はてなキーワード: 運動音痴とは
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6501256
↑この記事読んだ。いつの時代も運動音痴は苦労するんだなあって思った。
優劣の付き方が激しい点は体育の悪点として挙げられがちだ。けど俺はここじゃないと思う。テストなどなど色んな所に優劣はあるし。
俺は集団で何かをしないといけない状況がダメなんだと思う。そしてそれに伴う"個人攻撃"が子供の心を壊す。クラス一丸となって物事を成し遂げることは素敵な事だと思う。けど運動会は逃げ場がないんだよな。合唱祭なら下手なりに声出したり、邪魔しないように口パクでもいい。周りが下手なやつを補える。運動会はそれが難しいんだよなー。集団行動で成長を促すんならそれに伴うケアをできる仕組みじゃないとダメじゃない?ヤフコメでは逃げ癖だとか嫌なことでも〜って書いてるけど、足が遅かったり縄跳びが下手なだけで個人攻撃される空間なんて逃げてしかるべきでしょって思う。みんなが出来ることを出来ないやつもいることは想定内なんだからそいつに批判が集まらないような仕組みを作れよ!!全体で見て成功でも、個人の心には一生物のトラウマが残ることもあるんだからな!!!
まあなんでこんな情熱的に語ってるかは分かるよね、、俺は真面目に体育に参加してたけど、全部サボった方が幸せに生きられてただろうな。
(追)運動会について書いたけど、その練習含む体育全般に言えると思う。辛いけどマラソンとかは気持ち的に楽だった。責められないし
次回の華大さんと千鳥くんで取り上げられるテーマに「学校で新しい教科の授業を作るなら何がベスト」っていうのがあるけど
自分は
「生涯スポーツ」
だと思う
体育の授業に於ける、技巧や忍苦を強いられるスポーツではなく
「好きなスポーツを選んでやっていきましょう」っていうスタンス
(※「eSPORT」は含まない)
まあ、基本的に「一人でやれる」やつが良いだろうけど。ずっと続けるんだから仲間が居ないと出来ないスポーツは難しい。そうすっと自ずと種目が限られてくるだろうけど
(でも生涯スポーツを行うことが当然になればチーム制のスポーツもみんな延々とやるだろうから、仲間に困らないとかあるかもしれないな)
健康維持・成人病予防・メンタルの安定・頭脳の活性化・その他諸々の為、生涯スポーツを義務化するべき
今現在自分は全然運動してないんだけども。そして並外れた運動音痴だけども。それでも継続的に走ってる時とか筋トレしてる時とかって「真人間」になった感じがして良かった
義務にでもならないと誰も運動しない。自分の様に「仕事で疲れ切ってるから」とか言ってさ
それじゃだめなんだ
趣味で長編ラノベ(ライトノベル)を書きたい増田をみたので、ワイも考えてみた
(以前、カクヨムなどで長編を完結させたというすごい増田もあったけど、今回はそれ以前の問題の『何を書こう』)
ワイが他人を意識せずに、自分自身のためだけに書けるのは、マンガでも小説でも、50ページくらいがエネルギーの限界。このページ数はとても長編とは言えない
50ページ以上書き進めるには、外部からのガソリンが必要だが、他人に読んでもらうためには、他人を楽しませようと意識する必要がある
他人を意識すると、へっぽこなのを誤魔化そうと見栄を張ることになり(なお、誤魔化せる訳がない)、結果として筆が進まなくなるので、長編作ろうが未達で終わる
趣味なのに自分の技量を無視して無駄な見栄を張ろうとする問題は・・・まぁさておき、他人を意識して描くとき(楽しませようとする時)は、ヒット作をそのままなぞると良いと言うが、
ワイが好きな万人向けヒット作はドラゴンボール以外に無いんだよなぁ・・・。ドラゴンボールは鳥山明の超画力でなければ成り立たない
ドラゴンボールを題材にせんでも、バトルものは空間認識能力が高く、人体構造を考えて描くのが楽しい人にしか向いてないが、空間把握能力が死んでいるのは元より、骨格や筋肉、関節にも死ぬほど興味がない
ワイは死ぬほど運動音痴なので、ダンスや新体操を見て、人間は本来はこうやって動くことも可能なんだなァ・・・ってなるのは好きだ。ついでに、映画・時代劇・ゲームで、たびたび魅せてくれる映え殺陣(たて)も見るのも好きだ。でも、骨格や筋肉、関節には死ぬほど興味がない。そのため、現実の格闘技・武術・剣術には微塵も興味はない
