はてなキーワード: 責任能力とは
何も考えずにとりあえずその場しのぎのそれっぽいことを口にしてるだけでそういう指示を出してる理由が何もない
意味わからないから確認しにいくと、ちゃんと答えられなくて「じゃあそれでいいよ」とか言い出してどんどん内容が変わる
そもそも目的、目標を明示せずに謎の指示だけ出すから順番がめちゃくちゃで何がしたいのかわからないし何をさせられてるかもわからない
なんかもう上司くんの言う通りに動いて会社をめちゃくちゃにしてやろうかなとも思うんだけど、責任能力もない、というか他部署の人から信用されてないから「上司くんに命令されてやりました」って言うと「お前らがちゃんとやれ」と怒られる
耳障りのいいことを言うのだけは得意だから部下としては使い勝手良かったのかな
俺は疲れた
[B! 男女] 「ミス日本」椎野カロリーナさん、事実と異なる説明を謝罪「混乱と恐怖から真実を話すことができなくなりました」
「当初は離婚済みと説明されたが、交際が深まった時点で実はまだ既婚と判明」って、川谷&ベッキーの時と同じだ。というか大半の不倫劇がこのパターン。相手が既婚と判明した瞬間に関係をリセットするのを常識にせよ
感覚リセットすべきのは、したり顔で語っとうお前じゃー! id:Shin-Fedorさん!
また、「そもそも前田夫妻はインスタ相互フォローであり、奥さんのインスタの方で仲睦まじい写真が多くUPされている。タグ付けもされているから検索も容易。これで最初は既婚者と知らなかったとは信じがたい」という指摘も存在する。
先の増田、はてブって性差別主義者が多すぎるでは、ブクマカは性差別主義者だから椎野カロリーナを庇い、伊東純也を「合意」があったと仮定のもとでもぶっ叩く、ダブスタを引き起こすのだという。一理はある。
けれど、単に今回は「ルーツは外国で、せっかく努力してミス日本に選ばれたのに、限界ネトウヨみたいな輩からいちゃもんつけられる、かわいそうな人だ」という、一度持った先入観、
これを、リセットできない、なかなか手のひら返しできない、というところに問題の本質が有るのだと思う。伊東純也も、強姦魔だという印象を一度持たれた以上、仮に「合意が合った」と認定されても叩かれ続けることになる。
また、奇遇なことに、この思考回路は、はてなー諸君の慈悲的差別と同じ論理的構造を持つのだ。
いいか、お前らはカロリーナに嘘つかれてたの。男に「自分は独身」って嘘つかれてた場合と同じく、その時点でカロリーナへの評価はすべてリセット、「他にも嘘付いているかもしれない」から始めるべきなの。
次の言い訳「交際が深まるまで既婚者と知らなかった」を真に受けるなんて正気か??? 状況証拠・暴露を加味して判断すれば、最初から既婚者と知って付き合った可能性は相当に濃い。
ほんと、18越えてもまだ未熟、10年20年と歳をとれば精神的成熟できるなんて全く幻想だってことがよく分かるね。だからこそ18越えれば責任能力は同等と扱う他ないのだ。
カロリーナは、前田拓摩の奥さんへの立派な加害者だし、責任は夫である前田拓摩と同等にある。
もともとブクマカは「不倫?個々人の問題でしょ、下らない。ニュースバリューなんてないよ」というスノッブキャラで売っている。
そこに、「数日前庇った被差別者・弱者が謝罪」という字面が目に入って、ただの芸能ネタを社会派ニュースと誤読して、「カロリーナも被害者」などといっちょかみ擁護しだす。
前田拓摩は先に謝罪しているという基本的事実さえ把握せず「女が謝らされる」というブコメがトップに上がるし、カロリーナにひどい目にあわされて、憔悴する前田拓摩の妻への視点もない。
芸能ネタにいっちょかみするならね、スノッブキャラ辞めて、まず滝沢ガレソ@takigare3でも読みに言ったら良いんだよ。彼、名誉増田民だし。
くだらん芸能ネタだからと見下して、何も調べず「男が女を虐げる社会構造」一本槍でコメントする、そういうブクマカのほうが下らない。
法っていうのはね、人の復讐心や感情(が行き着く先の殺意)を国家が代行するためにあるものじゃないの。
ビジネス人権家とか言って人の心が分からない人間かのようにいつも肯定派は人格攻撃するけど。
むしろ法によって正しく人の世が治められるにはどうあるべきかを誰よりも深く理解しているからこそ、仮に自分の近親者が無惨に殺害されたとしても、国が殺し返すことで解決とするような安直な発想には理性で抗っていかなきゃいけないと了解しているわけ。
法というのはよりよい社会環境を作っていくためにあるものだよ。罪が生まれる原因を罪人個人に帰着させてしまうのは、思考の放棄とかわらない。
人間が育ち暮らす環境を制御できる最大の権限をもつ国家が、罪人を産みだす社会環境を作ってしまったことと、その改善に真摯に向き合うには、死刑で済ませてたら前進しないのよ。
だからさっさと死刑にするよりも国に負担はかかるけど、無期懲役として養い続けながら、更生の芽がないか探り続ける役目を負うくらいの覚悟が国にはないといけない。それがままならないくらいになれば、本気で社会構造を改革しないといけなくなるでしょ。
死刑にしてたら、どんだけ世の中が腐敗してても、ゴキブリ潰しを延々と続けていれば国は仕事してるように見えてしまうけど、そんな社会は誰も望まない。ゴキブリが大量発生しない環境を作るのが本来の仕事でしょ。
もちろん、実際的には、個人が責任を負える存在だと仮定して、罪が生まれる原因を罪人個人にある程度帰着させてしまうのは有効だよ。だから刑罰があるし、責任能力を慎重に判断した上でジャッジをするんだけど。
命を奪う究極の刑罰に向き合うときは、そもそも人間って本質的に、責任を負えるものなのか?ってことを、負えるものだと仮定する法の枠組みを越えて、科学的にちょっと立ち止まって考えなきゃいけない。
気の毒 https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2301364
差別 https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.kanaloco.jp/news/social/article-1050946.html
事件を起こしていない人間まで障害という属性で判断することが差別なのだ、起こした人間と扱いが違うのは当たり前だろ馬鹿、と返されるだろうが全く同感である。
それをしないなら健常者であろうと蛇蝎のごとく嫌われる。