はてなキーワード: 職場とは
前、倒産した会社に居た時、社長が口出したがるけど決断力無さすぎて毎日言ってること変わってて、社員をスケープゴートにして怒鳴り散らして自分の無能を責任転嫁してたが、今の職場も業績傾いてそんな感じになってきたな。
今の会社もそろそろアレかもなぁ…
よく職場で若い人に麻雀を教えてやるんだけど(健康麻雀)、ぜんぜん上がれないまま終わってしまうことが多い。
事務所周りの重作業(模様替えの重機移動、炎天下の植栽剪定、重い宅配の受取や移動、etc)は男の仕事だったから、女性にそれさせられないし、せめて来客や暑い中外仕事してきた人へのお茶ぐらいは女性に淹れてもらおう、って職場内で合意して決まった経緯があったんだけど、その流れを知らない当時入社5年目ぐらいの女性を筆頭に「お茶汲みの仕事は女の仕事じゃない!」って憤慨しだしたから、「じゃあ男女関係なく自分たちのことは自分たちでしましょうか」って取り決めになった。
今まで女性等が重めの宅配物受け取ってる気配があったら男らは仕事の手を止めて受け取ってたんだけど、そうすることも無くなった。そしたらある日、女性社員が「すみません、宅配来たんでお願いします」って来たから俺がいこうとしたら上長が「行かなくていい」って引き止めて、代わりに向かった上長「これはうちの物じゃないね、そちらで注文した什器だよね、男の仕事も女の仕事もなくなって各々やることにしたのはそちらさんだよね」って言って仕事に戻った。
しかし未だに別姓反対してるのって元増田のいう「保守的な」おっさんでも少数派だと思うけどな
本当に別姓に反対するおっさんが多い職場ならそもそも認められてるわけないしな
むしろそれをやたら忌み嫌ってる増田の方が職場で浮いてそうなんだが、職場の人間関係よりネットのアンフェ沼の方が居心地よくなっちゃってんのかな
職場の若い子が結婚するというので、姓はどうするのかと聞いたところ、日本ではもう選択的夫婦別姓制度が導入されているものだと思っていたらしく、考えもしなかったとのことだった。
「夫婦別姓あたりまえですよね~」とのことだったのだけど、その辺の基礎知識もないまま同制度に賛成してんのは、理屈や根拠もないまま雰囲気で言っているだけで、将来的には雰囲気で保守・守旧派にも転じ得るんだろうなぁと思った。
そう考えると今は超保守的なお局様や役員たちも、昔はリベラルだったんだろうなと思えて感慨深い。
※ 追記:俺が選択的夫婦別姓制度に反対していると思っていると思しきトラバがぶら下がっているが、反対していません。書いてない文意を読み込みすぎ。
関係が出来上がってる奴からコンビニ菓子渡されてもマイナスにならんけど出来上がってない奴から重ためのプレゼント渡されたら普通は嫌だよね
5年前からパートで働いている職場は、パワハラ上司がいるので、日々人が辞めていく。即日退社、退職代行もたくさんみてきた。給料面や条件も別に悪くないのにパワハラのただ一点でみんな辞めていく。
少しでも機嫌を損ねると正座して叱られる。親の顔が見てみたいだの、犯罪者など、全然言われる。無視や嫌がらせも全然してくる。上司は怒るだけ怒ったら、落ち着きだす。職場内の監視カメラもチェックされていて、少しでも喋ろうもんなら給料泥棒めと正座。上司の前を歩いても、失礼極まりないだろ正座。なんでもかんでも叱られる。してないことも叱られる。事務員さんが座ってパソコンしていても叱られる。事務員さん中腰でパソコンしてる。
みんな「こんな職場はじめて」と言って辞めていく。私だけずっといる。初めの1年くらいは泣いていたような気もするけど、途中からどうでもよくなった。私が叱られている間も、一生懸命に仕事をしている間も時給は一緒だと気づいた頃から、どうでも良くなった。最近は、上司が機嫌悪くなる波動を感じたら、自分から正座をしてるときもある。正座慣れ、叱られ慣れしてきて、座ってるだけでお金もらえると思ってる感じもある。
遅刻してしまったときも、「まあ上司のが悪いことしてるよな」とあまり反省できなかった。ミスをしても「こんなところで5年も働いてえらいよな私」と落ち込まなくなった。先週叱られたときは、むしゃくしゃしていたので「じゃあ辞めましょうか?」とすぐ言い返してしまった。
上司は「ずっとおってくれるのはあなただけや」と泣いていた。上司はお誕生日プレゼントもくれて「こんなん部下にしたんはじめてや」とはにかんでいた。誕生日プレゼントのエルメスのスカーフは、そのままお母さんに母の日としてあげた。
5年前からパートで働いている職場は、パワハラ上司がいるので、日々人が辞めていく。即日退社、退職代行もたくさんみてきた。給料面や条件も別に悪くないのにパワハラのただ一点でみんな辞めていく。
少しでも機嫌を損ねると正座して叱られる。親の顔が見てみたいだの、犯罪者など、全然言われる。無視や嫌がらせも全然してくる。上司は怒るだけ怒ったら、落ち着きだす。職場内の監視カメラもチェックされていて、少しでも喋ろうもんなら給料泥棒めと正座。上司の前を歩いても、失礼極まりないだろ正座。なんでもかんでも叱られる。してないことも叱られる。事務員さんが座ってパソコンしていても叱られる。事務員さん中腰でパソコンしてる。
