はてなキーワード: 空き地とは
子供の頃から生活は苦しかった。私は、ギャンブル依存とアルコール依存の親を反面教師として、堅実に生きて来た。
高卒で働き出してからは金の使い道が分からず、毎月20万円は貯金していたが、貯金が400万を超える頃には親が金の無心で無くなった。
自分の親が土下座をして、二度と借金はしない闇金に殺されると、泣く情けない自分の親が許せずに、それでも信じては裏切られるを3回ほど繰り返した。
結婚して別居をしたら解放されると思ったが、今度は会社に親が来るようになり、その頃はまだ保険証の写しでサラ金のカードが作れたので、知らぬ間に私名義の借金も出来ていた。
そこで私はブラックリストを扱っている信用情報機関の相談窓口に行き、自分名義の借金がいくらあるのかを調べて貰うことにした。
対応してくれた父と同じ年齢層の方が、その身に覚えのない借入金の一覧を見ながらポツリと「可哀想に・・」とつぶやいて、もう涙が止まらなくなった。
担当の方は私が泣き止むまで静かに待ってくれて、そして2つのアドバイスをくれた。
一つ目は、自らに貸付自粛制度をつけること。これは「免許証の原本でのみ貸付が可能」など、特記事項がつけられるから、自分自らのクレジットカードなどは問題なく作れるが、特記事項以外の証明書では作れない。
二つ目は、何があっても絶対親の借金は返さないこと。「サラ金闇金はその人が返せない事を承知で金を貸すんだよ。絶対本人が返せない額を貸しても、誰かがいつの間にか清算してくてれるなんて、闇金の超得意様だと思わない?」と笑った。
親の借金は私のせいだと言われ絶望の底に落ちた。それからは「親のため」金の無心には断固拒否することを決意した。
子供の頃は尊敬していたし自慢で大好きだった親が、今や威嚇し怒鳴りそれがダメなら泣き落とし、最後には言葉にならない悲鳴を上げて私に懇願する。
両親は借金で離婚し、父は家も追い出されやむなくトラックの運転手をしながら車で寝泊まりをするようになった。それでも競馬新聞は手放せない。
親の借金を返したら、この私の苦しみは解放される。なのに金はあるのに返せない。苦しみに耐えきれず、とうとう私は精神を病み死のうと思い家を飛び出した。
フラフラと川の土手を歩いて、気づけば橋の上からぼんやりと街並みを見ていた。
爽やかな風が吹いて、大きな犬が飼い主と散歩をしている。遠くで子供野球の声がする日曜日の昼下がり。穏やかな景色に、確実に私だけが浮いている。
「こんな所に住めたら幸せだったなぁ。」ため息もつけずに立ち尽くしていると、ふと土手向こうに空き地が目に入った。空き地には白いセダンが1台停まっていて中にオッサンが退屈そうに座っていた。
なんとなく橋から空き地に向かってみた。空き地に着くと「売地」と看板がかかっていて、暇そうなオッサンが私に気づき「昨日から売りに出したところで明日広告を打つんですよ。いかがです?ひとつ買いませんか?」と暇つぶしに話しかけてきた。
「ああ、ください。全額借金ですが良いですか?」驚くオッサン。
私は気づいたのだ。今までの苦しみは私がお金を持っているからで、私が借金まみれになればその苦しみから解放されると言う事を。
その後、色々あったが1年後には一戸建てを建てて、離婚していたはずの両親とそのうち新しい旦那と子供がこの家に住むことになる。
両親は年金開始年齢で早々に死んだ。そもそも年金を掛けていなかったので全く損はしていない。そんな運命だったのだろう。
借金をしたいがために購入した家が、そのうち余裕ができるようになった。誰も金の無心には来ないし、子育ても住宅ローンももうすぐ終わる。
今では親のおかげだと感謝している。
昔々ジャイアンの先祖は空き地に住んでいました。ジャイアンの先祖はいじめられ他の場所に引っ越しました。ジャイアンの先祖がいなくなってからのび太の先祖が空き地に住み着くようになりました。野比家は代々空き地に住んでいたの。そんな中、骨川家が空き地周辺を買い上げてしまったわ。そして空き地の一部をジャイアンに譲ることにしたの。空き地の中でも快適な部分をジャイアンに渡してのび太は空き地の何もない部分に追いやられたわ。これに腹を立てたのび太が喧嘩を始めるんだけどジャイアンが俺のものはおれのものお前のものは俺のものとのび太をどんどん追い詰めていったの。それが今のガザ地区、ヨルダン川西側地区よ。ジャイアンはのび太の周りに塀を張り肉体的に経済的に追い詰めていったわ。のび太はついに腹を立ててジャイアンを攻撃したの。そうしたらジャイアンがブチギレてのび太にミサイルを打ち込んだわ。雷さんも味方につけてのび太はテロリストだと言いふらしたの。
結局さ、「聖地に取り合うだけの価値があること」が問題の本質だろ?
