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2024-05-12

詩とか俳句短歌について思うことメモ

もう人生の折り返し点をすぎて久しい。目を通す文字は、仕事書類ばかりとなった昨今。

でも小学校高学年から中学生にかけての頃に、文学少女に憧れた時期があった。

書店の奥のほうにいっては新潮文庫コーナーで、適当に数冊手に取っては解説に目を通したりしていた。

まれて初めて自分で買った詩集は、井上靖詩集だった。小学校5年生か6年生の頃だと思う。

頁を開いたとき、これは詩なの?というのが最初感想だった。普通に文章だったからだ。

調べてみると、井上靖の詩は、散文詩という形式らしい。なにが自分の知っている詩と違うのだろうというところで

「韻」という言葉もその時初めて知った。

井上靖詩集を手に取ったのは、国語教科書に載っている著者の本でなるべく読みやすそうなものを探したからだった。

というわけで、あすなろ物語のついでに手にしたのが、人生最初詩集だった。

小中学生の頃、国語の授業で、詩や短歌に少し関心をもった私は、韻を踏む、という作法が苦手だった。

季語などルールがあったり、韻で楽しめなければならない、みたいなもの短歌俳句だとすると、ちょっと縁がないなと。

特に覚えているのは、中学校の時習った在原業平短歌に、かきつばたを詠みこんだものがあるが、韻だけでなく、言葉ニュアンスにいろいろな仕掛けを作らないと詩として成立しないのかと思うと到底自分には向いてないジャンルだった。しかし、そうはいっても、短い言葉で何かを表現してみたいという思いは消えず、ひそかに詩集をつくって引き出しの奥底にいれていた。


井上靖の詩のなかに

幼少の頃、川辺の石段の下で手を洗っているとき不意に石鹸が手元を離れ、深みに落ちていったという情景の詩があった。その喪失感をその後の人生でも刻まれているという内容だった。これなら自分でも書けるかもしれない、と思った。

自分世界表現の仕方や詩の味わい方を学べたのも井上靖の詩の影響が大きかった。

例えば、雪という詩がある。


 ―― 雪が降って来た。

 ―― 鉛筆の字が濃くなった。

 こういう二行の少年の詩を読んだことがある。

 十何年も昔のこと、『キリン』という童詩雑誌

 みつけた詩だ。雪が降って来ると、

 私はいつもこの詩のことを思い出す。

 ああ、いま、小学校教室という教室で、

 子供たちの書く鉛筆の字が濃くなりつつあるのだ、と。

 この思いはちょっと類のないほど豊饒で冷厳だ。

 勤勉、真摯調和

 そんなものともどこかで関係を持っている。

井上靖詩集運河」より

中学生の私は、なるほどと思った。

詩というのは、雪が降って鉛筆の字が濃くなったという描写やその言葉なかにあるのではなくて、物語は書かれてない背景のなかにあるのだなと。

鉛筆の字という描写だけだったら、だから何?という感想しかない。しかし、鉛筆を持つ誰かの表情を想像し、その背景を想像して足してあげることで一枚の絵になる。

井上靖の次に手に取った詩集もよく覚えている。

武者小路実篤だった。やぱり散文詩だった。

当時、大好きだった先輩が「友情」を読んで感動したといっていたので、友情ともう一冊詩集を手に取った。その後しばらくして、私の失言が原因で先輩は私からフェイドアウトしていった(つまりフラれた)ので文学をダシに先輩と仲良くなろうという作戦は失敗した。しかし、武者小路実篤の詩はそんな私をなぐさめる言葉にあふれていた。

いじけて 他人にすかれるよりは 欠伸(あくび)して他人に嫌われる也 夏の日。 嫌う奴には嫌われて わかる人にはわかってもらえる 気らくさ。


ほどなくして、種田山頭火という自由律俳句というジャンルを知った。

山頭火面白い普通俳句じゃないところがいい。規律から解放されるってすばらしいことだと。

定型詩嫌いな私にとっては、ある意味で、俳句短歌エントリーポイントとなって、

新聞の俳壇や短歌欄に時々目をやるようになった。

いわばお勝手からこっそり入門したような形だ。

しか俳句は、季語の煩わしさにどうしてもなじめず、自分には遠い世界のままだった。

いつしか手にしていたのは、興津要解説する江戸川柳 誹風柳多留だった。古典落語にはまり始めた時期だった。

剣菱という酒を飲むことを江戸時代の人が剣菱る(けんびる)と言っていた、など、現代言語感覚と近い、興味深いことがいろいろと書かれていた。

エロい川柳結構好きだった。今でいうサブカルチャーだ。

その後は巴毎晩組み敷かれ

木曽義仲の元を離れ、和田義盛に見初められ身柄を預けられた巴御前、ネトラレ系の元祖ともいうべき味わい。思春期の私はこうした江戸時代川柳妄想たくましく想像し、手が動いた。五七五だったら、こっちの世界のほうが楽しい