みんな「こんな職場はじめて」と言って辞めていく。私だけずっといる。初めの1年くらいは泣いていたような気もするけど、途中からどうでもよくなった。私が叱られている間も、一生懸命に仕事をしている間も時給は一緒だと気づいた頃から、どうでも良くなった。最近は、上司が機嫌悪くなる波動を感じたら、自分から正座をしてるときもある。正座慣れ、叱られ慣れしてきて、座ってるだけでお金もらえると思ってる感じもある。
遅刻してしまったときも、「まあ上司のが悪いことしてるよな」とあまり反省できなかった。ミスをしても「こんなところで5年も働いてえらいよな私」と落ち込まなくなった。先週叱られたときは、むしゃくしゃしていたので「じゃあ辞めましょうか?」とすぐ言い返してしまった。
上司は「ずっとおってくれるのはあなただけや」と泣いていた。上司はお誕生日プレゼントもくれて「こんなん部下にしたんはじめてや」とはにかんでいた。誕生日プレゼントのエルメスのスカーフは、そのままお母さんに母の日としてあげた。
https://x.com/noeasywalk/status/1786037637058535611
私はこの方とは逆で、組合を途中でやめたものだし、そこまで大きな話はなにもない。ただ、どうして組合員が低下しているのか、運営をしている方に伝わってほしいと思う。ただ、10年ほど前の話なので、今とは違うかもしれないということはご留意いただきたい。
私はある政令指定都市で小学校の教員をしている。組合は初任のときに入った。勧誘を受けたというより、職場のほぼ全員が加入していたので、「入るのが当たり前」という雰囲気にとてもじゃないが抗うことなどできなかった。私の働く都市の組合は規模も大きく、どの学校に行っても、7、8割は加入している。
仕事内容など説明を受けないまま入ったが、正直に言えば、いったいなんの活動をしているのか、最後までわからずじまいだった。とにかく、動員・研修・署名。その繰り返しだった。
動員はノルマがある。年に数回あるイベントに、入っている組合員で割り振られる。急に(少なくとも私にはそう思えた)「ここに行ってほしい」と言われることもあり、仕事を終えて会場や路上に行くこともあった。プラカードをもち、シュプレヒコールを上げている。「憲法改正反対!」とか、「自民党を倒せ」みたいなやつだ。これがいったい、教員の処遇となんの関係があるのか、私にはよくわからず、ただぼうっと立ったままそこにいるだけだった。
研修は夏季休暇や課業後に行われる。授業研究会のようなもので、テーマが割り振られ、指導案などをつくり、壇上などで発表する。これも学校ごとに年ごとに役割が決まっている。私がしたものは、「おんなじのでいいから」と、前々からある指導案を少し手直ししたものを発表した。これは年に何回かあり、自分の発表がなくとも、他の学校のものを見に行く義務があった。
ストは1回だけしかけたことがある。給与改定かなにかの交渉を本部がしているということで、朝組合員で一室に集まり、授業が始まるまで待った。結局、委員会がなにか譲歩をしたのか、組合側が譲歩したのか、よくわからないままストは中止された。それからは、ストの話は一度もない。
そして、これらのことは、全て勤務時間外か、勤務中に行われた。
何年かして、私の家族の具合が悪くなり、医療費やそれに類するもので、保険内診療だけで20万円を超えるぐらいになった。加えて、子どもも生まれ、育児にも時間を割かれた。組合費は月5000円ほどかかっており、前述したように、授業準備や家族との時間を削って動員などにも参加することは、かなり負担になっていた。ついに耐えきれなくなり、分会長に相談し、組合の運営に退会願いを申し出た。特に留意されることもなく、すんなりと退会することができたので、嫌味のひとつでも言われるのではないかと危惧していた私としては拍子抜けした。
だが、どちらかというと周りの組合員の反応の方が私には堪えた。いわゆる分会というものが校内で開かれると、私は職員室に残ったままなので、私が退会したことはすぐに伝わる。みななにか言うわけでないが、遠巻きにされる印象はある。直接「なんかあったときあなたは守れないから」と、皮肉めいて言ってきた職員もいた。学校を異動しても、組合員の割合は高いので、すぐに質問をされる。子どももいたので、フレックスや看護休暇などの制度を使っていると「子育てして制度の恩恵を受けているくせに組合に入らないのは何事だ」と言う職員もいた。私は、すみません、いろいろありまして、と頭を下げて答える。一度、事情を説明すればわかってもらえるのかと、家庭の状況を伝えたこともあったが、「みんな状況は同じだ」「だからこそ組合に入ってみんなでよくしていかなければならない」と、彼我の隔たりを感じ、それ以降は説明することを諦めた。
