はてなキーワード: 本尊とは
元々養蚕が盛んだったこの地は、養蚕を奉った神様やら、猫をかたどった仏像やらがある(本尊は薬師如来)
お寺の境内の中には神社があり、古くからの神仏混交のお寺である。
住職は世襲ではなく、本山から派遣されて来た人が、神道の修行をして両方担うという方式だ。
住職は、猫好きである事、猫の世話ができる事を何よりも重視していて、今いる住職は猫好きの若きイケメンである。
境内には、3匹の猫がいる。うち2匹はもうおじいちゃん・おばあちゃん猫で、いつも寝ている。
場所は、けっこうな山奥であるが、近くを高速道路が通っている。駐車場トイレだけのPAにスマートインターと、高速バスのバス停がある。そこに遠くから来た連中が猫を捨てていく。
季節はこの季節が多いらしい。
今年のGWシーズンは、子猫が数匹と、子どもを孕んだ親猫が1匹だった。
お寺では、保護猫活動などはやっていない。そう、実はお寺はやってないのである。
が、来たものは拒まず。住職と、檀家の有志と自治体と保健所と連携して対処する。宗教法人の会計からはお金をださない。
保健所と言っても殺処分では当然なくて、保健所で捨て猫の健康状態の確認や、、保健所の譲渡会への参加斡旋などをやってくれる仕組みがあり、それに乗っかっている。(保健所管内では、相当前から殺処分等は行っていないらしい)
自治体は、警察への連絡などの事務手続きを受け付けてくれた上で、ICチップの補助、ワクチンの補助などを出してもらう。(去勢手術代は里子先の家に負担してもらっている)
これは企業版ふるさと納税を減資にしたプログラムで、100%補助という有り得ない優遇施策になってる。実は隣の市の葬儀社による寄付金だ。
こうして、まずは猫の基本的な診断が行われる。その後は、境内にある離れで暮らす事になる。
猫の里子先は、まず住職の日常LINEと、檀家回覧板、掲示板でまずは周知される。
今回、子猫はあっさりと里子先が決まったそうで一安心だ。かわいい錆び猫ちゃんである。
まだちゃんとトイレに行けなかったりするので、面会は済んでいるけど、実際に里子に出ていくのは7月ぐらいになる予定である。現在先輩猫がかいがいしく猫の社会の厳しさを教えている模様。
決まらなかった場合には、境内にやってくる猫好きの子に積極的に声をかけたり、さらに保健所の譲渡会など進む。
一方で、母猫はずいぶんおなかが大きいのだが、まだ出産していない。獣医の元に預けている。たぶん住職が金出してる。
猫にICチップが入っていたらしいと言う話は聞いたが、元の飼い主には連絡がとれないそうだ。何があったのやら。
ここら辺の話がもしかしたら広まっていていてこうなっている可能性はある。何回かテレビで紹介されたことがあるし、ブロック紙にも乗っている。
今の住職になってからはそう言った趣旨の報道はやめてもらっているのだが、どこからかあそこに捨てれば保護してくれるという風になっているようだ。
エクストリーム選挙とは、選挙を利用したエクストリームスポーツの一種である。
過去の開催
横浜市長2021 https://anond.hatelabo.jp/20210720210047
東京都知事2020 https://anond.hatelabo.jp/20200612200441
例年は多くの候補者が集まる東京都知事選挙で競技を実施するが、今回の衆院議員補欠選挙東京15区は都知事選挙並の熱戦となったため特別開催となった。
当選した候補、または供託金返還となった候補が以下の理由により特別賞受賞となった場合は、逆転優勝とする。但し、選挙期間中の逮捕はこれまでどおり失格扱いとなる。該当者が複数いた場合は、当選した候補が優勝として扱われる。
東京15区は2021年当選の柿沢未途(江東区挑戦選挙違反)、2017年当選の秋元司(IR汚職)が連続で逮捕されており、2回連続特別ルールによる逆転優勝となっている。
東京都知事選挙以外は競技としての面白さがないためこれまで行われてこなかったが、前職と前々職の相次ぐ逮捕ということにより、衆議院小選挙区の補選としては異例の開催となった。
順番は届け出順
もはや選挙の風物詩となったNHK党。しょっちゅう政党名が変わるため正式な政党名を調べるのもバカバカしい。いまはみんなでつくる党というらしい。オーナーの立花が有罪判決を受けたり東谷義和が逮捕されたり党が破産したりしている。民主主義への挑戦とも言える政党で、こんなのに投票するような人はもう選挙に行かないでほしいとすら思う。