なら答は一つじゃん。
建物だけは丸っとパクって大英博物館所有の適当な空き地にでも移設しよう。
ソイツらが「え?あんな場所に巡礼されたら困るんですけど!」となるような場所に聖地を変えてやれば、奪い合うだけの価値がなくなるんじゃない?
じゃあ何をするかだよ。
核ミサイル打ち込みまくって汚染区域にするとかも考えたんだけどさ、それやっても広島みたいに50年ぐらいで復活しそうじゃん?
となると「もっと強い汚染物質」を「定期的に運び込む」しか手はないかなと。
問題があるとしたら誰が運び込むかだよなあ……
たとえば死刑囚に運び込ませるとかどうかな。
デッカイ穴と滑り台作って自動的に流れ込むようにするとかもありか?
簡単じゃないな―。
聖典を書き換えて「聖地とか言ってたけど、アレ裏切り者の土地だからやっぱ駄目だわ。行くやつは裏切り者のカスだよ」みたいに書いてもらえたら楽なのになー
生まれは違うが、川口に10年以上暮らし、その後蕨に2年半います。
元記事にある通りクルド人の方たちが暮らしているのは芝のあたりなので、自分が住んでいるエリアとは離れています。
とはいえご近所ネットワークで色々噂がないわけではなく、また現住所近くにもそれっぽい方たちが暮らしていますが、ご近所付き合いの範囲では特に恐ろしい話などは聞きません。
まぁ、道端でやたらデカい声で話している外国人とか、食べかすの鳥の骨とかを空き地に捨てる人なんかはいますが、クルド人なのかどうかは知らないし、日本人でもガラの悪い人が割りと多いので(笑)、外国人だから特にどうというのはありません。
割りと近所付き合いがあるので、お友達には外国出身、日本とのミックスなど色々いますが、特に問題もないし彼彼女らについて悪く言っているのも聞いたことがありません。
元記事の続きに「外国人は既に共生している」とあって言い得て妙だと思いましたが、共生とか大げさなワードを使わなくてもその辺に住んでて勝手に「共存」しているし、大体人間なんてほっとけば多様なんだから、「多様性」とか掲げなくても特に頑張らなければ勝手に多様です。
一部の吹き上がっている人みたいのが無用な「頑張り」をしているだけだと思います。その「頑張り」が信義信条によるものなのか、強迫観念的なものなのか、お金のためなのかは知りませんが。
たまたま当方アラブ地域にまあまあの期間暮らした経験がありアラビア語もわかるため、普通の日本人よりはいくらか「その辺のノリ」が理解できます。
もちろんアラブとクルドは違うのですが、氏族社会的な要素が多かれ少なかれ残っていることでは共通しています(エジプトでは「タール」と呼ばれる仇討ちの習慣が割りと最近まで残っていて、氏族の一人がやられたら相手の氏族の一人もとっちめる、その相手がなんの罪も犯しておらず、何なら事件当時生まれてなくてもやられる、みたいのがあったようです。今ではコミカルな映画のネタになっています)。
クルド人問題で「血縁者が病院に集まって業務を妨害」みたいなニュースがあり、まぁ業務に支障が出たならこれは確かに問題なので、(暴走車や過積載車と同じように)(日本人外国人の区別なく)犯罪は犯罪として取り締まってほしいですが、「血縁」というのは誤解があるなぁ、と思います。
この辺は高野秀行さんのソマリランドについての本などを読んで頂けると一番てっとり早いのですが(当方高野さんのファンで、本はほとんど読んでいます)、氏族というのは丁度日本の戦国大名とか、ヤクザの親子盃みたいな「仮想血縁」であって、文字通り本当に血が繋がっているとは限りません(もちろん繋がっていることもあります)。ある種の契約関係みたいなものです。
この「仮想血縁」というのは人類史的に多分かなり広く深く見られるもので、現代日本でもマイルドヤンキー層は「兄弟分」みたいな絆を大切にすることが多いですし、ほんの少し前、昭和の高度成長期くらいまでは「血の繋がっていない家族」みたいのは割りとよくあったと思います(昭和のアニメでは実子でない子とかよくわからない居候とか登場しますよね)。
この「仮想血縁」はびっくりするくらい網の目のように広がっていて、丁度暴走族のチームが場合によって法律よりチームの掟を重視するように、氏族の繋がりを国民国家の法に優先するケースがあります。
そういう意味では国民国家と相性が悪いのは事実で、国民国家幻想が奇跡的にうまくハマってしまったアジアの小国にあっては氏族文化の人たちとの軋轢が生じやすい傾向はあるかもしれません。