でも、と私は思う。果たして、いまある制度や境遇に、いったいどれだけ組合が関与したのだろうか。どちらかというと、世間の流れや、他県の事案に追随した結果なのではないか。よしんばそこに組合の努力があったとしても、どうして、いち組合員にそのように言われなければならないのか。権利を行使するには、金を払い、労働力を差し出さなければならないのか。それをしない者を、できない者を排除してきたのが、凋落している組合の本質なのではないか。
一度、保護者から大きめのクレームを受けたことがある。私は電話応対をしただけで、その対応はしごく一般的なものであり、今でも自分に瑕疵はないと思っている。だが、校長は、とにかくその保護者に頭を下げてほしいと言ってきた。私は当初拒否をし、経緯も文書にして伝えた。周りの教員も同情的に見てくれたが、誰も助けてくれる人はいなかった。その数年前に、組合員だった職員が管理職のパワハラに巻き込まれたときは本部にかけあってくれたのとは対照的だった。確かにそれはその通りだった。組合員でないものを助ける義理はない。だが、今回の投稿主の方が仰ってるように、それこそ新自由主義のもたらした分断なのではないだろうか。
結局私は、自ら弁護士に相談し、このようなケースにおける最善の方法についてアドバイスを受けた。最終的には保護者に頭を下げることになり、彼は訴えることもちらつかせたが、弁護士の「そんな裁判引き受けるヤツいないですよ」という言葉で、毅然とした態度で望むことができた。このとき思ったのは、自分の身は自分で守るしかない、ということだった。
本当に皮肉な話だが、組合のどんな活動結果よりも、組合費の負担(年6万)と時間内外の業務がなくなったことが、私の生活をいちばん楽にした。だが、それでも、私は、労働組合は必ず世の中に必要だと思っている。組合がなければ、この社会はもっと悪くなっていたし、力が弱くなったとはいえ、最後の防波堤のような存在だ。しかし、本当に残念なことに、今の私は、私の生活を維持することに精一杯で、未来の教職員の労働環境まで考えることができない。だから、この先、私が組合に入ることはないだろうと思う。
そう思っていたから、今回の投稿者の方の内容は胸にしみた。特に最後の部分の「分断」を憂う内容は首肯することばかりだった。彼のような人がいたら、私はまだ組合にとどまり続けたかもしれない。
だからといって、組合が組合員でもない人間を助けろ、とは口を裂けても言えない。それを私の側から言うのは驕った考えだ。でも、もっとなにかできることはないのか、とも思う。いま、私は組合員ではないので、組合の手紙は届かない。だから、彼らがいったい今、なにと戦っていて、どんな成果を出しているのかなにも知らない。これは本当に不幸なことではないだろうか。全国の教職員組合は、このような非組合員が、だんだんと増えていっているのだろうということに、ぜひ目を向けてほしい。
中途採用でECサイトの業界に入った。二十代半ばの頃である。外資ということで緊張してたけど、意外とそうでもなかった。
厳しい社風ではあったが、それはルールや数字に厳しいというだけであり。自社のポリシーや規則に従って行動していれば、結果が悪くてもそうまで低い評価が付けられることはない。
もっというと、上の意向をしっかり確認して動くということか。いや、違うな。ちゃんとした意思決定の過程を踏むということだ。上の判断が必要なら議論をし、委任事項であれば自分の責任で物事に挑み、失敗しても成功しても検証記録を残していく。これだけのことができずに消えていく人間を何十人も見てきた。
語りが過ぎた。私はeコマース(ネットでの買い物)の世界で長い間働いてきた。実はもう転職が決まっている。記念に、これまでの努力の過程を書き綴っておきたいと思った。ちょうど今は卒業シーズンである。
ただ、努力はしたけれども、いい結果が出ないことの方が多かった。もしくは結果自体の測定ができないか。それでもいくつかの改善はできた。その一部を記していきたい。
私の専門分野はレビューシステムだった。あなたも、ECサイトで★を付けたことが一度はあるのではないか。私は、そのあたりの仕組みやルールを作っていく部門で働いていた。SE寄りではなくて、インフラ寄りでもなくて、格好よくいえば社内Sler兼企画といったところか。
これから、何点かのトピックに分けて思い出深い改善活動について述べていきたい。なお、特定の用語を出すとどこの会社かわかってしまうので、専門用語は一般的な言葉に置き換える。例えば、あるレビューにクリック等で賛意を示すことは「いいね!」で統一する。
昔は、ある特定のレビュアーへの通報が多かった。違反報告か、問い合わせ窓口(TEL,mail)を通じて、「あのレビューは誹謗中傷だ」「特定個人の名誉を傷つけている」「製造メーカーへの粘着が見られる」「差別的な表現を用いているので削除すべし」といったものが多かった。確かに、通報先のレビューを読んでみると、大変よろしくない表現が散見された。
当時は、電話によるカスタマーサポートがあった。その窓口に、正義感を持った方々が、上記の善くないレビュー及びレビュアー(bad egg)について抗議していた。
こういった問題あるレビューについて、私がいた部署では対応が必要と考えていなかった。直属の上司も、さらに上の人間も、どの国にも地域にもいる悪口をたくさん言う人としか捉えていなかった。
