消滅する。

自分を振り返ってみても3年くらいで周りの友達関係は一掃する。

ただそれでも、その中で特に仲の良かった人とかは、コミュニティがなくなっても

普通に友達として繋がったりしてて、それで人間関係が残っていったりする。



・周りの人間に対して無頓着になる。

逆に自分と繋がってない人に対しては、全く興味を持たない。

隣が誰住んでるのかも知らないし、参加しなければ近所のコミュニティなども全く知らない。

人はたくさんいるけど認識しなければ風景と同じで、お互いにそういう感じで過ごしている。

逆説的に、人を認識しないので人との繋がりが少なくて快適なのだ

認識した時だけ人がポッと現れて、認識を外すときえる。

その心地よさが東京本質なんじゃないかと思う。


文化資本が豊かかはわからないけど、マニアには優しい

総じて、東京の良さは何かにハマった時のコンテンツ距離が近いこと。

これは同好の士リアルで会うのも簡単であるというのも含む。

ポケモンセンターバイトしたりしたこともあったけど、中の人との距離感近いのも東京の特徴だと思う。

あとは、周りが放っておいてくれる。勉強しろとか言うのは、親と学校先生くらいで、

それ以外の大人世間は、ほとんど自分に対して興味を持っていない。

おかげで、ファッションがどうであれ、趣味がどうであれ、自由自分のやりたいことにハマれる。

そしてハマった先には、もっとハマってる先輩方がいて、受け入れてもらえることが多いような気がする。

自分オタク系の趣味クラブという趣味つの全く異なる趣味にハマったけど、

こんなことを許容してくれたのは、東京という土地からのように思う。

多分、美術マニアでも、ラーメンマニアでも、フィギュアマニアでも、

なんでも受け入れてくれる懐の広さが、この街の良さだ。

何か熱中してるものがあるなら、東京に来たら良いと思うんだよね。

きっと、東京にはあなたを受け入れてくれるコミュニティは沢山あるよ。

2024-05-12

anond:20240512200706

ニンテンドースイッチゲームまた50本遊んで感想書いたのでまとめ(その三)


普通

アオイシロ

和風伝奇ジャンル女の子同士の恋愛表現する、アカイイトと同じ世界観ノベルゲーム

今作では主人公小山内梢子が剣道の有段者ということもあり、バトルよりのエピソードが多めになっている。

衒学趣向の文章がかなり多く、ラスボスと戦っている最中ですら、語源歴史解釈小ネタが挟まるので徹底した味合いだった。

対して恋愛パートの文量はあっさりめなので、前作との比較で好みが分かれてしま作品だった。


嘘からはじまる

嘘と恋愛テーマにした短編連作ノベルゲームで、複数エピソード連作っぽいミステリーズなストーリーになっている。(ミステリーズなストーリーとは、いっとき東京創元社から刊行される短編連作小説がみんな揃ってやってたアレを揶揄している)

中学高校大学とそれぞれの学校舞台にした短編で、どれも嘘のテーマを上手に処理して、恋愛の起伏を描いており、やりたいことは理解できた。

特に成人年齢になる大学生編では、テキストだけの表現とはいえエッチ過激な内容も多くあり、なるほどと感謝できるシーンが多くて好き。

信頼できない語り手にまつわるミステリ議論は、まあ本作の本題ではないし、多様な好みを許容したい。


人形の傷跡

行方不明大学生の姉を探しに上京した上条明日美が、サイコホラー事件に巻き込まれノベルゲームで、90年代後半の同人ゲームリメイクしたもの

姉を思う主人公気持ち以外一切信用が置けないストーリーが展開されるため、出てくる登場人物全員が怪しく見えてくる怖いゲームだ。

ストーリー的に意味がない読者を驚かせるためだけの仕掛けがあるのは、時代性を感じた。

少し駆け足な展開が多く、せっかく田舎から上京したのだからなにかアクティティを楽しみ、キャラたちを立てるパートがあっても良かったかもしれない。


いづみ事件ファイルVol.2黄昏編

携帯電話専用ゲーム移植版で、物語としてのミステリー、というよりは推理クイズ体裁シリーズ第二弾。

事件概要構成要素こそ前作とは異なるが、大きな流れとしてはほとんど変わっておらず、話の筋が非常に薄い。

シリーズを通してのキャラクタや、前作とのちょっとした繋がりなど、ひっかかるところもあるにはあり、特に主人公のいづみの傍若無人ぶりは相変わらず面白い

とはいえ、謎を解く過程議論こそがミステリの本懐であり、ただ謎を提示され、その謎に対する答えを選ぶ現代文試験を、ミステリ呼称するのは個人的な好みとは外れていた。


千羽鶴

恋人のお見舞いに病院に行くことから始まるホラーノベルゲームで、携帯電話専用ゲーム移植版で千羽鶴シリーズ第一弾、シリーズではあるが、作品間の繋がりは薄く、今作独自世界観キャラクタが楽しめる。

