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はてなキーワード: 歴史学とは

2023-10-14

ゴールディン氏の主張を額面通り受け取っていいのか

ノーベル経済学賞受賞者の主張が日本のX界におけるいわゆる”アンチフェミ”の主張と整合であるということでアンチフェミ界隈が沸き立っているが、そもそもゴールディン氏の主張自体額面通り受け取っていいのかという問題がある。

そもそもゴールディン氏の主張は”アンチフェミ”的なのか?という点については、彼女の著書を普通に読めば、解釈に多少の幅はあれ概ねそのような内容であることは明らかだと思う。すなわち、同じ仕事や同じポジションに付く男女について差別に基づく賃金の差は既に存在せず、実現している男女の賃金格差家計における合理的キャリア選択の結果として現れているものであるという趣旨であり、労働条件における系統的女性差別存在を主張する人々の考え方とは対立する)

自分経済学学位を持っており、大半の人よりは経済学に詳しいという自負があるが、それ故に経済学的なもの見方限界について思うところがある。経済学とはそもそも定量的に観察された社会事象」を「人々の合理的意思決定を前提」として解釈する学問である。こうしたアプローチは、以下の様な点で、男女差別の様な問題を考える際に色々な問題があると思われる。

まず「人々の合理的意思決定を前提」とする考え方の問題点とは、そもそも差別とは経済的観点から基本的に非合理的なので、経済学理論で世の中を解釈するとそもそも差別など存在しないという結論に偏るバイアスがある。例えば以下は経済学的な考え方の例である。「もし男性と同じ能力を持つ女性に対して差別的に賃金を低く設定している企業存在しているなら、他の企業はその女性に対して今より少し高い賃金オファーして彼女を雇うことで男性と同等なのに少し安い労働力を確保できて得をする。これが女性男性と同じ賃金になるまで繰り返されて、男性女性賃金は同水準に収束する。もしそうなってないならば、何か別の経済的インセンティブが働いているはずである」この様に、経済学理論は首尾一貫して経済的合理性のみで物事説明することを試みるため、文化的要因や社会心理学的な要因が入り込む余地はない。差別という経済合理的事象は、そもそも経済学理論スコープから排されているのである

また、「定量的に観察された社会事象」のみを分析対象とする点も問題である。こうした経済学スタンスは、証言なども含めたテクストに対して丹念な分析を行う歴史学社会学・ジェンダー学といった人文科学アプローチとは対照的である。数量データに現れない出来事が世の中に存在しない訳ではないのである。例えばナチス政権下でのユダヤの人々の苦しみは、数字のみによって語られるべきではないのと同じである。彼らには統計的事実に現れない日常的苦しみも確実にあったわけで、それは例えばアンネ・フランク日記などの記録から定性的に読み取ることで明らかとなる。これはフェミニズムの文脈でも同様である現代日本において多くの女性が進路選択キャリア形成に際して有形・無形の差別存在を感じ、声を上げているということが事実として存在しているわけで(例えば進学に際して親から「あまり高学歴だと結婚できない」と言われるなど)、それが例え統計データとして現れないとしても、その苦しみが存在しないということにはならない。

ノーベル経済学賞というのはあくまでも経済学という学問世界の中での権威が認められたというだけの話である上記の様に、経済学のものが、社会事象の一側面を切り取って分析を行う学問である以上、経済学的なもの見方が男女格差という複合的な社会事象の全ての側面を明らかにした訳では全く無い。ゴールディン氏の分析結果は、もちろんそれはそれとして有益考察材料としつつ、あくまでこの問題を扱う本流である歴史学社会学・ジェンダー学の考え方と合わせて、この問題に関する理解を深めていくというのが正しい知的態度だろう。

2023-10-06

anond:20231006185042

「私が考えたインターネット不毛な争いをなくす最強の方法!」って内容の文章

これは先行研究があるから勝手独自理論言っても仕方ないってこと

日本みたいなインターネット大失敗ミソジニーだらけ言語の国の中で考えても参考になるような思想発想なんかないよ。反面教師サンプルの側

人権歴史学んではい

それを学んでるはずなのに法学部生に人権感覚ない奴いっぱいいるんだよね

大学によって内容違うだろうしよく分からんけど意味薄いんじゃないのか?

それ以外の知識必要

2023-09-30

anond:20230930165013

通説だとほとんどいなかったという事なんだけど(イギリスでは初めて黒人イギリス本土の土を踏んだのは第二次世界大戦後みたいな通説もある)

後の歴史学で、もっと以前から黒人ヨーロッパにいたという話も出てきておりなんとも言えない

それでも、全部の新説を信じたとしても、中世末期に一つの国数十万~数百万人の人口中、多くて数百人いたかいないかの数

2023-09-29

anond:20230929094541

直近で今まで珍しかった戦後鎌倉時代平安時代を題材にしているでしょ?

近年の大河ドラマは正に戦国幕末偏重からの脱却を測ってる訳で、

未だにこんなポストをする人はそもそも大河見た事ないしこれからも見ない層だと思う

あと飛鳥奈良はまだしも古墳時代より前は歴史学じゃなくて考古学領域だろう

そんな題材で1年50話のドラマ本気で見るつもりがあるんだろうか?多分特番ですら見ないだろう

ちなみに本当に古代史のドラマに関心がある人にはNHKの「聖徳太子」「大仏開眼」「大化改新」をオススメしておく

2023-09-26

万物黎明』は人類歴史を誤解している・続きの続きの続き

農業の到来

平等から階層へ、男女平等から著しい男女不平等への転換は、一般農業と関連しており、このことはグレーバーとウェングローにかなりの問題を突きつけている。彼らは選択に関心があるため、唯物論的な議論を避けたり、環境が人々の選択を条件づけ、制限する方法について考察したりすることに固執しているようだ。

農業は、約1万2千年前から世界の多くの場所独自発明された。狩猟採集民は食料を共有し、持てる以上のものを所有することはできなかった。しか農民たちは定住し、畑や作物に投資するようになった。そのため、一部の人々が自分の取り分以上の食料を手にする可能性が生まれた。

やがて、凶悪犯やいじめっ子集団が集まって領主になることもあった。窃盗や略奪、家賃小作料、労働力雇用税金、貢納、什分の一など、さまざまな方法でこれを行った。どのような形であれ、このような階級的不平等は常に組織的暴力依存していた。そしてこれこそが、ごく最近まで階級闘争が対象としてきたものなのだ

農民狩猟民族にはない弱者だった。彼らは自分土地、畑を開墾し灌漑するために費やした労働、そして作物の貯蔵に縛られていた。狩猟採集民は離れることができた。農民はそうではなかった。