じゃあ、銃になら興味があるか?と言うとない。なぜなら基本的に銃には殺す以外の目的が無く(スポーツとしての銃もいちおうあるが・・・)、いままで書き連ねてきたことと比べると、人間の身体ってこんな風に動くことも可能なんだなァ・・・ってなる要素が薄いからである
クレーン射的とか実際に体験したら、きっとスカッとはするのだろうけど、自分が描きたいか?自分が3Dキャラ操って楽しいか?と言われたら別だ
強いて言えば、人がそれぞれの自然な姿勢で歩く様子を見るのも好きなので、その文脈なら骨格や筋肉、関節に興味が持てるが、それはバトルじゃないし、
スポーツをテーマにしたマンガ・小説・映画で好きな作品はひとつもないので、競歩をやろうって気も微塵もしない(日記・エッセイならいいだろうけど、長編を書こうの目的からは逸れる)
鳥山明以外では、ONE も好きだ。ONE も万人受けする大ヒット作家だ。ONE ならバトル描写そのもの以外がメインになっているが、ワンパンマンは村田雄介の超作画じゃないとマス受けはしなかったよなぁ・・・
というか、『マッシュル』の前に、ジャンプで『努力しすぎた世界最強の武闘家は、魔法世界を余裕で生き抜く。』という作品があって、ワンパンマンスタイルで描かれていたにも関わらず、ウケなかったもんなぁ・・・
なお個人的には『魔法世界を余裕で生き抜く』はとても気に入っている。イヤな奴、悪い奴がいっさい出てこないコメディで、めちゃくちゃ単純な話だからだ
主人公はサイタマと同じく何でもワンパンで倒せるチートフィジカルを持っているが、魔法に関しては絶望的に才能がない。それでも魔法が好きで、魔法使いを目指すという大変分かりやすいストーリーだ
結局、主人公はすごい魔法使いになることはできないが、ささやかな魔法は使えるようになる。主人公はそれにめちゃくちゃ喜んで満足し、今日よりも明日!少しずつでも能力を向上させよう!と前向きに努力を続けてマンガは終わる
(ただ、『魔法のスターマジカルエミ(1986年) 』でも、主人公の舞が魔法を捨て去り、自分自身の力で本当のマジシャンを目指すみたいなのが、マス受けしてる感じしないし、作画以外の要素もありそう)
『マッシュル』もワンパンスタイルの作品かつ、海外で大バズりしている。魔法世界でフィジカル全振り+すごい魔法使いになるっていうコンセプトは、『魔法世界を余裕で生き抜く』と共通している
ボーボボ を彷彿とさせるギャグシーン/良いヤツばかりの日常パート/差別や困難に立ち向かう前向きな姿勢/ボースティング、これらはワイも超好き
ただ、主人公のマッシュがワンパンで敵を倒すシーン・ギャグで圧倒するシーン以外のバトルは、個人的にはあんま面白いとは思えんのよな・・・・
週刊少年ジャンプの作家なので、一定のクオリティが保たれているから、見るのが苦痛とまではいかないけど、正直、マッシュ以外のバトルは別に無くてもよくね?みたいな・・・(まぁ、バトルなきゃこんなに売れなかっただろうけど・・・)
結局のところ、ワンパンやギャグじゃない正統派バトル漫画は、超画力の選ばれし者にしか描けないよなぁ・・・と改めて思うばかりよ
小説でも多分同じだわね。ワンパンやギャグではない、読んでて楽しい、映える正統派の戦闘描写なんて、気が遠のくわ・・・
とりあえず、ワンパンスタイルは頭の片隅に置きつつ、バトル/アクションの描写がメインではない自分の好きな作品について考えてみる
でも、やっぱ、マス受けしているヒット作の中で好きな作品はひとつもないんだよな・・・。まず、マス受けする恋愛ものが好きではないし、特定のフェチを推したいという情熱も無い
バトル/アクションがメインでなく、ウケそうな恋愛描写もメインでなく、フェチも特に無いという時点で、かなり対象者が絞られる
何かないかな?と思うが、何度考えても何もない。昔のハリウッド作品(2010年以前)なら、それなりに好きな作品があるけど、うぅ~ん・・・
なお、他人を楽しませようとして、マス向けヒット作を模倣しようとする理由は、対象者を絞った作品で作者の技術が極端に稚拙だと、最終的に読者との文通のような形になってしまうからだ
ワイがやりたいことは、稚拙・未熟ながらも、読者に何かを感じさせる"物語を書くこと"で、文通ではない。ついでに、日記や観察報告を誰に見せることでもない(趣味で長編ラノベを書きたいと言っていた増田もたぶん同じだと思われる)
