はてなキーワード: 23区とは
私が初めての東京に来たのは就職活動だった。中央線を降り、昼食に駅前のチェーン蕎麦屋へ入ったたところ、あまりのまずさに悶絶したのが初めての東京体験だった。料理漫画の関西人がしばしば言う「東京の蕎麦はドブ色してて出汁はきいてないし、麺はヘナヘナで食えたもんじゃない」は誇張でもなんでもないんだ、ということを実感し「やっぱり庶民の食いもんは関西だよな」という関西人にありがちな偏見を強くした記憶がある。
(もちろんこれは単なる偏狭な思い込みであって、東京人の味覚が鈍いわけではなく、件の蕎麦屋の本業が立ち退き業だからというだけであって、それなりの蕎麦屋はそれなりの蕎麦を出してくれるということは、当時の若い私にはわからなかった。)
しかしこの偏見を粉砕してくれたのがてんやの天丼だった。何気なしに入ったてんやでワンコインの天丼をあまり期待せずに頼んだところ、その旨さに打ちのめされた。もちろん料亭だの高級天ぷら屋だのは関西にもある。だが500円でここまでのものを出せる天ぷらやは関西にはない。カリッとした衣、濃厚なタレ、多彩なネタ、これらが500円で出てくる奇跡に感動を覚えた。ガッツリした衣にタレが染み込みちょうどいい塩梅となったところがうまい。米やタレの掛かっていない硬い部分と口の中で混ざるとなお良い。塩や天つゆで上品に食べる天ぷら膳ではこれは決して味わえない。これが500円?関西じゃぜったい無理でしょ。東京恐るべし。やっぱ東京って日本一の大都会だわ。
その後毎週末にはてんやに通い、関西に帰省したときはてんやが無いことにがっかりするくらい入れ込むようになった…のだがその後私は地方の工場勤務となってしまった。地方ではてんやが無い。しかし/しかも、そのころ結婚した妻は揚げ物が嫌いだったせいもあり、結局揚げ物自体と離れる生活を15年くらい過ごすことになってしまった。だがこの度、ついに、本社栄転、ということで帰ってきたのだ!東京に。てんやよ!私は帰ってきた!
ああ15年間焦がれた天丼とついに再開できる。そう思うと胸は高鳴り、期待で唾は溢れんばかりだった。だが一口食ってでてきた言葉は「なんやこれは。クソ不味やんけ」だった。関西を離れて20年も経つと日常で関西弁が出ることはなくなる。が、理性のタガが外れたときはやはりどうしても関西弁が出てしまう。関西の庶民向けの店ではだせそうもない、あのクオリティはどこへ行ったんや。ネタは良い。タレも相変わらず美味い。米は変わっているだろうけど違いはわからへん。だが衣はすっかり変わってしもうた。すっかり薄くなり、柔らかくヘナヘナの衣、こんなスーパーの惣菜天ぷらみたいなのはてんやない。あのてんやはどこへ行ってしまったんや…。憧れ続けて期待値が上がりすぎて失望してしまう、なんてことがよくあるのはもちろん知ってる(昔好きだった同級生と同窓会で再開したときとかみたいに)。だからてんやのタレだけ買って帰って近所のスーパーの惣菜コーナーの天ぷら使って天丼作ってみたんや。ほしたらほとんどてんやと変わらん出来や。流石にネタはスーパーよりてんやの方が良いけど、衣は全然変わらへん。なんかもうがっかりや。スーパーの惣菜とは一線を画した揚げたてカリカリ天丼がてんやのウリとちごたんか。これやったら「さん天」の方がマシやないか。あっちは490円でエビ2本入っとるし。
ネットで調べてみたところやはり衣は変えたらしい。ものは言いようだが、サクサク感を狙ってタピオカ粉を使うようになったとか。まあでも自分なりに考えるとなんだかんだいって衣が薄くヘナヘナになったのは時代の要請だったのだとおもう。
こんなところだろう。もうてんやへ行くことはない。というかおそらく1年に1回くらい行って毎回がっかりする、そんな店になるのだろう。てんやの天丼は死んだんだ。いくら呼んでも帰っては来ないんだ。もうあの時間は終わって、僕も人生と向き合う時なんだ。
というわけで1500円以下で衣がガッツリした天丼を食える店を東京住み増田諸兄がご存知なら教えてほしい(23区+多摩地区くらいで)。いかがだろうか。
まあわいは横やけどな
例えば市川なら銀座まで電車で20分、有名中高のある九段下だの日暮里の方だのも30分だから無理して23区に住むより良いのは事実だよ
神奈川と比べてどうかは完全に場所によるけど一つ言えるのは車使うなら神奈川のがいい
千葉の道は駄目だ
私は20代半ばの女で文系学部卒、都内の実家住みで都内勤務である。