色物としての存在感以外はもはや無いので、供託金は戻ってこないだろう。
当初は自民党からの擁立も取りざたせれていたが、過去の不倫の影響で無所属での立候補となる。意外なことにリベラル的な主張(九条改憲反対、夫婦別姓賛成)にもかかわらず、度々自民党からの擁立が取り沙汰されるのは、単なる権力指向と客寄せパンダ的ねらいだろうか。当選したらおそらく自民入りするだろうが、2022年の参院選の結果を考えると当選は微妙か。小野泰輔ポジション。
近年勢力を拡大しつつある極右政党、参政党。ただし日本の極右的民族主義者の多くは自民党(特に旧清和会)や維新の会に投票するため、影響力は限定的。供託金も戻ってこないだろう。
2019年に逮捕された元職。全てはここから始まった。現在も裁判中で何かが間違って当選しても高い確率で失職して公民権停止となるだろう。そもそも当選どころか供託金が戻ってきた時点で東京15区の選挙民の恥である。ただしエクストリーム競技の優勝候補ではある。
日本維新の会の公認候補。近年参院選の東京選挙区で議席を確保したり、衆院選でも比例区東京ブロックで議席を確保している維新の会だが、近畿ブロック以外での衆議院小選挙区での議席獲得には至っていない。今回の選挙も万博で逆風が吹いており当選は微妙。馬場伸幸は威勢の良いことを言っているが、選挙への影響はないだろう。小野泰輔ポジションその2。
選挙序盤からいきなり他の候補への選挙妨害を行うというS難度演技を披露し、特別賞による優勝候補となる。供託金は戻ってこないだろうし選挙違反による公民権停止もあり得る。へずまりゅう以来の逸材かもしれない。
立憲民主党所属の前江東区議。看護師。対抗馬らしい対抗馬もいないため本来は本命候補として扱うべきなのだが、立憲民主党も存在感はなく選挙自体世紀の凡戦感が漂う。エクストリーム競技とは無縁。
麗澤大学客員教授。日本保守党は百田尚樹により設立された極右政党。党幹部に河村たかし・有本香・北村晴男・竹田恒泰がなお連ねる銀河系軍団(褒めてません)。参政党が反ワクチン反グローバリズムで右翼版れいわ新選組の趣なのに対し、日本保守党は安倍晋三名誉大宰相を御本尊とするカルト宗教と言った趣。当たり前だが供託金は戻ってこないだろう。
前参院議員(立憲民主党)。須藤は参院比例区のため辞職により、当選者の元モー娘。の市井紗耶香が繰り上げ当選となったが辞退したためRAG FAIR奥村が繰り上げ当選となる。この名前の並びだけで非拘束式名簿の悪いところが全部出ている。
主張といいキャラクターといい、れいわ新選組にぴったりな人物だが何故か今回は無所属での立候補。知名度の割に集票は厳しそうで家入一真枠となりそう。エクストリーム競技優勝最有力候補。
ガチのカルト極右候補✗2、N国、収賄事件で裁判中の元職、反ワク、極めつけは他の候補への選挙妨害を撮影して自慢気にSNSに流す輩。思えば又吉イエスや羽柴誠三秀吉やマック赤坂がいた頃のほうがよっぽど平和だった。乙武洋匡がまともに見えるという惨状は本邦の民主主義の末路なのだろうか。東京都知事選や大阪市長選ではこういう光景はよく見られたが、補選とはいえ衆院小選挙区でこの内容は非常に珍しい。外れしかないガチャ感強いが、東京15区の選挙民の皆様は是非懸命な選択をしていただきたい。
下の弟は難関大に受かるくらい優秀だったのに、おそらくきょうだい児由来であろう精神疾患で限界が来て自殺してしまった。
自閉症の次男は家に置いた仏壇を何度も叩き壊して粉々にし、「場所を変えたらもう壊さない」 「仏壇を置いていた棚を捨てたらもう壊さない」といった約束をしては当然に破って仏壇を叩き壊している。
(一応フォローすると、自閉症は変化を許せない病なので家に新しい家具があることが許せない)
さっき親が「仏壇の外側の箱を捨てれば納得すると約束したから!」と宣っていたので来週には仏壇の外側すら捨てられ位牌と本尊と鈴のみが地べたに放置されることになるのだろう。おそらくその翌週には次男がその中身を風呂桶に叩き込んで再起不能にするんだろうな。前も同じようなことをしたから。
俺と三男は昔から次男に物を破壊されては親が「天使ちゃんは何もわかってないから仕方ない!天使ちゃんは悪くない!天使ちゃんを責めないで!私が責められてる気分でしんどい!」といって無効化され続けていたので、今回もその系譜だろう。