一方、短歌のほうは、というと、当時の朝日歌壇は毎週とても楽しみにしていた。

俵万智サラダ記念日ベストセラーになったからというのとは全く関係なく、プロではなく、市井のいろいろな人が短歌を詠んでいるということが興味深かった。

例えば、こんな一首。

わが胸にリンチに死にし友らいて雪折れの枝叫び居るなり

あさま山荘事件を起こした連合赤軍幹部坂口弘収監中の東京拘置所から毎週のように短歌朝日歌壇投稿していた頃だ。

朝日歌壇では他にも穂村弘がいた。短歌表現する世界の幅広さを朝日歌壇で知った。

そして渡辺松男太田美和が常連投稿者として名を連ねていた。

風花って知っています

さよならも言わず別れた陸橋の上

渡辺松男太田美和は実社会で互いに関係があるわけではなく、それぞれの思いを歌に込めていたのだと思うけど、なぜか不思議と互いに呼応し合うものがあった。これは当時の歌壇リアルにみていた人にしかからないことだけど。雨の森や樹々など独特の世界観を表現する渡辺松男に対して、雨の日に部屋にこもれば憂鬱発酵すると詠んだりする太田美和。

生活で恋をしていた私は太田美和の言葉自分を重ね合わせた。


でもこのころが私の文学少女期のおわりだった。

大学卒業したものの、就職できずに苦しむ時期がやってきた。就職氷河期というやつだ。

生活が一変した。

書店で立ち寄るのは、奥の文庫コーナーではなく、店の前の新刊コーナーであり、資格取得のコーナーだった。

購読紙も朝日新聞から日経新聞に代わり、東洋経済となった。

世の中からどんどんと取り残されてゆく焦りでいっぱりになっていた。

山頭火武者小路実篤もへったくりもない、そんなことより面接資格だ!という日々。

就職が決まってからは、病気になったら人生終わりだし、干されたら終わり。もう一歩先に、もう一歩とただひたすら走り、走らされる人生が始まった。

たまに思い出しては、現代短歌最近の潮流を知りたくなって、枡野浩一の本を手に取ってみたりはしたものの、ピンとこなかった。

若い頃あれほど好きだった渡辺松男も改めて著作をみると作風が変わったのかと思うほど、何一つ言葉にくすぐられることなく、不感症になっていた。変わったのは自分のほうだ。


それから数十年、あるとき気が付くと、新しい家族が増え、家が建ち、旅行などしている。

そういえば何十年も詩や短歌を目にしていない。寺山修司の本は引っ越しのどさくさでどこかにいってしまっていた。

思春期のことを遠く思い出すようになった。実家の部屋の引き出しにはまだヘンな自作ポエム集が眠ってるはずだ・・。自分死ぬ前にはなんとしても奪取してこないといけない。

中年になっていいかげん自分限界を悟って、ふっと一息いれた、という形だ。

ふと思い出すのが、最初に買った井上靖詩集

 ―― 雪が降って来た。

 ―― 鉛筆の字が濃くなった。

この二行の子供の詩を、何十年も経って思い出す井上靖感覚がとてもよくわかるようになった。


これは人生の楽しみを食に見出して、ワインをたしなむようになってから思ったことでもある。

詩を楽しむということとワインを楽しむことには、ひとつ共通点がある。

どちらもウンチク語ってめんどくさい奴がいる、という意味じゃない。

鉛筆の字が濃くなる、という情景として、勤勉で真摯子供の姿を思い浮かべる、という

文として書かれていることと、書かれていない想像の背景の補完的な関係は、ワイン食事、一緒に食事するひととの関係によく似ている。

ワインの味や香りは、それだけで勿論、それぞれのワインに特徴があるし、品種ビンテージ気候土壌などさまざまな情報がある。

しかワインのおいしさを決めるのはそれだけではない。過去に飲んだ記憶とか、一緒に食べているもの、そしてそのとき話題、体調などに大きく左右される。

だって同じことで、喉が渇いているときの一杯と会議中にやり込められているときの一杯は全然違うはずだ。

マリアージュという言葉があるように、ワイン一種調味料として機能するため、食べ合わせ重要だ。

またワインプロファイル情報あるかないかも味を左右する。

ブラインドで呑むワインはどんな高級ワインだろうが、初見ワインしかない。ワインの特徴まではわかってもそこまでだ。

逆に偽の情報表現かに補完してしまえば、コンビニ販売しているワインを高級ワインと偽って出してもたいていの者には気が付かれないだろう。

ワインを色やら香り、余韻など物理的に因数分解した表現ができても、美味しさは客観的規律として表現することはできない。

詩も同じだと思う。規律ばかりを語るひとがあまりにも多い。本居宣長には悪いけれど、歌をつくるのは道だとしても楽しむのは道じゃないと思うんだよね。

井上靖が「小学校教室という教室で、子供たちの書く鉛筆の字が濃くなりつつあるのだ、と。この思いはちょっと類のないほど豊饒で冷厳だ。」というとき井上靖にとってその詩に初めて出会ってからの何十年間が効いてくる。井上靖は詩は規律ではなく、詩との出会い方だと教えてくれた人だ。