ちなみに、鳥山明、ONE、昔のハリウッド作品以外で好きな作品は、モノクロ時代の日本映画や小津安二郎の作品、重苦しかったり淡々としているインディペンデント映画、アキ・カウリスマキ、ケン・ローチ、フィリップ・K・ディック、川端康成、遠藤周作、いがらしみきお(sink/かむろば村へ/Iなど)、海外のヤングアダルト作品や児童文学、名作劇場系(日本アニメーション制作系)のアニメあたりがぼんやりと好きだ。つまり、鳥山明、ONE、昔のハリウッド作品以外は、対象者が絞られる作品が好き
いわゆる巨匠/大御所/名作/お子様も観てOK以外では、トッド・ソロンズ、岡部閏、明智抄、奥瀬サキなど、やはり対象者が絞られる作家の作品が好き
ワイがこれらの作家の作品をそのままなぞったら誰かとの文通になりますわ・・・
ワンパンスタイル、昔のハリウッドスタイルで、ワイがなぞれそうなのないかなぁ・・・は、まぁ暇な時に考えつつ、
なんかヒット作でワイも好きなのないかなぁで思い出した、岡部閏の『グッド・ナイト・ワールド』、対象者が絞られまくっている作品だから、せっかくアニメ化したのになんかすげ〜無風だけど、脚本、パトレイバーの横手美智子なのよ。『ネトゲ・SFがギミックになってるサバイバーの再生物語り』で興味が持てそうな世界中の人に届いて欲しい
グッド・ナイト・ワールドの絵の作り方も印象に残ったけどね。プラネットやAIの幻想的で無機質な描写や、ピコちゃんのプラネットオフった後の日常パート描写よかったし、キャラのお目目の表現良かった
クソのクソの解説の演出も、中学生(の見た目だが実はそうではない)ってぽくて、とてもよかった
横道にそれたところでおわる・・・
これを読んで思い出したこと。
中学・高校の頃、男子じゃなくてよかったって思ったことがある。
私はまぁまぁ運動音痴で、よく転んで血だらけになったり、体力無くてへとへとになったりしていたけど、それで責められたことはなかった。
むしろ、ちょっとバスケのシュートを決めただけで過剰に褒められた。
今は見合いなんて風習なくなったんだろうか。婚活アプリとか会員制クラブとか使うのか。
それで、俺の場合の概略を述べる。
当時34歳
身長170cm、痩せ型
++ヨメさんのスペック++
当時29歳
俺と同じ県の某市内在住
長女で、両親の世話をする可能性あり
妹は既婚で遠方に在住(すでに子どもあり)
身長164cm、痩せ型
+++共通する点+++
どちらも同じ県の生まれ
どちらも食い物の好き嫌いは少なく、酒を飲む
これは後から判ったことだが、家族親族にはギャンブル依存、遺伝病、犯罪歴のある者はいない。
まあ、こんな感じだが、むこうが俺をかなり気に入ったようで、積極的に攻められて、見合いから3か月後ぐらいに結婚した。今から思うと、やっぱり女のほうからグイグイ攻めないと、話はまとまらないと思う。特に俺みたいな優柔不断な男の場合は。
ヨメのほうは、当時としては年齢的にはあせる時期で、将来的に親の面倒を見るのは、かなり不利な条件であると思っていたようだ。それに、当時の女としては学歴が高すぎて、釣り合う相手が少ないという事情もあったかもしれない。それにしても、こっちの収入が心配じゃなかったのか、今でも不思議だ。
結婚後のトラブルの9割は、双方の家族、具体的には親の問題なのだ。俺の父親は、説明不能なトラブル人間で、それを母親、兄、兄嫁が支えていた状態。スペックのところで書いたように、遺伝病もギャンブル依存も無いが、それと同じくらいのやっかいな人間だ。
ヨメのほうの両親も、いろいろ問題がある。これも犯罪歴とか詐欺とか新興宗教にからむ問題ではないのだが、やはり身内にしか判らないトラブルがあったわけ。
しかし、これ、現在の婚活クラブとか婚活アプリでは、判らない問題だと思う。勢いで結婚して、なんとか家庭を作った後で生じる問題なのだ。
今の若い衆が、結婚したくない、家庭を持ちたくない、ってのも実はこの家族の問題が大きいのじゃないだろうか。どうですか?
これも、事前には判らない。家族の病歴とか、血液検査の結果とか、健康診断の結果とかを、相手に出させるわけにはいかないでしょう。(あるいは、現在の習慣として、そういうデータを交換しているのか?)