ただ「仮想血縁」社会は世界のかなりの地域に多少なりとも残っていますし、例えば自分が何らかの事情で外国に暮らさざるを得なくなってしまった状況を想像すれば、そうした人の繋がりを大切にするのは理解できなくもないでしょう。
結論としてはしょーもないですが、もういるものはいるし、別に常に問題を起こしているわけでもなく、逆に人は日本人だろうが外国人だろうが時々問題を起こすものなので、ぼちぼちやっていくしかないです。
あんまり強い縛りとか理想とか持たないことです。「こんなもんやろ」で手を打ちましょう。
さらに余談なのですが、「仮想血縁」とか言っていますが、そもそも「血縁」自体がもとから仮想的です。
もちろん生物学的な血縁は間違いなくあるし、今ならDNA検査なんかで同定できますが、ちょっと前まで母はともかく父は誰だかわからない、なんてのは普通にあったでしょう。
そして象徴的「父」を基準に考えられた「血縁」もまた、生物学的というよりは象徴的・言語的に構成された仮想物です。
そういう仮想物を大切にして生きてきたのが人類ということです。
犬は自分のお父さんとか全然気にしません。うちにも犬がいて、実のお父さんと会ったことがありますが、特に親子の対面的なものはなかったです。
何の学科か分からないが、何かを調べる授業があり、何故かその調べ物をする場所がとんでもない傾斜の坂の上の山の中にある。
傾斜が凄まじく、自分は途中まで自転車に乗って登っていたのだが進む事すらできなくなり、あまりのことに笑いながら自転車を諦めて脇の空き地に横たえて置いて坂道に縋り付くように四つん這いになりながら道を登り始めた。路側帯の白線が何故か普通に帯のように紐のようになっていて握れるので、それに掴まりながら登山のようにアスファルトの道を登っていく。他にも同じ様に山の上に向かっている生徒があり、状況のとんでもなさに苦笑して笑い合いながら目的地に着いた。
山の中腹にある開けた空き地は周囲を木々に囲まれ短い下草が青々と茂っていて、そこに図工室にあるような作業台や角椅子が整然と並んでいる。細部をよく覚えていないが、本類、資料?文献?は卓上に置いてあったのかもしれない。本棚は無かった気がする。そこで多くの生徒、教師が角椅子に座り何かを調べたり読んだりしている。
男女の教員、1人はふくよかで豊かな癖毛をした落ち着いた服装の長髪の中年の女性、1人は顔色が極めて悪い、短髪で目をひん剥いたようなギョロ目をした和装の男性。で、何故か自分はその男性の向かい側で古書を見ていて、その古書は神社の御由緒のような、神社に伝わる書物の由来が記載された目録のようなものだった。読んでいるうちに、その神社の建立当初、帝から賜った宸翰が今に伝わっていると書かれており、へぇええ〜!!!と顔を上げると、夢なので唐突に、目の前の教職の男性の脇に60代くらいの落ち着きのある痩せた神主さんが居て、「持ってきましょうか」と言う。は???凄すぎる、見て良いのか、やべー!!と心中で慌てふためきながら大人しく待っているうちに、夢なので唐突に周囲に人は居なくなり、その作業机には自分と教職の白服の男性、少し向こうにふくよかな女性の教員だけが居て、何故か神主さんが神社に贈られた上等の和菓子をあけて自分と男性教職員に出してくれる。
そのひとつをようく覚えていて、それは艶々ぴかぴかとした光沢のある、一つ一つの粒がしっかりとしている黒豆のような茹で小豆?あんこ?に覆われたぼたもち/おはぎで、実際存在するのかと検索してみるとそのような物は見つけられなかったのだが、自分が見つけられなかっただけでどこかには存在するのかもしれない、それを美味しく食べた。あまりの旨さにまた感動して目を見開きながら顔を上げて目の前の男性教職員を見ると、わかるぞと言うように相手はうなずき、「本物は内側が7層になっているんですよ」と教えてくれて、こんな小さい和菓子の内側に何が7層も入っているのか気になって仕方がなかった。
夢なので唐突なのだが、我々の机の横手には、自分達が登ってきたはずのアスファルトの急斜面は無く、けばけばしくない、ぼろくもない、使い込まれた年代物の神楽殿があった。開け放たれたそこには、奥の方に木札のような、30センチ程の高さの有りそうな折紙に包まれた書状がいくつか重ねて立て掛けられていた。あまり恭しい扱いとは言えないように見えたが、粗雑に扱われているようでもなかった。そのうちのいくつかを今から読むのだろうか?神主さんが紙を開いて書面を出してくれたあたりで目が覚めた。