あうあうあーに精神破壊されて殺されて、挙げ句仏壇を足蹴にされてゴミ扱いだなんて、まさにきょうだい児の末路って感じだなぁ。
増田でパンティの話題とは珍しいですね。男性がなぜパンティをありがたく思うのか?その仮説を3つほど考えてみました。
女性といちゃいちゃすると気持ちが良く、その手前の通過点としてのパンティ。
パンティ→イチャイチャ、パンティ→イチャイチャという経験を繰り返すうちにパンティの先にあるエンドコンテンツとの条件付けが強化されパンティそのものに興奮してしまうというもの。
この説は女性のエンドコンテンツに想像もいたらない小学校低学年がパンティ大好きという事実をうまく説明できない。
パンティはあの部分を隠すもの。それでも隠し足りないのでスカート等で更に隠す。
隠れているからこそ気になり気になるからこそ見えたらご褒美感が出てパンティに執着するもの。
見てやったぞという攻略感・達成感からパンティに執着してしまうというゲーミフィケーション要素がある。
この説は小学校低学年でもパンティ大好きという事実もよく説明できるし、一部の強者男性が「ただの布」という引いたスタンスを取るのもパンティを見る程度のことにレア感がないからとすれば符合する。
まず単体ではこのような観点がある。
付属物との組み合わせの観点ではこういった観点がある。一部に特に強い執着を見せる人たちが存在する。
(略・・・お顔、お仕事、お声、お胸、性格、女子カースト、など)
ポケモン説の前置きが長くなったため一旦このあたりに留めておくが、パンティ及びその周辺に関して概ねこういったバリエーションが存在する。パンティの面積は狭いながらその選択肢や履きこなしは男性のスーツに近い楽しみ方があることが分かる。更にこの外に通常衣服としてのワンピ・スカートや靴のコーデがあり、またお姉さんが強そうなのか甘目なのか、お仕事中のアパレル店員さんなのか有名人に呼ばれたらほいほいアテンドされる港区系女子なのかといった人となりの部分も存在する。
ポケモンにハマると能力値や色柄にこだわって収集活動が止まらなくなってしまうように、パンティもさまざまな条件が組み合わせ爆発を起こしており、理想のパンティを追求してしまうものである。
例えばオーダーコールは「白系のサテン系生地で縁取りは約5mm間隔のざっくり目で濃色の見せるステッチ。形状はフロント・バックともややゆったり寄りのノーマルでクロッチはシームレス。フロントリボンは黒の土手はふっくら系マシマシ」あたりとなります。
またお越しくださいませー
おまえよくよんどるな。親切か。
横やけど、たぶんこうやないかなって思い出したんやけど
自宅生放送とかでビール取りに行くわとかいって席はずした時に送るなよ!っていいおいてでてく本尊いるんよね
それにわざとスパチャしておく遊びとかあるんよね
降りるならひっそり降りてくれ。SNSのアカウントを消したり、そこまでいかなくても推しのことを呟かなくなったら降りたんだろうなって想像つくし。御本尊と気まずいとか知らんがな。
で、降りるとか言って現場はちゃっかり来るつもりで、しかも同行者が決まってないのに申し込めるチケットの上限枚数で申込とか正直迷惑なんよ。ただでさえうちの御本尊は自分の集客力わかってないからキャパ少なくて毎回激戦なのに。
御本尊がファン同士仲良くしてくれて嬉しいって言ってたけど、ちょっともう無理。ファンとしての宗派的なものが違う同担が多すぎる。一人で現場に行けないのか知らんけど誰か一緒に行こうよも無理だし、掛け持ち先の現場でもご挨拶とかめんどくさいし、御本尊に直接気色の悪いリプやコメント送るのも不快だし、スパチャのタイミングはパクられるし、相手には直接影響がないことに文句をエアリプされるのも全部やだ。
被害者は暇空やなるくんに住所晒された直後に被害に遭ってるので、本尊が「やれえ」してるんだよ
監査で何も根拠を出せず、向こうの情報を引き出すこともできなかった無能暇空は追加情報も出せないままごねてるだけ
俺たちは正しいことをしているというお題目としてたまに思い出すだけで暇アノン活動自体が嫌がらせメインにすり替わっている
暇空に塩を送ったつもりでそれは結果的にフェミ団体に届いて彼女らの可哀想ランキングを上げて「インセルに嫌がらせされてる団体を守らなきゃ」って扱いに仕立てている