しかし、私や数人のチームメンバーは、彼ら悪辣なレビュアー(bad egg,bad person)の行為が、サイト全体の害になると考えていた。具体的には、次のような行為を彼ら(彼女ら)は行う。
・商品をわざと口汚く罵り、マイナス評価や罵倒コメントが付くことを喜んでいる
※アニメや漫画、小説といったエンターテインメントに多く見られる
特に、一番下のタイプの顧客の場合、サイト利用者に不愉快な印象を残す可能性が高い。対処が必要と思われた。
しかし、データがなかった。上司にある対策を提案した際に言われたのは、「今あなたがしようとしているのは、私の権限を超える行為であり、本社への協議も必要である。主観ではなく、根拠を示したうえで提案せよ」というものだった。
それから半年以上かかったものの、私とその小さいチームで初版の検証資料を作成した。それは、次の結論から成り立っている。
・悪辣なレビュアーと論戦になった顧客は、その後半年間での実質退会率が高い
具体的なマイナス幅を提示することはできないが、統計学上、数パーセント以上という有意な範囲で顧客にマイナスの影響を与えていた。当然売り上げも落ちている。
悪辣なレビュアーは、一般的な顧客とレビュー内容を巡って論争(※当時はコメント機能あり)になった際、いわゆる煽り行為をする。その口汚い言葉が顧客を傷つけ、顧客体験を棄損してしまう。そんな当たり前のことに気が付くのは容易だったが、数値的に証明することは難しかった。
私たちの検証結果は、上の階層へと引き継がれた。さらに細かく検証するという――それから数ヶ月が経って、本社の方から通達があった。
「次のとおりレビューシステムの仕様変更を検討する。そちらの考えをまとめて回答せよ」とのことだった。以下は仕様変更案の参考文面である。
‐改善案‐
「参考にならなかった」のコンバージョンボタン(Conversion Button)の廃止を検討する。
理由:悪質な利用者が一定数いることで顧客体験を損ねている。顧客がより安全にショッピングを楽しむためにも、悪意をもって低評価をする者への対処が必要である。
私たちは、その通達と、添付されていた検証資料を読んだうえで、時間をかけて再検証を行い、廃止は正しい行為であるという回答を上申した。
加えて、現状のレビューシステムにある顧客同士で討論できるコメント機能についても、建設的な議論が行われているとは言い難い状況にあることから、廃止を提言した。
積年の課題だった。残念ながら目下解決には至っていない。不正レビュー根絶の目途もつかない。明白な違反者であれば発見・処分ができるのだが、グレー段階での処分は難しい。
実際に、不正を行ったと思しき者を見つけることはできる。AIが発展した現在だと、いわゆるサクラレビューと呼ばれるものはシステムの方で自動的に発見し、一定確率で怪しいものを報告してくれる。
昔は、一件一件手作業であったり、Excelのフィルタ機能を組み合わせるかのように検索条件を設定して虱潰し(shirami-press)に見ていく必要があった。
そう、不正行為と思しきレビューを見つけることはできる。あくまで見つけることは。だが、はっきりクロだと断定し、処分を下すのは人間にしかできない。1日につき何十件、多い日だと百件以上も上がってくる不正と思しきレビューに対応するのは不可能に近い。
多くのECサイトには、利用規約や社会倫理に反する行為をする利用者(販売者、注文者、閲覧者)を処罰するためのポジションが存在する。弊社においても当然あったが、少数精鋭が過ぎて不正レビューへの対応が後手に回っていた。
不正を見つけることはできても、処分することは難しい。冤罪があってはならないのはもちろんのこと、微妙なケースである場合も、利用者が今後弊社を利用してもらえるよう最大限配慮する必要がある。
はてなのサービスでいうならば、以下の利用規約の適用に係る取扱いが最も近い。
d. 迷惑行為、嫌がらせ行為、誹謗中傷行為、正当な権利なく他者に精神的被害・経済的被害を与える行為
e. 自分以外の個人や会社、団体を名乗ったり、権限なく特定の会社や団体の名称を使用したり、架空の個人や会社、団体を名乗ったり、事実がないにも関わらず他の人物や会社、団体と業務提携や協力関係があると偽ったりする行為
私は、学生時代からはてなのサービスを利用している。はてな匿名ダイアリーにおいては、この規定を制限的に運用しているように見える。
というのも、明らかに釣りと思われる投稿をしたり、他人になりすましたり、特定の企業や団体を匂わせる文書を発しているエントリが一定数みられるが、運営が規約規範として対処している様子はない。
推測ではあるが、99%のクロであっても、それが100%でない限りは対処しないという方針であろうと思われる。冤罪を避ける意図もあるが、意見の多様性を保持するためでもあるし、はてな匿名ダイアリーをひとつの実験場として捉えているのかもしれない。当方は、増田なる場所を蟲毒のひとつであると考えている。