俺たち夫婦も、けっして健康で体力抜群とは程遠い体質で(さらに運動音痴で)、今までいろいろ問題があった。しかし、これも事前には判らんよな。
今の若い衆が、やたらと顔やボディに注文つけるのも、実はこの体力と健康度を見ているのかもしれない。俺のまわりの連中でも、早く結婚したやつらは、心身ともに健康なやつらが多いもん。20歳前後のパートナー獲得合戦ってのは、実は健康なオス・メスを見つける行動なのかもしれない。俺とヨメの婚期が遅れたのも、実は、はっきりと表に出ない健康度の競争に敗れた結果かもしれない。
さて、現在、しみじみ思うのは、今のヨメと結婚してよかったってことだ。あの見合い後の1か月ぐらいの期間に、ぐいぐい攻められなかった、たぶん結婚していなかっただろう。だから、最初からすぐに結婚するという条件で付き合う見合いがよかったのだ。結婚してしまえば、多少の身体の不調や病気やケガは、なんとかなるもんだ。ちなみに、ヨメはなかなか妊娠せず、さらに一度流産している。その後やっと生まれ、すぐに二人目も生まれた(ぜんぜん避妊してなかった、アホですね)
だから若い衆も、収入がどうだとか、会社の規模がどうだとか、こまかいことにこだわらず、さっさと結婚しちゃえばいいんだよ。いやあ、結婚当時のヨメはかわいかったぞ。いっしょに、おそろいのパジャマ買いに行って、それを着て毎夜寝ていた。ミニスカのヨメといっしょに自転車に乗って鰻屋に行って、ビール飲みながらうな丼食ったりできるぞ。
最近、スポーツが、軽音楽(バンド活動)並に、社会不適合者を育てるのではないか?と思うようになった増田です
(ヤベー口の利き方するプロパーがかなりの割合いる某社を見て)
まぁ体育会系の有害さと、男女のあれそれは横に置いといて・・・・
筋肉貯金、体力作り、運動による脳内物質のコントロール、これらの有用性については異論ないです
きっちりやっていきたいよね・・・
ただ、発達にありがちなこと言うと、協調運動に問題あるから、それ以前の問題なんだよなぁ・・・
(もちろん、発達のアスリートやフィジカルワーカーもいるので全員ではない)
ジム行っても筋トレすらロクにできないよ・・・トレナーつけても全然効いてる様子ないのよな
めっちゃ運動負荷の低いサークルトレーニング用の機器なら、まぁ運動音痴でもなんとかなるけど、
当時小学生だった。
子供ながらにあの頃は発達障害についての情報がほとんどなかったと思う。インターネットも今より普及していなかった。母親は髪を振り乱しながら、おかしい、普通の子じゃない、普通に出来ないなんて、おかしい、おかしい、変、変、変、どうして出来ないのと毎日叫んでいた。
じゃあどんな小学生だったかと言うと、まず運動音痴だった。リレーはいつもドベだし、逆上がりもできない。跳び箱に挑むとタイミングがわからなくて、そのままぶち当たって箱を破壊する。マット運動で転がると眩暈がして上手く起き上がれない。逆に勉強は自分で言うなって話だけどかなり出来た。字を書くのは上手くはなかったけど、勉強自体は楽しかったしすぐ理解できたので何もしなくても満点だった。
運動会ではお荷物だったしドッヂボールでは毎回泣きたくなるくらい当てられてたけど、体育自体は好きだった。勉強だったら負けなかったし、友達も沢山いた。
子供なんてちょっとしたことでいじめてくる。田舎から来たからとか、身長が高くてのろまだったからとか、服がユニクロだからとか、ゲームを持ってなかったからとか、流行りのドラマを見てなかったからとか、塾に行ってないのにテストで満点取ったからとかであっという間にいじめられるようになった。
教室に入るとささっと4人くらいから囲まれて、色々言われた。メンバーは日替わりだった。半年くらいは我慢してたけどある日急に行く気がすっかり失せてしまって、仮病を使って休むようになった。
それを母親は許してくれなかった。学校に行かないなんて普通じゃない、おかしい、と毎日私を打つようになった。いじめられるから行きたく無いと言えばよかったのかもしれないけど、私が田舎から来たのもユニクロを着てるのも、ゲームを持ってないのも、ドラマを見てないのも、塾に行ってないのも、テストが満点なのも全て紛うことなき事実だし、事実を言われただけだしな…これはイジメではないはず!ただなんか学校に行きたくないだけ!と謎に前向きだった。いじめってバカとか死ねとか言うものだと思っていた。
(あの頃の自分に言いたいけど、階段から突き飛ばされたり、靴の中に土入れられたり、クラスメイトが川に落ちた時お前の責任にして学級裁判もとい糾弾会開くのは立派ないじめだと思うよ!)