その情景を自分のなかでセットできるかどうかは、鑑賞眼の問題ではない。

どちらかというと、そのような情景がセットされてしまう、長年の思いの蓄積、その詩と出会ったときメンタル、いわば偶然の力だと思う。

渡辺松男太田美和が並んで歌壇掲載されていたあの空気感にしても、あのとき限りのものだったのだろう。

失恋をして武者小路実篤の詩に慰めれられた思い出もそう。まさに一期一会

先ほど、卒業してから詩どころではなくなったと書いた。

そのとき自分が置かれれる状況やそれまでの経験によっては、詩に対して、鈍感になることだってあるのだ。


ところで、先日、Yahoo芸能ニュースをみていたら、TBSプレバトというバラエティー番組で、俳句を競う企画があって、ある芸人俳句先生から5点と酷評されたと報じていた。

お題は「文房具」で彼女が読んだのは

消しゴムが 白き水面に ボウフラを

というもの。作者は「頑張って勉強して、消しゴムを何回も消すと、消しカスがたくさん出る。それが白いノートにたくさん積もっていると、ボウフラのように見えるという句です」と意味説明したものの、腹が立つ、とまで評者先生にののしられている。

ちょっと間抜けた感じはするものの、正直、なんでそこまで素人俳句酷評されなければならないか理解できなかった。だが、番組演出脚本としてはそれがオチなのだろう。

演出もさることながら、これは、他の出演者俳句が以下のようなものだったことも影響しているように思えた。

迎え梅雨 紙端に滲む 友の文字

虹の下 クレヨンの箱 踊り出す

天王山 黒ずむ袖に 薄暑光

薫風や 隣の君と 教科書

こんなふうに優等生を気取った俳句がずらりと来たら、それは「お約束」として、こき下ろすしかないのかもしれない。

バラエティー番組のなかで俳句を味わうということはつまり、こういうことなのだ。その芸人に対するイメージ作品クオリティが補完されてしまうのだ。

しかし、この句が仮にお笑い芸人ではなく、どこかの学校児童生徒が作ったものであったとしたらどうだろう。

消しゴムをかける姿は、情景としては授業中であることを示唆している。5月番組文房具からまだ気持ちフレッシュだ。だけどがんばろうという気持ちは長続きしない時期でもある。

ぼうふらにみえるほど消しゴムをかけるくらいだから、授業中、何度も消していて、その間、ノートをとる手が止まることになっただろう。

それでも授業はお構いなしに進んでいく。溜まってゆく消しごむのカスからは、授業についていく焦りとともに、生徒のひたむきさ、間違って消すことが多い生徒のどんくささも垣間見られる。

いかげん疲れたかもしれない。めんどくさいと思ったかもしれない。

一方で白い水面(ノート隠喩)は、清潔さや純粋さを象徴している。

ふと手を止めた瞬間に、そこにボウフラがいるようにみえた、というのは、一瞬立ち止まってボウフラ?などとくだらないことを想像してしまった自分の不純さや切れた集中力で抜けてしまった気力(投げ槍感)との鋭い対比となっている。

と、このように解釈すれば、俳句としてむしろ「ボウフラを」で間抜けた形で止めた意味が出てくる。そこから先は、苦笑いなのだ

ボウフラを季語と認めるかどうかはわからない。しかし、純粋に詩としてみれば、消しゴムとボウフラという組み合わせは非常にユニークだ。

また、どんくさいもの弱者がボウフラというノート上のより小さい存在視線フォーカスする、という手法小林一茶方法とも通じるところがある。

番組の評者は、この芸人俳句酷評したうえ、次のような添削をしたという。

しかすはボウフラみたい夏休み

夏休みかよ。口論の途中で勝手に話の前提を変えられたときのような不快感を覚える添削だった。消しかすって文房具じゃないし。

しかし、誰しも詩に対して鈍感になる、そういうことはある。端的にあれバラエティ番組からね。

ただ、私の場合、やっぱり俳句には縁遠いのだろうと思った。俳句がメインのカルチャーであろうとする、優等生を選ぼうとする、そのいやらしさも嫌だ。上品そうな季語を競うかのような世界一種ルッキズムだ。夏休みかいって勝手おめかしさせようとするんじゃねーよ。

そういうところがまさに、かつて私が川柳などのサブカルに引き寄せられるひとつ動機だった。ボウフラにシンパシーを感じる感受性は恐らくはかつて親しんでいた落語川柳で身につけたものだろうからゆりやん一句を悪くないと思うのは邪心かもしれない。そもそも番組ADがテキトーにつくりましたってオチかもしれないんだけどね。