艶々の黒豆に覆われたあのぼたもち様のなにかが気になって仕方がないが、ぼたもちではなく生菓子かもしれない。
「本来のあなた」と言われて思い浮かべる「自分」とはどういう人間だろうか
多くの人間が「素直さ」から離れてなんか拗らせたアイデンティティを確立しちゃう時期は大体思春期・青年期だ
だとすると、混じりけのない己というのは幼少期の自分…と捉えていいだろうか?(つーかどの時期だって間違いなく「本来の自分」だけどな。他の誰かなわけねーし)
そういうことにしとくとして
自分の幼少期について思い出してみると
「なんかしらんけど地面とかをほじくったりしていた」
イメージだ
その1
親戚の家の隣は空き地だった。その空き地にはもともと家が建っていたそうだが、火事で全焼したそうだ
ほんで建物は無くなったが綺麗に整地されていたわけではなく、タイルの残骸とかがあった
稚い増田が親戚の家に遊びに行った際は、そのお隣の空き地でタイルを掘り返す作業を熱心に繰り返していた
親からは勿論「危ないからやめなさい」と言われていたけれども。ほじくり返すのがマイブームだったのでこっそりとやっていた
その2
自宅の裏には庭があった
砂地だったので、いろんな容器に砂を入れては何らかのごっこ遊びをしていた
ある時、砂に小さな穴ぼこが開いているのを見つけた稚い増田は、とりあえず穴を埋める作業を行った
穴の中に砂を落とし込む
するとどうでしょう
いま埋めた穴の部分がモゾモゾと盛り上がってくるではないですか
ぢっと観察していると、砂を押上げて地中から何かが姿を現し始めました
顕現したのはなんと蜂でした
地蜂というやつでしょうか?
ブブブブと可愛らしくお尻?を揺らしながら地上に向けて掘って上がってきたのです
砂を被ったお尻は薄緑の縞に見えました
その後の展開はお察しの通りです
待ちます
蜂が出てきます
以後ループ
といった具合に、大変迷惑な遊びを喜々として繰り返しておりました
蜂、健気
ごめん。蜂
その3
稚い増田は大体2階でお昼寝をしていた
母親が階下に降りてしまい暇になると起き上がって部屋の隅へ這っていく
部屋の隅っこの床と壁の間にはなんか隙間があり、そこには埃が溜まっていた
ほじくりチャンス到来である
一人黙々と埃をほじくり出す幼児
愉しい
といった具合に、なんかほじくったり埋めたりしていた
なんだそれ
つーか、ほじくってないだけで生産性無いところは今も変わらんわ
まとめると、
- 処理水ではなく汚染水。
- 処理なんて出来ていない。
- 海洋放出されるのはどこの国も流しているトリチウム水だから問題ないというのもウソ
「日本の原発の父」こと正力松太郎先生のお作りになった読売新聞社説ですら「ウソは書けない」という建前は崩せず、セシウム、ストロンチウムなどがALPSでは除去しきれず、残存することを認めているので、下記の表現になっています。
完全に除去できるなら「完全に」と書きます。
「大半の」ということは「残存する」ということです。
yomiuri.co.jp/editorial/2023…
https://twitter.com/hirougaya/status/1675871629342285824
東電の資料を読めば、ALSPで処理したあともセシウムやストロンチウムは取り切れずに残存することに、ようやく「日本の原発の父・正力松太郎先生新聞」である読売新聞の記者も気がついたのでしょう。
経産省の作った資料を元にした(元ネタ持ってます)読売新聞と同省のプロパガンダは「ALPS処理水にはトリチウム以外の放射性物質は含まれない」かのようなフィクションを繰り返しばら撒くという点では一貫しています。「日本以外の国の原発もトリチウム水を海洋投棄している」という記事もその一つに過ぎません。東京電力の作った資料はもう少し正直で、ALPS処理後の処理水にもセシウムやストロンチウムなどの核種が残存することをグラフや数字で書いています。ただ「残存します」とは明記しません。資料をよく読むと数字で出ているのです。経産省や讀賣新聞がそれを意図的に隠蔽または無視しているのか、本当に気が付かないのかは分かりません。
それから、言うまでもないことですが、ALPS処理水をいくら海洋投棄しても、メルトダウンした三つの原子炉の廃炉のスピードはまったく早まりません。タンクの空き地ができるだけです。つまりALPS処理水の投棄は「廃炉」や「復興」とはまったく無関係なのです。これも意図的か勘違いなのか、よくプロパガンダに登場する誤謬です。