敵の敵は味方ってのは大嘘で、敵の敵がハードキチガイだと敵を被害者ポジションにしてしまい返って正当な批判すらも通りにくくなる
Sの二世だけど選挙は個人の自由と思うので活動してない、題目だけは唱えてる、習慣だから
新聞も配ってる。信心深いのではない。田舎のため徒歩で朝30分のジョギング運動になるのだ、健康維持にちょうどいい。新聞を配達しないわけにはいかないのでサボれずおかげで肥満とは無縁だ
全てが本尊様のおかげとは思っていないが、しんどいって時に祈る物があるってだけで気持ちの問題が違うなってだけ
前にもう死ぬかもしれないって病気になったときもう自分にできることないから毎日ずっと祈ってたら、なんだかんだで5%の壁を乗り越え生き残れたんだけど、信仰のおかげというより
「何も出来ることがないときに、とにかくなにかやった気分になる希望が持てる」っていう存在がありがたかった
母は熱心なSだが年老い、認知症が発生しはじめたがSの人間関係のおかげで「会合にいかなければ」などの使命?があるのと日々のお祈りをしなければ、の長年の習慣のせいで精神的に安定してるんだよな
そういう意味で心の支えになっているのならこの存在は悪くないなと思っている
Sとしてはありえない思考かもしれんが宗教はキリスト教でも何教でも俺はいいと思ってる
その宗教で本人が辛い時に乗り越えられて、他人に迷惑をかけず、家族を不幸にしないならそれでいいと思ってる
増田はその宗教のせいで結婚などができなくて苦労するのなら自分の幸せのためにそれを捨てていい
俺は嫁はSではなかったが説明したら「あなたの宗教に口出しはしない好きにすればいい、他人に迷惑をかけたり押しつけないならいい」という理解があったので結婚した
増田の気持ちはわかる。おかしいだろと思うこともあるだろう。捨てたければ捨てていい。
あとおじさんのSの歴史では、独身の時バリバリやってた女性が結婚した途端に脱会はしないまでもなにもしなくなった。あれだけ活動家だったのに。旦那が嫌がるというのはあれだけ叩き込まれて日々頑張っていた信仰を吹き飛ばすのか、愛ってすごいな、って思ってた。
結婚したら女性ってここまで180度変わるんだなって思った。増田のようなのもよくあることだから気にしないでいい。
ネットだとSはフルボッコだから俺も肩身が狭いが、親しくなった人にはSなことは言っている。今のところそれで縁を切られたことはない
Sは昭和の頃に比べれば相当緩くなってきたと思う
酷い目にあった人もいるが、あれ行き過ぎた信仰心のバカとか長期間大組織のぐだぐだとかまあいろいろ。Sは緩やかに衰退していく宗教だろうしそれは他も一緒だろう
いわゆる宗教四世で、生まれた時から新興宗教の会員やってた。ネットだとよくおもちゃにされがちな、三色旗のとこ。
小さいころから家に仏壇があって、母親と祖父母が超熱心な人で、言葉をしゃべり始めた時から経を読まされてたし、ちゃんとやればみんな褒めてくれるから悪い気はしなかった。
母親が熱心な場合って厄介なんだよな。おかげさまで土日は宗教関連の予定でつぶれるし、父親も母親に勧められて入ったひとだから止めないし。そんなわけで、20数年生きてきて、最近やっと初めてちゃんと神社に参拝したような始末。だから、一般的な人間と自分の宗教観がかなりかけ離れてる、ってことに最近気が付いた。まぁ、それが当たり前だったんだけど。
高校の時とかはそれなりに真面目に、っていうか結構がっつりやってて、たぶんその時の周囲の何人かは幹部クラスになるんだろうな、って人間ばっかりの団体にもいた。
割と勘違いされてそうだけど、いやもう常識なのかな?一般的な認識が全くわからんからあれだけど、s大学行くのはもはや当たり前で、幹部になろうと思ったら、何かしらの宗教の団体に所属してたことがほぼ必須になるんだぜ、笑えるよな。
高校生はそうやって過ごしてたけど、大学に入ってから恋人ができて、その人が何というかこう、自分の所属してるとこ以外も含めた宗教全般のアンチだった。
今思えばものすんごい幸運なことに、現実社会の親しい人にそんな人がいなかったから大いに嘆いたし、なんで自分が、とも思った。でも、今は割とその出会いに感謝してる。
ここまでが前置き。すまんね長くて。
まぁ、親に「信仰捨てたいです!」とか言える訳も無くて。だってそんなことしたら普通に絶縁されそうだし、妹たちも割とがちがちに染まってるし。あと我が家、割と毒親気味で過干渉のケがあるから、最悪今住んでるところから連れ戻されかねない。