300円でおいしく飲めるワインもあれば、駄作でも楽しめる作品もある。そういうことだと思う。

2024-04-20

anond:20240416202541

警察って単語じゃなくて隠喩警察を歌ったやつならたくさんありそう

2024-03-18

anond:20240318193536

llmの登場によって私の思考には新たな側面が加わった。うん、私はllmをしばくうちに次のような考えを得た:

言葉意味意味ベクトルである

辞書に載っているような言葉定義は、意味ベクトル説明のために他の言葉意味ベクトルを合成しているわけだ。

もう一つは、言葉意味ベクトルは、時の流れと状況に応じて離れたりくっついたりするということだ。

貴様意味が変わったのは有名な話だ。せいぜいとか、お前、もそうだな。

そして、言葉言葉意味ベクトルは、個々人の知識経験依存する辞書によって個々人に届けられる。

哲学者とかは、その辞書による曲解を防ぐために、できるだけ意味限定された言葉を合成して物事説明しようとする。

あるいは、抽象出来事隠喩意味ベクトルを持たせたりすることもある。

もし自分を表す言葉がなければ、自分意味ベクトルを表す言葉を考えれば良い。

かつて平沢進なんかは、自分ミュージシャンとかギタリスト自称することを嫌い、自己紹介に「音使い」という語を用いた。

お前は?お前の意味ベクトル既存言葉にあるのか?

anond:20240317234009

俺の親とか未だにアニメ漫画見ようとしないけど、よく分からん現実版なろうみたいな恋愛ドラマ見てるの意味分からん



私の母親もそうである

観察:




推測:

というのも、ハリウッド映画などを見ていると、叫んだり息を呑んだりするのだ。「見ていられない」シーンや、痛ましい負傷をするようなシーンで。

多分、母はブレードランナーインセプションを見ても、訳が分からないだろう。ロイ感情入れ子舞台を読み解けるようには思えない。


今日結論:

カスみたいな筋書きの実写ドラマでキャイキャイやってる層というのは、テレビのそれが廃れないのを見ると、かなり厚いのだろう。

おそらく普遍の理であるGREEとかセックス・アンド・ザ・シティ流行った人間社会の中では。

2024-01-14

anond:20240113230254

これスイーツケーキ)の隠喩に気付いてない人多すぎなんだが。実際は旦那のシモのあれを奥さんがお口でケアしてあげたら「店の方がうまい」て言われて傷付いたって話だからね。

2023-11-15

公共の場所で音楽を聞きたくない権利を考える

1.公共の場所で一般的な人が受け入れられる範囲を著しく超えた大音量音楽を聞きたくない権利←当然

2.ロック黒人音楽なので聞くと不快になるから公共の場所で流さないで欲しい権利を求めます別に私がKKKメンバーであることは関係ありません←差別

3.公共の場所でユダヤ音楽を流さないで欲しい権利を求めます。私がネオナチであることは無関係です←差別

4.公共の場所で韓流音楽を流さないで欲しい権利を求めます。私が在特会メンバーで(以下略)←差別

5.公共の場所で『金太の大冒険』を流さないで欲しい権利理解はする

6.公共の場所で『マンピーのG☆SPOT』を流さないで欲しい権利←というかアレがヒットしたのが信じられん

7.公共の場所で『セーラー服を脱がさないで』を流さないで欲しい権利理解はする

8.『HOT LIMIT』はビーチでナンパしてセ●クスする歌なので公共の場所で流さないで欲しい権利←前半はその通りだと思うが隠喩範囲じゃないかな?

9.音楽に造詣の深く無い人にとっては雑音にしか聞こえないのだから公共の場所で無調音楽を流さないで欲しい権利←どちらとも言えない

2023-10-15

[]10月15日

ご飯

朝:ナポリタン。昼:アルフォート。夜:ナポリタン温泉たまごモヤシニンジン椎茸スープ。間食:チョコアルフォート

調子

むきゅーはややー。お仕事は、おやすみ

アオイシロ

和風伝記百合ゲームアカイイト世界観を同じくするアドベンチャーゲーム

剣道部夏合宿とある田舎にやってきた小山内梢子が、砂浜に漂流していた記憶喪失少女出会うことから始まる。

序盤は学生主人公たちの楽しい交流シーンが丁寧に描写される。

衒学趣味たっぷりボリュームあるのは賛否両論がありそうだけど、僕はそこは楽しかった。

僕が苦手な歴史エピソードも丁寧に説明してくれるし、衒学趣向あるある語源の話も嫌いじゃない。

食事のシーンですら味の描写はそこそこにメニューにまつわる歴史宗教の話を延々と喋るのは徹底してて好き。

しかし、その序盤を終えて個々のヒロインルートの入ると途端にクオリティが落ちる。

まず文章の量が全く足りていない。

ヒロイン主人公恋愛パート和風伝記として序盤に前振りしていたバトルパート記憶喪失少女やその田舎風習にまつわる謎解きパートなど、全てがあっさりさくさくまるで粗筋を読んでいるかのように進んでいく。