話を戻す。レビューに関する不正行為について――その大半がサクラ行為であるが、不正行為の抽出までは技術的に自動化できるものの、最終判断は人がせねばならない、かつ間違いがあってはならない――という課題について説明した。
ただし、今のところはそれで問題ないと個人的に考えている。というのも、不正レビューへの対処が迅速ではないというだけで、悪質な行為をする利用者を取り締まること自体はできているからだ。技術が向上すれば、今後の改善も見込まれる。
今でも、ECサイトを覗いているとサクラレビューが多く散見される。会社を去って他業界に行く自分がいうのもどうかと思うが、今後も建設的な手段により不正行為への対策が効率化される未来を願っている。
多くのECサイトでは、役に立つレビューを行った人に賛意を示すことができる(冒頭の「いいね!」ボタン)。多くの点数がついたレビューは、商品欄において上位に表示されるようになる。
どのECサイトも、できるだけ多くのレビューを投稿してほしいと考えている。世の中の儲かる商売というのは、消費者に働いていただくことで成り立っている(GoogleやTwitterが典型例。もちろんはてなもそうである。運営会社はブロガーの生産活動によって生きている。ほかには食べログ・リクルート・メルカリなど)。
過去の弊社においても、どういった仕組みを採用すれば多くの利用者にレビューを書いてもらえるのか、サイト黎明期の先達は検討に検討を積み重ねた。
結果として、レビュアーランキングシステムという、今では各社で一般的になった仕組みが誕生した。かつてECサイトが未開の荒野を歩いていた時代の発明のひとつである。
永きにわたって活躍したランキングシステムだが、今では隔世の感が否めない。レビュアー同士の競争を促進することで、より多くの良質なレビューが生まれるという判断があったが、それは一企業人の錯覚に過ぎなかった。一企業においても高度の統計分析が可能となった現代において判明したのは、その役割を果たさなくなっていることである。
「レビュアーランキングの存在によって、自らの票を集めることのみを目的としたレビューが増える。初めは良質なレビューを書いていた利用者でも、ランキング上位になった後にレビューの質が低下する傾向にある」
ある時、自分の書いたレビューがバズったとする。それは、有名な映画か小説か漫画かアニメか、化粧品か家電製品か衣服か、はたまた書籍か、なんでもいい。自分のレビューが数百人からの「いいね!」を集めたとする。その後も良質のレビューを投稿し続け、同じような体験を繰り返したとする。そして、あなたは晴れてレビュアーランキングの相当上位に昇った。あなたが投稿したレビューのどこかに、それを示すバッジが掲示される。
さて、晴れて上位レビュアーとなったあなたであるが、その後に何もしなかった場合、順位は落ちていく。数ヶ月も何もしなければ、まず確実にバッジは剥がれる。元に戻るのだ。
それが嫌なレビュアーもいる。上位レビュアーでありたいがために、関連商品にとりあえずのレビューをいくつも投稿する。人の目を引くために過激な表現を使うし、ゴシップサイトさながらの低俗な言葉遣いをすることもある。また、省力化のため、自己や他者のレビュー内容の一部を借用することがあるかもしれない。
上記の調査研究において、上位レビュアーによるそういった傾向が明らかになった。特に、サブカルチャーにおいては顕著であった。
【具体例】
・新作アニメの公開時期になると、数行程度のレビューを無差別に付けて回る
・水平展開するコンテンツ(原作→アニメ、小説、映画、舞台etc)の各所に似たレビューをする
現在では、レビュアーランキングシステムは廃止されている。上に挙げたようなマイナス効果の方が大きいというのが、社内の統一された意見となった。
レビュー自体については、今後も廃止されることはないだろう。私自身も、レビューの調査研究を続ける度に学びになることがあった。人の親愛の興味深い傾向(ex.数千字にわたって自分の家族の話をする)であったり、笑いを狙ったユーモア(ex.ヘッドフォンの音質は、元の電源によって異なる。原子力発電か火力発電かソーラー発電かを聞き分けられると一人前)であったり、その道のプロと思われる学術的なレビュー(読書カテゴリに多い)も多数拝読した。
日記は以上である。懐かしい思い出を振り返る機会ができてよかった。年度末ということで、新しい職場に移る前に買き始めておきたかった。投稿はゴールデンウィークになってしまった。
次の職場も、一般企業と各消費者を結びつけるタイプの仕事になる。フリマアプリの会社である。残念ながら、自分の仕事を通じて、どれほどの顧客体験を社会にもたらしたのかを測定できる手法は未だ確立されていない。私が生きているうちに、そういった手法が生み出されることがあるのだろうか。
最後に、ここまでお読みいただきありがとう。今後、あなたが利用した商品をレビューしたことで、そのサイトでショッピングをする何千、何百万人という利用者が喜ぶ未来を祈っている。
実際は男全体が性犯罪者としてまなざされているし、
(職場の同僚に「わたし、左翼なんだよね!」って言える?その同僚はどのような反応をする?)