生理的嫌悪感を煽るようなホラーが中心で、とにかく徹頭徹尾おどろおどろしい嫌な雰囲気が漂っている。

特に不快臭いに関する描写は妙に文量が細かく、ねっとり描写されるので、否が応でも話に引き込まれしまった。

ルートごとに異なる世界観分岐するため、根幹の設定が違う妙が楽しめるのだが、割とどれも似たような話が多く、エピソードの幅が小さいのは惜しい。


幽限御界堂探偵社 1章

妖怪実在する世界でそれを退治する役目を持った御界堂守丸が主人公コマンド選択肢アドベンチャーゲームシリーズ第一弾。

現場捜査容疑者への聞き込み、知識図書館で調べるなど、妖怪という突飛な設定ではあるが、地に足がついた丁寧なゲームを遊べる。

最終的に妖怪対峙するパートになるが、ここは要するにミステリ系のゲームにおける容疑者証拠を叩きつけるパートになっていて、本作独自翻案がうまくできていた。

シリーズものなので、縦筋となる父親の謎、ヒロインとの関係値、敵の親玉など気になる設定も出てくるが、次作の第二章でシリーズ展開が止まっている。


幽限御界堂探偵社 2章

妖怪実在する世界でそれを退治する役目を持った御界堂守丸が主人公コマンド選択肢アドベンチャーゲームシリーズ第二弾。

今作はAIロボット殺人を犯すという魅力的な謎が提示され、妖怪だけでなくSFもやるのかとワクワクしたが、そういう話ではなかった。

妖怪ロボットといった要素だけなく、殺人事件すらも本題ではなく、ゲストキャラたちの関係値のエピソードが主になっており、二作目ながら番外編っぽい立ち位置作品

シリーズは今作で止まっており、縦筋となる布石が回収される見込みがないのも残念なところ。


ANGEL WHISPER

ノストラダモスの大予言間近の1998年に、フリーゲームプランナー由島博昭が開発業務を通じて世界真実に気づくノベルゲーム

1999年に発表されたゲームのフルリメイクで、当時の時代感が色濃く出ており、非常にらしさがあった。

陰謀論に傾倒するヤバい人と一蹴するのではなく、自分ごとのように読めるような具体的なエピソードと設定の開示の工夫の丁寧さが面白かった。

リメイク時に追加されたエピソードも、ノストラダモスの大予言世界が滅んでいないという前提にたったメタ視点面白く、短いプレイ時間の中に壮大な世界があって良かった。


Night of the Crabz ~カニの頭に気をつけろ~

ライターの兼城と保村の二人が、炎上事件に苦悩している旅館取材に行く、インターネットミームてんこ盛りのコメディアドベンチャーゲーム

終始不真面目なテキストが一貫しているちょけた作品ながら、しっかりとフリとオチが決まっていて、作品としては真面目に作られている。

なお、大浴場でお風呂に入るサービスシーンで、ヒロインの保村がお風呂には入るが、変えの下着を忘れていたため同じものを履き回すシーンは、お風呂に入らない系女子に大きな感情を向けがちな僕としては、気が効いている良いストーリーだと感謝した。

アドベンチャーゲームではあるが、RPGアセットテンプレートを流用しているからか、ステータス画面や謎の戦闘シーンがあるのは、開発会社の続編への布石らしいので、そちらにも期待したい。


刑事J.B.ハロルドの事件簿 マーダー・クラブ

パソコンゲーム黎明期から続く犯罪事件操作するコマンド選択アドベンチャーゲーム第一弾。

聞き込み、探索、聞き込み、探索と、刑事は足で稼ぐの格言の通り延々とコマンド選択して証拠を集めていくタイプゲーム

ストーリーは非常に薄く、容疑者たちが語る人間関係から、その間柄を想像で補完しながら遊ぶことになる。

昔のゲームは、今と面白さの尺度が違うものも多いが、テキスト主体のアドベンチャゲームは、概ね今も昔も変わらず一貫した良さがあるなあと再確認できた。


刑事J.B.ハロルドの事件簿 マンハッタン・レクイエム

パソコンゲーム黎明期から続く犯罪事件操作するコマンド選択アドベンチャーゲームの第二弾。

ひたすらに延々と聞き込みを繰り返す昔ながらのスタイルで、謎らしい謎はあるものの、基本的には犯人たちが自ずと語ってくれる。

UIテンポがいいので、コマンド選択することで主人公刑事と一体感が楽しめるのは、アドベンチャーゲームの根源的な楽しみだった。

なお、同名の被害者が三人いるという非常に魅力的な謎は、途中で明らかにゲーム容量やUI画面の大きさの都合であることが伝わってくるのも、パソコンゲーム歴史を感じさせられた。