そのくせ、衒学趣味自体一貫性はあるので、バトルパートで敵と向き合ってるときにすら語源歴史の話をしだしてそこはしっかり文量が確保されていたのは笑ってしまった。

スチル絵の整合性を合わせるために無理やりなストーリー展開が多発するのもよくなかった。

また個別ヒロインルートが始まってからも、日常的な遊びのエピソード唐突に挟まるせいで、遊んでる場合じゃないだろ感がキツかった。

そのせいで攻略可能ヒロインよりも、日常パート非攻ヒロインの方が思い入れが強い。

とはいえ別にそれらのキャラ雑談のシーンがあるだけで好きにはなれなかった。

結局、僕が好きになれたキャラクタが残念ながら一人もいなかった。

攻略ヒロイン5人のルートを終えると読めるグランドエンディングも、ツギハギ感が強く楽しめたところが無かった。

システム的にも選択肢フラグの立ち方の因果関係が飲み込めず、やたらと多いバッドエンドに納得がいか不快だった。

またやたらと複雑な分岐制作者も振り回されてる感があり、選択肢で開示される設定を整理しきれていない感があった。

前作のアカイイトがめちゃくちゃ面白かったのでハードルが上がりすぎていて、ちょっと期待度のコントロールを間違えたのかも。

ずいぶん腐してしまったが、序盤の共通ルートのワクワク感は楽しかったし、歴史に学がある人なら僕が気付けなかった隠喩伏線に唸るシーンがあるのかもしれない。

(最後唐突に右腕が伸びるやつは多分何かの歴史文脈があるんだろうなあ、僕は知らないからなんか伸びた! って思っただけだけど)

2023-10-05

anond:20231004223933

夜中にコンビニアイスを買いに行くってコンドームを買いに行く隠喩だよ

増田はそういう経験したことなかったんだね、可哀想

2023-09-29

anond:20230929051710

比喩隠喩メタファーも無い世界に住んでるとかマジで本読んだことなさそう

あとたぶん悪口としてすっげえハエとかうんこ蝿とか言ってくるけど

ここ数年レベルで見たことないか全然ピンと来ない

もしかしてあなた生活圏ではコバエとかうんこ蝿がぶんぶん飛んでるの?

2023-09-23

となりのトトロって、ノスタルジック物語ではあるんだけど、その郷愁の中に「かぁちゃんの腹の中に還りてぇ」というニュアンスを感じる。

まずファーストシーンでトラック引越し道具の中にメイとサツキが潜んでいる時点で何かを予感させるし、ボロ屋の2階に向けた暗い階段は胎内めぐりよろしく暗闇の中に未知との遭遇があるし、メイが底の抜けたバケツを見つけるのは穴の空いたバケツ=日常を通り越して未知の世界を覗き込むチューブを手に入れた隠喩だろうし、トトロ出会う獣道が子宮的なニュアンスを持っている。

最終的にメイとサツキ母親に会えて良かったね、なんだけど、そこに精神的な成長は見当たらない。いやいいんだけどね。かぁちゃんに会えて良かった。めでたし。

2023-09-14

お尻の割れ目ってお万個ににてるけど

リースカートはヒダヒダの隠喩だったんだね!


長年の謎が解けた!

2023-09-09

ジャニーズ(隠喩)

ジャニーズ動詞化して別の意味を持たせたらいいんじゃないかな

・先輩からジャニーズ(隠喩)された

・あの子ジャニーズ(隠喩)されているらしい

ジャニーズ(隠喩)したい 

ジャニーズ(隠喩)1回 〇〇円 等々

2023-08-07

anond:20230807194105

複複複複製を超えた適切な実体感覚を持たず、イエスノーノウイルス使用はかなり隠喩的だ。「ウイルス」という言葉は複複ウイルス以上の意味を持っている。

Having no proper substance, or sense beyond its re re re replication, yes no no usage of virus is ever metaphorical. The wordvirusis more re re virus.

no usage of virus is ever metaphorical

は「どんなウイルス使用法も決して比喩的ではない=直接的だ」

って意味じゃないんかな

そっちのほうが「ちゃんとした実体感覚を持たずにひたすら複製するだけ」という前半部の意味とつながる

The wordvirusis more re re virus.

は「ウイルスという単語は、それ自体が複製され続けるウイルスのようなものだ」

という意味だと思うんだが

Yes No Yes No Yes Yes No longer それは何を意味しているのか?しかしどうやってそれは広がるのか?

Yes No Yes No Yes Yes No longer what does it mean? but how does it spread?