叩くものが母親の手から布団叩きに変わる頃、ようやくクラスの子からダサいとか謝れって言われるから行きたくない!と泣いて吐き出した。それくらいがなんだ戦え!やり返せ!と言われた。
ブランド物の服を着たあの小柄なクラスメイトたちが、私には小鬼に見えた。そんな小鬼と戦えない。
普通はどんなことがあっても行ってるはずなのに、どうしてこの子は行かないのか、普通じゃないのか、こんなのおかしいと母親はノイローゼになっていた。父親は俺は知らないの一点張りで、他の女性たちに夢中だったし、もう少ししたら私にも手を出すようになってきた。我が家は完全におかしくなっていた。
真冬に寝巻きのまま裸足で外に出されたり、どこかの川沿いや公園や児童養護施設の前に置いていかれるようになった。この頃になると、うちの親は話が通じないからおまわりさんに助けてもらおうと交番に行くようになった。毎回家に送ってもらってお宅の娘さんが…とインターホンを押すや否や両親は飛び出して私を抱きしめていた。涙を流して、ほんの些細な喧嘩なんです、私たちが悪いんです、厳しくしすぎました、本当に帰ってきてくれてよかった、この子は私たちの宝物、ご迷惑をおかけして申し訳ありません…と泣いてぺこぺこしながらおまわりさんたちにお礼を言っていた。そういう両親を見ておまわりさんたちもすっかり態度を軟化させて、ご両親に迷惑をかけちゃ駄目だよ、と私に説教をして帰っていく。外面はめちゃくちゃいいのと隠すのが上手いので、今でも両親は周りからは、上品で優しいお母さんと思慮深く手先が器用でなんでも作れるお父さん、こんな素敵なご両親なんてあなたは幸せだよと言われている。嘘だろ。
子供ながらに何もかもがもうだめかもしれない、と思うようになったある日、機嫌の良い母親ならお出かけしよう、と連れ出された。狂言自殺を繰り返していた母親を前に心中という単語がチラッと頭をよぎった。長い長い時間電車に揺られ、着いたのは病院だった。そこでまた長い時間、ゲームのような、簡単なテストのようなものを受けた。今まで何度か精神病院に引きずられて行ったことはあったけど、あそことは全然ちがうな、と思った。
アスペルガー症候群の傾向が出ています、みたいなことを言われた。
なにそれ?頭の病気?治らない?一生?と一瞬ショックを受けたものの、治らないなら仕方ないと諦めた。
それから母親は激しい浮き沈みはあるものの私の不登校を基本的には許すようになった。この子はアスペルガーだから、頭の病気だから仕方ないと。反面で私に天才になれと言うようになった。エジソンだってアスペルガーだった。学校にも行かなかった。同じアスペルガーだから絶対になれると当然のように言った。少しでも逆らうと怒り狂って、お前は人殺しになってお母さんのことも殺すんだろうと怒鳴ってきた。当時話題になっていた事件の犯人が、発達障害だったからだそうだ。
私が中学の頃に父は単身赴任となり、私たち母子だけで暮らすようになってから、だいぶん楽になった。ちゃんと「学校」と呼ばれる場所に通えるようになったのは高校からだった。そこの高校は名前を漢字で書くことができれば受かると言われているくらいのレベルだった。一番最初の数学の授業は2桁の足し算のプリントをひたすら解けと言われた(後ろの席の男子からこれわかんねぇから答え教えてくれと言われた時はびびった)。長い期間のストレスからか、自分の名前の漢字と平仮名カタカナ以外ほとんど書けなくなっていたのでとにかく早く、どうにか楽しつつ巻き返せないかと試行錯誤した。相変わらず短距離走や球技は酷いものだったけど、長距離ならそれなりにできるとわかった。家にいたくなくてボランティアやら勉強会やらに積極的に参加した。授業態度は良かったので(そもそも周りが最悪なのもあった)先生からは良くしてもらえた。先輩達は挨拶もろくにできねぇのかと凄んできて恐ろしかったけど、お陰で誰にでも大きな声で挨拶ができるようになったし、怒らせなければ面倒見の良い人達だった。ヤンキーばかりかと思ったクラスメイトも親切で、今でも何人かとは親しい付き合いがある。頑張れたお陰か無事大学にも通えた。
途中就職に失敗して鬱になりかけたりニートになったりして、心療内科から貰った全然効かない薬を飲みながらカウンセリングを受けたけど、結局一番効果があったのは、気晴らしに始めたバイトの給料を使っても良いと言われた時だった。現金を使える自由が私には何より効いた。