そのため、ヤバいフェミニストが全体化されてフェミニスト全体がヤバいもの扱いされる現象も同じように起こる。
我々はこのような偏見と闘わなくてはならないが、「この現象の被害を被っているのは我々だけだ!」という被害の私物化は許されない。猛省せよ。
誰にも話せないのでここでアウトプットすることを許して欲しい。
事の発端はラーメン食べに行かないかって誘われたことだった。相手は3つ年上、趣味繋がりの人、恋人がいることは元々承知。職場の最寄り駅で集合ねと言われ駅で待ってたら車で現れた。そこら辺でラーメン食べるんじゃないのかと驚いてたら行きたいラーメン屋が駅から遠いからって車で来たらしい。
車の中で恋人とその友人の悩みをずっと言ってた。1時間ぐらいかけて隣の県のラーメン屋まで来てラーメン食べた。おいしかった。遅くなるから帰り送ってくよって言われたけど申し訳ないんで方向同じところの駅まで送ってと頼んだ。
帰り道はどんな話してたのか覚えてない。なんかの愚痴を言い合ってたような気がする。はっきり覚えてるのはここから。
「一緒に飲まない?」
「いつ?」
「今から」
「車じゃないですか」
「家帰ってから」
「さすがにまずいですよ」
自分の家の最寄り駅まで1本で帰れる路線の駅前の踏切待ちをしていた。
そう言って私はドアノブに手をかけ降りようとした。
「ガチャ」
ドアロックされた。
「帰さないよ」
目が輝いてた。野獣の眼光だった。
全てを諦めた。相手の恋人とは接点ないしいざとなれば連れ込まれたことにすればいい、別に付き合ってない人間と行為することに抵抗はなかった。自分も最低な人間だが相手の方がもっと最低… 自分に言い聞かせた。
言い訳のように言われたと同時にどこか興奮してるきた。
ふっ切れた私は深夜まで背徳感と快楽に浸っていた。NTRモノのAVとか同人誌は敬遠していたがどうやら実際めちゃくちゃ興奮するらしい。禁断の果実を味わってしまった。
翌朝駅まで送って貰い帰ったが、同意があったなかったで後から言われる可能性にビクビクしてる。なんかあった時悪く言われるのは男。しかし今回は女の方が悪いからと自分に言い聞かせてる。
妊娠5ヶ月になったよ
ここまでの雑感と、あと最近の目下の悩みきいて
「じゃあどこで産むかを決めてね、ここでは出産まで見られないからね」っていきなり言われるの結構びっくりした
決めるの?私が?ってなった どうやって決めたらいいとかそういう案内も無くいきなりポーンと放り出された感じでびびったわ
地域によるのかも知れないけど、母子手帳とともに「子どもの予防接種の助成券」とか産まれてからの書類めっちゃもらえるわけ
えっ?気が早くない?もう生まれた後の話してるの?ってなる
その頃まだ妊娠9週とかですよ、まだ「お腹に赤ちゃんいるんだ」という自覚も無かった(自分は)
まじで怒涛の情報量で「あなたはもう親だから自分で決めてね」みたいなの結構ストレス感じた
あと体のしんどさも全然知らなかった お腹が出てくるまでの妊娠初期も倒れるんじゃないのってくらいしんどいって知らなかった
世の妊婦まじですごい 自分が産んだらマタニティーマーク見たら絶対譲ろうと思った
結構周りの人は優しい
インターネットに毒されすぎて、妊婦は存在が邪魔みたいに思ってる人がいっぱいいるのかなと思ってたけど
みんな優しかった
変な人もいます
そして目下の悩みは保育園
保育園はやく選ばなきゃダメだよとか職場の人に言われるんだけど平日まだ働いてるから見に行けないし選ぶポイントもわからんし
親の働き方が点数化されていてそれによって入れる保育園が違うとかもわからん
調べても結構まとまって出てくるページとかが無いんだよな
実際めっちゃ難しくない?これをいきなり初心者パパママがやるんでしょ?わけわからんのだが みんなすごいよ
てか正直赤ちゃんグッズ何を買えばいいとか保育園はこう選べとか妊娠中のQ&Aみたいなやつ、教科書欲しい
自分は体系的にまとめられた参考書がないとインプット出来ないタイプなんだと思ったわ
勉強したいけど結構子育て界隈って口伝でいろいろ伝わってることが多くて情報取得が難しい
ググったり周りの話を聞いたりで断片的な知識はついてきたんだけど、なんというか上手く情報の鉱脈を掘り当てられてない感じがするんだよな~
は~ 頑張る 読んでくれてありがとう
なんか女って極端に年齢差ある相手を男よりも許容するよな。職場の50代のお局も、30代の彼氏と付き合ってる事をしょっちゅう自慢してる。まあ本人は「彼がもっと若い頃からずっと付き合ってて歳の差は関係ない本気の恋愛で…」と何回も言い張ってるけどそれだけ付き合ってて結婚してないんだからどうせ金持ってるのを良い事に遊ばれてるだけなんだろうな。
数年前転職してきた(具体的な年数は記載しない。「a few years」の数年前)上司が飛んだ。もちろん形式上は通常の手続きでの自主退職だけど、引き継ぎなども特になくクロージングもなく「いなくなった」。
私もサラリーマン人生長いから、今まで「鳴り物入り」の同僚や上司が来て、淡々と去っていくのを見てきた。中でも今回の「飛び」は印象深かったから、個人や場所を特定されない話として残しておこうと思った。
推薦図書を全員にメールで送ってきた。結局ほとんど誰も読まなかったらしいけど、私は「上司の推薦図書=実質義務」だと思っているから、アマゾンの中古本と図書館で借りることで一冊(アマゾンでも高かった)除いて全部読んだら「本が好きらしいので」と5冊持ってきて結局「義務」が私だけ5冊増えた。想像つくとは思うけど結局「読まなかった人へのペナルティ」も「読んだ人へのアドバンテージ」も特に無かった。もちろんそのあたりも最初から想定していたので特段の感慨はない。
感想?「何冊かは『読む』本じゃないよね」ということ。
仕組みやシステムを構築する時、困ったり抜けを確認するために該当箇所に当たってチェックする本だなというのが感想。