これは誰も指摘しませんが極めて重要なことなので繰り返します。ALPS処理水の投棄は、メルトダウンした三つの原子炉の廃炉にも、原発事故被害地の復興にも一切関係がありません。福島第1原発の敷地内にタンクの空き地ができるだけです。廃炉のスピードは上がりません。被害地の復興にも一切寄与しません。
ですので「原発事故被災地の復興のためにALPS処理水の早期解決を!」というよくある文言は真っ赤なウソです。意図的に嘘をついているのか、バカすぎて本気ででそう信じているのかはわかりません。
同じように「廃炉促進のために処理水の解決を」という文言も、真っ赤なウソです。ALPS処理水を全部海洋に捨てても、廃炉のスピードには一切影響しません。もともと両者は無関係なのです。騙されてはいけません。
私が「ALPSで処理してもセシウムやストロンチウムなど放射性物質は残存する」事実を教えてもらったのは、他ならぬ東京電力の廃炉資料館(福島県富岡町)です。そのデータが展示してあったのです。驚愕して現場にいた説明係員に「トリチウム以外にも核種は残存するという理解でよろしいですか」と確認したら「そのとおりです」とおっしゃっていました。
>>ALPS処理水と原発事故被災地の復興は全く関係ない事実はこれまで繰り返したとおりです。
この復興庁のウェブサイトはそれが関係あるかのように誤導する典型的なプロパガンダです。
https://twitter.com/hirougaya/status/1676083810709172224
ね?見事に政府と東電のプロパガンダに乗ってるでしょ?もしかしたら、あちら側のSNS対策業者かもしれませんね。
藤崎剛人
小学校までは男女隔てなく仲良く遊んでいた同級生達が中学に上がると、学ランに黒ズボンを履いた男子と、ブレザーにスカートを履いた女子に別れ、以前と全く違う人物かの様に急に振る舞い、お互いの間に透明で重厚な壁を立てた事がまず一つの原因だったと思う。
そしてまた別の理由は初めての恋。
仲の良かった女子の恋愛相談に乗っていて、彼女が好きな男子に振られると急に手の平を返して僕に好意を打ち明けてきた。その心変りの早さに僕は内心軽蔑した。
しかし、その頃物事を深く考えていなかった僕は、彼女の好意にロマンティックにも応える事にした。
放課後誰も居ない教室に二人きり、夕陽が窓から強烈に差し込む真っ赤に染まった教室の中で彼女に「付き合おう」と応えた。
顔は太陽と同じ様に真っ赤に染まっていたのに、その時の心情はただただ寂寥であった。
それは多分、自分自身でも心の内の声に気付いていたからかもしれない。
初めての彼女ができたものの、僕は具体的には一体何をすれば良いのか分からなかった。
恥ずかしさと面倒臭さで彼女と一緒にする登下校も拒否していた。
すると、どうしてそうなったのか直接的な原因は知らないが、彼女は一度告白をして断られた以前の男子といつのまにか付き合っていた。僕はその事を周りの同級生から人伝手に聞いた。
彼女と付き合う事を口言したわりに具体的な行動を示さなかったのは自分だ。
だから振られてしまっても仕方が無いのに、僕は自分でも驚くほどその事実にショックを受けていた。
気が付いたら学校に行くのが嫌になり不登校をし、家に居るのも何なので近所の空き地で身を隠して一日の大半を過ごしていた。
どうして自分は彼女に振られてショックを受けたのかをその時にじっくり考えた。
自分でも気付かない内に彼女の事をとても好きだったのだろうか。
彼女と付き合ってから変に意識し過ぎてよそよそしい関係にしかならなかった。
彼女の好きな男子の話しを聞いて軽く意見を述べたり二人で盛り上がったり。
彼女の話を聞く為に交換日記まで使って日々やり取りをするほど異様な時間を共に過ごした。
どうして僕はあんなにも心が躍っていたのだろうか。
そんな事を考えたり、空き地で飽きたら周りの人にバレない様に近所を散歩していた。
そしてある日いつも通り空き地で漫画本を読んでいる時に気付いた。
その時持っていた漫画は女友達に借りた少女漫画だったが、その中の主人公の女子と同じ様な感覚が、初彼女と共有していた感情にとても似ていた。
カッコイイ男の子を見てドキドキして、彼と話したくてでも話せなくてそんな状態にハラハラする。
漫画の登場人物に感情移入をする様に、彼女を通して僕は恋をしていたのだ。
そこまで考えて愕然とした。
僕はあの男子が好き?