これだけ聞くと一般的にいるアラサーで、むしろ恵まれている方かもしれない。
新しい出会いについて考えたが、理想が高くなってしまったのかなかなか相手に1歩踏み入れられない。マッチングアプリで1人会ってみたが、プロフィール詐欺(職業や学歴、居住地など)の多さに耐えられなくなった。やはり理想が高いのか。
【理想】
年齢:同年代(ジェネギャをできるだけ減らしたい。できたら同い歳がいいけど±2歳くらいが目安)
身長:160〜180cmくらい(自分より高い方が相手も気にしないかなっていうのと、高すぎると並んで話すのがちょっと大変だった。でもこちらも目安なので低くても高くてもOK)
年収:400万〜
住み:23区か多摩地区の東側(1人暮らしだとなお良し、職場か私の家から1時間半の範囲内だと嬉しい)
顔:好きになった人がタイプっていう綺麗事しか書けないけどそれは本当、ガリガリと肥満は心配になるから好みではないかもしれないけど体質なら仕方ないよな……
タバコ:吸わないでくれ
学歴:大学卒(どの大学でもいいからしっかり勉強や研究、部活動、サークル活動、アルバイトなど何か打ち込んでいたらいいなとは思う。難関大出身でも散々サボってるのにテスト直前に周りの人に「ノート見せて」って言ってたり、遊び呆けたりしていたらおそらく価値観が合わない) 学部卒でも院卒でも
趣味:ギャンブル関係やシーシャはNG。あとサウナ行きすぎると毛根や精子が終わるので週末サウナ族はNG。昨年アプリをしていた時に「毎月給料が入ったら遊戯王のカードを買っている(手取り18万くらいなのに5万以上するカードを買っている)」と言っていた男がいたが、それだけならいいけど毎週友達と朝まで飲んで飲み代えぐくて「もしかして給料を使い果たすタイプなのか……?」となって以来、金遣いの荒い趣味の楽しみ方をしている人が苦手になってしまった。でも経済を回しているので恋人としては辛いけど、友達としては楽しいかもしれない
その他:体調が悪くなければ毎日入浴と歯磨きを頑張って欲しい、ひげはない方が好きだけど生えてきちゃうよね(伸ばしている方は好きではないが、脱毛していたら天を仰いで感謝する。お金がかかるから無理はしないで欲しい※私自身は全身脱毛済み)、店員さんに失礼な態度を取らないで欲しい、ごみはちゃんとごみ箱に入れて欲しい、ハゲはNG、鼻をほじるな、耳をほじるな、できれば清潔でいてくれ、高圧的な態度を取らないでくれ、ある程度TPOを弁えた服装を心がけてほしい
1番は、「会話ができる人」。ちゃんとやり取りができるのって大事。面白い人が好きとか、かわいらしい人が好きとか、そういうのは求めすぎな気がしてきた。それに、条件で付き合うのではなく、やっぱり好きで尊敬して付き合いたいけどそれはもう手遅れだろうか。
周りの紹介で会った人は結婚願望が0だし(なぜ紹介した)、こんなやりとりがあった↓
相手「おいしいイタリアンがあって……マンマパスタっていうところなんだけど」
私「おいしいよね!」
私「淵野辺って相模原の?(昔友人が住んでいて地名を聞いたことがあった) いや、ないけどチェーン店だから他の店舗なら行ったことあるよ」
相手「淵野辺のマンマパスタが1番おいしいから!淵野辺店じゃないと!」
私「(どこぞの婚活ネキのトリキ祖師谷ネタと同じじゃねえか)へえ!そうなんだ!今度行ってみようかな!」
ここまで来ると、私は結婚どころか、今後恋人ができるか怪しいのではないかと思えてきた。世の中には様々な人がいて、結婚や恋愛が全てではないと分かってはいるけれど、どうしてもその幸せを私も掴みたいと思ってしまうのだ。大好きな人と一緒にいられたらそれでいい。傲慢だろうか。
段々、「自分は淘汰される側かもしれない」というフレーズが脳裏にチラつくようになってきた。中学の理科の便覧で見た遺伝子の優劣の図が脳内で踊り出した。親には申し訳ないが、私は淘汰される側かもしれない。
そうなると、寿命までの何十年を楽しんで過ごしたとして、それは後世に何も残せないのかと思うと人生って何なんだろうなと思う。友人と会うのは楽しいし、スポーツするのも楽しいし、芸術鑑賞をするのも楽しいし、大学で取った資格で好きな仕事をして仲間にも恵まれているし、おいしいものを食べるのも窓辺から景色を眺めるのも散歩して道端の花を見て季節を感じるのも、全部大好きなのに。全部1人の中で消費されて、いなくなった後には何も残らない。