これは、「Yes No Yes No Yes Yes」といった言葉に対して、もはや「何を意味しているのか」ではなく「どう広がるのか」が問題とされる、ということだろう

まり記号論ウイルス技術学へと転落する」ということの具体例というわけ

ちなみにChatGPTによるとYes No Yes No Yes Yes Noはウイルスが複製拡散する様子を模しているらしい

The repetition of "Yes No Yes No Yes Yes No" emphasizes the notion of spreading and replicating, similar to how a virus multiplies and propagates itself.



ちょっとこの翻訳誤訳が酷いと思う

英語だとなんとなく言いたいことは伝わるけど日本語だと完全に意味不明になってしまっている

現代 ultramodernity が記号支配下の元に何を置こうともポストモダン postmodernity はそれをウイルス転覆させる。文化部分的機械 partial-machines となるにつれ(そして自律的再生システムを失うにつれ)記号論はウイルス技術学へと転落する。

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Yes No Yes No Yes Yes No longer それは何を意味しているのか?しかしどうやってそれは広がるのか?

複複複複製を超えた適切な実体感覚を持たず、イエスノーノウイルス使用はかなり隠喩的だ。「ウイルス」という言葉は複複ウイルス以上の意味を持っている。

ポストモダン文化は複複絶えず物音を立てているウイルスウイルスウイルスウイルスウイルスウイルスウイルスウイルスウイルスウイルス01100010010010110100100

10110010010010010010「ウイルス」(ウイルス可塑性、ウイルス遺伝子免疫抑制そしてそしてあるいは、メタ、あるいはあるいはそしてあるいはハイパーウイルス。10110010010011101100001001001。ハイパーウイルス歴史の終わりを食らい尽くす。

001001001000101111010000100110101010101010001001101010010010100100101001011010010010111101000101010101010101001010100101011010100100000010001011101010010010101001010010010101010100100010010010010010010010100100101011010100100100101011010101010101111010000100110101010101010001001101101010101001100100010001010101110100001010110010100101000110010011110010001000000000100111111000100100101010101000010000

K(サイバーな)能動プロセスコード化)はその出現によって自動的に激しさを増す。文化的な例はハイプだ。未来における存在様式ATAT交換する製品バーバーチャルなファッションの興亡、差し迫った技術的標準、自己実現する予言そしてそしてあるいはそして人工の運命流行の終わり終わりを予期することはACCACCそれを加速する(それは自身で繰り繰り繰り返す流行だ)。ハイプSFを触触触媒能力へと崩壊させ、未来の予想が現在CTCT作り上げることを通して未来ルートを変える。

ウイルスハイプ広告産業を風のように通りすぎる。

みんなそれをやっているだろう。

ウイルス寄生的な複製コードだ。機械仕掛けのデータータータの逆流の重要連続オン/オフ、1/0、陽/陰は本質的戦争へと定められている。メッセメッセージの中身の代わりにウイルスデータは触触媒(あるいはまったく不釣合いな)能力によって重要な素材から成り立っている。侵入コード部分的なZIPコード、擬=遺伝子の代わりとなる命令突然変異ジャンク(複合体しか潜在的な分割)、そしてゴミ(余分なスクラップラップラップラップラップラップラップラップラップラップラップラップラップ)。

生体ウイルス有機体をタタタターゲットにし、細胞DNA、ATGACTTATCCACGGTACATTCAGTをハッキング/再プログラムし、もっと多くのウイルスウイルスウイルスウイルスウイルスウイルスウイルスウイルスを生み出す。レトロウイルスの逆転写酵素がカチッとなった瞬間(個体発生のDNARNA回路/細胞内部の操作可能にし)その酵素カット・アンド・ペースト組換え型ウェットウェアの接続単一性を超える。

ATAGGTCATGAATCTACCGATTGCAGCTA

CGCTATTCCTCGATGATCGCATCGGGCTGACCGATGGCATCGTATCCGATCGAGGCTAGATTGCAGCTACGCTATTCCTCCGAGGCTAGATTGCAGCTACGTCGCATCGGGCTGACCGATGTAGGTCATGAATCTACCGATTGCAGATGACTTATCCACGGTACATTCGACTC

民族ウイルスは脳をターゲットにする。

テクノウイルスは社会経済的な生生生産プロプロセスターゲットにする。

情報ウイルスデジタルな01001001000101111010000100110101010101010001001101010010010100コンピューターターゲットにする。

1001010010110100100101111010001010101010101010010101001010110101001000000100010111010100100101010010100100101010101001000100100100100100100101001001010110101001001001010110101010101011110100001001101010101010100010011011010101010011001000100010101011101000010101100101001010001100100111001000100000000010011111100010010010101