今本屋に行くと発達障害に関する本がズラッと並んでいる。少し前までは発達障害の人とどう付き合うかという内容ばかりだったのに(それでも最初は本屋にあった時点で衝撃を受けた)、発達障害の自分がどうやって生きていくかのライフハックが書かれた本たちが並んでいるのを見ると、昔に比べて良い時代になったのかもしれないとしみじみ思う。
ところで、私が子供の頃貰った「アスペルガーのお友達どう付き合うか」の本を読んでみると、症状が全然当てはまらない。肌触りに敏感でもないし、誰か(この本で言うとクラスメイト)が泣いていたらどうしたのかと心配になる。怒らせてしまったら私のあの言葉や態度が悪かったのかと気付くし、これじゃないと駄目みたいな強いこだわりも特にない。社会復帰してからは遅刻も寝坊もした事がない。作業にのめり込むこともないし、無くし物もしない。特に親しい友人や夫に、もしかしたら発達障害かもしれないから当てはまるなら正直に教えてほしいと頼んでみたけれど、特にない、別に普通だと言ってもらえた。私を含めた全員素人だからなんとも言えないけども…。
最近気になる話を聞いた。子供のうちに猛烈なストレスを受けると、発達障害によく似た症状が出るらしい。それに関する論文をしっかり読んだわけでもないので、あくまでそうかもしれないの粋だけど、もしかしたら、と思ってしまう。もう一度あのテストでも受ければ良い話なんだけれどめんどくさい。
これに加えて「運動神経が悪い子も楽しめる」そしてなによりそういった子たちが「まともに参加できる」体育があればいいと思う。結局体を動かす楽しさを味わえるのはどうしてもチームスポーツになりがちだが、チームスポーツは先生が上手く回さないと上手な子しか楽しくなくなりがちだ。
私は運動神経がポンコツだが、先生によっては体育がすごく楽しかった。具体的には
・運動が得意な子と苦手な子で授業を分ける
苦手な子同士だとギスギス勝ちに行かないし、得意な子達も足を引っ張られず伸び伸びプレイできてみんな楽しかった。
・ボールの数を増やし、1チームの人数を減らす
例えばサッカーでいえば、1チームの人数を5人くらいに減らしてボールを2個に増やしたりしていた。するとどうしても全員が参加しないとゲームが成り立たない。だから下手な私がボールを持っても上手い人に嫌な顔をされなくて堂々とボール遊びができて楽しかった。
成績に関してはまあ、よいに越したことないが、自分が運動音痴なことはよくわかっているので正直そんなに良くなくても個人的にはあまり気にならない。それよりまずは楽しく身体を動かせたら嬉しい。
あと、「座学の体育」とかもあっていいと思う。個人的に「スポーツのルールや正しいフォームを知る」と「体を楽しく動かす」は全然別物だと思うので、いわゆる保健体育の体育の部分を完全にレクリエーション的なものにして、体育が担っていた「競技の正しいルール」とかは全部座学で済ませちゃえばいい気がする。それこそプロスポーツを観戦しながら解説するとかだったら、スポーツ観戦の楽しみ方とかも学べてよさげ。
運動音痴かつ中学くらいまで勉強とか全然してなくて大してできなかった。
当然県下トップ校なんて及びもつかないしょぼい高校に進学したけど、中学終わりくらいから勉強に興味が出てきてそのまま旧帝大に進学した。
俺の高校では東大はおろか、旧帝大に進学するやつすら学年に1人いるかどうかという感じだった。
中学時代、私は運動が全くできない運動音痴だったが、勉強は得意だった。レベルの低い田舎の公立中学校だったので常に定期テストは学年1位。私のアイデンティティは勉強しかなかった。田舎の男子中学生の社会の中で、運動音痴はヒエラルキーの最底辺。体育の時間は苦痛で、運動音痴で鈍臭い動きしかできない自分は馬鹿にされているように感じていた。だから私は勉強ができない人間を内心馬鹿にしていた。体育の時間に散々私を馬鹿にしたのだから、お互い様だと思っていた。
高校は県内トップの進学校を志望し、模試では常にA判定だった。フィジカルの強さが物を言う野蛮な田舎とはおさばらできると思っていた。
念願叶って高校受験は第一志望に合格し、私は県内トップの進学校に入学した。ようやく、運動音痴の呪縛から解放されると思った。だが、現実は違った。
県内トップ校の子たちは運動も勉強も私より出来る子ばかりだった。基本的に皆優しかったが、中には粗暴な者もいて、露骨に私の運動音痴っぷりを見下す態度をとられたこともあった。私のアイデンティティは崩壊した。勉強でも運動でも周囲に勝てない私は、自分がとてつもなく無価値な人間のように思えた。その結果、自分のような無価値な人間がクラスメイトに話しかけても迷惑なだけだろうと思い込むようになり、誰とも会話をしなかった。勿論、高校時代は友達が出来なかった。