就任後一ヶ月くらいで、私を呼んで分析用のデータの作成を指示してきた。
「網羅すべき内容は?」「全部」
「どのくらいの期間で?」「できるだけ早く。3日位で」
これを聞いた瞬間に感じた。
(ああ この方自分で読んでそして我々に推奨してきた本の中身を理解してない)と。
推奨図書のうち一冊には「なんでもそうだけど 内容を明確にして対処するのが一番大事だよね」的な書物があったんだけどな、ついでに自分の仕事人生の中で「全部」と言われたデータが役に立った例は古今東西あった例はないな…と思いながらデータを取りまとめる。
…想像通り3日で作ったデータは死蔵品と化して、最後まで日の目を見ることはなかった。
推薦図書の中に「全てのデータを取得してアウトプットして活用する」的な本もあった。
だけど上司のアウトプット=資料を殆ど見たことがない。強いて言うなら文字位置がガタガタなPowerPoint位と画像貼り付けノートとして使われてたEXCELくらいかな。
データ使いこなすと言うならまずはMicrosoft Officeを使いこなしてほしいかな、と思っていたけど流石に直接そう話すわけにもいかなかった。
予感はしていたのだけど「ここ(現業)は◯◯が低迷し…」から始まった瞬間、皆の顔が微妙に歪むのを観察していた。私も現職で数社経験しているから身にしみて知っているのだけど、私が努めてきたどこの職場でも「課題も問題もある。それは皆わかってる。でも別に好きでそうなってるわけじゃないし誰かがサボってそうなってるわけでもない」。そこまでの経緯や体制など色々な原因が横たわっているからそこを改善しないとどうにもならない。それをさも「怠惰」が原因であるかのように話をしてもどのプレイヤーも得をしない。
予想はつくと思うけど、その後も会議はたくさん招集された。だけど上司から出てくるのは「課題」「問題」「事象」。いや、上司に求められているのはその3つに横たわる「原因」を分析する能力なんだ。それら3つはもう全員が理解してる。だからすぐに「会議を開くこと。そして上司の話を聞くこと」が会議の目的と化した。そして上司は目的語が大きかった。業務を遂行するうえで、顧客のどの層を想定するかは割と大事なポイントなのだけど、常に上司の口からは「お客さん」というワードだけが出てきた。それとなく傷つけないように目的語を会議中に修正した事は何回かあったけど結局最後まで変わらなかったな。
私の嫌な予感は的中し、上司の話を聞き流す人が着実に増えていった。
その結果どうなったか?上司はコミュニケーションの機会そのものを自分で減らしていった。立場上忠実(にならざるを得ない)直属の部下のみを招集しての会議のみがやたらと増えた。直属の部下は上司との会議のすぐ後に他部署との会議や自分の業務を抱えて辛そうだった。そのなかで上司はいつも5時になるとすぐログアウト。そして退社するのがルーティンになっていた。
いいか悪いか、は別として、現職の経営層は管理職に「プレイングマネージャー」であることを望む傾向が強い。仮にプレイングマネージャーでなかったとしても、課題も問題もあるわけだから暇な訳が無い、だからポジションを募集して貴方が来たんでしょう?と思うのはごく当たり前のこと。だから「イマイチ何をしているのかわからないが毎日定時で退社する上司」が現職の職場で目立ち始めるのに時間はかからなかった。
私の現職の部署はやや職場の位置が特殊で、本社の中枢部分に数人のデスクがあり、分館みたいな所で私を含む大部分のスタッフが働いている。
そんな中で、上司は分館の会議室に脇目もふらず直行して会議だけ行い(内容は少し聞こえてくるのだけど、何かが決まっている雰囲気はあまり感じられなかった)会議が終わるととてつもない速さで分館からいなくなり、分館スタッフと話す事は殆どなくなった。
コミュニケーションを嫌がる(怖がる、かもしれない。少なくとも私にはそう見えた)ものだから、メールの返信もいつも一行から三行位。「ふわっとした」疑問形で返されることも多かったから、メールの案件が上司が介入した結果結論に到達せずに途中で止まってしまう事が多かった。
承認書類も途中で止まるようになった。上司の承認が止まるものだから業務も案件も滞る。その中で招集された会議で上司の承認待ち案件について「あの案件が停滞しているのは何故?」という発言が当の上司から出てくるというギャグみたいな状況に数度直面した。
でも両方とも魔法使いじゃない。外部業者やコンサルと打ち合わせを行うと、初回で外部業者が必要しているデータをそもそも持ち合わせていないことがわかり数回の打ち合わせで大半が立ち消えとなり、事前検証や打ち合わせの時間分の工数が消える結果となった。
おそらくは経営陣側が「上司の力量に一旦は任せてみよう」という判断になったのだと想像している。その一方でこうも思った「後日経営陣は確実に費用対効果を確認してくるだろう。まあ私が問われるわけじゃないからいいけど…」。
良くなかった。
基本的には与えられた条件の中で新たな費用を発生させないことを前提としているが、どうしても少額の費用(最近はサブスク的な月1000〜2000円とかの定期支払いが多い)が必要になる時があるが、そういう少額費用の決済が恐ろしく渋くなった。どれだけ費用対効果を説明する資料を作っても駄目。
その中で「稟議通過したこの件だけど、まだまだ足りないからもっともっと金を使うぞぉ」的な資料を見つけてしまいため息しか出なかったのをよく覚えている。
会社は数字でのリターンを求めてくる。でも部下とのコミュニケーション同様「ふわっとした」説明しかできなかったらしい。資料を作って見せるスキルもないからすっかり経営層から「マーク」されたらしい。