刑事J.B.ハロルドの事件簿 キス・オブ・マーダー

パソコンゲーム黎明期から続く犯罪事件操作するコマンド選択アドベンチャーゲームの第三弾、というか第二弾のマイナーチェンジ版。

いや、アドベンチャーゲームマイナーチェンジ版ってどういう意味なのかよくわからないと思うけど、要するにキャラ絵と背景絵を使いまわした番外編。

前作の事件構成要素は同じだが異なる事件が展開するので、はっきり言って続けて遊ぶと混乱した。

流石に当時の開発事情をとやかく言うのは野暮なのだろうが、全くそういった知識を入れずに遊んだので、なんらかのトリック時間移動による世界線改変とか、作中作による叙述トリックとか)を疑った身としては拍子抜けした。


Looking Up I See Only A Ceiling 上に天井がある。

イタリアインディーゲームで、学生少女テスト勉強の合間に色々と苦悩するアドベンチャーゲーム

翻訳がかなり丁寧にされており、独白中心のこじんまりとした世界観がよく伝わってくる。

特に朝食を用意するパートで、頑なに自分が決めた順序でしか動こうとしない主人公の生きづらさは必見。

読者に解釈を委ねるような物語賛否あるだろうが、短い時間で遊べる短編としてはこういうのも有りだと思った。


秋田・男鹿ミステリー案内 凍える銀鈴花

ファミコン風のレトロドット絵サスペンスドラマのようなストーリーが楽しめるコマンド選択ADVミステリー案内シリーズ第二弾。

事件解決目的に来たはずの刑事旅情を楽しむパートが多いのはシリーズ恒例の展開だ。

前作と比較すると3倍ちかくボリュームが増えており、警察サイドのサブキャラ複数人登場、容疑者も多数おり、謎も二転三転していき、事件も数多く起こる。

しかし、謎の振りと落ちが整理されていない箇所が多く、ボリュームは多いのに消化不良感が残るしっくりこない結末は残念だった。


BUSTAFELLOWS

時を巻き戻す能力をもったフリーライタの女性テウタが、法律に縛られない自分たちの正義を実行するフィクサー集団出会うことから始まる乙女ゲーム

キャッチコピーの「あざやかな悪に染まれ」の通り、悪徳弁護士殺し屋クラッカーなどの犯罪を厭わない男性キャラとの恋愛が楽しめる。

いわゆるクライムサスペンスじみた展開もあるにはあるが、本題はあくま女性主人公目線での男性キャラとの恋愛パートにあり、悪を成す部分の段取りの薄さは気になった。

アメリカ舞台なので、出てくる飯がピザテイクアウト中華が多くなかなかお腹がすく展開が多いのは好き。

○好きじゃない

該当作品なし

2024-05-11

CD化された楽曲を「音源」って表現すること

いつから使われるようになったんだろう?

80~90年代シンセサイザーFM音源PCM音源なんて言葉に慣れてきた人間としては、楽曲は「音源による成果物」であって音源のものではないじゃんって違和感がいまだに拭えない

anond:20240511111806

90年代まではフィルム納品があったらしい。

フィルムVTRフィルムと変換したものを納品とかで酷い画質のCMとかも90年代まで見かけた

さがしています

90年代終盤から00年代の前半くらいまでだとおもうのだけど、美術作品現代アートで、クマぬいぐるみからイヤホンを表皮の全体に生やして、中に何個かのラジオを仕込んで、それぞれ全て異なる放送局に選局しておく、普段は雑多な放送内容が相互邪魔してノイズのようにしか聴きとれないが、時報の瞬間だけは音が揃う…

てな仕組みの作品情報を捜しています

当時、実際に展覧会に観に行ったような、それとも美術雑誌か展示予定チラシの解説で知ったのか、もう忘れてしまいましたが、その外観写真のなかなか強烈な印象は今でもときどき思い出すことがあるくらいです

どなたか御存知ありませんでしょうか?

2024-05-10

anond:20240509232918

毎度思うのは「もしTwitterがなかったら君らそんなことをどこで言うつもりだったの?」。家庭で学校職場で、「いやぁ、あいつは死んでも自業自得だね」って会話を君たちはしてた?

リアルで言えないことはSNSでもあんま言わない方が良いよって極めて当たり前の考えに立ち戻ってほしいけどダメそうだ。

ネットが普及していなかった80年代90年代人間たちが道徳的倫理的理性的な会話ばかりしていたかといえばそんなことはなく

飲み屋オッサンとかは「いやぁ、あいつは死んでも自業自得だね」って会話をしていたから、

別にリアルSNSがどうとかではなく、「そういう会話をする人は、する」というだけのことです

敢えていうなら、そういう話をするような人は現代においては概して友人がいないか少なく、家族との関係も良好ではなく、

リアルでは言えないことをネットではタガが外れて好き放題言っている」というよりは、そもそもリアル世間話をするような間柄の人間がいないので、リアルでは言わない」という方が実情に近いでしょう

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