ハイパーウイルスは知能の高い免疫防衛システムターゲットにする。イエスイエスノーイエスノー特定メディアDNA言語象徴モデルビット連続からその過程ノマド的に盗み出し、自発的自身を再設計しながら。それは血球のコードを再プログラムプログラムプログラムプログラムするために再プログラム自身に折り畳まれ内側に巻かれ複雑化する。ROMは再度の実験へと溶解してゆく。

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011011001101001011000010001001001000 記録装置コピー機ファックスサンプラー。Kのどもり(((再)再)再上映)オーファンドリフトによる間道。伝染病の反復。あらゆるハイプハイプハイプハイプハイプハイプハイプハイプハイパーウイルスの菌株は可塑的で相互作用的だ。

インサート。ハイパー接頭辞として用いる記号論の分野は、それらを仮想性やハイパースピード(非未来から独立した未来貨幣)へと調整された抽象的な的な的な(非線型の間コード可能な)機械システムへの変異として位置付ける付ける付ける。ハイパーメディア治外法権プロセス二次機能としての特定媒介物あるいは領域の中にあらゆる実行を配列する。ハイパーへと(( ())) ( ) ( ) (( ) ) (( )) ( ) 突き進むことは活動性への存在を溶解する。物質実体オンオフオンオンオフハイパープロセスヘラクレイトスの火のように広がる複複複(ハイプハイプハイプハイプハイパースペースには何のアナロジーメタファーもないけれども)。

存在記憶の中に流れを閉じこめるるる。リリリアルな反存在論として機能しつつ、ウイルス記憶喪失は生物学的なTGACTCACTTTACCGATTG、文化的かつ技術的な010110100100010110100101001001011101001010100100100100、の記憶構造機械的に認識し溶解する。階層間-世代間の派生を切断し、系統発生のチックの凍りついたコード個体発生へと折り畳み、過去現在の流れに内在化する。その競争における手遅れ寸前の革新は貯蔵能能能力を消去してしまい、エネルギー情報ストックをそしてそしてあるいはそしてそしてあるいは孤児ヴァンパイアの複複横断的な110111100010101010ウイルウイルウイルスコミュニケーションプロセスへと流流流流動化し、異種複製(そして/あるいは結合/結合的な分離)の振舞いとしてのコード(中身)の過剰な価値表現する。

戦争が知知知性を増大させるにつれそれはよりソフトになる。宿主を捨て去ることによって冷酷なウイルス達は自身へと否定的フィードバックせざるをえない。それは彼らの繁繁繁殖のための潜入を自動的限界づけることになる。エボラCTGCGTGAGCAATCGGACTCGGCTGCTGT のような恐ろしい大量破壊者(身体はすぐにスライムへと溶けてしまう)は決して広がることはないだろう。メディアにおけるウイルス侵略一般的原理は次のようなものだ。洗練されていなければいないほど感染し、広がれば広がるほどはね散らかすことになる(陽動戦術は除く)。

CAGCTACGCTATTCCTCCGAGGCTAGATTGCAGCTACGTCGCATCGGGCTGACCGATGTAGGTCATGAAT

CTACCGATTGCAGATGACTTATCCACGGTCTATTCCTCGATGATCGCATCGGGCTGACCGATGGCATCGTA

コピーカットペースト。賢いウイルスゆっくりとしていて共生的で柔軟性に溢れ巧みに逃げまわる。彼らは彼らの生物学的な資源生命を長引かせ、繁殖のための機会を最大化し、敵対する防衛システム侵入し無力化し、自分たちに役に立つような-+-++-+-++革革革新科学技術へとフィードバックさせるような繊細な行動のコントロールをやってのける。マクロレベルでは仮想的な捕食動物は敵の頭の中に隠れた。

ハイプハイパーウイルスの狩りがその元となる宿主の種を見つけると、それは伝達量、人工密度性的混乱、文化的乱婚、技術的な洗練の爆発的な増加によって示される論理的振舞いの洗練を経ることになる(それはサイバネティックの流れへのあらゆる結線のオンオフオンオフオフオン神経ゲノム的なフィードバック/流動化を導く)。惑惑星星星00011011010010010101011。

そういった宿主になるとまさに転覆寸前になる。カタカタトロフのOKOOKOK OKゼロ(0 ( or ((( ( )) (( ) ) ( )) ) 0o))Kウイルスと(RT)旧式のスクリプト神戸東京オクラホマ(コレシュ、コーンク Koernke )。黙示録コカコーラ販売機によって広がる。明日紅茶時間韓国コソボニュース……。

テテテテープレコーダーカットアップの再結合の道具を急いで脱ぎ捨て、ハイパーウイルス1972年、K(コンドラチエフ Kondratieff )波の先端(ポストモダン性の閾)でバロウズ感染した。それは急速にそのターゲットを知性を持ったノーイエスイエスノーノノヴァ・ウォー(戦争工場へと再加工し、言語歴史を複雑な言語ウイルス蒸発させた。突然変異は飛躍と解釈することができるるるるる。ベクトルバトラーギブスンを通って向きを変え、キャディガンはそのシナジックな内部刺激を微調整し、電脳転移誘発K(広)の潜在能力を泥で塞ぎ、1100101001001010111101001011101011001000100010100100010010010010010010100101101001001001001001001001110100100100100011001000101100101010に傾向を定めた。Kパンクはテレマティックに加速する新-複製者 neoreplicator とともに鼓動する。