一応、自分なりに勉強は頑張った。でも、東大や京大に行くようなレベルには到底なれなかった。高校の成績は受験直前期でも半分より少し上くらいだった。トップにはなれなかった。
大学入学後、運動の呪縛から逃れたかった私は、音楽サークルに入った。音楽センスがあるわけでも、楽器が特段上手いわけでもなかったが、友達や人生で初めての彼女がサークル内で出来て、それなりに楽しいサークル活動だった。
勉強のほうも、それなりにやった。政治に関心があったので、政治系ゼミに入り自分の興味関心の赴くままに、ゼミ論文を作成した。学部生の書く拙いものだったが、満足感はあった。
旧帝大ということもあり、地元ではちやほやされた。私は高校時代に潰された勉強というアイデンティを取り戻そうと思った。県下トップの進学校から旧帝大に入った実績がある。中学時代は学年1位だった。勉強は得意なはずだ。そう思って、学部3年生の時、私は法科大学院に進学し文系最難関の司法試験を受けようと決断した。
前述のとおり、ゼミは政治系ゼミだったため、周りに司法試験を目指す友人はいなかった。そのため、相談できる友人もおらず、孤独な勉強だった。勉強は何から手を付けて良いかもわからなかったが、とりあえず勉強して法科大学院試験に臨んだ。今思えば、全く努力の方向性を間違った勉強法だったと思う。論証パターンという言葉を知ったのは試験の2か月前だった。もちろん既修者試験は落ちた。私は未修者コースに入学することになった。
法科大学院での生活は大変だった。学部のころに法律の勉強を一応していたとはいえ、講義の内容は難しく、予習復習に追われた。ほぼすべての科目が必修科目で、一つでも単位を落としたりGPAが一定値以下だと留年や卒業延期になるため、期末試験が近づくと、精神的に不安定になった。法科大学院生活では楽しいこともあるにはあったが、トータルで見たら辛いことのほうが多かった。
期末試験を何とか乗り切った私は、一年生から二年生へ進級できた。二年生になり、既修者と合流して講義を受けた。周囲のレベルの高さに正直ついていけず司法試験に受かるとは思えなくなった。深夜に自習室で勉強しながら涙を流す日が続いたことをきっかけに、中退を決めた。勉強というフィールドで戦うことに心が折れたのだった。
未修者コースには東京の中堅レベル私大の法学部卒や地元の私立大学法学部卒の人間などもいた。私が心折れて中退した後、彼らは卒業までこぎつけ、ついには司法試験に受かり弁護士になった。私より勉強が不得意な人たちだと思っていたが、私が断念した試験に受かり、立派に弁護士をやっている。
一方私は、法科大学院中退後になんとか就職。新卒カードを失った私は民間を諦め、公務員試験を受けるしかなかった。新卒就活だったら切符が手に入ったはずの企業に足蹴にされるのが怖かったからだ。法科大学院で法律の勉強をしていたこともあり、公務員試験の筆記試験は特に苦も無く合格した。面接もそれなりに振舞えたようで、第二志望の自治体に採用が決まった。入庁後は上司や他の自治体職員から執拗にきつい言葉をあびせられたことを機に、メンタルを病み休職。今は完全に閑職に飛ばされ、精神的負荷の少ない仕事を任されている。出
世の見込みはないだろう。
中学生以来の私の勉強というアイデンティティは完全に失われた。こんなことを言ったらドン引きだろうが、私より入学難易度の低い大学出身の人間が弁護士として働いていることや、中学時代に私より勉強のできなかった中学校の同級生が東京や大阪の大企業に新卒入社してギラギラと頑張っていることを知るたびに、猛烈に落ち込む。学生時代は私のほうが勝っていたのに、なぜ。。。と。
私が学生時代積み上げてきたものは何だったのか。ときたま人生に意味を見出せなくなる。人生に意味を見つけようと私なりにもがいた。音楽の社会人サークルに入ったり、大学の公開講座に参加したり、大学院進学を検討したり(来年放送大学大学院を受験しようと考えている)。だが、何をしても私の心は満たされない。
資格勉強を代わりにやってくれる優しくてエッチなお姉さんがずっとそばにいてほしい
飲まず食わず不眠で生きていられて風邪をひかない、でもぼくが風邪で弱りきったお姉さんがみたいなってお願いしたらいいよって言って風邪をひいてくれる