それは困る、だって実家には自室が無いし、プライバシーもへったくれもない。未だに帰省するとめちゃめちゃ消耗する。二週間とかしか滞在しないのに。実家を出るまで、自分のスペースと言えば本棚のついた机一台だけだったし、その中身も親が勝手に開けて改める始末だったから、秘密とか絶対無理だった。
かといって、じゃあ真面目にやるか?と言われるとそれは心がしんどい。
そもそもの話、自分は「信仰とは人生の杖であり頼り切るものではない」って思想を高校時点で持ってて、現指導体制に不信感しかなかったし。
やれって圧を掛けられて、今渋々試験の勉強してるけど、それにしたって普通に気色悪くて嫌になる。だって仏教ってマインドフルネスの一手法でしかないし。それだって、多様な方法がある現代社会でわざわざそんな化石みたいな方法、って思う。
そもそも悟りってざっくりいえば「この世のすべては気の持ちよう、自分の気の持ちようで天国にも地獄にもなる、それなら天国みたいに考えられるようになった方がお得じゃね?」的な考え方だし、唱題にしたって、「悟りを開けないお前らが悟りを開くための一助にしろよな!」的なものだから、自力でメンタル立て直せるようになった人間には必要ないんだよ。そもそも仏教って「人生なんて全部しんどいんだから、しんどいことそのものはもう諦めて楽しくやっていこうぜ」的なあれだし。ガバガバ解釈だが。
その上で、何もかもを宗教に依存して、生きてくための目的そのものを宗教にしてるの本当に頭おかしいと思う、それお前の人生じゃなくて教団の人生やんけ。生きてる価値ある?って思う。言わないけど。
確かに苦しい時に縋れるものは多い方がいい、人生かなりしんどいし、税金高いし内定はもらえんし、何もかもままならんし、ここからってときに病気になったりするし、なんかすげーもんに縋らないと生きてけない気持ちもわかる。
でも、その気持ちもわかるけど、それでも自分で立って自分で歩かない道に価値はあるんか?って思う。だって信仰してると、どんなに血反吐を吐くような努力をしたって、どんなに周りの人に恵まれたって、どんなに運がよくたって、それ全部「信仰のおかげ」にされちゃうんだぜ。そこに至るまでの努力とか、工夫とか、人間関係とか、そういうもの全部自分の成果じゃなくてなんかようわからんもののおかげになるんだぜ、それって悔しくないか?自分はそれを恋人に指摘されて初めて気が付いて、すごく悔しいと思った。だってここまで努力したの自分だし。別にすがってる”なんかすげーやつ”が何か叡智を下賜してくれたわけじゃないし。苦しいのも悲しいのも悔しいのも自分が背負わなきゃいけないのに、喜ばしいこととか楽しかったこととかは全部他にかっさらわれるって思うとはらわた煮えくりかえらんか。自分はキレそうになる。
そもそも、他力本願の他宗派をめちゃめちゃ批判する癖に、何かあったら馬鹿の一つ覚えみたいに「ご本尊に縋れ」だの「お題目を」だの普通に矛盾してて笑える。それはお前らの言う所の他力本願じゃないんか?あと題目とか言う呪文的なあれを大事にしてる割に、唱題の時の発音みんなガバゆるだよな、何それ。ダブスタまみれで普通に気色悪い、反吐が出る。
と、まぁ最近はこんな事ばっかり考えている。親には勉強したらわかるって言われたけど、勉強するほど意味わからん~~きしょい~~~ってなるの中々芸術点高い。って言うかそもそも子供の許諾を取らずに宗教に入れるな、はっ倒すぞ。これはどの二世問題でも共通だと思う。四世なんだけど。ウケるね。
ちなみにこの宗教だとよく取りざたされるのは政党の話なんだけど、自分は政策はまぁましな方なんじゃないかな、って思う。そこから声の汲み上げするの????正気か???って思うような政治を国政ではよくやらかしてるけど、地方政治だとそれなりに要望の反映早いし。政治と宗教観は切り分けて考えるので。まぁ今後の動向にもよるかな…でも宗教活動の一環で選挙活動やらされるのは普通に最悪で気色悪さの極みだからやめた方がいいと思う。実質強制の投票の「お願い」はお願いと言わない。海外から来た同じ宗教の人に選挙ばっかりしてるのどうして?って聞かれて、日本では信仰を広げることが十分にできたから、今度は政治の方からも生活をよくしていくんだよみたいなこと指導してるの聞いたことあるけど、それ普通に公職選挙法違反なんじゃないですかね。政教分離の法則死んでないか?