もし僕が彼を好きだったら、僕は同性愛者なのかもしれない。
そういった行為が異常だという事は子供の頃からテレビや周りの人の反応で何となく認識していた。
なのに自分が異常と呼ばれる人間になるのかと思うと正直戸惑ってしまいよく分からない。
考えれば考えるほど自分は同性愛者なのでは無いかと疑問が湧いてくる。
それを確かめる術も同性愛という世界に対する知識を得る手段も何も無い。
男は女を好きになるものだ。それが当たり前とされてきた。
中学校の体育教師も「男は男らしくあれ、女は女らしくあれ」と、それがお前の遺言であれと思うほどに皆んなの前で説教していた。
周りの同級生達はアホ面を下げて遊んでいる。
その中の一人がすれ違いざまに「どうしたん?学校嫌になったん?」と声をかけて来た。
そして教室に入ると振ってきた彼女が何か言いたそうに暗い顔をして僕を見ていた。
その彼氏は僕と目を合わせない様にしているのが分かる。
僕が学校に来なくなったのは二人が原因だと彼等や周囲に意識されるのが癪で、負けず嫌いな僕は意地でも学校に行く様になった。
学校には行くし授業は真面目に受けるし周りの同級生とも普通に話していた。
でも心に虚無感を抱かない日は無かった。
同級生と下らない話の笑いに付き合えば付き合うほど、作り笑顔が上達すればするほど、心に抱えた虚しさは膨らみを増し、日に日に腹の中で闇が深まるのを感じた。
一連の出来事があった彼氏彼女とは学年が変わりクラス替えの為すぐに離れ離れになった。
彼と毎日クラスで会わなくて済む事に僕は心底救われた。彼もまた彼女に振られたようだ。
そんな彼に意外な言葉をかけられたのは冬のある日だった。
教室にあるストーブで温まっていた僕の隣に静かに彼が腰を下ろした。
その頃には挨拶程度は交わすものの会話という会話は避けていたので僕は気が気では無かった。
僕は何を言われたのか一瞬分からなくて答えに窮した。
それから彼は部活の話とか、教室で流行っているカードゲームの話を僕に振ってきた。
何となくどもらずに答えられた気がするが細かい会話の内容はハッキリとは覚えていない。
話している内に変にテンションが上がった僕達は他愛も無い話でバカみたいに盛り上がった。
彼の好きな女子の話は聞きたくないし、誰が誰を好きとか興味も無かったので僕は急に静かになった。少しの沈黙があって彼が小さな声で、でもハッキリとこう言った。
「お前が女だったらな」
…一瞬、頭が真っ白になった。
しばらくの沈黙の後、僕の頭の中に浮かんできた言葉はこうだった。
(俺は女じゃ無いし)
何故か怒りの様な感情が湧いた様な気もする。
それから僕達がどういう会話をして、その後どういう行動に移ったのかよくは覚えていない。
ストーブの熱のせいで頭がボーとしていた。
暖かくて明るい教室の雰囲気の中で僕の心だけが冷え冷えとしていた様な気がする。
そして自分の感情に蓋をして深く考え無い様にするしか術は無かった。
クラス替えをしてからは仲の良いクラスメイトに恵まれて楽しく過ごしていたし、1年生の頃の苦い思い出も自分に芽生えた小さな疑問も一先ず考え無い様に努めた。
こうやって自分を少しずつ殺していく日々が始まった。
自分を少しずつ取り戻していく日々の話はまた別の機会に。
#PRIDE月間
男子小学生って秘密基地に憧れますよね。庭とかに作りますよね。環境によっては空き地に段ボール持ち込んだりして勝手に秘密基地作って後で怒られりしますよね。
男は中学生、高校生、大学になると女に夢中になるから「秘密基地つくろうぜ!」なんて言わなくなるけど、やっぱり秘密基地的なものに対するワクワクは心の奥底に残ってますよね。
社会人になって、三十代、四十代、五十代と男性に求められてる役割をこなしてる間に秘密基地に対する情熱なんて無くなってますよね。
でも第一線での役割を終え、子供達も自分の元から育って行って、金と時間に余裕ができるとかつてのワクワクや情熱を取り戻すんですよ。奥さん孝行のために夫婦で旅行行ったりする傍ら昔からの男友達とキャンプ始めたりツリーハウス作ったりジャズバンドを組んだりね。まさに今の私です。年金と貯金だけでは生きていけまけんし、子供達も小さな子供がいて物入りなので40年勤めた会社の子会社で役員をやってますが、出勤するのは週2,3なので少年の頃にやりたかったことを思い出しては実行しています。
でも最近の男性って小学生、中学生、高校生、大学、社会人になってもずっと「秘密基地つくろうぜ!」って感じです。次のステップに進まないんですよね。