運動能力はあらゆる種目で世界記録を樹立できるほど突出しているけど基本的にぼくの身の回りの世話をするために生まれた人だからそういう記録にはまるで興味がない、でもぼくが運動音痴でドジっ子なお姉さんがみたいなってお願いしたらいいよって言ってお盆をひっくり返すようなドジっ子になってくれる
お姉さんの笑顔をみたらすべての肉体疲労・倦怠感・ストレス・不安・心的外傷が吹っ飛んだように治癒する、でもぼくが女王様みたいな鋭い眼光でキッと睨みつけてぼくの心を震え上がらせてくれるお姉さんがみたいなってお願いしたらいいよって言って捕食者のような鋭い目つきでぼくを委縮させてくれる
そんなエッチなお姉さんがある日ぼくの家を来訪してぼくの制止を振り切ってムリヤリ家に居ついてほしい
楽屋では誰も失敗した奴を責めず謝る必要はないと言い、三山ひろしやDJKOOは直接優しい言葉をかけて励ましてくれたけど
謝罪の際にはYouTubeでいつも一緒にけん玉をやっている友達も付き合ってくれた
っていう記事が上がってイイハナシナンダナーと思ったけど
勝手に「集団で白い目で見られた」「無理やり土下座させられた」「いじめられた」「友達がいなくて誰も庇ってくれなかった」と脳内変換して自分のいじめ体験ぼっち体験と重ねて発狂して他の参加者叩いてる奴多すぎで草
見出ししか読まなかったり雑は決めつけはいつものことだけど最近それが本当に酷くなってるというかあまりにも調べなさすぎる
ちょっと前まではちゃんと読めよ文盲wソースをちゃんと確かめたのか?wってバカにしてたはずの層がソースを見ない側に回るようになったというか
いじめられて弱者男性/弱者女性になったとか発達障害があるとか何かしら被害者的な立場であることは本当なんだろうけど被害者意識だけ増大しすぎてひどいことになってる
ちなみに自分は「あっ失敗した!!失敗したせいで負けた!!」みたいな局面が辛いからスポーツ全般見れない
😷運動音痴ワイは見えてる段差ですら躓くやで
子供はそういうの察知するよ。長男さんも、本心では嫌われるの悟ってるけど、気付かないふりしてると思う。
てか運動神経が悪くて鈍いのも、太ってるのも、あんたの管理不足やろ。かわいいかわいい甘やかして、好きなことだけさせて好きなもんだけ食わしたんだろ?
子供がみんな次男みたいに自然に運動神経身につくわけじゃ無いんだよ。幼い頃からどれだけ運動してたかがかなり重要。そこでもう生涯の運動神経とか空間認識能力とかが決定しちゃうんだよな。外に無理やり連れ出してボール遊びさせ、ボール遊びすら嫌がるようなら何か球技のチームとかスクールにぶち込むべきだったな。そうすりゃどんなに先天的なセンスが無いとしても運動音痴にはならん。
ジム行き始めた
年取ってから全然体重減らないからやばいと思って、週2程度だけど行き始めた
初めは器具の使い方とかわからなかったけど、今はなんとなくわかるようになってきた
ただ長年の運動不足故に正しい姿勢が全然できないなら目下の課題
ジム行くたびに体重を測るけど、筋肉量が増えていくのがわかって結構楽しい
ジムは午前中に行くという目標を立てたので、早寝早起きができるようになった
あとこれは予想外だったけど、ジム行きだしてから集中力が上がった
プラセボとか勘違いとかかもしれないけど、仕事中に集中できない・ボーっとすると言うことが減ってきた
運動音痴だから体育って苦手だったけど、トレーナーさんが優しくて丁寧に教えてくれるから体を動かすのが苦じゃなくなってきた
これからも頑張る
自分も運動音痴でナードタイプだったから体育の授業はよく休んでたし非意欲的だったけど
保健のペーパーでカバーしてなんとか5段階評価で2ぐらいつけてもらってた、10段階評価では5ぐらいになったかな?
その評価は悪意があると思う
他の科目の評定は10段階で8ぐらいだったけど保健体育だけずっと1だった
三者面談で「相対評価だから仕方ないよ(笑)」って担任に言われたの今でも覚えてる
1つけられる人の比率的に、自分は学年で下から4番目か5番目までに入る成績らしくて
1回も休まずに授業受けて補講も受けてペーパーテストは満点近く取ってたのになんで???ってすごい悲しかった
体育1やったわ!!って教室で話してる子もいたけど、どの子もヤンキーというか、そもそも学校全然来てない子だった
毎日学校来てクソ真面目に体育の授業受けてる自分が惨めに思えた
評定=受験で加算する内申点だから1つでも1があるとかなりハンデで