その結果、上司が分館に来て誰とも目を合わさないテーブル(デスクではなく)で黙々とノートPCと向かい合って「何か」をして、5時になると姿を消す姿を連日目にするようになった。
だけど一つだけやっておきたいことがあった。
着任後半年くらいしてから「現業の未来像をどうするか」でブレーン・ストーミング会議を行いたいと言われてメンバーが招集されたことがある。
結局はブレーン・ストーミングでもなんでもなかった。
「役員が”将来像”は『A』になると言っているから、皆『A』にするための方策を考えて」だった。
私は基本的に官僚スタッフなので、方向性として示された事をいかに実現させるかに頭を絞るのが職務だと捉えている。だがこの件は看過しているとまずいと考えて話をさせてもらった。「『A』はできない訳ではないのですが、会社の体制と対応そのものを変える必要があり現職の状況には沿っていないと考えます。恐らくなのですが『B』という考え方があり…」とホワイトボードを使って説明した。参加者全員が納得してくれ、上司も「まあいいでしょう」と話をして次の会議予定を設定した。
次の会議になった途端、上司が『A』の話をし始めた。私から「先日お話した『B』の話は役員にしていただけましたか?」と話したところ「役員は『A』と言っているから」の一点張り。結局この将来像は、微妙にどうなっているかわからない状態になっていた。
上司の退職が決まって10日後位のこと。この”将来像”とは別案件で当の役員が来ることになった。別案件とは書いたが、この別案件の作り込み方は”将来像”によって180度に近いくらい作り込みが変わってくる。私もそれで悩んで色々な絵図面を散々描いては直し、を繰り返してきた。
私が事前に”将来像”について役員に直接確認する必要があるよねという話をしていたので、自ずと役員を前にその話題に流れていくことになった。
『B』だった。
私が話した内容とほとんど一致していた。
誤解しないでほしいのは、別に自分の自慢をしたいわけじゃないということ。
少しだけ捕捉すると『A』は「0か1か」の案で、『B』は「濃淡をつける」案。
外部の方からするとどっちも似たようなものに見えるのだが、実際は業務の作り込みから顧客への応対からシステムから何もかもが違ってくる。
恐らくなのだが、役員が『B』で話したのを、上司が忖度して「役員の期待?に応えるためにはもっと厳しくしないと!『A』じゃないといけないだろう」と脳内変換したのではないかと推測している。
念の為だけど上司を責める気はまったくない。誤認や勝手な忖度は初めての案件の場合よくあること。問題はそこからどう修正するかであり、それを可能にするのがコミュニケーションだと思っている。
その会議には退職間近の上司も参加していてほとんど何も喋らなかったが、役員が『B』を笑顔で話している時に上司をちらりと見たところ、ずっと下を向いていた。
会議後、役員は次の会議に向かった。そして上司はそっと席を立った。その時、他部署の方が「◯年前にさっきの話を聞いていればこんなに時間かからなかったのに…」と言っていたのが全てを表していたと思う。
その日から10日間、上司はほとんど別館のテーブルノートPCをおいて「何か」を見ていた。手は殆ど動いていない。誰かと会話する時間は一日10分程度。それでも定例の直属部下とのミーティングは開催されるし、案件の会議には一応「出た」。そしてほとんど何も喋らなかった。
外部業者(ほとんど実現可能性のない案件を相談)から次の打ち合わせの打診がメールで入ってくると「◯◯が設定します」の一行メールで返信が入ってくる。当該◯◯さんに「どう進めます?」と聞くと「話聞いてそれで終わりだねー」と「せやな」で返すしか無い見解をいただき安心した。つまり上司が片っ端から声をかけてきた外部業者やコンサルトのルートはほぼすべてがクローズされるという結果となった。
やっと手が出るようになったのだが、他部署に関わることのため話の持って行き方をずっと考えていた。何とかうまく「敵に回さないよう」話ができた後、上司から話しかけてきて「やっぱりダメだよね◯◯部署。ところでXXのデータには当たってみた?」
‥いや違うんだと。◯◯が怠惰でやっていないのではなく、現職の業務体制で手が出ていないだけでそこに「悪」は存在しないんだと。そして私がやるべきなのは問題提起と提案まで。実務は◯◯に依頼しなくてはならないから、私がXXに当たる意義はほぼないんだと。何より私はただ一件の話をしているのではなく、背後に眠る数百件の類似ケースとその検証に手を回せない体制を改善しようとしているんだと。
純粋な親切心でそこまで言おうかなと迷ったが、意味も意義も無いのでやめた。
(退職メールではなく、普段から自分の口と文章と資料で経営陣とも部下ともコミュニケーションを怠らず「わかってもらう」努力を欠かさなければ結果が変わったかも…)と思いながら返信。
返信した30分後位に挨拶に来た。
聞いてみたところ、メールを出してすぐログアウトしたので返信は見ていないとのこと。
なので私の画面で返信をお見せした。
私の返信を要約すると「理論は大事。だけど現実とリンクさせないと殆ど無駄打ちに終わる」「コミュニケーション不在はやばい」となる。できるだけ親切に描いたつもりだった。
上司からの感想はなかった。「頑張ってください」の一言だけだった。
私も想定内だったので「ありがとうございます」と挨拶した。話を聞く限り返信を返したのは私だけのようだ。
恐ろしいのはここから。
上司が退室して10分後には「なんの支障もなく回る活発な職場」「上司がかつて通した稟議案件は(経営陣が追加コストを嫌気して)廃止になるかもしれないから準備をしておこう、と話すスタッフたち」の姿が。
…そう、最初からそんな人は「いなかった」んだよ。という扱い。
程度の問題ではあると思うんだけど、人間には承認欲求というごく当たり前の感情があるはず。これが怖くない人はいないと思う。