製者製者汚染。「スノウクラッシュを一発やりてえか?」# ### # ## # # # ## # # #### ## # # ## ## ### # ## ### # # # # ### # # ## ## # # # # # # # # ## # ## # # # #### ## # ##### ## ## ## # ## # # ##

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ポストモダン文化ハイパーマニアを超えそして### # ## # # # ## # # # ### ## # # ## ##### # # # ### # # # #### # # # # ## # # # # ## # # ## # # # # # ##### ## # ### ## ## ##### # # # # ### ## ## # ## # # # # ## # ノヴァを止まる行く止まる行く止まる行く行く行く時、それは安全性に対するするする戦争以外の何物でもないないないないない侵略的に自己複製する込み入った兵器システム(( ) ( ((( ) ((( ( )) ( )) ((( )(( ) ) ( ))))) ( ) ( ))) ) の多様な都市都市個別化する。これはもはや観念的な表現や外因性の政治的動員、理論的な批評## ## # # ## # # ## # ### # ## # ## # ## # ## # # ## ## # # # # #### # #

# ### # あるいは戦術的な方向付けの問題オンオフオンなどではない、そうではなくて抗争に内在する力として機能する脱中心化された文化ダイアグラム問題なのだ。K戦争は敵の協調から唯一の首尾一貫性を得ている。リターン。

上/下。流((れ)れ)れを変えろ。(() (( ))) あ(るいはそし)て( )、Ko 八卦六線星形49:革命(羽毛が抜け変わり(( )))何も触れられずに( )そのまま残っ)ているいるいる。((( (( (( ) (( ))) (( ( ( ))) (( ))) ( )) (( ) ( ( )) ( ))) ( ))) ) サイバーパンクが再びダークサイドへ急速に滑る( (( )))周縁的なROMは戦術術を這い進んでいる。

(( (( ) ( ) ()) (( ))( )) ((( ) ( ))) (( ( (( ) ((())) (((( ) ( )) ( )) ( ( ))) (((( ) (( ))((( ) ((() ) ) (( ) ) ))) ( (( ) ))) ( (() () ( ))) ( ( ) )) ( (( ) ) ( ( ( ( ) ゼロプログラム。) ((( ))) (((( ) ( )) ( ))( ( ))) (((( ) (( )) ((((( ) ( ) )()(())(( ( )) ((( ) )) )( )) ))) ( (( ) () ())) ( ( ) )) ( (( ) ) ( ( (( ) ) ((( )))(((( ) ( )) ( )) ( ( ))) (((( ) (( ))((((( ) ( ) )()(())( ( ( )) ((( ) )) )( ))() ( ))) ( ( ) )) ( (( ) ) ( ( (( ) )((( ))) (((( ) ( )) ( )) ( ( ))) (((( ) (()) ((((( ) ( ) )()(())( ( ( )) ((( ) )) )()) )) ((( ) )) )( )) ))) ( (( ) () ())) ( ( ) )) ( (( ) ) ( ( (( ) ) ((( )))(((( ) ( )) ( )) ( ( ))) (((( ) (( ))((((( ) ( ) )()(())( ( ( )) ((( ) )) )( ))() ( ))) ( ( ) )) ( (( ) ) ( ( (( ) )((( ))) (((( ) ( )) ( )) ( ( ))) (((( ) (()) ((((( ) ( ) )()(())( ( ( )) ))) ( ( ))) ( (( ) ) ( ( (( )) ((( ))) (((( ) ()) ( )) ( ( ))) (((( ) (( )) ((((( ) ( )

2023-07-19

性的隠喩を具体的に説明するのはセクハラ

作者がコッソリ「気づく人は気づく」程度に埋め込んでおいた隠喩が、あんな具体的に説明してしまったら台無しでしょ。

絵柄は女性向けで作者もおそらく女性ということを考えると、あれだけ大勢が見ているところであんなことを言うのはセクハラに近いのでは?

2023-06-11

エロ無関係ものってこの世に存在しなくない?

数学→69がエロ連想させる

食事→食べてる姿が性的に見える

料理裸エプロン

スポーツ衣装が(意図してないとしても)性的場合がある

植物→雄しべ雌しべ

天文学星座は色恋沙汰が多い

IT技術コンピュータインターネットエロの力で発展してきた

歴史恋愛結婚によって変化していく

ゲーム→たとえばテトリスは、縦棒が隠喩に思える

アニメマンガ音楽映画→全部エロいのがある

我々は性的ものから逃れられないのである

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