しかし、グレイバーとウェングローは、農民が余剰を生産し、蓄えることができたからこそ、階級社会搾取国家、そして偶然にもジェンダーによる不平等可能になったのだという、この物語に立ち向かった。

フラナリーとマーカス

2012年考古学者のケント・フラナリージョイス・マーカスは『不平等創造』という素晴らしい本を出版した。彼らは、世界のさまざまな地域農業がどのように不平等をもたらしたかをたどっている。

しかし彼らは、その関連性は自動的に生じたものではないと主張する。農業階級可能にしたが、多くの農民平等主義の社会暮らしていた。農業発明階級発明の間のギャップは、数世紀単位で測られる場所もあれば、数千年単位で測られる場所もある。

フラナリーとマーカスはまた、地元凶悪犯や領主権力を掌握しても、後に打倒されることが多いことを、注意深い実例を通して示している。多くの町や都市では、エリート考古学的記録に現れ、その後何十年も姿を消し、また現れる。事実上階級闘争は決して止まらないのである[5]。

ジェームズ・C・スコットフラナリーとマーカスの壮大な比較研究は、人類学根本的に変えた1954年エドモンド・リーチの著書『ビルマ高地政治制度』や、アナーキスト政治学者であり人類学者でもあるジェームズ・C・スコットの研究において先取りされていた。[2009年、スコットは『統治されない技術』(An Anarchist History of Upland Southeast Asia)を出版した。同書は数世紀にわたる東南アジア全域を対象としている。

スコットは、平原王国の稲作農民の多くが丘陵地帯に逃亡したことに関心を寄せている。彼らはそこで、「焼畑」移動耕作者の新たな民族集団として再出発した。彼らの中には、より小さな階級社会を作り上げた者もいれば、階級を持たずに生活した者もいた。そのすべてが、下の王国国家からの絶え間ない奴隷化軍事的襲撃に抵抗しなければならなかった。

技術

ある意味では、グレイバーとウェングローはリーチ、スコット、フラナリー、マーカス仕事を土台にしている。ウェングローは結局のところ、フラナリーとマーカスが要約している考古学の変化の一端を担っている。そして『万物黎明』には、スコットの影響が随所に見られる。

しかし、グレイバーとウェングローは、一方では技術環境と、他方では経済的政治的変化との間にある、他の著者たちの結びつきを好まない。

フラナリー、マーカス、スコットの3人は、テクノロジー環境が変化を決定するのではない、と注意深く述べている。それらは変化を可能にする。同様に、穀物農業発明自動的階級格差国家をもたらしたわけではない。しかし、それがそうした変化を可能にしたのである

階級関係階級闘争技術環境の変化は、階級闘争の舞台を設定した。そして、その階級闘争の結果が、平等と不平等のどちらが勝利するかを決定した。グレーバーとウェングローはこの重要な点を無視している。その代わりに、彼らは常に、そのような変化を即座に必然的ものとする段階論の粗雑な形式問題にしている。

この生態学思考に対するアレルギーが、彼らが人類進化に関する新しい文献を扱おうとしない背景の一つであろう。

これらの文献はすべて、人類となった動物たちが、自分たちの住む環境自分たちの身体、競合する捕食者、自分たちが発明できる技術生計を立てる方法に対して、どのように社会適応を築いたか理解しようとするものである。偶然にも、彼らはその生態系と状況に対処するために平等主義的な社会を築いた。それは必然的な結果ではなかった。しかし、それは適応だったのだ。

一方、グレーバーとウェングローは唯物論者ではない。彼らにとって、生態系技術について考えることは、彼らが望む選択革命不可能にする恐れがある。例えば、古代メソポタミアに関するスコットの本が、特に穀物農業が不平等をもたらした物質的な理由を強調しているため、彼らが満足していないのはこのためである

これは些細な問題ではない。私たちが今直面している気候危機は、人類が新しい技術と新しい環境適応するために、社会をどのように変えていくかという問題を浮き彫りにしている。平等人類存続のための政治は、今や深遠なまでに唯物論的でなければならない。

ジェンダーの不在

グレーバーとウェングローが環境人間存在物質的基盤にほとんど関心がないことは、これまで見てきたとおりである

同じように、彼らは階級という概念や、階級関係階級闘争についての議論ほとんど宗教的に避けている。グレーバーは確かに、そしておそらくウェングローも、階級関係階級闘争について理解している。彼らは、階級が何をするのか、そして実際、自分がどの階級人間なのかを知っているが、階級関係社会変革の原動力として扱うことはできないし、また扱おうともしない。

これと同様に目を引くのは、グレーバーとウェングローがジェンダー社会的構築に対して関心を示さないことである。彼らはミノア・クレタ島における母系制のほぼバコフェンを再現する一方で、女性は養育者であり、男性はいじめっ子であるという家父長制的なステレオタイプ散見する。

平等は常に私たちとともにあったというのが彼らの主張であるため、グレーバーとウェングローは、人類性別による不平等起源についてほとんど何も語っていない。

男女関係進化については、基本的に3つの学派がある。まず、進化心理学者たちであるが、彼らの主張は非常に保守的であるジャレド・ダイアモンドナポレオン・シャグノン、スティーブン・ピンカーは、不平等暴力競争人間の本性の基本であると主張する。彼らは、男性進化によって他の男性競争するようにプログラムされているため、強い者が女性支配し、より多くの子どもをもうけることができるからだと言う。これは残念なことであり、幸いにも西洋文明はそのような原始的感情部分的に手なずけてきたとピンカーは言う。

偉大な生物学者であり、トランス活動家であるジョーン・ラフガーデンは、こうした考えを『薄く偽装されたレイプ物語』と正しく表現している。このような議論は実に忌まわしいものであり、そのためだけにグレーバーやウェングローが否定したのは間違いない。

非常に長い間、フェミニスト人類学者の間では、第二の学派の考え方が支配的であった。この学派もまた、女性男性の間の差異本質化し、女性男性の間に何らかの不平等があることをあらゆる社会で当然のこととして受け入れていた。

私たちが支持するのは第3の選択である歴史学人類学考古学の記録に顕著な特徴がある。人々が経済的政治的に平等社会暮らしていたほとんどの場合女性男性平等であった。また、経済的に不平等階級社会存在したところでは、そこでも男性女性支配していた。

私たちにつきまとう疑問はこうだ:なぜなのか?