これを見て同じ宗教の人がどう思うかは知らんが、自分が納得できてないならなんかしらの答えにはなるんじゃないんですかね。がちがちの幹部ルート辿ってた人間がこう言ってるんだから、それなりに信ぴょう性はあると思うよ。
今から入りたいって思ってる人、人生に発生する損害と天秤にかけて、本当にそれじゃなきゃダメなのか一か月真面目に考えてみ、そんなことないから。周りからの偏見の眼はものすごいし、結婚したいと思った人ができてもめっちゃ苦労したりするぞ、自分は今死ぬほど苦労してる。
今しんどい思いしてる人、お互い頑張ろうな。自分は今何とかして家にあるご神体的なサムシングを親にバレないように滅殺する方法考えてる、なんかいい方法あったら教えてくれ。
マジで徒然なるままにって感じだなこれ。乱文で本当にすまぬ。ここまで読んでくれた人ほんとにありがとう。自販機でジュース当たるくらいの幸運が訪れますように。
追記:みんなコメントありがとう、ほんとに正気に戻れてよかったと思う。なんでカルトの話から仏教に?ってコメ見たんだけど、それはだな、s学会は曲がりなりにも仏教を名乗ってるから、仏教を学ばされるんだよ…だからです。
まぁ、s学会のは「ブッダの」仏教ではなく、日蓮とかいうなんかよくわからん狂人が急に悟っちゃったものを信仰してるんで、仏教かと言われるとかなり怪しいけどね……昨日このエントリ書いたあと、勉強の動画流し見してたらそんなこと言ってて笑っちゃった。仏教名乗るの辞めたら?
自然科学とかSDGsとか信仰してそう、って言われたのはマジでそうなりかねんからほんとに気をつける。一応これでも科学をやってる人間だから、変なのには引っかからないと思いたいけど…こういう気持ちが落とし穴だとは思うのでね!科学的思考大事。すごく苦手だけど。
何もないって言ったら語弊があるけど、歴史的建造物や施設が関西圏に比べて本当に少ない
近代建築はそれなりに残ってるけどそれ以前の時代の遺構って言ったらいきなり弥生とか古墳に飛ぶからね
おまけに再開発でそういうモダニズム建築も地下の埋蔵遺跡も全部破壊されるし
歴史も文化もへったくれもない、今が持つ輝きを凄まじい勢いで消費する街
京都奈良大阪はふらっと遊びに行ける距離で寺院仏閣があるのがいい、羨ましい
建立が奈良や飛鳥時代まで遡る寺があんなに集中する場所なんて日本のどの場所を探してもない
大規模な木造建築が街中に残ってたり、歩けば重文や国宝級の文化財にぶちあたるのが京都・奈良
東京だって色々展覧会やってるけど貴重な仏像みたいなもんは秘仏だの御本尊だので基本所有してる寺から出ねえんだわ、だから現地行くしかない
日本の古美術・文化財に触れるという意味では東京はある意味砂漠地帯
もちろん日本美術や東洋美術に特化した美術館は少なくないけど、そこにあるものって既に美術品として収容されてしまって、ものが作られた当初の目的や文脈からは切り離されてる
美術館の展示が悪い訳じゃない、だけどやっぱり作品が本来持っている魅力みたいなものはいくらか損なわれていると思うんだよなぁ
展示ケースを覗きこむより日本家屋の中自然光の下で見る障壁画や屏風絵の方がずっと綺麗だよ
西洋美術とか現代アート作家の展覧会を見るぶんには東京はいいかもね
でもそれはそれでパリやNYと比べた時の文化的な乏しさに目が行くんだよな
ルーブルやMETには勝てねえもん
やたら印象派の展覧会ばっかやってるのだって日本にまとまった数ある西洋美術がそれぐらいしかないからだし
父が死んでちょうど一年になる。
この一年は家族と宗教について、父について考えざるを得なかった。
考え出すと、寝れなかったり不安定になることがあるので、節目に吐き出したい。
というのも、元首相の殺害や、菊池真理子氏の「神様」のいる家で育ちました~宗教2世な私たち~ を読み、
私自身、宗教2世として記録と想いを書き残しておこうと思った次第である。
【創価学会と私】
私は幼少期に早い段階で、「あれ、家の家族は周りと違う」と気づき、
思春期には、親への反抗と同時に学会への不信感を募らせていった。
小学生の頃から月に何度か、知らない大人が集まる場所で連れていかれ勤行をしたり、
意味の分からないビデオを見せられたり。胸糞悪い記憶が残っている。
「新聞取ってもらえませんか」
と言いに来る。
”お母さん恥ずかしいからやめて”
田舎の小学生にとって、周りの友達との関係が崩れていく事がどれだけしんどかったことか。
普通の家ではないということを、表に出さず、隠しつつ、とはいえ田舎だったので周知の事実だったと思うが。
幸い友人に恵まれ、勉強も少しはできたので、いじめも無く、表向きは周りの子供と変わらない様に過ごせたと思う。