本来なら稼いだ金や休日の時間を注ぎ込むべき妻や子供が三十代になってもいない。妻を獲得するための努力もしない。かと言って仕事に打ち込むわけでもない。同性の友達と「秘密基地つくろうぜ!」ってやってる感じが凄いんですよ。同窓会でこの話をしたら他の方も同じように思っており、私の勤め先の若い子だけではなく、日本全体の男性が少年のままで止まってしまっているんだなと感じました。
「三十代の男におすすめの趣味ってありませんか?」というTwitterでの呟きや知恵袋での質問の多さに驚きました。三十代の男がやるべきことやってたら趣味に使う時間と金なんかないですよ。今すぐ友人の紹介でも上司の紹介でも親戚の紹介でも、最近流行りのマッチングアプリでも何でも構わないから女性とデートして、付き合って、結婚して、子供育てて、仕事に全力で打ち込んで下さい。三十代で独身で趣味を探してる人に言いたい。
具体的な日付はあまり覚えていないが道路族が去年の春ぐらいに引っ越してきた。
自分は長年ずっと京都の北の方に住んでいる。そんな中、一昨年ぐらいから空き地に新築住宅が建てられはじめていて音がうるさく嫌な予感がしていた。また、工事で騒音が出るのは当然なのにもかかわらず、事前に挨拶にも来ないので本当に嫌な予感しかなかった。核家族世帯にありがちだが、地域に住むということがどういうことかわかっておらず、都市部のように当たり前のようにサービスを受ける側だと思っていることが多いのだ。近所の住民とも少し話したが、どんな人が引っ越してくるのか不安でしょうがなかった。家の外観を見たところ、まあ若い世代が引っ越してくるのだろうと思った。とにかく不安だった。
そのうち家族が新しく引っ越してきた。見るからにヤンキーっぽい出で立ちであり、異質な感じを受けた。周りの住民たちは、どんな人間なのかを確認するために先手を打って若い家族に媚びを売っているようだった。自分はああいうのは好きになれない。まあ放っておけばそのうち挨拶に来るだろうと思っていた。
しかし、しばらく待っても挨拶に来ない。それどころか、毎日のように狭い庭ではしゃいでいる子どもと親を見かけるようになった。自分は昔から窓をあけてボーッと景色を見て考え事をするのが好きだったのでそれをぶち壊された気分だった。最初は新居で浮かれているのだろうと思っていたが、ずっと騒いでいるので、きっと周りの迷惑を考えられない人間なのだろうと憂鬱になった。
それにボーッと景色を見ているだけなのに、その余所者はジーッとこちらを軽蔑したような顔で見てきて、ヤバい奴らだなと思った。特に女の方は典型的なヒステリーを持ったようなやつで、自分の一番嫌いなタイプだ。自分は母親がそういうタイプだったのでよくわかる。「私こそが正義なり。私の思い通りにならない人間は悪である」と断罪するようなやつだ。観察していたところ専業主婦のようだ。
子どもと外で遊ぶのは良いことだが、それにしてもうるさい。平日の夕方や土日の終日で、ボールの突き跳ねや「イエーーーーイ!!!」だの「ギャハハハハハハ!!!」だの、およそ住宅地とは思えない騒ぎ方で騒いでいるのでいい加減こちらもノイローゼになってくる。心の休まるときがない。自分は学校に勤めているので、ちょうど自分の休みの時間帯と騒いでいる時間帯がよく被るのだ。家に帰ると絶えずうるさいというのは本当に困る。周りの住民もそれとなく「お子さん、元気でよろしいですね」などと遠回しに注意しているようだが、全然理解できていない様子だ。周りも迷惑しているのだが許容範囲らしい。あれを許容できるというのはよくわからないが、自分が神経質だとは特に思わない。
それで、これは良くないことだとは思うが、あるときもう我慢がならなくて2階から外に向けて小便をした。完全に不審者だ。しかしいろいろ調べたが、まあこちらのことをキチガイだと思ってくれれば怖くなってやむだろうと思ったわけだ。さすがに「うるさすぎたから嫌がらせしてきたのだろう」と考えるぐらいの脳はあるはずだと考えたわけだ。自分としては、もしそういうやつが横に住んでいたら相当嫌なので、まあこれで騒ぐこともなくなるだろうと思った。