グレーバーとウェングローはこの問いに取り組んでいない。彼らは性差別について何の説明もしないし、男女関係がどのように、あるいはなぜ変化するのかにも関心がない。しかし、彼らは性差別主義者ではない。彼らは何度も女性抑圧の事例に触れているが、それは一過性のものである。彼らの関心事の中心にはないのだ。だから私たちには印象的な一致に見えるが、彼らにとっては蜃気楼なのだ

複雑な採集

グレイバーとウェングローの説明重要な部分は、農耕と階級的不平等、そして国家の出現との関連を軽視しようとする決意のもと、階級的不平等戦争さらには奴隷制さえも存在した狩猟採集民のグループに焦点を当てている。考古学者は彼らを「複合狩猟採集民」あるいは「複合採集民」と呼んでいる。

レバーとウェングローは、先史時代の人々が無国籍平等主義的であったか暴力的で不平等であったかのどちらかであったという証拠として、これらの人々を取り上げている。それは証拠が示すところとは違う。[7]

典型的な例は、フランツボースによって研究されたクワキウトル族と、カナダ西海岸コロンビア川フレイザー川の近隣の人々である。この川と海岸では、莫大な数のサケ遡上していた。限られた数の隘路や漁場を支配する者は、莫大な余剰を蓄えることができた。コロンビア川のギャレスがその一例だ。少人数で10ポンドサケを獲ることができた日もあった。

それは例外的なことだった。場所によって差はあった。しかし、沿岸部河川全域にわたって、サケ資源豊富であればあるほど、考古学や文献記録には階級間の不平等が表れている。富の不平等はしばしば極端であった。また、これらの人々は複雑な軍事技術を持っており、大勢戦士を乗せ、数人で何カ月もかけて作るような大きなカヌーを使っていた。

事実上農民田畑に囚われていたように、これらの人々は漁場に囚われていた。そして農民と同じように、サケ漁師たちにとって貯蔵は不可欠だった。考古学上の記録を遥かに遡ると、彼らの骨や歯を調べると、年間の食生活の40%から60%がサケからもたらされていたことがわかる。サケは数週間しか獲れないので、その食生活の大半は乾燥サケによるものだったに違いない。

農民と同じように、環境的制約と新技術階級社会可能性を開いていたのだ。こうした過程は、『万物黎明』にはまったく見られない。そのかわりに、50年前の学部生がクワキウトル族について語った、浪費的で貪欲ポトラッチ饗宴の民という、お決まり説明がなされている。この説明は、その後の膨大な研究成果を無視している。

天然痘梅毒人口の6分の5を失い、金鉱探鉱者によって征服され、そして蹂躙され、最終的にはカナダ政府によってポトラッチの宴が禁止された人々の中で、あの無秩序な宴は、権力にしがみつこうと必死だった支配階級によって管理された伝統的な生活の祭典であったことが、今ではわかっている。深い物質的な悲劇が、非合理的茶番劇として語られている[8]。

西海岸漁民けが「複雑な採集者」だったわけではない。世界中には他にも例がある。しかし、それがいかに少ないかは注目に値する。さら考古学者たちは、現在より7,000年前より古いものひとつも見つかっておらず、14,000年前より前に戦争があった証拠もない。

複雑な採集民の数が少なく、その起源が新しいのは、技術問題かもしれない。確かにカリフォルニア沿岸のチュマシュ族が不平等戦争を発展させたのは、紀元600年以前に大型の外洋用板カヌーの建造を習得してからである

彼らは「複合型採集民」の第三の例として、フロリダ南部カルーサ族を選んでいる。ある意味では、これらもまた、支配的な首長戦士階級格差奴隷制度、高価な戦争カヌー、海の哺乳類、ワニ、大型魚の漁業依存する漁民であった。

グレーバーとウェングローは、カルサ人を「非農耕民族」と表現している。しかし、彼らが認めているように、カルサの漁民もっと大きな政治の中で支配的なグループであった。他のすべての集団は農耕民であり、カルサ人の支配者に大量の食料、金、奴隷にされたヨーロッパ人アフリカ人捕虜を貢納していた。その食料によって、カルサ族のエリートたち、そして300人のフルタイム戦士たちは働かずに生活することができた[10]。

続き→https://anond.hatelabo.jp/20230926143955

2023-09-04

「言語遺伝子がないと言語は話せません」 (+) : https://ja.wikipedia.org/wiki/FOXP2 (+)

発現制御の話に見えるし、せいぜい100倍差に見える。生物学のエエカゲンさに歴史学ディシプリンで対抗しているように見えますが……。

2023-09-02

検証 ナチスは「良いこと」もしたのか』を読んでの感想・疑問

検証 ナチスは「良いこと」もしたのか』を読んだ。ナチスの行った行為についての<事実>や<解釈>については自分が誤解していたこともいくつかあり、とても面白く読めた。一方で、著者らの<意見>は、タイトルの問いに対する十分な回答ではないというのが正直な感想である

検証 ナチスは「良いこと」もしたのか』というタイトルを読んで私がまず考えたことは、著者らは「良いこと」をどう定義しているのだろうかということである

事象Aは善い」と判断するためには

事象AはXである事実および解釈

②Xは善い(価値判断

③したがって事象Aは善い(意見

三段論法を経る必要がある。

①については著者らの言う通りナチス実施した行為について歴史学方法事実とその解釈検討することは重要であろうし、素人の考えが誤っていることは多々あるだろうこともよく理解できる。素人の私が専門家の整理に対してとやかく言うつもりは(あんまり)ない。

一方で、②については、"「~であるから「~べき」は導かれない"というヒューム法則が端的に表すように、事実解釈とは独立した善悪についての価値判断である。①についてお互い同意していたとしても、②が異なれば善悪意見真逆になることは十分あり得る。

もちろん、何を善いとするかは自由に決められるわけではない。「ナチスは良いこともした。なぜなら ②ナチスのしたことは善い からである。」という主張は(そう言うのは自由だが)多くの人を説得できないだろう。

そこで普遍可能性という基準が出てくる。普遍とは簡単に言えば、固有名詞を含まない、という意味合いである。例えば、「金を返さないのは悪いことだ」という価値判断採用するのであれば、誰であろうと金を返さない人は悪人である判断しなければならない。

あなたが私に金を返さないことは悪いことだ」とするならば、「私があなたに金を返さないこともまた悪いことである」としなければならない。ナチス行為を何らかの理由で善い/悪いこととするならば、他の〇〇国がした同じようなことについても、別扱いをする普遍的な理由を挙げなければ、同様に善い/悪いこととしなければならない。

ナチス政策Aが良くないことならば、同様(に見える)〇〇国の政策Bも良くないことですよね?という問いはWhataboutism論法ではなく、価値判断普遍可能性についての確認である。同様に良くないことだと言うならそれでいいし、違うならその理由説明すればいい。

検証 ナチスは「良いこと」もしたのか』は歴史学の本であり倫理学の本ではないから、ナチス政策についての事実解釈説明がメインなのは当然であるしかしながら、「良いこと」もしたのかというタイトルにするならば、著者らの価値判断普遍可能であるかについてもある程度の紙幅を割くべきだったろう。