同じ中学から進学した同級生で親友になった子も、私の家族について良く知っていたが、一度も嫌な顔をせず私に付き合ってくれた。
なるべく親の世話にならず一人で生きていきたいという気持ちが学会のせいで強くなり、
部活をせずバイトをフルでいれて(貧乏というのもあったが)、奨学金とバイト代で授業料を支払っていた。
そしてここから成人して、就職、都会へ引っ越し、出来るだけ家族と離れることで、学会と距離を取ることができた。
【父と家族】
私の父は、生まれつき心臓の病を持っていた。学会とは関係無し。
忘れもしない小学低学年、夜中に居間が少し騒がしく、トイレに起きた私は母に慰められながら号泣する父を見た。
バブル崩壊後の不況の中、持病持ちの父は会社から要らない人間扱いされたらしい。
そこからの我が家は、どん底だったとのこと。父は病気のせいで再就職もままならない。
子供が4人(兄、姉、私、弟)。今思えば、生きて大人になっているだけで儲けもんではあるが、
母は強かった。
朝から晩まで、仕事を掛け持ちして皆を食べさせて、学会の活動も、勤行も欠かさずやっていた。
朝は清掃のアルバイトで、私が朝起きて登校するまで家にいることは稀で、
母が夜にアルバイトしていた工場の冷凍肉まんをチンして弟と食べて学校に行っていた。
昼間は保険の営業をしていたらしいが、学校に行っている間なので詳しくは知らない。
たまに学校から帰って家にいるときは、内職や家事の合間に勤行をしていた覚えがある。
父は弱かった。
私が幼い頃は絶対的な存在として、一家の主として君臨していた。
家族を養えなくなり、酒に溺れ徐々に精神的にも肉体的にも弱っていった。
私が思春期の時には、何度もぶつかり合った
「なぜ仕事をしない」
「酒をやめろ」
私は父が病気だと知っていてもなお、問い詰められずにいられなかった。
そのある夜に、父が紫色の顔で鼻血を垂れ流し、シャツを真っ赤にして救急車に運ばれた。
兄は優秀だったが。
私とは別の私立高校を特待生で通っていたが、すぐに不登校になり、ここから10年近く表に出なかった。
これは原因も私には分からない。ただ精神的に不安定な人間だった。やはり家庭が関係するのだろうか。
そしてその間、私と弟は良く兄と仲違いした。
姉は男を追って遠くへ消えていた。家族の中で私と弟はこの兄が大嫌いだった。
そして私が都会に出た数年後、弟から兄が創価学会に入信したと聞いた。
私は信条の自由だとその場は笑い飛ばしたが、笑い事ではなくなった。
「いつかお前にもわかる」
「幸せとは何か」
私は本当に何度も実家に帰りたくなくなったが、それでも会いたいという父や母の為に顔だけ出していた。
それだけで息子として顔を見せるくらいは何も苦痛ではなかったが。
【父の死】
そしてちょうど一年前、父が亡くなった。
数年前に心臓病とは別にガンを発症、末期になり3月から緩和ケアに入る。
コロナで面会が難しく、5月中旬になら会えるとのことで、連休をずらして規制予定だった矢先に。
墓も遠方の学会の墓に建てるそうだ。もう兄を止める者はいない、
【最後に】
私が見てきた限り、一度も勤行をしたこともない。
けれど父は、もっと言えば母も学会にのめりこんでいたが宗教というフィルターを通さず、
兄はそんな父をなぜそのような扱いにしたのだろう。
本当に父が思っていることを聞けなかったことを後悔しているのかもしれない。
私は宗教で苦しみました。
兄は宗教で救われました。
おそらく私は一生この問題と付き合わなければいけないとも思います。
あなたがそうしたように。
【】
吐き出したいことをだっーと書いていったら、ある程度言いたいこと言えたっぽいのですっきりしました。
昨今、AIイラストを使って絵師を煽り、絵師を潰そうとしてる人達がいる
などという
なんも起きん
美女が求婚してくるとかお金持ちが無条件で大金くれるとかそんなのはない
もし明らかに「チヤホヤと呼べるやり取りを客としている大手絵師」がいるのなら、
それは絵師だからじゃなくて、客からチヤホヤワードを吐かせる「接客が上手い」だけ
それでも絵師のヒエラルキー高い!チヤホヤされてる!ムカつく!という人は一度考えてほしい
原作が絵なら、同じ絵であるファンアートが注目されがちなのは多少当然の出来事
すごく絵上手い人でも「なんか勝手にやってら」ぐらいの扱いよ
芸能人ジャンルなら文字での観劇レポや、テレビのスクショ貼った方がいいねRTいっぱい貰えるし
野球や格闘技のようなスポーツ系ならデカくていい一眼レフで選手の写真撮る人が人気
要は絵がストレスの原因なら
https://kai-you.net/article/83849