しかし、なくなったのは最初だけで、しばらくするとまた「イエーーーーイ!!!」だの「ギャハハハハハハ!!!」だのが始まった。信じられなかった。気のせいかどうかわからないが、声量も大きくなった気がした。徹底的にうるさい。なんで自分は前から住んでいただけなのにこんな目に遭わなければいけないんだと苦痛だった。こう言ってはなんだが、隣人は精神障害者に違いない。相手の気持ちを推し量るということが不可能なのだろう。自分が姫であることは当然で、周りは姫である自分を輝かせてくれるための家畜にすぎないと、そう感じているのだと思った。その後も何度か同じようなやり取りが続いたが、一向に収まる気はなかった。
また、うるさいだけではない。夏になったら友人を呼んでバーベキューをし始めた。もう勘弁してほしい。バーベキューを住宅地でしないでほしい。常識的におかしい。臭いも騒ぎも酷く、精神がどうにかなりそうだった。我慢の限界だったので、注意しにいくことにした。だいたい会話はこんな感じだ。覚えてる限りでは、
「あの、すみません……」
「は? 何お前?」
「あの家に住んでる者です。バーベキューなんですがすごく臭うのでやめてもらえませんか?」
「別に臭わなくね? ねー、臭うかなー?? 別に届かないでしょ。何? クレーム?」
「いや、あの家の二階に住んでるから届くんですよ。やめてほしいです」
「いやいや! どう見ても離れてるっしょー! 臭くないでしょ」
こういう流れで自分が警察を呼んだ。警察を呼んでも何か変わるわけではないが……。民事不介入の原則というのがあるのだが、少なくともああいう輩は権力には弱いから効くだろう。
このトラブルに似たことが何度も何度もあった。あるときには、その隣人が親父に突撃していた。小便については親父にたしなめられたが、まあそれは自分でもイカれていると思うからわかっている。親父は「世の中にはああいう猿みたいなのもいるんだ」とある種の諦念を持っていて、自分がどうにか自助努力で回避しようとすることによく思っていない様子だ。会社でも愚痴って鬱憤を晴らしているが、どうにもこうにもいかない。
こういうのってどうやったら解決できるのか、本当に助けてほしい。
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(なお、この話は https://anond.hatelabo.jp/20230504110406 に基づいた創作であり、内容はフィクションです)
マイルドヤンキー論なんかを読んでみては
https://www.tkc.jp/cc/senkei/201411_interview/
経済停滞が背景としてあると思います。非正規雇用の割合が高くなっているし、なかなか将来の夢を持ちにくい状況になっている。景気がよかったときは、みんな「今日よりも明日がいい」と信じていました。だからヤンキーも上昇志向を持ちやすかった。ところが、この20年間で生まれ育った今の若者には、そうした幻想を抱くことさえできない。別に東京に行ったところでおいしい思いはできないだろうし、だったら「地元でまったりと居心地よく暮らしていた方がいい」と考える
(中略)
もうひとつ、携帯電話やソーシャルメディアの普及によって、地元の友だちと密接な人間関係が築けるようになったことも理由として挙げられる
だそうな。冷静に自己分析と現状分析ができているから、といえるかもしれない。
実際、統計を見ていると、上京したからと行って生活水準が上がったり、良い生活をできている化というとそうではなく、格差と社会の階層化がより強くなっている事が見て取れる。
それから中高年やら老人にとってみると「人口減少だ!」「空き家だ空き地だ!」って大問題なんだが、
若い人から見ると、上にいる老人はほっとけば退場していくし、家賃や土地代はどんどんタダみたいになっていくし、若い人が少ないから競争率低いしで、地方の方が使えるリソースが多いから純粋に暮らしやすいんだよね。
いや元々観光地やねんけど
動くカニの看板とかグリコへの観光で稼いでた今までと雰囲気が違う。
クッソ治安の悪い新今宮の空き地にドーンと新品の巨大ホテル構えたりして
(あんなところにホテル作るなんてキチガイやでって言われてたけど、楽しそうなホテルになってるらしい草)
アクティビティとしてガイドさんがついて新世界に串カツ食べに連れて行ってくれるらしい。
夜はお寿司とビールを無料で配って上方落語見れるとか。あと551のアイスキャンデー食べ放題。
お好み焼きやたこ焼きはともかく。串カツなんか大阪の人食べないのにいつの間に観光資源に…。
「串カツ食べたい?串カツなんかどこで食べてもおんなじやで(笑)!!それよりええ店知ってんねん。」とか言っちゃうのが大阪の人