さて、本では素人が考えがちなXとして、A:オリジナル政策、B:目的が善い政策、C:結果が良い政策 の3つを挙げ、「素人考えでは政策AはXに見えるが歴史学手法解釈するとAはXではない。よってナチスは良いことをしていない。」とする方式説明が進む。

A:オリジナルは善い について。

まず、著者らがオリジナル定義をかなり狭いものとしているのが気になる。まったくのゼロから何かを考え出すこと以外にもオリジナルさを見出すことは特段おかしな考えではないはずだ。

私はメーカー勤務の研究者であるニーズ先行の商品開発は、(i)市場調査部が計画を立て、(ii)R&Dがラボ試験をして、(iii)工場大量生産化するという流れで進む。ここで、市場調査計画したことをただ実験して、ただ大量生産しただけなので、研究者工場技術者オリジナルなことはしていないと言われたら、ちょっと待てよとなる。

また、実はコピー製品安定的製造するのはかなり難しい。同じ会社の別工場品質がぜんぜん違うことは珍しくないし、他社製品コピーするのに数年以上かかることも珍しくない。

私は政策計画・実行したことはないが、計画を実際の法案として成立させることや他国制度法律文化経済も違う自国で同じように実施することには何らかのオリジナリティ必要であろうことは想像できる。

これについては、著者らも書いている通り、オリジナルであることと良いことは何も関係がない(もちろん、オリジナルでないからといって良くないとも言えない)ことを説明するのが適切だったのではないか

「確かに狭い意味ではオリジナルでないことは同意する。しかし広い意味ではオリジナルであったし、A:オリジナルは善い という価値判断の元、ナチスは良いこともしたという意見は変わらない」と言われるだけのように思う。

B:目的が善い政策は善い について。

著者らはナチス政策の真の目的戦争のための「民族共同体」の構築であるとして、それは良くない目的である価値判断をする。これは(i)戦争のためという目的は良くない、(ii)「民族共同体の構築」という目的は良くない という2つに分解できる。

(i)戦争のためという目的が良くないとすると、例えば福祉政策戦争のために発達したことは多くの指摘があるが、福祉政策は良くないことと言えるのかという疑問がでてくる。またインターネットロケットなど戦争のために生まれ発展した技術は良くないことと言えるのかという疑問もでてくる。

先に書いた通り、これらを良くないとするなら(同意を得られるかは別として)普遍可能性についてはクリアしている。しかし、これらを良いとするならば説明必要だろう。

また(ii)「民族共同体」の構築が良くないとすると、例えば「国家共同体」の構築のために移民特に既存国民にとって良くない影響を及ぼす可能性が高い移民)を排除することは良くないことなのかという疑問がでてくる。

私はリバタリアンとして個人自由尊重する立場から国家移民制限することは良くないことだと考えるが、日本はもちろんヨーロッパアメリカの現状を見るに、世界全体で受け入れる人は少ないと思われる。

民族共同体」の構築という目的問題ないが、その方法としての搾取・断種・敵対者排除問題であるという主張も考えられる。私もそれらの方法について全く支持しない。

しかし、目的問題ないとするならば、②目的が善い政策は善い の反論としては不適である

また、占領地・植民地から搾取障害者の断種、反政府思想弾圧などは同時期の他の国でもあったことであり、それらと比べてナチス政策はと同程度に悪いのか、それともより悪いと言えるのかという疑問もでてくる。

C:結果が善い政策は善い について

先に書いた通り、①事実解釈について素人の私が専門家の整理に対してとやかく言うつもりは(あんまり)ないが、気になる点をいくつか挙げる。

(i)失業者600万人に対して雇用創出政策では50万人程度であるから効果限定的というのは乗数効果を全く考慮にしていない。私個人としては政府雇用創出政策効果懐疑的ではあるが、ケインジアンはこの<解釈>に文句があるだろう。

(ii)「膨張する国家支出と巨額の負債国家財政を圧迫し、やがて財政破綻の危機インフレ圧力に直面することになった」について、例えば日本社会保障政策も同様という論者は多いが、良くない政策だと言えるか?(なお、私は良くない政策だと考える)

(iii)「「軍備の奇跡」なるものも結局のところ戦争の集結を引き延ばし、多数の人命を犠牲にするだけに終わった」は枢軸国側が負けることを知っている前提の意見ではないか。(現在はともかく)露宇戦争開始当初はウクライナが人命の犠牲を避けて早く降伏すべきという意見はそれなりの数あり、またそれに対する批判も多くあった。

(iv)例えば医療分野の発展はその大部分を動物搾取を前提としているが、動物愛護思想の人が「医療は"何も"良いことをしていない」と主張することを認めるか?もし動物愛護思想を認めた上で医療分野は「良いこと」もしたと言うならその理由はなにか。

(v)タバコについて、一方では「最終的には自己責任であった」と強制がなかったことを問題としているが、もう一方では特に女性について「家父長的干渉主義」という強制があったことを問題としている。これはダブルスタンダードではないか

ナチス政策行為の"総和"として大きくマイナスであることは多くの人が認めるだろう。

しかし、"個々が全て"マイナスであったというのはかなり強い主張になる。

ナチスは「私たちはこうあってはならない」という「絶対悪」であり、そのことを相互確認し合うことが社会の「歯止め」として機能している」ことが正しいとしても、それは"総和"で達成できるのではないだろうか。

2023-09-01

anond:20230901120202

ジェンダーって性の社会的意味づけの話で、政治学歴史学法学社会学系の近縁学問なんで、

生物学進化学やってもジェンダー学とは遠いよ

生物学者がいきなりジェンダー学を理解できるかは微妙

教養ないくせに喋んなカス

2023-08-14

anond:20230814163704

文系に行ったら行ったで分野極められるけどな

言語学シャンポリオンみたいにヒエログリフ解読したり、歴史学知識も使ってアジア古代文字を解読した日本の凄い天才もいる

ジェンダー学では署名を集めて、超有名企業CMの取り下げに成功した例や、差別的職員を追い出した例がある

2023-08-07

anond:20230805105359

災害防災歴史学、みたいなのはできるのかも。「以前津波がここまで来た」とか「川が氾濫してここまで水に浸かった」とか。

株式歴史学みたいなのもあるかも。「リーマンショックとき、上手に災害を避けた人の行動はこうだった」とか。

2023-08-05

検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』への雑ブコメ一覧

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASR8443X7R7XUCVL037.html

id:paracletus それより「連合軍も悪いことをした」について、そろそろ語られるべきかなあと思う。

id:CocoA ただしぃ~、原爆による無差別大量殺人肯定はいいで~す

id:technocutzero 欧州全体でロマ排斥殺害してたことも教えないとダメだワン ソ連ホロコーストも全く語られないしな WW2後の世界が枢軸を悪とすることで成立させてる世界観だからそうなってるだけで純粋歴史の話じゃない

id:toratsugumi むきになってナチを完全否定する勢力は、国家社会主義ドイツ労働者党ショッカー区別がついてないんじゃないのか。ソビエト連邦共産党カンプチア共産党朝鮮労働党だって、内政面で良いことも少しはしてるぞ?