こんなことを考えては急に虚しくなった。生きる意味って何だろう。繰り返すが、結婚や恋愛が全てではなくて、もちろん特定の相手がいなかったり、籍は入れていなかったりしても幸せに過ごしている人がいるのは重々承知だ。
きっと、新しく恋人ができたらこの悩みも薄れるのかもしれないと思う。その時は相手を安心材料みたいに絶対に思わず、大切に、そして幸せにする。
あ〜〜〜〜元恋人に「〇〇(私)からは面白みを感じない」と交際1ヶ月あまりで振られたのが結構きている。それなら何で「好き」って言ったんだよ、「付き合って欲しい」って言ったんだよ。無理だよ、デートドタキャンされた次の日のデートでツッコミのキレが悪かったなんてそんなのドタキャンの理由にもやもやしていてツッコミができる状況じゃないんだよな!それなのにもっと上手く関われたはず、って後悔して復縁考えてたのがもっとしんどい。やはり私は弱い。
とりあえず、別れて3ヶ月以内に新しい彼女を作って「彼女が出来た」と報告してきた元彼は、今度帰省した時にでも実家のありとあらゆる場所を探って、道徳の教科書を熟読してください。
こうやって考えるのって自分で自分のことを生きづらくしているようなものだ。とっとと筋肉を鍛え、美容に気を遣い、周りの人に感謝して、好きなものを目一杯楽しんで強くなるしかないなと思った。
強くなってどうなるのかは分からないけれど、日曜の夜はこれくらいで思考をやめておこう。
こんなに反応をもらえると思っていなかった。ありがとう。
身長だけなら1つ前の相手が自称165cmで歴代で1番低いけど、むしろ身長は高くない方が並んだ時に話しやすくて助かった。体型は普通体型の範囲内だと思う。具体的な名前は伏せるが某大学の某自治寮出身者だったので付き合ったら面白いかと思った。しかし、思いのほか付き合うのが難しかったので、私のキャパの狭さが露呈した1ヶ月あまりだった。
趣味については私自身元女ドルオタだったのである程度の金遣いに理解があるつもりではあるが、グッズに月3桁使って親に泣きついたり、給料をいつも趣味や交際費だけに使い果たしたりするのは結婚を考えると難しい。仕事終わりや休みの日にライブに行ったり、自分の払える範囲内でグッズ類をコレクションしたりするのはぜひとも楽しんで欲しい。
区のね
なんか23区って23区だから、あれを基準にすると例えば足立区への評判の悪さとかりかいできないんだ
一時期千葉県の柏にいたけど、あそこは評判悪くなかった
そんな疑問があったが、どうやら「中心街の外側に評判の悪い地域が存在する」という法則に気づいた
言い方は悪いが、確かにスラム街も大都市の周辺に常に存在している
もちろん地域に罪はないのだが
「金を求めて中央に来た人のうち、落ちぶれた人が中心から離れていく」や
「金を求めて地方から上京してきたが、地価が高いので中心から離れたところに居を構える」のようなときに
それは発生するらしい
しかしこれは
「家族ができて家を購入する必要ができたため中心から離れたところに引っ越す」
被らないと上手いこと層になる
中心街ーーースラムーーベッドタウンーー通勤限界ーー地方都市ーー
みたいな感じだ
それで、「中心街」は東京においてどこか?というのが分かるのにすごく時間がかかったと思う
今は「千代田区、中央区、港区、品川区、目黒区、渋谷区、新宿区、豊島区、文京区」あたりで大体良いんじゃないかと思う
ここに住むのは基本金持ちか無理をしてる人か、狭くても気にしない人たち
良い悪いというわけでもないと思う、一長一短
治安はたしかに良い、特に南側、良いというかこれが普通という感じだけど
世田谷区、杉並区、練馬区、中野区、板橋区、北区、荒川区、台東区、墨田区、江東区、大田区あたりは
とんでもなく治安が良いところもあれば、評判が悪いところもある
だが総じてとても住みやすいところが多い
自分は5年以上中心エリアに住んでいたが、一個離れたほうが街は住人向けに特化していると感じた
飲食店の量なんかが段違い
ただし通勤はめんどくさくなる、各駅満員電車に最低でも20分は揺られる羽目になるからそれは考えもの
足立区、葛飾区、江戸川区、そして神奈川の川崎区は、ベッドタウン距離なはずなんだけど
土地の問題(水害など)で忌避された結果スラム距離だけが残ってるんじゃないかと思う
川崎市はイメージが悪いが、川崎区以外は明らかにベッドタウン距離になっていて、よく知られるようにタワマンで溢れ返っている場所もある
船橋市、柏市、流山市まで行くとスラム距離を超えるためかなぜか平和な印象を受ける