要約すると「タレントのファンネルになったオタクが記事を荒らしたけど、合意形成を図ったら方向性が一致したのでめでたしめでたし」という話からウィキペディアの既知の欠陥を発見してしまった。ウィキペディアオワタ。という記事。
新規アカウント(※1)で、ろくでもない内容とは言え、出典ある記述(※2)を丸々一節、無言で削除したらこの時点で荒らしと思われてる。差し戻しで妥当。削除は破壊的な行為なので加筆より厳しい目が向けられる。
差し戻されたのを再度編集すれば(編集合戦)、初期状態に差し戻されるのも納得できるはず。
「本人の希望で削除」は通らないので差し戻しされたのは、これはウィキペディアの理屈だから初見でわからなくても仕方ないけど、複数名ないしソックパペットで編集合戦(というか荒らし)を継続したら記事が保護されるのも当たり前。
「『本人の希望』での削除は通りません」という点以外はwikipediaに限らずスプレッドシートでもOSSでも同じだと思う。知らんけど。
初手でノートに投げていれば、通った可能性はあった(※3)でしょう。
繰り返しになるけど、突然削除するな編集合戦するなノートで合意形成しろとかはwikipedia入門編だし、wikipediaでなくても共同作業するなら普通じゃないかね。
逆に「ディストピア」にならないようにルールを排して議論を排して有象無象の書き放題無法地帯の方がいいのか。
違うっしょ。
引用されてる「コミュニティの問題」があるのはみんな知ってて、それでも最善を考えて今はこの形になってるわけでしょ。
この件のように編集に関わった「有象無象の流れ者」から参加者が増えていくことを期待するしかない。
つーかよ、「有象無象の流れ者」が議論に加わってんなら「ウィキホリックのディストピア」とは真逆じゃねーかよ。
それとさ、「ウィキホリックのディストピア」なんて引用元のようには始まらないよ。オタクが集まるところでは特に。
通常荒らしや編集合戦でもなければ制限できないのに少数者しか編集できず死ぬなんてことはない。
こんな普通のアイドルの記事を編集してるの大部分はwikipediaにはたいして興味なくてタレントには興味ある熱心なオタクだよ。見てるのもそう。
履歴調べてないけど「雨女」と書いたのも流れのドルオタでしょうよ。真っ当にwikipeってたらそんなこと書かないし、みかけたら削除を検討するよ(※4)。
日々追加されるタレントのエピソードトークやらなんやらほとんどは雑多で無用な記述・独自研究なんだけど、形だけでも出典があるともともと削除コストの方が高いのにそれが跳ね上がるから面倒なんだよ。これはたまたまご本尊から削除せよと下知があって方向が一致したけど、普通削除しようとすると「特筆すべき雨女なのは事実」「周囲も認めるB型なのは事実」「3回も共演しているのは事実」などと言った挙句「ウィキの理屈なんか知らない(俺の信じる)事実を書かせろ」などと主張する「流れ者」のファンとガチる可能性があるわけ。クソ面倒。
松井玲奈の記事も比較的ましだけどファンの熱意がランダムに書き足されて、松井玲奈が何者か誰かに伝えるような内容じゃないでしょ。
既にwikipediaの記事を書こうという人に比べて、wikipediaでファン活動しようって人・いつまでも「有象無象の流れ者」のままの人が多すぎんだよ。
「たどりうる道筋は二つある」じゃないのよ。流れ者が多すぎてとっくに押しつぶされている。
※その他雑多なツッコミ
「譲歩」じゃなくて無言削除は非推奨だし編集合戦はダメだし本人の意向は削除の理由にならないし記述するようなことでないなら記述しないというだけ。
「両者」の協議というのも変。
議論の容量がすごいみたいに書いてるけど、議論をすれば長くなるの当たり前だし、議論なくて決定だけある方がマシってこたないでしょ。
この件は論点は明確で類似の前例もあるし、さくっと状態確認して合意をとって終わっているので、たいした議論はしてない。
あとさー「Wikipediaの抱える構造的欠陥」とぶちあげてるのに、その構造的欠陥が既知でwikipediaに書いてあってそれを引用してるのは記事としてどうなの。
※1 記憶違いでなければ今はアカウント作ると「いきなりでかい編集するんじゃないよ細部から始めろよノートで合意とれよ」って注意があって投稿時にも言われるはず。
※2 削除された部分を見ると、雨エピソード雨女記事が出る度にリンク貼って「~のとき雨が降った」と書き連ねた働き者たちがいる。
※3 俺の松井は特筆すべき雨女だと主張する別のファンがいなければ。そして往々にしてそう言う人はいる。
※4 デスブログの件などを念頭に。今回の件は個人的には雨女言及記事がかなりあるようなのであってもいいように思う、問題化するとwikipediaが原因で記述する価値が大きくなってしまうのでバッサリはあり。