id:mutinomuti 誰に対して?(´・_・`)欧米優越的地位確立植民地奴隷制度による搾取によって加速されたわけだけど、そういう話?

id:eotitg 未だにナチスのユダヤ虐殺ばかり言うのが健常主義で、ユダヤ以前に障害者ガス室送りにしたのがT4作戦。T4作戦を都合が悪そうに沈黙してきたユダヤ障害者差別と、白人だって差別と強調のユダヤ批判されるべきでは

はいドーン。また新しいアホがあぶりだされましたね。同書内で言及されてるwhataboutismそのまんまです。そういう無駄な相対化で本題を誤魔化そうとする阿呆な態度を取ることの弊害が散々言及されてます文章を読めないアホに限ってこういう無駄メタを気取ってアホをさらしてしまうわけですね。いいサンプルです。

id:nt46 ナチスは何も良いことはしなかった、とは書けないか分析に走るのでは。

id:mr_yamada 「良いこともした」論者がアホなのはわかるが、学者研究対象に「肯定できるところはない」としてしまうとスタンスとしては、同じレベルに落ちてしまますよ。ナチスを雑に全否定することの危うさこそ心配

はいアホー。「何も良いことはしなかった」なんてこの本では書いてませんし全否定本でもありませーん。

id:flowing_chocolate 良い悪いではなく、何をやったかで語ってほしい。

はいアホー。何をやったかを書いてる本です。この本では歴史学における検証方法を「事実」「解釈」「意見」の3段階にわけることを検証してます。それが歴史学的にメジャー方法かはしりません。そもそも歴史学において「なにをやったか」を語ることは極めて不十分、そもそも客観的歴史など存在しないことを示してます間抜け。雑にマウント取ろうとするアホの見本。

mazmot 「良い」とか「悪い」という定義不能価値観歴史研究に持ち込むことの危うさをもうちょっと強調したほうがええんちゃうやろか。

id:by-king まずそもそも『良いこと』って定義はなんなんだろうね。そんな簡単一義的に決まるものなの?単なる誰かの価値観しかなくないか

はい出た出た「歴史研究善悪を持ち込むな」派。お前歴史研究まともに触れたことないだろ? historystory語源は同じstoriaって高校世界史の最初の授業で教えられることじゃない? そもそも歴史において価値判断を持ち込まないなんてことはありえないんですよ。

id:lochtext 無料部分では『善悪を持ち込まないのは不可能』って言ってるだけで、積極的に持ち込むのはやっぱり不適切なのでは?

これもおもしろ視点のように見えますが、率直に質問します。「ナチドイツユダヤ人を500万人殺しました」という歴史事実に対して「善し悪し」を持ち込むのは不適切だと思いますか? そもそも社会科学人文科学において「主観を含まない客観的判断」なんてもの存在しないんですよ。社会科学人文科学を学ぶ上でそんなことは初歩の初歩の初歩です。いわゆる理系ありがちな誤謬ですね。

id:tpircs 良くわからんけど悪いことだけするのが人類に難しそう。

これは悪くない視点ですね。物事って「良いこと」「悪いこと」以外に「良いとも悪いとも言いがたい領域」ってたくさんあるんですよね。

この本の中で散々言われてることは「良いことと主張されることが『悪いこと』と結びついている場合、それは『良いこと』と言っていいのか?」という問題意識です。一例を挙げます。困窮した国民政府が住居を提供しました。ヤッター!良いことのように見えますね? でも実はその住居はそこに住んでた在日コリアンを無理やり追い出して北海道強制移住させたことで獲得されたものです。さて、それは「良いこと」ですか?

石田勇治『ヒトラーナチドイツ』において示されてること、それは「ナチスとはヒトラー意向を実現する為の国家機関である」「ヒトラーユダヤを本気で絶滅させようとしていた」という事実です。ナチドイツ国民共同体を至上とした結果ユダヤ人500万人を殺害したという事実は、ナチドイツの様々な政策と綿密に結びついてしまますナチスの福祉政策ユダヤ人や性的マイノリティ排除していました。「ドイツ人」とみなされない人間人間扱いされないんですね。「ドイツ国内に住んでる人はユダヤ人も性的マイノリティも全員まとめて面倒みたるわい!」みたいな福祉政策ではなかったんですね。さて、それは「良いこと」ですか?

id:gui1 ナチ絶対悪なのは前提ですが。政権国民生活の向上の施策うつのが通常です。どんな政権でもそうです。悪のナチスでもそうです。国民いじめ抜いた悪夢民主党政権のような特異例は少ないです(´・ω・`)

なのでこの意見も同様に否定されるわけです、「国民生活を向上します、そのためにユダヤ排除しますしなんなら絶滅させます」。そのような施策は「良いこと」ですか?

id:colonoe わざわざ買って読む気はないので、環境保護禁煙政策を「良いこと」ではないと書いてるのかどうか教えてほしい

こういうアホは目次すら調べようとしない知的怠惰人間です。環境保護保護範囲限定的だったし戦争進むにつれて疎かになったって言ってます禁煙政策女性を除いて効果がなかったよねということを示してます

その上でこれへの返答を最後に持ってきたのは、実はこれは「良いことかもしれない事実」に結びついてるからです。本書の中で唯一「良いこと」の可能性が示されてるのがこの「禁煙政策女性の癌患者を減らした」というところです。そもそも「良いことが全くなかった」ということを示してる本ではないんですよナチドイツ政策学術的に検証してきた歴史学の積み重ねの中で、ナチドイツ政策で褒められるところがなかったっていう研究結果が出ているという話。これは田尾大輔や小野寺拓也がそう主張してるわけじゃない。他の研究者たちが積み重ねてきた、巨人肩に乗った結果の「歴史学的に一般的結論」が「良いこと」とされることをほぼ否定している。田野大輔・小野寺拓也だけが主張してるのではなく、先行研究効果の有無を実証していることをただまとめただけ。そういうことを知らずに雑語りしてるお前らはマージでね、お前ら全員アホ。アホが雁首揃えてアホを晒してるので爆笑です。

なお、その「女性の癌患者が減った」という政策には家父長制的な「女性は家庭で子供を産め」という思想根底にあったという指摘がある。女性子供を産むことが推奨されていて、その結果としての健康政策なわけだ。そういった価値観のもとでおこなわれた政策は「良いこと」なのか? という問いを本書では投げかけてますよ。

余談

それはそうと、この本は完全無欠な本だとは思ってない。この本を批判する素地は1つだけあると思ってる。それは「ナチ研究ナチス/ヒトラー過小評価しようとするバイアスが全体的に存在する」という批判だ。ただ、これまでナチドイツに真面目に向き合ってきた何百人もの学者が積み重ねてきた智の結晶バイアスとして切り捨てるのは相当ハイレベル研究必要かと思うので、増田はそう主張するつもりはない。

anond:20230805104142

政治社会経済文化がどのように動くのか、については、分析一般論の体系は数学物理学レベルではまだ存在しないと思う。

個別事象帰納分析をやっているレベル

「〇〇政府クーデターを起こす前提条件は、▢▢の定理の前提条件をみたすよう「メディア掌握率が90%以上」「将軍カリスマ性がレベル4以上」「米国中国ロシアとの関係性が4以上」みたいなゲーム的な数値化可視化もないし、前提条件を満たせば必ずそうなるという因果性も低い。

でも解析的な歴史学というのはシミュレーションデータ分析手法の進んだ今日では可能性はあると思うし、マーケティングなどにも活かせる可能性はあるかもしれないな。

2023-07-01

ナチスは良いことをしていない」と証明しても意味が無い

これはツイッターでは定期的に見る議論なんだけど、

ナチスは確かに悪いけど、○○という良いこともした。それを否定することは出来ない(○○には「高速道路」「社会保障」とかが入る)」ということを言いたがる人は結構いる。


で、これに対して専門家が、ナチスは良いことをしていない。ナチスの功績とされることは実はナチスの功績ではない」否定する・・・と主張するのが定番の流れになっている。

今度それをまとめた本も出るそうだ。

https://www.amazon.co.jp/%E6%A4%9C%E8%A8%BC-%E3%83%8A%E3%83%81%E3%82%B9%E3%81%AF%E3%80%8C%E8%89%AF%E3%81%84%E3%81%93%E3%81%A8%E3%80%8D%E3%82%82%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88-1080-%E5%B0%8F%E9%87%8E%E5%AF%BA/dp/4002710807


田野先生をはじめとした真摯研究者の皆さんのこういった仕事に対して、俺は敬意を払いたいと思う。

でも、個人的には「ナチスは良いこともした」と言いたがる人に対して、実際にナチスのやったことを検証して見せても意味が無いと思う。彼らには響かないと思う。


というのも、彼らの中にある疑問は「どこかでデカ犯罪ミスを犯したら他の功績も否定されるの?」というところにあるからだ。

もっと大雑把に言えば、「何かを絶対悪として認定し完全否定すること」自体に対する反感のようなものだろう。


ツイッターなどの言論空間では「正義の反対は別の正義」見たいな相対主義が非常に有り難がられる傾向にあり、たとえナチスであろうと「全否定」という行為のもの拒否感を覚え、

それに反抗することが知的だと考える人一定存在する。


から彼らに対して「ナチスは実際に良いことをしていないんですよ」と言っても、「じゃあ今後、ナチスみたいな連中が現れて、そいつらが本当に良いこともしていたらどうするの?」と思うだけだろう。

から必要になるのはそこの議論、「仮にナチスが本当に良いことをしていたらどう評価すべきなのか」なんじゃないだろうか。これは歴史学というよりは倫理学問題かも知れないけども。

2023-06-09

anond:20230609153447

もっと文学部ぽく書かないとダメだよ。以下手本。

 文学部を選ぶことは薦められぬ。止むを得よ。何故ならば文学部の授業においては、熱意を持てば自ら調べ、書物を読むことによって身に付けることが基本とされるからである特に国文学歴史学の分野においては、新たな事実が滅多に加わらず、既に整理された知識を、その科目の愛好者である教授が楽しげにお話ししてくれるのみである。言い換えれば、博識なることはできるが、生計を立てる能力は授業だけでは身に付かぬかと思われた。


もしくはこんなふうにもっと古典的に。

 よもや文学部というものは汝に勧めざるべし。此を断念せよ。何が故かと申さんか。文学部の授業において聴くことは、いかなる場合も熱心さによって調査したり書物を読んだりすることにより得られるものなればなり。特に国文学歴史学なるものは、新たなる事実の追加はほとんどなく、既に構築せられた学問の体系を、其の科科目の熱狂的なる教授が楽しげに饒舌するばかりなり。要するに識者となることは許されんとも、食物を得るための能力は授業のみによって身に付くものとは思わず候。

2023-06-01

反日利権クズが逃げるぞ】キボタネ理事を逃がすな

全員業界永久追補

一年に一度死ぬまで謝罪文新聞掲載

全ての学位資格剥奪

当然でしょう。

厳罰必要

慰安婦をさんざん食い物にしてきた。

https://www.kibotane.org/our-mission

希望のたね基金 キボタネ私たちが関わっています

代表理事 梁澄子 (やんちんじゃ)

被害者がいる問題だったんですね」

在日朝鮮人慰安婦サバイバー・宋神道さんの裁判過程をまとめたドキュメンタリー『オレの心は負けてない』を見て、ある学生がつぶやいた言葉です。日本軍慰安婦問題日韓外交課題として浮上した後で「慰安婦問題を知った世代には、この問題日韓の摩擦問題としてしか見えていないのだということを、気付かせてくれた言葉でした。サバイバーたちの四半世紀にわたる闘いが、「慰安婦問題外交課題にまで押し上げたのだという事実が、すっぽりと抜け落ちてしまっている。宋神道さんをはじめとする日本軍慰安婦サバイバーたちの闘いを目撃してきた者として、被害事実と共に、その闘いと、それが獲得したものについて、伝えていかなければならない責任を感じています

韓国日本軍慰安婦サバイバー・金福童さんは、日韓合意の最大の問題点は「歴史を売ったことだ」と言いました。「慰安婦問題歴史なんだ。歴史お金で売ってはいけないものなんだよ」と。

戦時暴力被害者が名乗り出て、加害国の責任を問うて国際世論に訴えるという、人類史上初の試みをおこなった女性たちは、二度と同じことが繰り返されない平和世界をつくらなければならないと、自らの存在をかけて訴え続けました。その姿が、他の戦時暴力被害者たちに勇気を与えたこと、世界人権専門家たちの心を動かして重大人侵害被害者被害回復に関する国際基準を打ち立てる上で大きく貢献したこと、闘いの過程で自らが変わり周囲の人々を変えていったことも、私たち記憶し、伝えていかなければならない歴史です。その歴史が見落とされ、あるいは歪曲されたまま、「解決」や「和解」を唱えても、「解決」と「和解」を手に入れることはできません。

日本軍慰安婦問題私たちに多くのことを気付かせ、学ばせてくれた問題でした。その気づきや学びを、さらに多くの人々、多くの若者に伝えていくことで、「慰安婦問題は「終わらせる」べき問題ではなく、平和未来を拓く礎となる問題であることを伝えたいと思います

日本軍慰安婦問題解決全国行動共同代表 1990年から日本軍慰安婦問題に関わる。1993年提訴在日朝鮮人慰安婦被害者神道さんの裁判支援をおこない、2007年ドキュメンタリー映画『オレの心は負けてない』製作現在韓国ソウル戦争と女性の人権博物館(WHR)日本後援会代表、「YOSHIMI裁判いっしょにアクション」共同代表通訳翻訳語学講師。 "

顧問 川田文子 (かわだふみこ)

じっくり実らせよう、一粒の種 旧日本兵によれば、司令部大隊本部の側には慰安所を設置した。本部を守る配置の200名規模の各中隊には慰安所の「慰安婦」が巡回した。最前線小隊には慰安所も「慰安婦」の巡回もない。それで、女性拉致し順繰りに犯し、「合意」と見せかけるため金を握らせた。真摯反省も再発防止策も示さず日本政府が締結した「日韓合意」は70年以上前最前線兵士が編み出した犯罪隠蔽のため金を被害者に握らせた手法と同質だ。

日本政府は「日韓合意」の一条件とした平和少女像撤去にこだわる。韓国若者は厳寒のソウル日本大使館前にテントを張り、夜中も少女像を守った。釜山総領事館近くの少女像若者資金を集めて設置した。日本若い世代韓国の同世代交流し確固とした非侵略平和を築く、そんな一粒の種になることを応援したい。

ノンフィクション作家在日慰安婦裁判を支える会、戦争と女性の人権博物館日本委員会所属日本の戦争責任資料センター共同代表沖縄に残された裴奉奇さんの半生を記録した『赤瓦の家――朝鮮から来た従軍慰安婦』(1987年)をはじめ、在日日本インドネシア中国など日本軍慰安婦」・性暴力を受けた当事者人生を記録。

ノンフィクション作家失格

顧問 角田由紀子 (つのゆきこ)

私たち社会が「希望」という言葉を見失ってどのくらい経つのだろうか。希望喪失度(という言い方があるとすれば)は、安倍内閣になってから急速に進んでいる。私たち絶望感と閉塞感に苛まされてきた。そこへ「希望のたね基金である。私はすっかり忘れていた言葉に再会して、ひそかに心躍らせている。この基金が、若者たちをターゲットにしていることが、とりわけ嬉しい。日本軍慰安婦」とはなんであったのか、なんであるのかを若者たちが理解するときが来ることで、日本韓国関係は大きく変わるだろうし、それは必ずや日本若者たちに生きるに値する未来をもたらすのではないかと、期待が膨らむ。自分の国の歴史を学んでこなかった日本人にとっては、若者だけでなく、新しい時代に生きる手がかりになるはずだ。

弁護士 2017年5月1日現在 1975年弁護士登録。以後、東京弁護士会及び日本弁護士連合会の両性の平等委員会委員を、2001年4月よりはNPO法人女性安全健康のための支援教育センター」の代表理事をそれぞれ務めている。2004年4月より2013年3月まで、明治大学法科大学院教授。第2東京弁護士会所属。主な著書に「性と法律2013年岩波新書など。 "

理事 庵逧由香 (あんざこゆか)

国境を越えて人と人とが直接出会い、直接交流することは、国際関係で最も楽しく、最も核心的な要素だと思います友達が一人でもできれば、自然相手国や相手地域に対する関心が生まれてきます日本韓国大衆文化根付き始めたている現在、関心を持ち始めた若い方々に、一人でも多く朝鮮半島の友達出会う機会が提供できればという願いを込めて、希望のたね基金事業におおいに期待しています

立命館大学文学部教授 / 強制動員真相究明ネットワーク共同代表 専攻は朝鮮近現代史日韓関係史。主要論著に、「朝鮮における総動員体制構造」『岩波講座東アジア現代通史 第6巻』岩波書店、2011年1月(共著)、庵逧由香「植民地朝鮮史像をめぐって-韓国の新しい研究動向-」『歴史研究』No.868、2010年7月、などがある。

大学からクビにするのは当然でしょう

理事 北原みのり(きたはら

91年に金学順さんが声をあげたとき、私は大学生だった。当事者が声をあげた以上、解決しないわけにいかない、すぐにきっと解決できるはず。そう楽観的に信じていた四半世紀前の私に言ってあげたい。「甘すぎるよ」と。「慰安婦問題は、この国のアキレス腱だ。国は力尽くで、この問題を忘れさせようとしてきた。「そうはさせない」と、急所に正面から切り込んでいった当事者支援者の運動は、どれほど過酷だったことだろう。性暴力被害者が声をあげれば叩かれ、なかったことにされるのは、今も同じだ。だからこそ私は、この運動に関わりたいと思う。女性たちの無念を記憶するために。次世代に声と記憶をつないでいきたい。

作家 1996年フェミニズム視点女性向けセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」を立ち上げる。フェミニズムジェンダーに関する著書多数。「アンアンセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)「毒婦。」(朝日新聞出版)「奥様は愛国」(朴順梨との共著著、河出書房新社)「性と国家」(佐藤優との対談、河出書房新社)他。

理事 山口智美(やまぐちともみ)

慰安婦問題は昔起きたことだから自分とは無関係」「国家間の問題だし、日韓合意解決済み」。そんな声をよく聞きます日本メディアネットでは「慰安婦問題否定論が溢れ、日本政府が歴史否定忘却を後押しさえしています。でも、「慰安婦問題を真に解決し、二度と戦時暴力被害を起こさないためには、「慰安婦問題事実サバイバーの声、そして支援運動歴史について学び、記憶し、それを継承していくことこそが重要なはずです。「希望のたね基金」の取り組みを通じて日本若者たちが学んだ成果は、私が住むアメリカなど、世界若者にも影響を与えていくことでしょう。皆でこの基金を育てていきましょう。

モンタナ州立大学准教授 文化人類学フェミニズム 日本社会運動特にフェミニズム右派運動調査を進める中で「慰安婦問題にも取り組む。共著に『社会運動の戸惑い—フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(共勁草書房)、『海を渡る「慰安婦問題 右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店)ほか。

セクハラにの定義を歪めて水着までセクハラにしたインチキババア

理事 柴洋子(しばようこ)

1990年から慰安婦問題過去のページに閉ざされた歴史の一つではなくなりました。さら金学順さんが名乗り出たことを機に多くの被害女性が名乗り出、日本政府に対して謝罪と賠償を求めました。私たち彼女たちの勇気に支えられて、それぞれ各国の裁判支援を始めました。私は縁があって台湾被害女性たちと裁判を通して交流してきました。そして30年近くが過ぎ去った今、台湾被害女性たちは亡くなり、現在お元気な阿媽は2人です。台湾では2016年AMA Museumを開館し、阿媽たちの歩んできた道を記憶し、記録するようになりました。韓国は「慰安婦問題解決運動先駆者です。ハルモニたちの声は国境を越え、現代紛争下で性暴力被害を受けた女性たちにも勇気を与えています日本にいる私たちも各国の被害女性たちの声を記録し、若い世代に伝えていく努力必要です。しかし、どうやって? そういうときに「希望のたね基金」の活動は、まさしく私たち希望となるものだという確信に至りました。私自身は模索しながらの参加になりますが、希望の道へ連なることができることを嬉しく思っています

台湾の元「慰安婦裁判支援する会

慰安婦利権そのもにの

理事 方清子

1990年から始まった日本軍慰安婦問題解決運動が30年目を迎えようとする今なお、被害者が望む解決はなされず、その間に多くの被害者が亡くなられました。日本政府は歴史事実をなかったことにしたいという欲望を隠そうともせず、「日韓合意」で終わった問題公言して憚りません。忘れさせようとする権力に対し、サバイバー生き方に学び、記憶することは抵抗であり、未来への一歩です。誰一人その生を再び踏みにじられることのない、性暴力人権侵害を許さな社会の実現を共にめざします。「希望のたね基金」の取り組みを通じて次世代へとバトンをつなげ、あるべき社会未来像を形にする一助になりたいと願っています

日本軍慰安婦問題関西ネットワーク共同代表

原因は尹美香

理事 大森典子

映画「主戦場」で日本若者がみな「慰安婦問題は知らない,と言っている事に衝撃を受けました。しかし1991年に初めて金学順さんが名乗り出てすでに30年近く経っていることを考えると当時生々しい感動を受けた世代記憶形骸化しています。ましてや直接被害事実を聞いた事のない世代はこの言葉を知っていても被害者苦痛自分の事として想像するのは大変です。「希望のたね」の活動が,こうした問題に正面から取り組んで下さっていることに敬意を表しつつ,これに参加できることを幸せな事と思っています

弁護士

理事 加藤圭木(かとうけいき)

日本軍慰安婦」制度や日本植民地支配・侵略戦争は、数え切れない人びとの人権尊厳を踏みにじった国家犯罪です。これらに対する批判認識確立し、真に人権尊重される社会をつくりだしていくことは今を生きる私たち課題です。マスメディアインターネット上では、日本軍慰安婦問題に対するデマや、朝鮮半島をはじめとしたアジア諸国に対する不正確な情報が溢れています。こうした中で、若い世代なかには「何が本当のことかわからない」と感じる人も多いでしょう。キボタネを通じて、歴史真実を学び、東アジアの人びとと交流を深めていくことは、大きな力となっていくはずです。ともに学ぶ仲間の輪を拡げていきましょう。

一橋大学大学社会研究准教授

監事 太田啓子(おおたけいこ)

私は、戦時暴力は、戦時という特殊な状況下で起きる特殊態様のものだと以前は思っていた。しかし、戦時特有事情もあるにせよ、本質においては、どうもこの社会日常的に起きている性暴力と地続きのものであるということを、日本軍慰安婦」だった女性達の言葉と、それに対して向けられる偏見罵詈雑言に接して、感じるようになった。

逃げられない権力構造下で起きた凄絶な被害がどういうものだったのかを直視することは、この社会から暴力を無くすために何が必要かという本質的な問いのために避けられないだろう。必死な性暴力告発の声を「あなた合意していたのに今更何を言うのか」と押し潰す暴力性の背後にあるものはなんなのか見極め、それと闘いたい。これが、不勉強と微力を承知理事就任の打診をお引き受けした理由である

弁護士 明日自由を守る若手弁護士の会(「あすわか」メンバー)。「怒れる女子会」呼びかけ人。取扱分野は離婚等の家事事件一般民事事件等。性暴力

2023-05-12

anond:20230511230426

政府に都合の良い歴史学んでも意味ないけど、ちゃん歴史学んでる?

明治維新をいいものだと思ってる馬鹿がこの国のお勉強できる連中だから終わってる。

2023-04-06

anond:20230406085444

当時の空気感を知るうえで大衆娯楽を参照するのは歴史学の基本やでというお話

2023-03-16

anond:20230316214153

なんというか歴史学とか文化生態学的にフェミニズムグダグダになっていった過程記述する研究があったら面白いだろうな。

アンチフェミ的な批判ではなくて、フラット立場からの。

あいくらフラットスタンスと言ってもそうはいかないんだろうけども

2023-03-07

ハックルさん無敵すぎるな

ゲーム歴史って本を出して内容が出鱈目すぎて炎上したんだけど

 

ゲーム歴史客観なんてもの存在しない」

歴史学において本人の言ほどあてにならないものはない」

「その資料をどういう意図で使ったか議論になるだけだから資料無駄

 

圧倒的すぎるだろ、これ。

2023-03-04

他人を恐怖で縛る力

政財界で名を成す人や、そこまで行かなくても組織の中で出世していく人は、ある程度他人を(パワハラ的な意味での)恐怖で縛れるような人であると思う。

けれどもこの辺の観点歴史学経済学なんかからはすっぽり抜け落ちてて、現実的考察になっていない。

2023-02-16

anond:20230216222449

あれかっこいいよな

しか物理も一番かっこいいけど理論がつくやツァほかもェェヮ

理論社会学

理論数学

理論哲学(⇒実験哲学もあるのかな?)

理論文学

理論歴史学

理論農学

理論看護学

理論法学

理論行政学

理論医学

理論水産学

理論芸術工学

理論林学

2023-01-29

anond:20230129184309

なんで定期的にこーゆー見て来たようなオモシロ歴史学を書けるんや?

2023-01-23

ゆる言語学ラジオ司馬遼太郎功罪

似ている

功:エンタメで興味を持つ人を増やした

罪:不正確な情報を広めた

この書き方のフォーマットは考えをまとめるのに便利だな、気に入った

いや、スマホから見るとレイアウト崩れが酷いな……

2023-01-06

高校時代反社みたいな先生が入ってきた

倫理だか日本史(わすれた)を教えてた記憶があるが、

正しい知識が学べる今、めちゃくちゃあいまい記憶で教えててワロタ

まあ情報化される前の田舎公立教師じゃなあ

なんで三流大学から倫理なり歴史学ばないといけないんだよ

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